第85話 エクス・オデッセイ7
エクスとファムの二人は数週間かけて遺跡のある渡り鳥の想区の東の果て、約束の地にやってきた。
そこは人の住まない砂漠であり、そこに遺跡を設けたのが神の意思による物ならば、それはまさしく人を寄せ付けない神殿としての威厳を示す為なのだろう。
地の果てに造られた無機物の神殿。多くの建造物が砂に埋もれている中で、その神殿だけは依然として聳え立っていた。
二人は今まで見た事も無い様式の石造りの建造物の中に入っていった。
「・・・結構広い所に来たね、道中に罠なんかは無かったけど、もしも防衛装置があるのならば、そろそろ来てもいい頃合いだと思うけど」
「・・・待って、この像」
探索して数刻、辿り着いた広間の中央に鎮座し強烈な存在感を放つ像。
中世の騎士の鎧に身を包んだケンタウロスのようなその姿。
それは箱庭の王国に宿るイマジン、マキナ・プリンスに酷似していた。
そして、その像がこの広間に置かれている意味。
そんなの、一つしか考えられない。
像の瞳が炯々と光を放ちエクスとファムを射抜く。
「我ハ問ウ、汝、何者也」
マキナ・プリンスとは幾度となく戦った経験があるが、流石に二人きりで戦うのは分が悪い相手だ。
その巨大さはエクス達を蟻のように踏み潰せる程であり、単純な質量の差がある為に正面から戦う事が出来ないからだ。
エクスは戦闘を避けられるように質問の正解を考えてから答える。
ここが神殿で、彼がその番人なのだとしたら、ここに隠されているのは神に関わる何かだ。
だから彼は自分達が不届きな盗人か、神に謁見する資格を持った神官か、それを問いている。
パーンが言っていた。
調律の巫女は神に仕える一族の末裔だと。
ならば。
「僕達は、調律の巫女の使いで来た空白の書の旅人だ、だから道を空けてくれないか」
「ナラバ我ガ力ヲ以ッテ再ビ問オウ、真実ヲ知ル資格ノアル者カヲ」
言うや否や彫像の騎士は、途端に彩色され、黒金の鎧を纏ってエクス達に襲いかかった。
「ニシシ、どっちを選んでも戦闘不可避の選択肢とはね、まぁこれもお約束か、仕方ないね、いける?」
「・・・任せて!、僕が守るから、だからファム、援護をお願い!」
エクスとファムはたった二人でマキナ・プリンスと対峙する。
四人がかりでも苦戦を強いられた相手だったが、今のエクスはあの頃よりも一回り以上に強くなっていた故に、なんとか二人でも撃退する事が出来た。
「はぁはぁ、これでどうだ」
「合格ダ、汝ノ資格ヲ認メヨウ」
倒した筈のマキナ・プリンスは一瞬で損耗を再生させると、元の位置に戻り、彫像の姿に戻った。
「・・・手加減されてたみたいだね」
「それでも勝利は勝利だ、あのデカブツに勝っちゃうなんて、渡り鳥くんもやるねぇ、見直したよ」
「ファムの援護のお陰だよ、一人だったら勝てなかった」
「またまた謙遜を言ってー、今の戦い、渡り鳥くんは一撃も貰わずに全部捌いてたじゃない、今のは渡り鳥くんの手柄だよ」
昔は傷だらけになったのを自分の魔法で回復していたのに、今はもう必要無いくらい強くなったエクスを見て、ファムは切なさに胸を痛めた。
本当はその成長を喜ぶべきなのに、エクスの隣にいる自分の必要性が消失した事が悲しかったから。
「・・・最強の防御回復魔法もお役目御免だね」
「え、何?」
「何でもないよー」
エクスはもう一人でもやっていける。
だから私の役割なんてもう無いのかもしれない。
きっとこの渡り鳥の想区が完結する頃にはエクスは誰よりも強くて優しい、最高の王子様になっている事だろう。
引き際を見極めなくては一生離れられなくなる。
だからキリのいい所で別れないと、未練を残したまま死ぬ事になる。
それはファムにとって一番報われない結末なんだろうなと、どこか他人事のような気持ちでファムは自分を皮肉った。
遺跡の最奥。
そこはここが砂漠だった事を忘れそうになるくらいに大量の水が湧き出る、大きな水槽に占められた場所だった。
「大量の水、神殿、・・・そうか、ここは」
最下層に降り立ったエクス達を一人の女が出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました空白の旅人よ」
「キュベリエ・・・、ここはキュベリエの神殿なんだね」
普段よりオクターブ低い声で、キュベリエはエクス達を出迎える。
普段は朗らかで笑顔を絶やさない女神だが、ここにいるキュベリエは違った。
無機質で無感情な、事務的でマニュアル的な機械のように振舞っている。
「神殿という答えは正しくありません、女神キュベリエは神でありますが、その権限はあくまで調律の巫女を
「守護するって、ここには何があるの?」
この水槽しか無い部屋でキュベリエが何を守っているのか。
「ここにある物は「世界の寿命」です、正確には世界を形作り、世界を意味付けるもの
「世界の寿命って、まさかその水が?」
エクスは目を丸くして問いかけた。
ここには水槽の他には何も無い。
だから必然的に水槽の水がキュベリエの言うミュトスの源と言う事になる。
「ただの水ではありません、この水は「沈黙の霧」が凝固して地面に染み出して流れて来たもの、ここはその水を再び霧に変えて循環させる、そんな装置のある場所」
「・・・ちょっと待って、なんで沈黙の霧がミュトスになるの?」
「それは、沈黙の霧が「物語になれなかった者達」の成れの果てだからですよ、生きる事を許されなかった淘汰された魂、この世界はそんな落し子達のミュトスを食らう事で成り立っているのです」
「沈黙の霧が物語になれなかった者達の成れの果て・・・、じゃあもし仮に想区が滅びたらそこに住んでいた人達は」
「ええ、はざかいの想区や、他の想区に吸収されない限りは、沈黙の霧として、まさしく雲散霧消と蒸発する事になります」
今現在存在する多くの沈黙の霧は数百年前に起こった「意味消失現象」の際に出来たものだが、その霧の濃度、範囲は時と共に広がっている。
それを防ぐ為にここに貯水池を作り、霧の量を調節しようとしていたが、それも限界が来ていた。
「そんな、この水が元は人間だったなんて・・・」
その話を聞かされたら、この世界の全てが神の創造物という話も信憑性を帯びてくる。
元々人間がヴィランという獣に変えられる世界ではあったが、それはまだ「魔法」で説明できる話だ。
だけど人間が霧となり世界を隔てて、やがて水となるのは、あまりにも常識を飛び越えた現象だ。
エクスは自分の中の常識がひっくり返るような衝撃に言い様のない寒気を覚えた。
「さて、言いました通りここには世界の寿命があり、そしてこの世界にはもう寿命がありません、だからここに来た貴方達の役割として、私の頼みを聞いて貰えませんか」
「寿命が無いだって、ここにはこれだけ沢山の水があるのに」
「致命的な欠陥です、この水槽の底には穴が空いています、「異界」へと繋がる穴が、だからどれだけ水を注いでも満たされる事は無い、そしてミュトスが満たされないから新しい物語が生まれない、新しい物語が生まれないから世界はどんどん縮小し、やがては全てが消失するでしょう」
「だったら穴を塞げば」
「それは最終手段です、この穴は人為、いえ神意で穿たれたもの、穴を塞ぐという事は、流失した水を失うという事、それは世界にとって必要なミュトスを喪失した状態で物語を生み出す事になり、様々な欠陥が生まれる恐れがあります」
「・・・ならどうすればいいの?」
「簡単です、ミュトスを生み出して、自分達で新たな物語を紡ぎ、世界を広げる事、今現在の状況は世界が縮小していっているがために、圧力がかかり外へと流失していっていますが、その密度を緩和させ余丁をとる事で、流れた水も帰ってきます」
「自分達で物語を紡ぐ・・・」
「まぁ、そこは難しく考えなくていいんじなないかな、私達には災厄の魔女っていうおあつらえ向きな悪役がいる訳だし、彼女を倒す事を目的に旅をしていれば英雄になれると思うし」
少なくとも途中でおっ死んだ自分ですら英雄として昇華されたのだから、エクスならば誰もが認める英雄になれるだろうと、ファムは確信していた。
「さて、話は以上です、他に何か質問はありますか?」
とにかく災厄の魔女を止めても止めなくても世界の危機に瀕しているという事は理解した。
世界が悪循環に陥っている事も。
それを止める為に何が出来るのかは曖昧だが、キュベリエに聞いて答えが分かるものではないだろう。
彼女はいつも「禁則事項」を守った制限的な開示しかしてくれないのだから。
だからファムは別の提案をしてみる事にする。
「一応、今は世界の危機、緊急事態って事になるんだよね、だったら女神秘蔵の最強装備とか貸してくれてもいいんじゃないかなー?」
「ええ、流石にそれは・・・」
厚かましい、という程無茶な要求では無いが、それでも図々しい事には違いない。
しかしキュベリエはエクスの予想に反して頷いた。
「いいでしょう、創造主の武器に匹敵するレアリティ星七武器、それを差し上げましょう」
「いいの!?、普段は山ほどシンボルをつぎ込んでも渋るのに、いやぁ、こっちのキュベリエは太っ腹だねぇ!」
最高位であるレアリティ七の武器、女神シリーズを一式受け取ったエクスとファムは、キュベリエに礼を言うと神殿を去った。
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