第90話 復活の災厄
レヴォルの想像剣で切り裂かれたファムは、その封印を解かれて、元の渡り鳥の姿に戻った。
しかし、そのノインと瓜二つの容姿をしている渡り鳥は次第に空間を制圧するかのようなプレッシャーと絶望に染まった暗黒のオーラを放つ。
「おや、知らない顔が沢山、どれだけ眠らされていたのかは分からないけど、封印が解かれたという事は君達は僕の味方なのかな?」
真っ黒な何かに染まっている存在でありながら、気さくに災厄は話しかけてきて、身構えていた一同は拍子抜けする。
とにかくレヴォルは対話を試みようと対応した。
「俺達は箱庭の王国を持つ、調律の巫女の後輩に当たる存在で、今はこの世界を救いたいと思っている、だからアルケテラーへと至る道筋、それを教えて欲しい」
「なるほど、世界を救いたいけど、自力でミュトスを満たす術が絶たれて、やむ無く僕に泣きついて来たという訳か、確かに、こっち側には『グリムノーツ』がいないから、必然的にその在処を知るのは僕だけになる、うん、何もおかしくない、ただの必然だ」
災厄は、自己完結したように頷きながら、つまらなさそうに聞き返した。
「それで、君はアルケテラーに会ってどうするんだい?聞いてるかは知らないけど、アルケテラーと接続した人間は世界から消される、そこまでして君はアルケテラーに何を願うつもりなんだい?」
「俺が願うのは、全ての人々の救済と、運命の解放だ、運命で人々を縛り付けて従わせて、時には死まで強いるなんて間違っている、だから俺は、例え自分が死んでしまうのだとしても、それを成す」
「運命の解放か、なるほどね、確かに運命で無理矢理人を従わせるのは良くない事だ、間違っていると言いたくなる気持ちも分かる、でも、それをしたらどうなるか、君は分かっているのかい?」
「……?、どういう事だ、運命が無くなったら、何か問題が起きるという事なのか」
「いいや、それ以前の問題だよ、昔話をしよう、昔昔、その世界は貧困もなく、身分もなく、人々は自由で、豊かな文明を築いていた、しかし世界は滅びた、何故か分かるかい?」
「……戦争か」
「流石にそれくらいは分かるよね、僕が言いたいのはそういう事だ、人々を自由にのさばらせれば、競争心が加熱し、闘争本能が蘇る、そうした社会が継続すれば何らかの飢饉や災害をきっかけに火蓋が切られて、容易く滅ぼし合う結果に繋がる、だから人間が人間らしくあってはならないんだ、賢く見えても結局はエゴイズムに従うのが人間なのだから」
ホッブズのリヴァイアサンのように、人の自由な状態とは権利の主張による闘争であり、自己責任を追求した社会になれば、詐欺と犯罪が横行するようになる。
だからこそ、世界は統治の一環として運命で人を縛り付けていると災厄は暗に語っていた。
「……確かに、小を殺して大を生かすような、そういう管理の下でなら、大きな災害も戦争もなく、人々は滅びる道を辿る事無く栄える事が出来るのかもしれない、だけど、それは生かされているだけだ、他人の言葉で、他人の道理で生きている人間は家畜と同じ、自分の人生を生きていない、なぁ、あなたにとって、人間にとって一番大事な物はなんだ」
「……人生、だろ、分かるよそれくらい、でもそれは個人の理屈だ、人類全体で見るのならばやっぱり優先するべきは種の保存、特に優れた人間だけを先ず最優先に生かす世の中にしなければならない、そうしなければ人類は滅びてしまうんだよ、仮に人類が滅亡寸前まで追い込まれても生き残れるような、そんな個人でなく強い人類を生かす世界にしなければいけないんだよ本来は、それが世界に神が生まれたきっかけなのだから」
「俺はそうは思わない、人類だって滅びるなら滅びればいい、それこそが正しい運命だ、その為に他者を犠牲にして生き延びる世界にするなんて間違っている」
「ああ、確かに間違っている、だけど、それでも正しい事なんだよ」
「……どういう事だ」
「前提条件の違いさ、例えば餓死確実の無人島に漂流して、三人いるけどイカダには一人しか乗れなかったとする、君ならどうする?」
「……俺は泳いで頑張る、かな」
「……脳筋な解答をありがとう、僕の答えはこうだ、殺し合いをして勝った人間がイカダに乗る、無人島に残れば確実に死ぬし、イカダに乗っても助かる見込みは低い、だったら一番屈強な人間が水も食料も万全の状態でイカダを漕いだ方がまだ可能性がある、これが乗った人間が助かる椅子取りゲームだったならばくじ引きで決めればいいさ、でもそうじゃないならば、必要とされる能力や才能その他の適正が問われるのならば、それに即して物事は考えるべきなんだ」
「待ってくれ、殺し合いなんてする必要は……」
「命を秤にかけている状況で殺し合いにならない方がおかしい、君は人を殺してまで生き延びる事を是とは思わないかもしれないけどね、それでも世界はずっと昔から、選ばれる人間と選ばれない人間に分けられていたんだ、自然淘汰という形で、だからどんな事をしても、生き残った人間が勝者なんだよ」
死人に口なし、どんな非道を行ったとしても、死んでしまえばそれは詰られることは無い。
だからこそ生き残る事、そして生かす事、それがこの破滅を目前にした世界において最も優先する道理であるというのは確かに正しい。
「確かに死んでしまえば元も子も無いが、しかし……」
「君はそれを否定できるのかい、間違っていると言えるのかい、確かに生み出されるのは管理による支配だが、それはエゴでは無く全体の利益を考えて生まれた物で、個人には出来ない苦しい決断や切り捨てをする為に支配があるんだ、それを自然に戻すのは、時に個人に重責を負わせ、時に不要な犠牲を強いる混沌の時代を生むことになるというのに」
正論だ。
レヴォルはここまで自分の理想は正しいと、全ての人を救うには、全ての人を平等に、対等に扱うしか無いと考えてきたが、災厄の語る正論にぐうの音も出ないほどに打ちのめされる。
自分の考える理想が浅はかで稚拙なものだといたたまれなく思うくらい、レヴォルは災厄の正論に打ち負かされるが。
「むうう、ちょっと待って、それはおかしいよ」
「え、エレナ?」
「だってレヴォルは自分は泳いで頑張るって言ったじゃん、だったら他のみんなも泳いで頑張るって言うに決まってるじゃん、だから殺し合いになんかなるはず無いのに!!」
「いや、流石に泳いで頑張るのは俺以外真似出来ないというか、半分自殺行為みたいな物だし……」
そもそも全員泳いで頑張ったとして、全員助かる見込みはほぼゼロに等しい物だろう。
「自殺でも、自分で選んだなら殺されるよりマシでしょ、それに人を殺すくらいなら私なら絶対泳いで頑張る!!、だからレヴォルは何も間違って無いと私は思う」
「……!!、そうか」
エレナの言葉で、レヴォルは自身の過ちに気付く。
自殺と他殺では違う。
他人の為に殺されるのと、他人を生かす為に死ぬのとでは、結果は同じでも、ミュトスの関係で言えば全く違うのだ。
災厄の語る世界は初めから勝者と敗者の分けられた、真に区別された世界だ。
危機にあっては初めから犠牲になる人間が決まっていて、争いや波紋も無く、全てがつつがなく進行していくだろう。
でも、それでは駄目なのだ。
世界に求められる物がただの
他者を思いやる献身も、誰かを救おうとする施しも、もしかしたら善も悪も無いのかもしれない。
だからこそレヴォルの主張は間違っているのだとしても、この世界においては圧倒的に正しい。
善悪が入り乱れる世の中だからこそ。
正義が絶対では無い世の中だからこそ。
その中で抗い、受難し、救済に至るドラマが生まれるのだから。
「ありがとうエレナ、やっぱり君はすごいよ、最強だ」
「?、なんかよく分からないけどどういたしまして」
レヴォルは再び災厄に反論する。
「管理された世界、それも確かに正しい世界の在り方なのかもしれない、でも、この世界ではそれが限界なんだよ」
「限界?、利いたふうな口を聞くじゃないか、それじゃあ君の望む、混沌の世界こそが正しいとでも?」
「……お前には分かるまい、世界に絶望し、正論しか語れないお前には、自分の物語の為に死ぬ者の気持ちは」
レヴォルの中にある理想には、尊く美しい物語の光があった。
それが運命だったとしても、運命じゃなかったとしても、彼女達の心の美しさだけは、誰にも否定させられないものだ。
「ああ、分からないね、ナンセンスだ、死ねば終わり、その先の事なんて分からないのに、死ぬ奴は馬鹿だよ」
「だけど世界は、その馬鹿によって歴史を紡がれてきた、だから俺も、それをなそう」
自分の命と引き換えにして世界を救った英雄は数多くいるが、その意思は誰か受け継ぐ者がいなくては消えてしまう。
だがその意志を感じて、それをなそうと思う人間は少ないだろう。
それでも途絶えなかったからこそ、世界において、献身という最も美しい物語の形は、原初から現在まで幅広く語られて来たのである。
世界が犠牲を強いるのだとしても、全ての人類が生きられない世の中なのだとしても、その中で抗い、そして人類が滅ぼし合わない方法を模索する「英雄」は確かに存在していたのだから。
「愚かな、人類は破滅を前にしても戦争を止められなかった愚かな種族だ、だからその過ちの遺伝子を修正する為に、
「そんな
「それじゃあ平行線、だね、僕と君の望む救済は全く逆の世界を望む事になる訳だ、それで君はどうするんだい、意見の合わない僕を殺して、その意志を踏みにじるのかい」
災厄は互いの意見に妥協点が望めない事を悟り、レヴォルのこれからを尋ねた。
言葉はどれだけ交わしても水掛け論にしかならない、ならその意志を貫く方法は最早武力で雌雄を決するしかないと、うんざりとしながらレヴォルの宣戦布告を待つが。
「……確かに俺と貴方の意見は絶対的に
「……ナンセンスだね、交互になす、そうすれば確かに僕らの乖離している二つの概念は互いに遂げられるだろう、だがそれは二つの正義、神が同時に存在する事であり、例えるならば一神教の唯一神の筈の神が二人いるような、矛盾、
「……それでも片方を否定して、一方だけを残すのは結局、自分の正義の為にその他を踏みつけるのと同じだ、だったら両方残すしかないだろう、だってどちらも正しいのだから」
「そうだね、その通りだ、正義も真実も一つじゃない、…仮に夜空の星々が全て消えていたとしても、我々がそれを知る前に我々の寿命は尽きる、だから観測された結果こそ全てだ、観測者の視点の違いで真実は容易く変わるのがこの世界だ、…だからこそ、矛盾もまた世界のあるべき姿になるのだろう、それでもね、全てを知る僕はもう、血を見るのも、滅びの絶望を見るのも沢山だ、だから、戦って決めようじゃないか、やっぱりそれが一番後腐れが無くてはっきりしている」
災厄は諦観と絶望から出る嘲笑ではなく、ままならないながらもその道を選べない自分を卑下するような笑みを浮かべた。
「僕を否定しなかった君へのせめてもの手向けだ、僕が負けても僕は君の体を奪わず、そして君の主張の通りに共にアルケテラーへと至る事を約束しよう、君は他の誰とも違う、全てを受け入れられる運命の持ち主みたいだから、負けたら潔く、君の
災厄は己の願いの為に何度も繰り返す存在であり、敗北という滅びを迎える度にワイルドの紋章の持ち主の体を奪って転生する存在である。
だからもし仮に、レヴォルが災厄を否定し、武力によって災厄を打倒したとしても、『創造』の力をエレナが扱えない為に、レヴォルは災厄に体を奪われるだけで、レヴォルはアルケテラーに至る事は出来なかった。
だからレヴォルが災厄を否定しない道を選んだのは奇跡と偶然から生まれた、唯一ハッピーエンドに至る道筋なのである。
「分かった、だったら俺は、俺の全てを賭けて、俺の夢を果たし合う!」
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