第84話 エクス・オデッセイ6

「パーンの事、どう思う?」


「話はちょっと飛躍し過ぎてて理解が追いつかなかったけど、信用できる人だと思う、皆からも慕われているし」


 夜分、エクスとファムは本部から当てがわれた小さなアパートの横並びになったベッドにて、それぞれ横になりながら会話する。

 エクスは当初、その距離感の近さを意識してしまい変に緊張していたものの、どこまでも自然体なファムを見て今は平静を装って接している。


「うん、私も信用していいと思う、ただ話の内容までは怪しいかな」


 魂だけの旅行に世界の繰り返し、そして絶対神の存在、どれも眉唾物の話だった。


「でも、僕はパーンが嘘をついているとは思わない、だから信じてもいいと思うけど」


「・・・でもさ、信じられる?自分達が生きている運命が繰り返しで、だったら私がエ・・・渡り鳥くんと出会ったのも繰り返しの事で、全部神様が決めた事だなんて」


 ファムと渡り鳥が出会ったのは再現に過ぎない物だが、ファムがエクスと出会った事は、もっと特別な奇跡なんだとファムは思いたかった。

 空白の書の持ち主である自分達の出会いさえも神に定められた運命なのだとしたら、この世に存在する全ての存在が予定調和で成り立っている事になってしまう。

 それは今まで自分が選んだ選択や意志を否定し、人間の意思を否定する、神様の操り人形の世界を意味する。

 だからこそファムは人々に理不尽を強いてそれを繰り返させる神様の存在なんて認められない。


 だがエクスは違った。


「・・・僕は、それでもいいと思うかな、だって繰り返しなら絶対出会うから、もしもファムや他の仲間達に出会わない運命があったら、その僕はとても不幸だと思うから」


 偶然から生まれた奇跡でなくても、ありふれた可能性の再現に過ぎないものだとしても、それが自分がこの世界に生まれた意味なのだとしたら、それでもいいとエクスは考える。

 この世界でたった一人の特別な存在なんかでなくとも、誰かの特別になる事、それだけでエクスは充分幸せを感じられるから。


「・・・そういえば人の運命はえにしで結ばれてるんだったね、だとしたら仮に私や渡り鳥くんが死んだとしても、死んだ後も魂は縁で結ばれてるのかな」


「・・・そうだったらいいね、もしそうなら、死んでもずっと一緒にいられるから」


「死んだ後もずっと一緒に、か」


 ファムはそう遠くない内に訪れる自身の決別の日を夢想する。


 この時間は神様が与えてくれたもの。


 もしも世界が繰り返しによって紡がれていて、神様が自分の運命を作ったのならば、神様は私に何を望んでいるのだろう。

 調律の巫女がアーサー王の想区に行くまではまだ猶予がある。

 だからもう一度死ぬ時までに、私はその答えがあるのならば見つけたいと思った。




 翌朝、エクスとファムはパーンの手伝いをする為に研究室を訪れる。


「よく来たね二人とも、では早速手伝って貰いたい事があるのだが」


「任せて、それで僕達は、何をしたらいいのかな?」


「私が絶対神アルケテラーに至る道程を求めて、「天界への階」を作る研究をしているのは昨日話した通りだ、そしてその為に私は「万象の栞」の開発を行っている」


「万象の栞?」


「万象の栞とはこの世界にあるいかなる魂をも呼び寄せる事のできる、導きの栞の原型オリジナルにして上位版だ、万象の栞を使用する事で、本来は世界に存在しない神を地上に現界させる事ができるんだ」


「そんな代物が・・・」


「だが万象の栞は旧時代の産物であり、現代に於けるいかなる技術、魔法を用いても再現できない、言わば先史文明のオーパーツだ、だから再現するにはそれを復元できる力を用いるしかない」


「復元できる力?」


「想区を生み出す創造の力を秘めた聖遺物、「万象大全」だ、万象大全の力は凄まじい、その一ページだけで他人の運命を容易く書き換える事が出来る代物だ、それがあれば「過去にしか存在しないもの」さえも復元できる、そしてこれは私の研究から得た考察だが、万象大全を作り出した「ドロテア・フィーマン」に連なるフィーマンの一族、彼女達は神を作り出した者達の子孫であり、だからこそ神に仕える巫女としての権限、「調律」と「再編」、そして「創造」の力を扱える」


「・・・つまり、万象大全を集めて調律の巫女に万象の栞を「創造」してもらう、これをすればいいわけね」


「話が早くて助かるよ、万象大全についての情報は災厄の魔女が優先して集めている物であるから、私の立場を利用すれば、各地に散った諜報員が得た情報を先取りし、災厄の魔女に先んじて入手する事も可能だろう、どちらにせよ、全部揃うのは最終決戦の時になると思うが、その時までに君達にして貰いたい事は二つ、「調律の巫女の覚醒」と「万象大全の収集」だ、この二つを並行して行えるのは、調律の巫女の仲間である君達にしか出来ない」


「・・・私達はそれでいいとして、そんな危険なスパイ行為をして、貴方は大丈夫なんですか?」


「いざとなったら二重スパイという事にして君達の情報を売るよ、「君達に協力するふりをして万象大全の収集を手伝わせている」と説明すれば、私の行動の根拠を隠蔽するのは容易いだろう、それに私自身、いくつかの切札がある、だから災厄の魔女に対してもいくつかの応手があるからね、心配は無用だよ」


 エクスはあの深淵を覗くような瞳の災厄の魔女と腹の探り合いなんて想像するだけで震えるが、霧の外で二週分の経験を積んで海千山千のパーンからして見れば、災厄の魔女も一人の人間に過ぎず、恐れるほどの相手にはならない。


「それじゃあよろしく頼む、先ずは創造主の誕生した地とされる「始まりの遺跡」そこの調査に向かって欲しい、なんらかの手がかりがある筈なのだが、遺跡の防衛システムが堅固で長らく放置されていたが、君達なら踏破できる筈だ」


「始まりの遺跡、創造主の誕生した地か、興味あるね」


「・・・その防衛システムって災厄の魔女にも突破出来ないものって事だよね、一体どんな物なの?」


「・・・あれは資格を持たない悪しき存在のみを阻むようになっているから、だから君達ならば何事も無く踏破出来ると思う、あくまで私の考察による考えだが」


「・・・それ、つまり根拠は無いって事よね、流石に災厄の魔女クラスの相手に太刀打ち出来る程、私たちは強くないんだけど」


「・・・でも、手がかりがあるなら、取り敢えずはやるしか無いよ、創造主の誕生の地がどういう物かも気になるし」


「はぁ、暫く頭脳労働メインで落ち着けると思ってたのに、結局いつものこの展開かぁ、ほんと、命が幾つあっても足りないよ」


 平穏が得られない事に嘆息するファムをパーンが励ました。


「虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉がある様に、この世界に於ける全ての成果には相応の対価が要求される、だがそれも、徳を積んだ孫悟空が仏になったように、君の苦難と努力の果てには、必ずそのご褒美としての報いがある筈だよ、これを文学的には貴種流離譚オデッセイと言うらしい」


「報い、ねぇ・・・」


 因果応報の報いは決して平等では無いし、マッチ売りの少女のように報われず救われない結末だって存在するけど、もしも神様がいるのならば、私にちゃんとご褒美をくれるのだろうか。


 いや、今この時間だけでも充分な報いか、それ以上を望むのは贅沢なのかもしれない。


 なるようになれと、エクスほど世界の真実に執着していないファムは投げやりな気持ちで、遺跡に向かう事にした。

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