第86話 エクス・オデッセイ8
世界の危機を知ったエクス達はパーンの指示の元、災厄の魔女に先んじて万象大全の収集を行った。
世界の寿命の話を聞いたパーンは、ある程度予想していたようで、だからこそその真実を知る自分達にこそ世界を救う義務があると、更に研究に熱を入れるようになった。
ファムは変わらずエクスと旅を続けていたが、一つ、また一つと想区を超えていく度に、自身の終わりを感じ、次第にエクスと距離を取り始めた。
ファムの内にある恋情は、これ以上なく膨れ上がっているが、だからこそ、その想いを告げることは無い。
死人の自分が想いを告げる事は、心中を強要する事になるからだ。
焦がれる切なさに引き裂かれそうになりながら、ファムは変わらずエクスを見守り続けた。
死ねばこの苦しみから解放される、だからそれまでファムは己の感情を押さえ込んだ。
そして万象大全を集め終えて、残す想区もあと二つとなった頃。
「ほう、よく集めたね、これで後は災厄の魔女を倒すだけ、調律の巫女の覚醒の方は順調かい?」
「・・・それが彼女、僕達が先回りして毎回想区の解決をしていたせいか、調律すら満足に出来ないくらい力を持て余していて」
「むぅ、ならばそれはこちらで解決するしかないか」
「どうするんですか?」
「これを使う」
そう言ってパーンが取り出したのは金と銀の細工が施された虹色に輝く導きの栞だった。
エクスとファムが収集した創造主の遺産を素に、パーンが開発した物である。
「これには創造主との
無論、接続された存在が「創造」を行う場合は、正当なる力の継承者では無い為に世界の反発は本来よりも大きくなる。
もしも創造物に本来加わる反発力を相殺するのなら、その代償として自身の存在が消えるだろう。
だがパーンは、その命の使い方こそが自分に相応しい結末だと、納得していた。
「君達の分もある、是非とも災厄の魔女を倒すのに役立ててくれ」
そう言ってパーンは虹色の栞を四つ渡してくれる。
いつも通りの短い挨拶を交わして、パーンは二人を見送った。
「・・・来たか」
パーンの背後から一人の女が近づいてきた。
全身を漆黒の衣装に包んで、見る物に恐怖と畏敬を与える、狂気と混沌の象徴である災厄の魔女。
パーンはゆっくりと振り返り、彼女と対話する。
「へぇ、分かっていて逃げ出さなかったなんて、どういう事かしら、貴方、自分がスパイだとバレていると、理解しているのでしょう」
「だからこそ君の足止めをする事にしたんだよ、創造主ドロテア・フィーマンとの
「なるほどね、一応聞いてもいいかしら、何故彼らの味方をするの、貴方は彼らと、なんの縁も無い筈でしょう」
「・・・そうだね、私は彼らと何の縁も義理も無い、それでも私が彼らに協力する理由はあるんだよ」
「理由、ね、ナンセンスな物で無ければいいけど、一応聞いてあげるわ、何?」
「・・・彼は私の協力者だ、だから私の願いを叶える為の協力関係だった、だけどもう一つ、彼は私にとって重要な役割を持っていた、私の求める答えの、たった一人の「答えを出せる者」だったんだよ、だから私と彼の出会いも、ナンセンスでは無い」
この世界は「英雄」と「そうでない者」の二種類しかない。
そしてパーンは人によって生み出された命という悲劇の英雄でありながら救われて、その余生を惰性のように生かされた事に疑問を感じていた。
だからパーンは知りたかった、「英雄」の生まれる意味、「そうでない者」の生まれる意味。
普通ならば、そうでない者は皆引き立て役に徹し、英雄も華々しく散るのが運命の筈だ。
しかしエクスは、誰が見ても英雄では無いのに、普通の少年にしか見えないのに、英雄になろうとしている。
だからパーンは、少年の結末に、行き着く先こそに、自分の知りたい答えがあると思った。
運命とは、与えられた物だけでは無いと、本人の選択と努力によって引き寄せる物だと、そんな世界の摂理に反した結末を、パーンは誰よりも見たいと思ったのだ。
「ふぅん、答え、ね、そんなもの知った所で何になるというのかしら、悪意の無い欺瞞と虚構を取り除いた先にある物なんて、残酷な真実しか無いというのに」
魔女は憐れむような、儚むような、この世の無情を語るような瞳を向けながら、パーンの答えに嘆息する。
「・・・もしかして君は全てを知っているのか?、この世界の仕組みも、その姿も・・・」
「ナンセンスね、言ったでしょう真実は残酷だって、この世で最も残酷になれるのは、この世で最も真実に近い存在だという事よ」
「・・・そうか、だったら君の野望、その根底にある物は」
「ふふ、万象大全の収集、調律の巫女にちょっかいかけつつ並行してそれを行うのは流石に骨が折れる事だけど、まさか先回りして収集してくれるなんてね、おかげで余った時間を使って、この体を完全体にする為のミュトスの収集が捗ったわ」
そう言って力を解放させる災厄の魔女の体から、青と黒、二つの色の混じったオーラが発現する。
その圧力は原典の災厄の魔女にも引けを取らない強烈さだ。
「体を乗り換えたか、これほどの闘気、器となった少女はやはり創造主」
「ふふふ、前の体は代用品故に血統もあやふやだったからね、しかしこの世界には「正当なる巫女の末裔」の血統が存在しない、だから作らせてもらったわ、貴方の想区の技術で」
パーンの想区にあるのは「人の造りし人間」の研究。
即ち、無から生み出された人間の代替物の技術である。
「何!?、それではまさかその体は」
「そう、今の私は災厄の魔女にしてドロテア・フィーマン、終焉の語り手にしてこの世界の革命を担う最後の一ピース」
パーンの奥の手、ドロテア・フィーマンを災厄の魔女が取り込んだという事は、「創造」を行うには調律の巫女を覚醒させるしかなく、そしてそれは絶望的な状況だった。
この世界の調律の巫女も「正当なるフィーマンの後継者」ではなく代用品だからだ。
創造主の力が本人では無く、武器や宝具の方に象徴されているというこの想区のルールに則り、調律の巫女もまた、「箱庭の王国」無しには力を扱えない程度の存在だった。
だから災厄の魔女がドロテア・フィーマンを取り込んだ時点で、パーンは他のフィーマンの後継者を探さなくてはならないが、別世界の存在である「
だから災厄の魔女がドロテアとなった時点で、パーンの計画はほぼ詰みの状態になっていた。
「まさかこちらの行動が全て読まれていたとはな、私は空白だから分からないが、それも全て君の筋書き通りという訳か」
「ふふふ、どうかしら、貴方のスパイ行為に気付かないフリをして泳がせておけば自分に利する結果になるのは簡単に予想できたしね、ねぇ、筋書きに逆らえないなら、運命なんてナンセンスだと思わない?、諦めて従うのが利口よ」
災厄の魔女は徒労に励んだ事を嘲るように、パーンを挑発するが、パーンは首を横に振る。
「・・・いいや、私は半分予想していた、「お月様」はとても慧眼で狡猾で明晰だ、だからこちらの期待を裏切って二手三手上を行くのも予想していた事だ、だからこの場は私の負けで、私は死ぬだろう、しかし」
エクスやファムと同じように、パーンも二週目だったからこそ、災厄の魔女については達観して見る事が出来たのである。
「へぇ、まだ秘策があるのかしら」
「ああ、君ほど知っている訳では無いが、私にも知っている事がある、だから」
パーンは自身の運命の書に、虹色の導きの栞を挟む。
本来は空白の書の持ち主しかヒーローと接続する事は出来ない。
しかし教団の研究の成果物として、生身のヒーローの魂と接続できる物や、空白の書以外の人間でもヒーローと接続できる物が作られていた。
「後は、託す事にするよ」
「貴方、私の中のドロテアと接続しようとしているの?」
「そうだ、君の中のドロテア・フィーマンも、君と接続するくらいなら、私を受け入れるだろう、だから接続で君の中のドロテア・フィーマンの魂、そして創造の力を奪い取る」
「馬鹿な事はやめなさい、魂の綱引きなんて、ドロテアだけでなく私達の魂にすら後遺症が残る危険な行為よ、自爆するにしてももっと別の方法があるでしょう、こんな事したら私も貴方も廃人になって、それだけならまだいい、一番最悪なのはそこから代役に替えられる事よ、そうなったら互いの努力が全て水泡に帰すわ」
「ふ、心配しなくても、私にはそうならない為の保険がある、だから君が絶対予想出来ない手段を奥の手として用意していた」
「・・・つまり玉砕覚悟という訳ね、厄介だわ」
災厄の魔女は思考した。
今ここでドロテア・フィーマンの魂を手放さなければ魂の綱引きによって自身の人格が粉砕される。
しかし手放してしまえばそれは自身にとって最悪の状況であり、下手をすれば「万象の想区」に至る前に決着が着くほどの痛手だ。
相手が玉砕覚悟が望んで来るのならば。
自分も、その覚悟を受け入れるしかない。
パーンも、この駆け引きによる見返りの大きさを理解している、だからこそ玉砕を恐れずに突っ張っているのだから。
だから例え自分の魂が粉々になっても、その勝負に乗るしか無いのだ。
数刻後、魂の綱引きを終えたパーンは、死んでいた。
否、正確には魂の綱引きによって死んだのでは無い、災厄の魔女が引かないと見るや、自分の体に火を放ち、持っていた運命の書ごと灰になったのである。
災厄の魔女の持つ権能である「捕食」をされれば、ドロテアの魂ごと吸収されてあがきが無駄になるだけでなく、パーンの知識も吸収されてしまう事を恐れたからだ。
だからパーンは、ここでドロテアの魂ごと消滅する事を選んだのである。
「・・・最悪ね、こちらの切り札を奪われるなんて、飛車角落ちにも等しい損失だわ」
魔女はパーンが自決した時点で綱引きを中断してドロテアの魂を手放したが為に魂の分裂を回避したが、ドロテアの魂に宿っていた「創造」の力の権限も失った為に、魔女の計画はパーンによって破綻させられたのである。
「くっ、・・・新しい肉体を探さなければ、この肉体はもう、長くは持たないか」
ドロテアの肉体は本来はこの世界に「存在しないもの」である為に、創造の反作用と同じ、修正の排斥力を受ける。
今まではドロテアの持つ「創造」の力で中和させる事で世界の排斥力を相殺していたが、ドロテアの魂が消滅した今となっては、この体の寿命は三日と持たない物だ。
仮に肉体が消滅した場合、本来の筋書きを無視している災厄の魔女にストーリーテラーが新しい肉体を与える可能性は低い。
調律の巫女や、一つ前の災厄の魔女の肉体と同じ適正の低い代役に置き換えられて、そして今宿っている災厄の魔女の基になった魂は「
だからもう、道は一つしかない。
「調律の巫女を覚醒させる事と、渡り鳥の肉体を奪う事、それしか道が無くなり、この二つが一つの手段で叶えられるというのは、どういう因果の結果なのかしらね」
調律の巫女は渡り鳥に懸想をしていて、それ故に彼女は調律の力を持て余している。
そして渡り鳥は自身がもっとも力を発揮出来る、「ワイルドの紋章」を持った体だ。
この二つの因果が重なり合っている事は、魔女にとって僥倖だろう。
魔女もまた、定められた筋書きという運命の強制力という神の導きを、感じずにはいられなかった。
次はアーサー王の想区。
結末を迎えるにはまだ早いが、元より魔女は運命に抗っている存在だ。
だから逃れられない運命を感じつつも、最後までそれに抗うのであった。
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