第83話 エクス・オデッセイ5

 教団は古に伝わる桃源郷の如く、秘境を超えた山奥に隠匿され、一つの想区と呼べる規格にて存在していた。


「・・・なんか、思っていたより普通だね、魔女の教団っていうくらいだからもっといかがわしい所を想像していたのに」

「うん・・・普通だ、教団は想区を改造したり滅ぼしたりするような実験をする非道な人間ばかりだと思っていたけれど、ここにいる人達がそうだとは思えない」


 教団は一つの集落としてはとても穏やかであり、住人は皆快活で、他の想区と比較しても幸福指数の高い想区だった。

 悪人達の巣窟とは思えないほどに、豊かで文化的な生活基盤が出来ている。


 そんな平穏さを見て毒気を抜かれた二人は、軽い足取りで町を歩いていく。

 どうしたものかと思案していたら、人の良さそうな青年に声をかけられた。


「お、お二人さん、新入りかい?、見たところ恋人同士みたいだが、駆け落ちか何かかな?まぁここに来たばかりなら先ずは本部に行って住民登録をするといいぜ、仕事や家も紹介してくれるぜ」


 青年の案内に従って二人は教団の本部まで向かう事にした。

 道中いろんな人から青年と同じように声を掛けられて挨拶される。

 実際に接してみてもこの想区の住人は親切でいい人ばかりだった。


「どうする渡り鳥くん、周りからは恋人同士に見えるみたいだけど、このまま、駆け落ちした恋人の設定でここに逃げて来た事にする?」


 ニシシとからかうように笑いながらファムはそう提案する。

 シンデレラの代役の娘と空白の書の持ち主よりも、その方が不信感を与えないと思ったからだ。

 どうせ他人に運命の書を読む事は出来ない。

 だからどんな運命を騙っても、それを知られる事は無いのである。


「・・・その方が良さそうだね、勿論、ファムが嫌じゃ無かったらだけど」


「ニシシ、あくまでなんだからその質問は無意味だよ、ただのふりなんだし、それとも渡り鳥くんは、恋人のふり以上の下心があるのかな〜?」


「そ、そういうつもりじゃなくて、僕なんかじゃファムの恋人役なんて務まらないと思ったから・・・」


 ずきん、と、エクスにそう言われてファムは胸が痛んだ。

 エクスは本気でそう思っているだけで、自分を嫌っている訳じゃないと理解していても、恋人になる事を、その可能性を否定されたような気がしたからだ。

 いつものように軽口を叩いて誤魔化さないと、そう思って言葉を紡ごうとするが。

 今日まで募られたファムの恋慕は、もう自分では制御出来ないくらいに膨れ上がっていた。


「・・・ファム?」


 急に言葉を詰まらせたファムの顔をエクスは覗いた。


 憂いを帯びた儚げな印象を与える横顔は、濡れた瞳を潤ませていて、不謹慎ながらもエクスは美しいと思った。


 ーーーそれはあの日見たエラの顔に似ていて。


 エクスの心を掴んで離さない。


 互いに身動きの取れない微妙な沈黙が続く。

 そしてそのまま教団の本部の前まで到着した。


「・・・それじゃあ二人はシンデレラの想区の出身で、細かい設定はそのままで恋人になった事にしようか、その方が説明する手間が省けると思うし、一応二人には別で許嫁がいて、それで駆け落ちした事にすれば問題ないかな?」


「うん、それでいいと思うよ、質問されたら渡り鳥くんが答えて、私がフォローするから」


 感情を交えない事務的なやりとりのみ交わして、二人は微妙な空気を抱えたまま本部の中へと入っていった。




「・・・なるほど、事情は分かりました、それではこちらの家をお使いください、それと仕事は何になさいますか?」


 丁寧な言葉遣いでありながらどこか無機質さを感じさせる窓口の役員である少女のその質問に、エクスはこう答えた。


「実は僕達、の手伝いをするように言われているんです、なので教授がどこにいるのか教えて貰いたいのですけど」


「承りました、教授はこの町の外れにある研究室の室長をされておられる方です、なので研究室に行けば会えるとも思います、それでは、渡り鳥様とファム様、御二方は研究員という事で一応登録しておきますね」


「ありがとうございました」


 エクスは慇懃に頭を下げて登録を終えた窓口から離れてゆく。

 渡り鳥の名前で登録する事にも疑問を持たれなかった。

 普通の想区であれば、渡り鳥と名乗る事に不信感を持たれるものであるが。

 「長靴をはいた猫」や「ファントム」のように、通称を自身の名前とする存在もこの世界には多くいる。

 なのでエクスが渡り鳥と名乗る事も、教団という想区という世界に詳しい組織の中にあっては、疑われるような事ではない。

 住む家と仕事を手に入れたので、暫くは腰を据えて災厄の魔女の調査ができるだろうと、がむしゃらに歩き続けてきた中で久しぶりに手に入れたその停滞の時間を如何にして使うか、エクスは思案しながら研究室までの道を歩いてゆく。





「僕達はカーリーの紹介で来ました、貴方を頼るようにと」


「カーリーの紹介か、なるほど」


 研究室に着いて二人は早々に教授と呼ばれる男と面会した。

 男は巨漢の偉丈夫であり、それでいながら逞しく精悍な顔立ちは美形という、どこか超然とした容貌をしていた。


 エクスの渡した紹介状を読んだ男は、頷くと、直ぐに協力を了承する。


「分かった、任せてくれ、出来る限り協力しよう、それで君達は、僕に何をして欲しいんだい?」


「いいんですか?、まだ会って五分も経ってないのに」


「時間なんて、さしたる問題ではないさ、信頼を積み上げてから裏切る人間だって世の中にはいる事だしね、だから僕は僕の信じるカーリーを信じたんだよ、彼女の人を見る目は本物だ、だから君達を信頼できる」


 怪物だった自分と、それを作った人間である博士、カーリーは目が見えないにも関わらず、二人のどちらが本当の怪物かを言い当てた。

 その経験は男が生涯にかけてカーリーを信頼するに足る出来事だった。


「・・・一応聞いてもいいかな?、私達に協力するという事は自分達の教主である災厄の魔女を裏切る事になる、だから貴方が魔女を裏切る理由を聞かないと、こちらも貴方を信頼できない」


 ファムは敵地にいるという状況を鑑みて最低限の保険としてその根拠を聞いた。


「理由か、そうだね、確かにそれは必要な物だ、君達もここに来るまでにそれなりの覚悟を持って来ている事だろう、だから私も相応の覚悟を示そうと思う」


 そう言って男は自身の運命の書を差し出した。


「読んで見てくれたまえ」


「え、でも他人の運命の書は読めないんじゃ・・・」


「そうだね、でも、読んでみれば僕が何を言いたいのか分かるよ」


 言われてエクスは渡された本を開いて中を確認する、やっぱり未知の文字が並ぶだけでエクスには何が書いてあるのか分からない。

 しかし半分ほど読んだ所で、エクスは男の意図を理解した。


「・・・これは、半分だけ空白の」


「そう、私に与えられた役割は怪物として死ぬ物だった、しかし私の原典となった人物はカーリー達に救われてその仲間として空白の書の持ち主になった、その後の運命は定められていない、だから、半分だけ空白の運命と言う事になる」


「半分だけ空白の運命・・・」


 男の運命がそう定められていたのは男が万象の想区という「一つの分岐点」に至った役者ではなく、カーリーの記憶から再現された存在だからである。

 だから男はカーリー達に助けられる存在として必要とされるが、その後の運命は未定である為に、彼はこの渡り鳥の想区に於いて、渡り鳥に次いで自由な存在としての運命を与えられたのだ。


「・・・つまり、貴方は立場が明確になっていない存在という事ね、ならばどうして、私達に協力するの、その答えを教えて頂戴」


「ああ、・・・この答えで君達が納得してくれるかは分からないが、私が君達に協力するのは、私も世界の答えを知りたいからだ」


「世界の、答え?」


 その言葉の意味する事を測りかねたエクスは聞き返した。


「君達だって運命から外れた存在ならば考えた事があるのではないか、どうして我々はストーリーテラーに一冊の本に書かれた運命で支配され、自由も意思も奪われて従わされなければならないのか」


「それは・・・」


 何故この世界は物語という形を人々に課すのか。

 想区の外に出れば確かにその在り方は自然では無いと理解できる。

 そもそもストーリーテラーがなんなのか、誰も姿を見た事がない幻の存在が如何にして想区という一つの世界を動かしているのか、それさえ知らずに人々は運命の奴隷となっている訳だから、尚更その事については興味が尽きない現象だろう。


「だから私は霧の外に、「世界の答え」があると思った、だけど知っての通り、空白の書の持ち主以外は「沈黙の霧」を抜けられないようになっている、そして、私は、「半分だけ空白の書」の持ち主だった、さて、どうなったと思う?」


「・・・半分だけ空白の書だから、半分だけ沈黙の霧を出られた?」


「正解だ、私は魂だけ、霧を抜けて世界の外に出られた、そしてそこで私は知ったんだ、この世界に於ける一つの真実を」


 エクス達からすれば沈黙の霧を抜けるのは当たり前のように繰り返してきた事なので、それだけに男が何を見たのか、興味を惹かれた。


「・・・この世界は、、想区という小さな単位ではなく、世界というスケールで、輪廻転生という言葉があるが、この世界の全ての魂は、同じ命に転生する仕組みになっている」


 男が見たのは自身と同じ運命を与えられた男の運命だ。

 彼は「再編の魔女」の一行として旅する運命を与えられていて、「お月様」の野望を阻止するべく旅をしていた。

 魂だけの存在だった男は、自身の体を間借りする形でその結末を見届けた。


「繰り返される世界、繰り返される運命、全てが繰り返しに過ぎない物なのならば、我々の生きる運命がなんなのか、命とはなんなのか、疑問に思うだろう、だから私は作る事にした、世界の答えを知る存在、絶対神アルケテラーに至る天界のきざはしを」


「・・・天界のきざはし?」


きざはしとは階段の事だよ、すまない、学者肌な物で難しい言葉がそのまま口に出てしまう癖があるんだ、この世界に於ける災厄の魔女は「万象の想区」の主役になろうとしている、それは何故か分かるかい?」


「・・・いや、ぜんぜん」


 災厄の魔女はお月様と一つになるといった抽象的な表現でしか己の野望を言葉にしていない為に、その目的が何なのかは、最後まで謎のままだった。


「万象大全、想区を生み出す「創造」の力と、調律の巫女の持つ「調律」の力、二つの力を合わせる事で世界の新たな秩序を作り出し、神へと至るバベルの塔を作り出そうとしているのさ」


「バベルって、あの?」


「ああ、統一言語で話していた古代の人々が団結し、天に至るほどの塔を作ろうとして神に咎められ、以来人々はバラバラの言語と民族となり、世界に散ったというだ、だがこの話が神話では無く過去にあった出来事だった場合には、大きく意味が変わる」


「・・・つまり、それが繰り返しの真実になると?」


「そう、「万象の想区」として一つの存在であった世界が神の介入を受けて「再編」されて、別々の物語となり世界は隔てられる、つまり、この世にある全ての意思が神の掌の上に転がされているだけで、我々は皆その意思に沿って生かされているという訳だ」


 つまり自分達の万象の想区での経験も、「バベルの神話」の再現に過ぎないものであり、それは世界が繰り返されている事の証左でもある。

 

「・・・この世の全ては神の導きのまま、って事ね、私達の意思に関わらず運命という形で世界の物語は紡がれている」


「この世にあるのは神の意思だけだ、その運命も、魂も、命も、神の意に沿った物しか存在しない、だからこそ私は知りたいのだ、どうして世界は繰り返されるのか、その終わり無き輪廻を終わらせられるのかを、でなければ悲劇は悲劇のまま永遠に繰り返される」


 男の目的はただ自分と同じように使い捨てにされる運命、その哀れな悲劇の英雄達を解放する事だ。

 だから男は教団の運命からの解放という一時的な解決方法ではなく、アルケテラーに至る道筋を研究して、全ての物語の破壊を目指すのだ。


「・・・それで相談なんだが、君達は私に協力を申し出ているが、私の方こそ君達に力を貸して貰いたい、調律の巫女側の協力者、それは私の研究を行う上でとても重要な事なんだ」


「・・・それはどういう?」


「私の求める答えは災厄の魔女を倒してからでなければ出せない、しかし私には魔女を倒す力が無い、だから君達に、魔女を倒して貰いたいんだ、その為にできる事は全て協力すると約束しよう」


 男の差し出した手をエクスが握手しようとするのをファムが制止する。


「・・・その前に一つ、不明な点がある、絶対神アルケテラーとは?、一体何なの?」


 この世界の神。

 人々に理不尽を強いる存在がどんな物なのか、それを見た男は何故、もう一度神に会おうとしているのかそれが分からない。


「・・・そうだね、あまり多くは語れないが、彼は「全てを知るもの」、この世の全てを観測し、そして物語る事ができる全知全能の存在、、詳しくは自分で会って確かめてくれ、君達が世界に旅立つ雛ならば、きっと資格はある筈だからね」


 アルケテラーの存在を「理解」する時。

 それこそが空白の書の持ち主達が自身の運命を知る時になる。

 だからこそ、その答えは今ここで話す事ではない。


「・・・取り敢えずこれからはよろしくね、えーと」


「パーンだ、周りからは教授や先生と呼ばれているが、私達は対等な協力関係にある、だから呼び捨てにしてくれ」


 歳だけでなく背丈も大きく目上の相手を呼び捨てにする事に気が引けるものの、気にせず呼び捨てにしたファムを見習ってエクスもパーンと呼ぶ。


「パーン、よろしく」


 エクスはかぼちゃも片手で掴めそうな大きな手を握り返した。

 彼の言う世界の答えが何なのか、それは災厄の魔女の野望を知る事と密接に繋がっていると思ったからだ。

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