第91話 最後の試練
災厄は今まで封印されていた存在である為に、原典の災厄の魔女のように収集したヒーローの魂を持たず、それをイマジンとして使役する事はできない。
しかし、原典の災厄の魔女との決定的な違いとして、その器は元から持つ
故に災厄は、個の時点で完成された、混沌を総べる一人の創造主としての力量を持っていた。
「これは終焉を奏でるレクイエムだ、ならばそれに相応しい物語を紡ごうじゃないか、滅びと革新、大いなる創造の神話を、いでよ、古き世界の神、前時代の
災厄が呼び出したのは顔の無い頭を持つ漆黒の体躯に翼の生えた、悪魔の様な姿をした巨大なヴィランである。
それはまるで宇宙を思わせるような果てしない広がりと、理解や解読を完全に拒絶するような未知と混沌に染まった存在であった。
「……悪魔のような神のような、人知を超えた存在をイマジンとして呼び出すなんて、これは、もしかして……」
災厄の呼び出したイマジンは既存のヒーローなどでは無く、災厄自身の内からいでた、創造主として保有している物。
災厄自身の語る物語の登場人物である。
その場に於いては博識であるアリシアだけがその正体に思い至り、その正体に戦慄した。
「だが、こんな禍々しい存在、俺は知らないぜ、こんな神と悪魔を足して二で割ったような混沌、こんなのはもはや物語や童話じゃねぇ、神話の領域じゃねぇか、そんなもの、イマジンとして呼び出せる訳が……」
ティムも己の持つ知識の全てを参照するが、目の前にいる怪物に関連するような存在は全く心当たりが無かった、だから目の前の怪物はこの世に存在しない、カオスから生まれた創造主の創作物としか思えないが。
「……一つだけ、あるのよ、神話でありながら同時に物語であり、作者の存在するものが、私も、半信半疑だけど、でも私がこの知識を持っていた事、それがただの偶然でないのなら、それは必然になる」
宇宙と混沌を象徴する、神と悪魔の両義的神話体系。
そんな混沌で綴られた物語は一つしかない。
「クトゥルフ神話、災厄、貴方の正体はその作者であるラヴクラフトなのね」
アリシアの問いかけに災厄は首を横に振る。
「……いいや、確かにこのイマジンは混沌の象徴ニャルラトホテプだが、僕の正体はラヴクラフトでは無い、ラヴクラフトの物語を語れるだけで、僕自身は全くの別人さ、それもこのクトゥルフ神話の持つ特性だからね」
クトゥルフ神話の作者はラヴクラフトであるが、生前その物語は全く評価されず、クトゥルフ神話として世間に周知されるようになったのはその二次創作をした他の作家の功績が大きい。
だからこそクトゥルフ神話はラヴクラフトの物語でありながらも、ラヴクラフト以外にも創造主としての資格があれば語れるという性質を持つ。
「じゃあ貴方の正体は一体……」
「それはまだ秘密だ、ネタばらしを最初にするのは無作法というものだろう」
混沌はこれ以上の対話は不要と、ニャルラトホテプだけでなくアザトース、ヨグソトース、クトゥグアと強大な怪物を呼び出す。
「こんな大物を四体も、俺たちだけで相手になるのか……」
例えるなら黒騎士が四体いるに等しい状況、一体の討伐ですら創造主四人の力を合わせてやっとだったのに、四体同時に相手にするなど不可能な話だ、その絶望的状況に三人は頭を抱えるしか無かったが。
「大丈夫、相手が神様を呼び出すなら、こっちも神様で戦えばいいから、……来て、マキナ=プリンス」
「そうか、マキナ=プリンスは『創造』の力で」
先刻、並行世界のエレナの可能性である創造主アネレの行った『創造』により、カオス・マキナ=プリンスである黒騎士と、箱庭の王国にいるマキナ=プリンスは統合され、混沌と調律、二つの概念を同時に司る神へと昇華されたのであった。
天空から巨大な槍が刺さるように、圧倒的な質量が顕現する。
その衝撃は大地を鳴動させ、存在感は眩い光を伴って、全ての生命をひれ伏させるが如く、その存在を示す。
「我、巫女ノ声ヲ聞キ、ココニ在リ」
マキナ=プリンスは、短くそう告げた。
それだけで彼が何者なのかを示すのは十分だった。
「なんか、見た目は思ったより変わってないわね、神様っていうならもっとギラギラして厳つくなってるかと思ったけど」
「だけど腕が四本になってる、これって阿修羅みたいだし、それが神性を表しているんじゃないのか」
「ああ、見た目の変化は少ないが、神々しさが段違いだ、神聖な白と高級感のある黒のコントラストが存在感を引き上げていて、腕が四本になった事で威圧感も上がってとても強そうだ」
「へぇ、マキナ=プリンスを改造して、さながらデウス・マキナ=プリンスと言ったところかい、まさか僕の切り札に対抗してくるとはね、ふふ、
災厄は邪神達に突撃を命じると、四体は同時にマキナ=プリンスに襲いかかる。
マキナ=プリンスは四本の腕にそれぞれ槍、大剣、鎖鎌、斧を持って戦う。
四本の腕はそれぞれが別の生き物のように暴れ回り、向かい来る四体の邪神をそれぞれ迎え撃つ。
「すごい、四対一なのに全然押してる、一方的だ」
「こんな激烈な怪獣バトルに、生身のヒーローで割り込む余地なんて無ぇな」
「これが、神々の戦い、世界の終末を彩るラグナロクなのね」
「怪獣同士だからだけど、戦い方がエグいなぁ……、重厚な肉弾戦の打撃音だけで鼓膜が破れそうだよぉ」
一同は助太刀不要とマキナ=プリンスが邪神達を蹂躙するのを観戦した。
もしもアネレがいなかったらあの恐ろしく凶悪な邪神達と生身で戦う羽目になっていた事に、この土壇場でアネレという超超超強力な創造主を引いたエレナの豪運に感謝しながら、一同はマキナ=プリンスの奮戦を静観する。
数時間にも及ぶ激しい戦闘の末に、マキナ=プリンスは災厄の呼び出した邪神数十体の全ての討伐を終える。
災厄はマキナ=プリンスが倒した端から新たな邪神を呼び出したが、どれだけ戦ってもマキナ=プリンスが衰える様子を見せないので、これ以上は無意味と退いたのである。
「……馬鹿な、出鱈目だ、同じ神同士である筈なのに、ここまで性能に差が出るなんて、何故ここまでぶっ壊れた性能をしているんだ」
例えるならHP攻撃防御、全てのステータスがカンストしているような強さが今のマキナ=プリンスである。
天上知らずのその強さは、破滅を間近に控えた世界には有り得ない程のミュトスを内包しているという事であり、本来のマキナ=プリンスとは比較にならない限界の限界を超えた、数値化不可能な能力値であった。
「我ノ力ノ源ハ、ソコノ巫女ナラザル魔女カラ喰ラッテイルモノダ、彼女ノ集メタ`ミュトス´ヲ糧ニ、我ハ存在シテイル」
「え、私から?、でも、私の中にミュトスなんて……」
エレナはプロメテウスの先代の『災厄』、モリガンであり、モリガンだった頃は災厄と同じ様にミュトスを収集していたが、それは調律の巫女との決戦において大方失われた物であり、エレナ自身にもモリガンだった頃の記憶は無い。
しかし、エレナがリページという力を使う事で、リページされる前に起こった出来事、巻き戻しの因果律によるミュトスは全てモリガンに吸収される、だから実はエレナ自身にも、ある程度のミュトスの蓄えは存在するが。
だがまだ四人で旅をしている頃のエレナの集めたミュトスなど、デウスとなったマキナ=プリンスを召喚するには雀の涙ほどの物であり、エレナの集めたミュトスだけでは到底マキナ=プリンスの全力を引き出すには足りない。
勿論そんな事すらエレナは分からないが、アンデルセンと接続したレヴォルには、それが誰の集めたミュトスなのか、思い至る事が出来た。
「……そうか、パンを踏んだ少女が同じだけのパン屑を拾う報いを受けたように、ミュトスを破壊した魔女は、同じだけのミュトスを集める報いを受けた、……そういう事、なんだね」
仮に全ての記憶を消して、元のエレナに戻ったとしても、モリガンの犯した非道、罪は消える訳でない。
全てはデウス・アンデルセン、通称`お月様´に唆された事と言えども、モリガンはそれらと統合された人格であり、モリガン自身の罪である事は否定できないからだ。
だから、エレナの過去にして魂の片割れであるモリガンは、この場におけるミュトスを捻出する為に、繰り返しの世界の中で、何度も、何度も集めていたのだ。
世界を救うためのミュトスを。
それが、魔女の受けた「報い」だったから。
「居るんだろ、モリガン、君が俺たちの為にミュトスを集めてくれたんだ、だからせめて、礼くらい言わせてくれないか」
レヴォルの問いかけに答えるように、エレナはモリガンへと入れ替わる。
エレナとモリガンは一つの魂でありながら二重人格のように分割されている為に、入れ替わると姿も別人のように変わる。
元のエレナを成長させた妙齢の美女へと姿を変える。
「礼など不要よ、これは私がやりたくてやった事だから、だけどもしも私を憐れむ気持ちがあるのなら、貴方の想像剣で
モリガンは礼よりも裁きが欲しいと、
レヴォルの想像剣の持つ性質は運命の解放。
魂だけの存在であるモリガンに使えば、その魂は役割から解放されて昇天する事になるだろう。
モリガンがそれを望むという事はつまり。
「……君も、ファムさんと同じ、魂だけの存在でありながら、贖罪の為に繰り返しに生かされていたという事なのか」
「贖罪、だったのかしらね、私はただ死ねなくなった哀れなかぐや姫だと捉えているのだけれど」
「じゃあやっぱり、君も繰り返しをしている存在なんだね」
レヴォルは夢想した、世界を救うためのミュトスを集める為に、一体どれだけの世界の滅びを繰り返してきたのかを。
「……どういう事?繰り返しって、エレナちゃんがモリガンだっていうのも驚きだけど、こっち側の人間じゃないエレナちゃんがファムさんと同じ繰り返しをどうして?」
「いや、繰り返しているのはモリガンだけだ、モリガンは、こっち側の住人でも、俺たちの世界の住人でも無い、もっと前で、もっと遠い、原典の調律の巫女がいた世界の……」
「ちょっとまて、原典って、それじゃあどうしてここまで来れたんだ」
アリシアとティムは混乱し、それぞれ疑問をぶつけるが、モリガンはそれらを静止して振り返る。
「……その前に、こちらの世界の災厄さん、貴方は、ルイスね」
「へぇ、分かるんだね、一発で見抜いてくれるなんて嬉しいなぁ」
「ふふ、貴方ほど分かりやすくて、底が見えない魂の持ち主は他に居ないからね、まぁ『グリムノーツ』のメンバーなら全員見抜けるけど」
「それで、僕に何の用?、悪いけど僕の話は少女優先だからね、一人前のレディには多くは語ってあげないよ」
「いいわよ、全部分かってるから、貴方の望む救済は、「アリスの普遍化」、アリスの名前が物語になったからこそ、物語の呪いによりアリス・リデルは不幸となり、その運命を嘆いてカオス・アリスが生まれた、その因果はアリスの味方である貴方からすれば決して許せないもの、だから、正論で虚飾しつつも、その願いは世界に「アリス」と「ナンセンス」を増やして、この想区のアリスのようにアリスのその後の運命と、アリスの普遍化によりアリスの特別性を除外する事で、物語の呪いによる主人公の悲劇化を阻止することが貴方の目的、だけど貴方の本当に救いたいアリスはたった一人、贖罪するべき相手はたった一人なのに、全てのアリスを救わなくてはならないという矛盾した業を孕んでいる永遠に終わらない懺悔」
モリガンは滔々と、災厄の秘めた野望を明かした。
それはモリガンにとっての既知であり、何度も繰り返した行為だった。
「全ての少女の味方をするって大変よね、本当はたった一人に愛を告げて、一人に贖罪すればそれでよかったのに、それが出来ないから世界まで背負う事になるんだから」
「利いたふうな口を聞いてくれるじゃないか、君は僕の結末を見てきたのかい?だとしても、僕は……」
元のルイスを彷彿とさせる冷めた怒りで、災厄はモリガンを黙らせようとするが、モリガンは飄々とした風に、気にも留めなかった。
「ルイス」
モリガンは一瞬で災厄との距離を詰めると、相手の顔に手を翳す。
「さよなら」
それだけで災厄の魂はモリガンに吸収され、ミュトスとしてモリガンの糧に変えられた。
闇はより深い闇に飲み込まれる、それはこの想区で百年生きたルイスよりも、ここにいるモリガンの方が強大な存在である事の証明。
「な、創造主に匹敵する災厄を一瞬で」
「これが原典の災厄、真の魔女の力なのね」
モリガンは中身が抜けて動かなくなった渡り鳥の体をその場に安置した。
動かなくなった渡り鳥の元に調律の巫女が駆け寄る。
「そんな、災厄がおじさまで、その願いがアリスの救済だったなんて、そんな……」
この想区の調律の巫女はレイナであると同時に「アリス」の役割を与えられていて、だからこそこの鏡の世界、「鏡の国」で女王として君臨していた。
それは災厄が「自身の主役を調律の巫女とする」事で、己の野望を遂げる為の駒にしようと仕組んだ物であり、アリスの物語の普遍化を求めた結果の産物でもあった。
この想区の調律の巫女が当初行っていた「物語の多様性を作り出す」事も、災厄のルイスの目的の延長線上にある物であり、彼女はどこまで行っても傀儡に過ぎない役割しか与えられていなかったのである。
故にこの想区における調律の巫女は最初からずっと、彼の操り人形に過ぎないのだ。
「……さて、それじゃあ、本題に入りましょうか、アルケテラーへの道のり、そこに至る方法はいくつかあるけど、今回はルイスを吸収したからジャバウォックを使うわ」
アルケテラーの存在する異界は本来は「世界の何処にも存在しない」、次元を超えた世界にある。
だからこそ七人の創造主の力で『創造』する他に、その道を開く方法は無いが。
だがジャバウォックには、次元を超える力がある。
調律の巫女のアリスの想区で明かされたように、ジャバウォックに主役の力を取り込ませる事でジャバウォックは想区を渡る力を持つ、その力を基にして、万象大全で上書きする事で、次元を超えてアルケテラーの元へと至る事ができるのである。
「さて調律の巫女、この想区の現在の主役はあなたであり、そしてジャバウォックと適合率の高いアリスの器でもある、ジャバウォックが次元を超える力を手にする為には核が必要になるの、貴方が災厄に運命を仕組まれた意味、ここでの役割を果たしてもらうわよ」
モリガンは調律の巫女の少女に促す。
世界を救う為に、龍の贄となる事を。
「待ってくれモリガン、核となったら、彼女はどうなるんだ」
レヴォルはそれを聞いた所でどうにもならないと理解しつつも、この世界の摂理を痛いほど理解していた為に聞かずにはいられなかった
次元を超える程の力であれば『創造』に匹敵する反発が生まれるに違いない。
だったらとんでもない代償を要求されるのは間違い無いことだった。
「さぁね、ただ一つ言えるのはこれは完全に片道切符の旅になるという事、アルケテラーと接続して消滅する貴方には関係ないけど、ジャバウォックの核となった人間は永遠に世界を彷徨い続ける事になるわね」
「……だったら、他に方法は無いのか、誰かの犠牲を伴うなんてそんなの間違っている、俺を核にしたりする事は出来ないのか」
「今実現できる手立てはこれだけ、あなたは世界を救う為に生贄となる巫女を選ばなくてはならない、創造を扱える器でなくては出来ないから、だからエレナか調律の巫女か、どちらかを選ばなくてならないのよ」
「……そんなこと、認められる訳が無い、他に方法は無いのか」
「無理ね、こちらの世界には本物の創造主がルイスしかいなかった、後は全員代用品、だからこそ災厄は調律の巫女の覚醒と、己のイマジンであるジャバウォックを用いるしか無かった、だから道は一つ、貴方はこの理不尽で最悪の選択を下さなければならないのよ」
「そんな……」
どれだけ考えても納得なんて出来ない。
だけどやらなくてはならないからやるしかない、そんな苦渋の選択。
レヴォルは反芻する。
アンデルセンの物語。
死という救い。
他に選択肢が無いから、死を選ぶ主役達の心。
例えそれが自身の破滅であっても、役割として与えられたなら潔くそれを為していった創造主達の生き様。
この選択を受け入れればレヴォルはレヴォルでいられなくなるだろう。
今まで矜恃として抱えてきた甘さを全て捨て去る、何も感じない大人への通過儀礼となる。
だけどどれだけやりたくなくても、心を殺してでも、それはやらなくてはならない事。
レヴォルが「選ばれし者」で、そこに至る事を望まれているのであれば、レヴォルはやらなくてはならない。
やらなければ世界が持たないと知ったから。
これは彼女と自分の物語が滅びるか、世界が滅びるかという瀬戸際の選択なのだ。
そしてここに留まる事を自分も彼女も望んでいないから。
……それでもエレナは大切な仲間だ、犠牲にする事なんて考えたくない。
だからといって調律の巫女だって同じ、彼女を大切に思う人がいる以上、エレナと比較し命の軽重を比べたりなんて出来ない。
だからもし、これが地獄へ続く片道切符なのだとしたら。
道連れは責任を背負える相手でなくてはならない。
恨んでも、憎んでも、それを全部受け止められる相手で無くてはならないだろう。
これは贖罪も懺悔すらも許されない、一方的な裏切り。
だからこそ、
世界で一番レヴォルを愛している相手にしか許されないレヴォルの裏切りなのである。
それを今ここで強いられるのは、どう考えても時期尚早で、悪趣味で、救いの無い話だった。
レヴォルは身を切るような痛みを堪えながら何度も何度もその選択を逡巡した。
そのレヴォルが最も唾棄すべき、もっとも忌避すべき選択を飲み込むために、己の心を粉砕し、破砕し、踏み潰して、再構築したのだ。
それでも最後に確認する、
その時レヴォルは初めて、マッチ売りの少女と人魚姫の気持ちを、その境地を、ほんとうの救いとは何かを、垣間見た。
本当の絶望が何かを知ったのである。
「……それでもっ、他に方法は無いのか、例えどれだけ難しい事でも、可能性が低い方法でも、他にあるのなら、……俺にとってはそれが救いだ」
「……無いわ、分かっているでしょう、そんな都合のいい救いや逃げ道があるのなら、この世に悪人なんて存在しないし、誰も傷つく事なんて無いのだから、そしてこれは貴方の試練でもあるから、……だから貴方は逃げられないのよ」
そう、今はレヴォルが渡り鳥。
そしてここが渡り鳥が英雄になる為の試練の想区であるのなら、レヴォルは決断しなくてはならないのだ。
だからレヴォルはこの試練を生み出した神を呪って、自分が積み上げた
瞬間に胸から溢れ出る数多の感傷は、レヴォルの人生の色彩その物だった。
灰色に染まった罪の意識で、血を吐きそうな程に昂った怒りで、憎悪に曇った瞳をモリガンに向ける。
「分かったよ、ならモリガン、そしてエレナ、俺と一緒に……」
言いかけてレヴォルは気づく。
本来はまだ、レヴォルとエレナの関係性は共に旅する仲間程度の物であり、共に地獄まで添い遂げるような関係では無い。
にも関わらず、自身は何故、エレナを選び、そしてエレナにプロポーズ紛いの要求をしようとしているのか。
関係の前借りをしたような正体不明の既視感が駆け巡る。
「一緒に、何かしら」
「……なぁ、モリガン、教えてくれないか、繰り返しの世界の中で、俺とエレナはどういう関係だったんだ」
「恋人だと言えば犠牲にする事に躊躇いが無くなるのかしら、それとも幸せにすると約束してくれたと言えば、貴方は世界を見捨てて私と逃げてくれるとでも」
「……すまない、意味の無い質問だった、俺とエレナはただの仲間で、それ以外は関係の無い話だ、だから俺とエレナの関係性はこれからの物、だけどその未来まで担保にして、俺はエレナに破滅を強いているのだから」
自分のなそうとしている事の罪深さにレヴォルは臓腑が腐る錯覚と共に視界を濁らせ、絶望よりも黒い感情が渦巻く。
正義、理想、善性、潔白、そういったレヴォルの心象風景に広がる真っ白な世界は、元々存在しなかったかのようにガラスのように容易く砕け散った。
これまで積み上げてきた全ての理想が一瞬で崩壊する喪失感で、自我が消滅する程に強烈な自己否定に苛まれる
謝っても死んで詫びても何しても、この行いは認められないものだと分かったから。
そしてそんなレヴォルを見てモリガンは笑う。
「ウフフ、いい顔ね、綺麗事がお家芸の王子様が絶望し世界を憎む顔、とっても素敵よ、貴方はいつも絶望せず、憎悪を抱かず、愛と真実を語って自身の物語を信じていた、でも、それは限界があった、本当のどん底を経験した人間で無ければ、真の創造には至れない、だから貴方への試練として、私は存在しているのよ」
「……じゃあモリガン、君がここにいる理由は世界を救う為などでは無く、俺への試練として呼ばれたっていうのか」
「そう、私は流浪のモリガン、悠久を生きて尚死ねず、繰り返しに組み込まれた罪深き魂、そんな私に与えられた役割は、あなたにとっての試練、つまり、一種のシャドウとも言えるわね」
シャドウとはカオスヒーローが時を経て成長したものであり、自身の想区を滅ぼして霧の中を彷徨う存在である。
そして今ここにいるモリガンは原典から引き継がれた存在であり、本来のモリガンの存在を大きく超越した物であった。
「……じゃあ俺は、君を倒さなくてはならないのか」
「本来ならそうするのが習わしなのだけど、今回に於いては、もっと貴方の試練に相応しい役者がいるわ」
「……?、誰の事だ」
「二振りの想像剣、本来なら一つの筈の「ヴォーパルの剣」が二本生まれたその意味、それは二つの概念の決闘を強いているという事よ」
「決闘、だと」
「記憶は無いけど本来と同じ美しい心の持ち主と、記憶はあるけど本来と違う黄金の意志の持ち主、この二つの記号化された概念がここに存在する意味、そして与えられた因縁を考えればやる事は一つよ」
「じゃあ俺はノインと、果たし合わなくてはならないのか」
「全盛期の渡り鳥、それを超えて初めて貴方は真の主役となって世界の救済をなす資格を手にする、これがこの世界の正しい筋書きになるわ」
レヴォルがノインを見ると、ノインは気を遣って微笑みかけてくれた。
「気にしないでレヴォル、僕にはもう時間が無いんだ、どうせ放っておいても消える、それに一番やりたかった事はもう果たしたから、だからこれが最期の役割だというのなら、最期までやり通したい」
「……感謝する、ありがとう、ノイン、こんな事まで付き合ってくれて」
「お礼を言いたいのは僕の方だよ、ここまで来れたのは君のおかげ、本来なら使い捨てにされるはずの人形がこんな所まで来れたのは、君が連れて来てくれたからだ、だから、ありがとう」
レヴォルとノインは互いに頭を下げた。
それは決闘の作法と被る行為であり、互いに頭を上げた瞬間に、決闘は始まった。
レヴォルにとっての最後の試練が始まる。
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