第71話 四人目の創造主

 エレナ・ウィルストにとって一番縁のある創造主は誰だろう。


 彼女はグリムノーツの一員であり、ハンスとは兄妹のような関係であり、そして、未来の彼女は混沌を統べる創造主である。


 その関連性で言えば、エレナは今回の接続コネクトにおいて、いかなる創造主とも接続できると言えるし、その中で最も縁が深い者を選ぶのであれば「災厄の魔女」がそれに当て嵌る。


 しかしエレナが導きの栞を使って災厄の魔女と接続するのはおかしい。

 何故なら災厄の魔女の魂、人格と記憶は、エレナが認識していないだけでエレナの中に存在する物だからだ。

 だから災厄の魔女とエレナが接続するのはおかしな事だ。

 仮に自分が自分の魂と接続をして、自分の中に全く同じ二つの人格と記憶が混在した場合、どうなってしまうのか、それはそもそも接続として成立していない。

 だからエレナはその自身と最も縁の深い創造主と接続する事は出来ない。


 筈だった。





「え、この記憶・・・これは私なの・・・?」


 エレナの中に流れる記憶、それは自身がグリムノーツの一員として創造主達から薫陶を受け自身の才能を開花させて、と共にその後継者となって語り手となる、波乱万丈ながらも、満ち足りていて、幸福な運命。

 創作の才能はあれど編纂の才能が無い妹の作った物語を、編纂の才能はあれど創作の才能が無い兄が推敲し作品として完成させる。

 二人はずっと支え合い物語を語り続け、グリムノーツの名を継いで創造主として名を残した。


 そんな、ある筈のない、幸福な「平行世界の可能性」にいるエレナの運命。


 鏡の世界はあらゆる世界と繋がっている。

 故に転写増殖された鏡写しの世界の中から。

 エレナがエレナ・ウィルストでもモリガンでも無い、ただのエレナで、創造主のエレナとなった世界線、エレナにとっての失敗、挫折、不幸の裏面の成功を映した喜劇の物語、鏡写しの世界なればこその可能性の運命を呼び出したのである。


 その世界線が生まれるきっかけはたった一つだけでいい。

 全ての始まりであるアンデルセンが、万象の栞を手に入れない事。

 アルケテラーと接続する役目をアンデルセン以外の誰かが担えば、エレナの運命は真っ当な物になるのだ。


 エレナの兄が狂った原因は失意からミュウハウゼン男爵と接続し、男爵も自身の存在を否定していたが為に人格が霧散し、意味消失という世界からの抑止力を受けて、人格を歪められた為である。

 だから、アンデルセンが万象の栞を使わなければ、エレナにお月様が宿る事もなく、エレナの兄も男爵と永遠の接続をする事は無い。

 何も失わず、皆から愛される創造主のエレナという運命が生まれるのだ。




「シャルル、ハンス、ルートヴィヒ、久しぶり、また会えるとは思わなかったけど、皆変わらないね」


 清楚で淑やかな容貌で少女のように無邪気な笑みを浮かべる姿は、元のエレナの面影を残しつつも盈盈えいえいとして艶かしい。

 その風流さと優雅さを兼ね備えた才色兼備、天衣無縫にて嬋娟窈窕せんけんようちょうな様は古典の三大美女と通ずる物があり、ハンスは一目で恋に落ちて固まる。


「・・・吾輩達を知っている?・・・だがしかし、まさか、そんな事が・・・」

「あれ、俺たちどっかで会ったことあったっけ?でも確かに見覚えはあるような・・・」

「ああ、なんて美しい女性ひとなんだ・・・」


 創造主のエレナは無限に枝分かれする運命の分岐の端の端にて途絶えた可能性だけの運命である。

 だからこそ、創造主のエレナの世界における創造主、英雄達は他の世界に干渉する接続は出来ない。

 それゆえに本流であり、枝ではなく幹である、普遍の魂達とは運命を重ねていても、その記憶までは重ならず、誰からも認識されない。


 創造主のエレナを正しく形容する言葉があるのならば「語られない創造主」、文字通り誰からも認識されず読まれることの無かった物語、それこそが彼女の存在を表現するのに的確だ。


 本体の存在を抹消され代用品でしかないアンデルセンは元より、グリムノーツの一員であるシャルルとルートヴィヒにさえ、彼女がエレナだとは分からなかった。


「あれれ、皆は私の事知らないんだね、それじゃあ取り敢えず自己紹介すると、私はエレナ、この体の持ち主エレナ・ウィルストとは同じだけど別の運命を生きた派生の創造主、エレナって呼んで貰いたい所だけどそれだとややこしいから、私の事はElenaを逆にしてアネレと呼んでね、シャルル、ハンス、ルートヴィヒ」


 創造主のエレナが自分をアネレと呼ばせるのは、元よりエレナとモリガンという二つの側面を持つ事を創造主のエレナは接続する事で理解し、自分がエレナのままでは本来のエレナの人格に、創造主のエレナとしての影響が残る事を危惧したからである。


 エレナがリページという自身の根源に関わる力を使えば一度剪伐されたモリガンと再び接合されるように、創造主のエレナがエレナと呼ばれる事で、エレナの定義が混同し、創造主のエレナの記憶と元のエレナの記憶が混乱し、エレナの人格に影響を与える危険性があった。


 そんな意図を理解して、黒騎士の殲滅に向けてシャルルは迅速に指示を出す。


「・・・了承した、アネレ、君は新参の創造主の様だが、この局面についていけるか?」


 シャルルが示す視線の先にはこちらを容易く踏み潰せるような巨体をした漆黒の騎士。


 シャルル達の奮闘の甲斐あって、当初より動きは鈍くなっているものの、鎧には傷一つなく、その頑強な肉体は健在だった。


 こちらに向かって突進してくるのをハンスとルートヴィヒが正面から迎撃して受け止めるが、創造主相手に圧倒する様は理不尽の化身とでも呼ぶべき圧倒的な存在であり、並の創造主では手に負える相手では無いだろう。


 だがアネレはグリムノーツの物語を継いだ創造主である。

 それは本質的にはお月様でありアンデルセンだったモリガンとは比較にならない素質だ。


 アネレは凄絶に殴り合うハンスと黒騎士の戦いを見ても全く臆する事無くシャルルに向けて言った。


「あの人を倒せばいいんだね、任せて、アレを使えば何とかなると思うから、だから、皆、力を貸してくれる?」


「アレとは一体?」


 シャルルの問いかけにアネレは箱庭の王国を取り出して答えた。

 その顔に浮かぶ自信は、エレナにはない逆境を乗り越えた経験値による物。

 どんな悲劇にも屈しない創造主の顔だ。



「勿論————————創造だよ!」




 ドロテア・フィーマンの後継者。


 正当なる運命の姫巫女であるレイナの師でもあった彼女は、彼女の世界において人々からこう呼ばれていた。


 エレナ・フィーマンと。

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