第94話 また会いましょう

 レヴォルは横たわり物言わないノインにトドメを刺すために、想像剣イマジンソードで胸を突き刺そうとするが、それを調律の巫女に止められてたじろいでいた。

 一刻も早く役割を遂行せねばという義務感と、本当はやりたくないという葛藤の狭間でレヴォルは一度揺れるが、それでもやるべき事をやろうとレヴォルは感傷を捨てて一歩踏み出す。

 その瞬間、ノインの体は限界を迎え、塩のような微細な粒子へと崩壊していった。


「な、間に合わなかったのか……」


 自分が愚図っていたせいでノインが犬死になったとレヴォルは背筋を凍らせたが、モリガンがそれを否定した。


「いえ、違うみたいね、全盛期の渡り鳥、それを再現する為には人形じゃあ役者不足だったみたいだから、が、ここに来たみたいよ」


 モリガンはそう言って魂の脱げ殻となった筈の渡り鳥の方を見る。

 レヴォルも同じく目線を向けた。

 そこにはノインと似て非なる、平凡で中庸で地味な風貌ながらも、普通とは違う風格を放つ少年、渡り鳥が、長い眠りから目覚めて立っていた。


「そんな馬鹿な、だって渡り鳥はプロメテウスで、こっちの世界にはもう干渉してこない筈じゃ……もしかして、ノインなのか?」


 レヴォルの質問に渡り鳥は首を横に振る。


「僕は、渡り鳥でも、ノインでも無い、この悪夢を終わらせる者───エクスだ」


 エクスは自身の想像剣、ガラスで出来た青空のように透き通る剣を取り出してモリガンに宣言した。


「モリガン、君は知っている筈だ、は悲劇でしかないと、繰り返しの延長でしか無いと、だから僕は、この結末を認めない」


「……どういう事だ?、エクスさんは、これよりもっといい結末を知っているのか?」


 突如現れたエクスの現状を否定するその宣告に、一同は混乱し、レヴォルは疑問を口にする。


「一人の聖人が自分の命を犠牲にして原罪を贖う事で世界に新たな秩序が生まれる、これは繰り返しの再現、世界で最も読まれた物語の、その再現に過ぎない事だから、だからレヴォルがアルケテラーと接続しても世界は何も変わらない、ちょっとレヴォルの思想が反映されるだけで、残酷な世界の仕組みは何も変わらないんだ、だから」


 レヴォルがアルケテラーと接続して世界に変革を齎す事。

 それはレヴォルの名前、革命レヴォリューションに紐づけられた役割であると同時に、この世界で繰り返されてきた古典の物語でもあった。

 だからレヴォルの望む結末は予定調和であり、その結果では誰も救えない。

 この世界の真の意味で救うのならば、方法は一つ。




「世界を壊して、この悪夢を終わらせる」




 一同はエクスのその宣言に皆、無意識の内に惹き付けられる。

 エクスの言葉には不思議な説得力があった。

 正しさとか、実現性とか、現実味があるか全く分からないその宣言を、一同は不思議と受け入れられたのである。


「世界を壊すって、つまり神を殺すということ?、この偽りだらけの偽装された世界を終わらせるという事かしら」


 唯一真実に辿り着いているモリガンは、エクスの真意を測るために問う。

 エクスはかつて恐れ、憎んだモリガンに萎縮すること無く言い放った。


「終わらせなければ始まらない、この輪廻は、『グリムノーツ』を終わらせる事でしか無くせないから、だから僕は、本当の終わり、真の結末を描く為に、ここに来た、君だって、それを望んでいる筈だ」


「……そうね、『語られぬ英雄たち』も『善き魔女と王子様の物語』も、根本的には『グリムノーツ』の派生に過ぎない、この輪廻を脱却する為には、『グリムノーツ』の物語そのものを消し去るしかない……でも」


 モリガンもまた、永遠に閉じ込められた自身を解放する為に、輪廻を抜け出す方法を模索していたが、如何に手を尽くしたとしても、派生が増えるだけ、そしてその経過で世界の残酷な真実を知った。

 だからモリガンもまた、ルイスと同じように絶望していて、本心からの願い、野望と言った希望を持たず、ただ行く末を眺めるだけの観測者として今日まで生き長らえてきた。


「この世界に生まれた「物語」を消して、世界に何が残るか、貴方に分かるのかしら、ミュトスが無くなれば、人は全て沈黙の霧になるかもしれない、ヴィランという獣の姿に戻るのかもしれない、「物語」は世界の根幹であり、今ある世界を形作るもの、その骨格を、核心を取り除いた世界に、本当に救いはあるのかしら」


 一つ高い視点を持っているモリガンは、自分達が現実に生きる確固とした存在では無く、胡蝶の夢に生きる幻のようにあやふやで、神の意思によって生かされているだけの創造物としての自覚があった。

 だから神を殺す事は夢を終わらせる事。

 世界そのものの消失という結果になると理解していたのである。



 だけどエクスは答えを持っていたから、それを曲げたりしない。



「例え世界が無くなっても、命が滅びても、僕達の魂は不滅だ、だから何度でも巡り合える、だからここで立ち止まってちゃいけないんだ、悲劇は、悪夢は、終わらせなくちゃいけないんだ」


 だからエクスはこの結末を否定した。

 より良い未来を目指す事、諦めない事、それは世界一の王子様を目指すのならば、当然の心構えだから。

 故にエクスは、この悲劇を終わらせる事にしたのである。


「だからレヴォル、手伝ってくれるかな」


 エクスの問いかけにレヴォルは勇んで即答する。

 その胸には、より良い未来を夢見る、向こう見ずでひたむきな希望に満ち溢れていた。


「俺は二度も友を斬る事は出来ない、だから、君と目指そう、新しい世界を」


「ありがとう、君となら、潰えた可能性を掬うような奇跡だって、きっと起こせるし、成し遂げられる」


 エクスとレヴォルは互いの生を、存在を確かめ合うように、互いの手を握る。


 それだけで二人は深く繋がって、互いの存在を、物語を理解する事が出来た。

 導きの栞なんてなくても、二人には想像だけで他者と繋がる事が出来たのである。

 それが二人の関係の完成系だった。


「さぁモリガン、終末に向かう旅人は決まった、この四人で、僕達は神を倒しに行く」


「四人で、神を、倒しに行く、ウフフ、神退治なんて、冒涜的で奇天烈な展開、その役目を任せられるとしたら、確かに私達しかいないわね、ガラスの夢と黄金の意志、二つ掛け合わせれば金剛ダイアモンドの魂といった所かしら、……ああ、実に、痛快で皮肉で馬鹿げているわ、だったら最期まで、見届けるしかないわね」


 エクスの呼び掛けに応えてモリガンは魔法陣を展開させると、自身の背中から漆黒の翼を生やして詠唱を初めた。


「この飛翔を行う為には私だけのミュトスじゃ足りない、調律の巫女、あなたの力を貸して貰えるかしら」


 モリガンの集めた物語る力、創造を行う為に消費される力であるミュトスは、デウス・マキナ=プリンスを全開で召喚する為に使い果たしていた。

 故にモリガンは調律の巫女に協力を求める。

 調律の巫女の少女、レイナもまた、繰り返しの中で多くの魂を収集し、莫大なミュトスを集めていたからだ。

 レイナの集めていたミュトスの多くはシンデレラであり、それは「願いを叶える象徴」、その力を使えば今一度の奇跡くらいは容易い。


「いいわ、全部使って頂戴、今の私は、この血の一滴まで全部使い果たしても、悔いは無い」


 レイナとモリガンもまた、互いに手を繋いだ。

 混沌を統べる創造主の特性として、触れた相手の魂を吸収できるからだ。

 レイナの収集したヒーローの魂は全て、ジャバウォックの「飛翔」を行う為の力へと変換される。


「欲が無いのね、愛しの王子様にやっと巡り会えたというのに、ここで終わりでも構わないなんて」


「私はこの瞬間の為に今日まで耐えてきたの、だからこの一瞬を迎えられたなら、ここから先なんて物は必要無いのよ」


「病んでるわね、悲劇に幸福を感じるなんて、でも他人と違う幸せを見出したからこそ、普通じゃない結末を望んだからこそ、本来器では無いあなたも創造主として覚醒できた、だからこそこれもあるべき結末の一つだったのかもしれないわね」


 長い旅の果てに恋人同士が再会し、そこで結末を迎える。

 否、ずっと巡り合わない方が古典的でありがちな結末なのかもしれない。

 そんな苦難に耐えた彼女もまた、シンデレラなのだろう。


「どうせ世界が終わるというのに、僅かな幸せをつつましく噛み締めるくらいなら、派手に転んで神様と玉砕する方が潔いでしょう、レディは賢く美しく

、そして時には勇敢で勇ましくなくてはいけないのよ」


「確かに、浮かぶ背も無いのに保身を考えるのも愚かな事ね、……それに、あなたのハッピーエンドは見飽きてて食傷気味だから、ここでビターエンドになるのも丁度いいかしら」


 モリガンがレイナから魂を吸い尽くす事により、レイナの中のカオステラーの因子も全て除去されて、レイナは通常の創造主へと還元する。

 本来は代用品である為にフィーマンの因子を持たない裏のレイナだったが、混沌の創造主への「覚醒」から、通常の創造主への「転生」は、彼女に『創造』を司る力を発現させた。

 レイナの背中から白い翼が、モリガンと対比する様に広がって空間を覆い尽くす。

 白い羽根と黒い羽根が、辺りに降り注ぐ。


「詠唱完了、それじゃあ、……飛ぶわよ」


モリガンとレイナが差し出した手を、レヴォルとエクスが掴むと、たちまちその場から四人は消え去った。


 アリシアは散らばった羽根を一つ拾い上げると、一言呟く。

 もう二度会えないだろう次元の果てに飛んだ友の顔を思い浮かべながら、自身の旅の始まりを告げるように。


 その呟きを聞いたティムもまた、穴の空いた天井に広がる青空を仰いだ。

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