第87話 エクス・オデッセイ9
パーンと別れたエクスとファムは、アーサー王の想区にてとある男と会っていた。
「・・・なるほどね、僕の「千里眼」でも先を見据えられない混沌の魔女の力か、いいよ、君達の結末は「アヴァロン」で見させて貰おう、僕も元より観測者だ、舞台に立つのは苦手だしね」
夢魔の魔術師マーリン。
彼はアーサー王を王にする者であり、既に役目を終えた役者の一人だ。
本来ならば彼が隠居するのはもっと後半の話になるが、エクスの体験でマーリンは、災厄の魔女に出し抜かれてその魂ごと「千里眼」を奪われてしまう。
それを阻止する為にエクスは、予めマーリンにこれから起こる事を話して、空白の書の持ち主の特権である「運命の改竄」を行う事で、本来のマーリンを退場させる事にしたのである。
千里眼とは文字通り千里先の出来事も知る事が出来るという力であり、災厄の魔女がその力を手に入れれば全ての運命は彼女の思うがままとなる。
そうなればこちらが万象大全の完全版を持っていたとしても、全ての行動が筒抜けになっている為に魔女を倒すのは不可能となるだろう。
想区全体を「調律」か「再編」を発動させて不確定化させれば、魔女が千里眼を使い未来を見る事は出来なくなるが。
この想区は万象の想区よりも大きい渡り鳥の想区だ、その全ての範囲に渡る「調律」など、この世界の調律の巫女には不可能に近い。
だからエクス達は苦肉の策といえども、マーリンをここで退場させる事にしたのである。
マーリンは自身の魂を「この世ならざる理想郷」であるアヴァロンに送還すると同時に、自身の体に夢魔が人間を操る時に使う使役の魔法をかけた。
マーリンは夢魔と人間のハーフであり、夢魔は人々の夢の世界に影響を及ぼす存在である為に、彼の魂は肉体を失ってもこの世界に留まる事が可能なのである。
故にマーリンは自身の体を自身の操り人形にするという状態にする事で、災厄の魔女に吸収された時の保険にしたのである。
「・・・これでマーリンの運命は変わった、だからきっと」
ファムの結末だって変わるに違いない。
エクスが今日までファムと共に過ごしたのは全部その為だ、それを成し遂げる為に災厄の魔女を知り、できる事を徹底的に洗い出したのだから。
「・・・災厄の魔女を、今度こそ倒せるといいね」
ファムはそんなエクスの覚悟も知らずに、残り僅かとなった自身の役割を果たす事のみを考える。
ファムにとってみれば自分は既に死んでいる存在である為に、ここで結末が変わり救われたとしても、この夢の終わりには既に死んでいるという現実に帰るだけだ。
だからこそファムはここでエクスにちゃんとした別れを告げる事、そして災厄の魔女を完膚なきまでに倒せる手段を見つける事。
それをする事だけ考えていて、自分の事を省みないでいた。
それからエクスとファムは調律の巫女と合流し、アーサー王の死を看取り、カオス・ガラハッドと死闘を繰り広げた。
「・・・なんという強さだ、聖杯の力を持つ私が足元にも及ばぬとは」
「・・・例え聖杯があっても、`独り´なら、それはちっぽけな物なんだよ」
エクスはカオス・ガラハッドを追憶した。
原典の彼は聖杯を使い「完璧なアーサー王を生み出す」事を望みにカオスへと変貌を遂げた。
そんな彼は聖杯に唯一選ばれた存在だからこそ孤独で、それは剣に選ばれた王だからこそ孤独になったアーサー王と同じ。
彼らは互いに一番の理解者になれる存在だったのに、二人の運命は悲劇になったのである。
そんな、自身の運命を知っていても過ちを犯してまう業の深さを断ち切るようにエクスは、カオス・ガラハッドに断罪の刃を振るう。
ガラハッドも本来は聖杯と共に昇天する、舞台から降りるべき存在だ。
だからこそガラハッドの命をここで奪えば、ガラハッドは聖杯と共に昇天する。
災厄の魔女に聖杯を奪わせない為に、エクスは聖杯の存在ごとカオス・ガラハッドを断ち斬る。
「ふ、生き恥を晒したこの身を、断罪の刃で切り裂いてくれるとは、何とも慈悲深い・・・」
「・・・ごめんね、こんな救いしか出来なくて」
「私は、救いなど求めていない、私が・・・もとめる・・・ものは・・・」
失血し息絶えたガラハッドの亡骸は、光と共に天へと登っていった。
それを調律の巫女達と円卓の面々と見送る。
「しっかしすげぇな坊主、最強の騎士さえも一人で倒しちまうなんて」
「新入りさんもそんなに強いのなら、わざわざこんな旅の終盤で仲間にならなくても、一人で災厄の魔女を倒してしまいそうな物ですけどね」
「はぁ、それにしても渡り鳥さん、なんてかっこよくて、たくましいのかしら・・・」
タオ、シェイン、レイナは、それぞれ尊敬の眼差しでエクスを見つめる。
勝手な改変を加えた上で慣れない視線に晒されたエクスはたじろいだが。
「えっと、ごめんね、皆の出番を奪って、でもどうしてもトドメを刺す必要があったから・・・」
「気にする事は無い、主もこう仰られている、終わりよければすべてよし、と」
「うむ、来たるべき決戦に向けて貴方のような強力な助っ人が来てくれたのはなんとも喜ばしいぞ」
「ここまで来れたのだって渡り鳥くんのおかげだしね」
クロヴィス、エイダ、サードも同様に、関わりの深くないエクスの事を短期間で受け入れていた。
エクスからすれば元の鞘に戻るような形ではあるが、他の人間からすれば、自分の運命に記されていない相手に安らぎを感じる不思議な体験だった。
(これでこの想区に於ける災厄の魔女の役割は全て封殺した、仮に彼女が以前と同じようにガウェインと入れ替わっているのだとしても、この場においてできる事は無いはずだ、これでファムは・・・)
これで想区の全ての問題は片付いた。
多くの騎士達が死んでいったが、それも筋書き通りの結末だ。
後は無事に調律を終える事さえ出来れば、この想区の懸念は全て消える。
エクスは調律を始めるレイナを見守る。
「姉御、渡り鳥さんが注意深く見てますよ、いい所見せるチャンスなんですから、ここはばしっと決めてくださいね」
「ああ、いつもみたいに調律に失敗して、登場人物がみんなおかしくなるみたいなオチは勘弁だぜ」
「わ、分かってるってば、集中するから黙ってて!!」
レイナが詠唱し、調律が発動される。
災厄の魔女が出てくるなら今、このタイミングしかない。
エクスは、どこから出てくるか神経を研ぎ澄まして、額に汗を滲ませながら全神経をこの瞬間に費やした。
既に全員が仕事を終えたと安堵している中で、エクスだけが長く、苦しい時を過ごした。
そして。
「ふぅ・・・、終わったああああああああ、今回は多分、ちゃんと出来たはずよ」
レイナはほっと一息つくと、気が抜けたようにその場に座り込む。
(・・・本当に、終わった、のか?)
極限まで神経を尖らせたにも関わらず何も起こらなかった事に、まだ終わりじゃないと不安が引っ掛かるが。
隣にいたファムが呟いた。
「・・・そっか、今回の私は「黄金の林檎」を持ってないから、だからここで彼女と戦う理由も無かった訳だね」
ファムの死因となる因果は大きく分けて三つ。
・黄金の林檎を持っていた事
・自分の想区を滅ぼした仇という因縁があった事
・空白の書の持ち主の死に様を描く必要があった事
今回のファムにはどれも当てはまらない。
故にファムの運命の書にはしっかりと結末が書かれているにしろ、空白の書の持ち主であるエクスと深く関わった事でその筋書きは既に破棄されて、ここで死ぬ理由が無い為にストーリーテラーはファムが生きる事を認めたのである。
「よかった、本当によかった・・・」
「あはは、渡り鳥くん汗びっしょりだね、そんなに緊張するなんて、具合でも悪いのかな」
ファムはエクスがそうなった理由を知りつつも、敢えて無視して茶化した。
ファムは「別離」に向けて行動している。
だから必要以上に自分を思いやったエクスの好感度を引き下げる必要があったのだ。
それでもエクスはファムが無事だった事を心の底から喜んだ。
「・・・平気だよ、ただちょっと、・・・いや、凄く嬉しい事があったから、心が不安定なだけだから」
「ニシシ、何があったか知らないけれど、まだ旅は終わりじゃないからね、最後まで気を抜いちゃ駄目だよ」
エクスはファムの事を一番に行動していたが、ファムは災厄の魔女を倒す方法を見つける事を第一に考えていた。
そしてまだ災厄の魔女の乗り移りを、攻略する手立ては見つかっていない。
黄金の林檎は災厄の魔女に対して有効打になり得ても、決定打にはならない。
だから災厄の魔女の根源、その正体を探って、攻略法を探している途中なのであった。
役割を終えてキャメロットの城を出て、一行は最後の想区に向けて旅立つ。
本来ならば災厄の魔女に誘われる形で「万象の想区」に乗り込む形になる筈だが、今回はエクスが魔女の動きを封殺しているために、魔女の出番は無い。
だからこのまま万象の想区に向かっても、不利を背負っている災厄の魔女が出てくるかは怪しい所だが。
「・・・この辺りでいいかしら」
「?、姉御、どうかしましたか」
「ちょっと忘れ物をしたから、取りに行ってくるね」
「?、何を忘れたんですか?」
「大した物じゃないんだけど、でも必要な物だから、直ぐに取りに行ってくるから、だから先に行ってて」
そう言ってレイナは集団を離れて駆け出していく。
「坊主、お嬢一人だと心配だからよぉ、ちょっとお守りしてやってくんねーかな」
慌てて走り去ったレイナを追うようにと、タオはエクスに手を合わせて頼み込んだ。
それはレイナが仕組んだ一芝居の筋書き通りだった。
万象の想区に着いたら物語が終わる、そうなったら渡り鳥はいなくなるかもしれない。
そう思ったレイナは、このアーサー王の想区を無事に乗り越えたなら、エクスに想いを伝えようと仲間に相談していたのである。
「姉御の護衛を任せられるのは新入りさんしかいませんし」
「ああ、他の者では巫女のポンコツ加減に付き合いきれるものではないしな」
「まぁ、なんだ、私も渡り鳥殿が行くべきだと思うぞ」
「ほらほら、早く追わないと見失っちゃうよ〜」
全員から背中を押されるようにして、エクスはレイナを追いかけた。
レイナは走りながらも、何度も後ろを振り返りながら様子を伺っていた為に、エクスは直ぐに追いついた。
「待って、レイナ」
「あ、渡り鳥さん・・・」
「えっと、何処までいくの?」
「うん、すぐそこにある所だから」
レイナが来たのは初めてくる湖のほとり。
忘れ物をしたと言っていたのに、円卓の騎士達とは何の縁もない場所に来たのは何故だろうと、エクスは訝しんだ。
「それで、忘れ物は一体?」
「あのね、渡り鳥さん、聞いて貰いたい事があるんだけど」
「聞いて貰いたい事?」
「うん、その、私は・・・」
レイナが何を伝えようとしているのか、鈍感なエクスにも直ぐに分かった。
そしてどう答えた物かと返答を考える。
エクスにとって大切なのはこっちのレイナでは無い。
だけどこのレイナも、レイナである事には変わりなく、こちらの世界には他にエクスがいない為に、エクスがいなくなっても「代役のエクス」は存在しない。
だからこちらのレイナの想いを受け止められるのは自分しかいない。
だけど、こちらのレイナの想いを受け止めた場合、元の世界のレイナはどうなるのか、そちらを放っておけるはずも無い。
優柔不断するなと、何度も警告されたリュセットの言葉がエクスの胸に突き刺さる。
エクスが選べるのはたった一人。
二人を選ぶ事は出来ないからこそ、エクスはここで選ばなければならないのだ。
「私は、渡り鳥さんの事が・・・」
レイナが自身の想いを口にする寸前で、この世界に於けるもう一人の主人公。
ファムがその場に姿を現す。
「待って、エクスくん、その子は調律の巫女じゃない、そいつは・・・魔女だ」
嫌な予感がした。
エクスくんとレイナが結ばれる可能性、その結末を見てから死ぬのも悪くないと、そう思って送り出したものの、何か拭い切れない不安が引っ掛かる。
底知れない知謀を持つ災厄の魔女が、ここで何もせずに終わらせる事があるのかという引っ掛かりが、ファムにその可能性を想起させた。
エクスと二人きりになるそのタイミング。
それはエクスの体を誰にも邪魔されずに奪う好機。
その状況を作り出す為に、魔女がレイナの体を取り込んでいたのだとしたら?。
ファムは何も言わずに駆け出した。
この仮説が間違っていた場合、私は他人の恋路を邪魔した極悪人だ、だから他の皆に告げる事は出来ない。
思い過ごしであって欲しいと、そう思いながらファムは駆け出す。
「あ、おい、どうしたんだよファム」
「放っておけ、大方、俺達の芝居に気づいたのだろう」
「だったら、止める権利なんてないよね、彼女もきっと同じなんだろうし」
「むむむ、姉御のライバルとして通りすがりの魔女さんは、どうしようもなく相手が悪過ぎますよ、元々望み薄ですが、今の内に励ます方法を考えなくては」
「流石にまだフラれると決めつけるのは・・・」
「まぁ、備えておくには越したことはないないよね、下手したら「もう調律の巫女なんてやめる〜」って言いかねないし」
「これがきっかけで、カオステラー化したりしてな、食いもんの恨みだけでごく僅かだがカオスを発現させた事もあるし」
「ははは、流石にレイナと言えども、失恋がきっかけでカオス化など・・・」
「「「「「・・・・・・」」」」」
「と、取り敢えず、今の内にケーキと紅茶でも用意しておくか!」
「そ、そうだな、あくまでこれは、お祝い用、祝福する為の・・・」
「ふぅ、なんとも人騒がせな姉御ですね」
そんな仲間達の心配もよそに、ファムは物陰から二人を見守る。
見た所は普通だ、本来ならばこの覗きをする役割も全員でするのが習わしだと思うのに、何故見守るのが自分一人なんだろうかと罪悪感が責め立てるが。
レイナの告白を察し、顔を紅潮させて一生懸命頭を悩ませているエクスの姿を見ると、ファムは胸の苦しさで息が出来なくなるが、それでもその光景を最後まで見守る。
エクスはこちらのレイナを選ぶのだろうか。
いや、選ばないだろう、散々優柔不断するなと忠告してやったのだ。
だからこの期に及んでお姫様以外のレイナを選ぶくらいなら。
とっくに流されてエラを選んでいた筈だからだ。
だからファムは最後まで目を逸らさずにその光景を直視できた。
そしてファムは動いた。
確信には到らないが、その兆候を感じたから。
「待って、エクスくん、その子は調律の巫女じゃない、そいつは・・・魔女だ」
「ええ!?、ファム、それはどういう」
ファムの言葉を聞いてエクスは再びレイナを観察し直すが、何もおかしな所は無いように見える。
レイナもまた、突然現れたファムに驚いて大きな目を更に見開いていた。
「レイナ、君が左手の袖に忍ばせているものを、見せて貰ってもいいかな」
ファムがここで現れた理由、それはレイナが何か凶器を持っているのを、細かい仕草や動きで感じたからだ。
だから危険を感じてエクスを引き離す為に現れたのである。
ファムの追求を受けたレイナは、あからさまに狼狽し挙動不審となっていた。
「こ、これは、その・・・」
「・・・レイナ?」
今にも泣き出しそうな様子で震え出したレイナを見て、エクスは不信感を感じつつも近づく。
それをファムが制止した。
「・・・渡り鳥くんは危険だから下がっていて」
ファムは警戒しつつ近づき、その左手に持っている物を確認した。
「・・・これは、矢?、この矢はもしかして」
「そう、真夏の夜の夢にてパックが使っていた矢、ふふふ、いじらしいものでしょ、想い人にフラれた時はこの矢を使って、別の人を愛する事で未練を断ち切ろうとしていたのよ」
そう言って笑うレイナはもう、レイナでは無かった。
ファムは直ぐに離れようとするが、それを災厄の魔女となったレイナが自身の魔法を使い捕縛する。
「ふふふ、貴方達の立ち回りは全部見させて貰ったわ、まさかマーリンをアヴァロンに退居させて、聖杯まで喪失させるなんてね、全ての筋書きを上書きするその周到さ、感服したわ」
「・・・一体いつから、レイナの体を奪っていたんだ」
「体を取り込んだのはついさっきだけど、でも運命を操っていたのは最初からよ、当然よね、百年生きる魔女と、十代の小娘、同じ時代に結末を迎える運命なのならば、その運命を最初から仕組んで操る事くらい、簡単なこと」
この世界における災厄の魔女は`裏側´を知る存在であるが故に、調律の巫女の運命さえも仕組んで掌握していたのである。
「本来ならばこの子こそが、世界の扉を開く鍵になる筈だったのに、まさか「異世界からの王子様」、渡り鳥が私の計画を阻むなんてね、何ともままならない事だわ」
そう言って嘆息する災厄の魔女はどこか嬉しそうにエクスに視線を向けた。
もっと調律の巫女と関わっていれば、入れ替わりにも気付けたかもしれない。
レイナを奪われた事にエクスは自分の浅はかさに臍を噛む思いだが、それでもエクスは真実を追求した。
「・・・世界の扉を開くだと、災厄の魔女、君の目的は一体なんなんだ!」
「ふ、貴方も遺跡に行ったのならば、少し考えれば分かるでしょう、教団と私の野望が陳腐な世界征服や世界の崩壊では無いのなら、何を成そうとしているのかくらい」
そう、遺跡での話を聞いた時から、エクスの中には一つの疑念が芽生えていた。
なぜ、災厄の魔女は混沌を生み出す必要があるのか。
その答えの仮説は、分かっていても認められない物だったが、それでも、真実に向かっている以上、誤魔化す事は出来なかった。
エクスは、この世で最も残酷な真実を、言葉にした。
「ーーー世界の救済、それが君の目的なんだね」
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