第72話 Re'counter of the end
「創造の力・・・馬鹿な、貴様はアレを操れるというのか!!」
シャルルは瞠目してアネレを見ながらその発言を咀嚼する。
創造とは文字通り自身の
その力を使えば神だろうと仏だろうと、その存在を降格、失墜させて、不滅の存在、不老不死の相手であろうと滅びの概念を付与して倒す事が出来る、この世界における反則的な力である。
その力を使えばどんな相手であろうと倒す事は容易い。
だが、勿論そんな便利な力が簡単に扱える筈もない。
「私が使えるのは創造のほんの一部分、世界の反発を受けないように世界の在るべき姿に逆らわない、対象を「皆が望むもの」に変える創造の力になるんだけどね」
創造の力には反動がある。
無から有を生み出す事は、無という存在を排斥するという事。
その排斥を無に押し戻そうとする力を上手く中和させなければ、無から有を創造できないのが、創造の力の原則だった。
「「皆が望むもの」か・・・なるほど、それが君の力という訳だな」
シャルルは皮肉を感じながら言葉を復唱した。
エレナが創造主としてよき語り手になる事。
彼女の存在その物が、グリムノーツの「皆が望むもの」に違いないのだから。
その可能性が見れただけでも救われている。
彼女を愛したもの、育てた者、物語った者全てにとって、アネレの存在は一つの救いであった。
「それで相談なんだけど・・・」
「君が創造の力を発動させるまで時間を稼ぐ、であろう?」
言わずとも分かるとシャルルは即座に背を向けて黒騎士の足止めに向かおうとするが。
「うん、それもなんだけど・・・実は私、この世界に
アネレのイマジンはアネレの世界でのみ存在する物であり、こちらの世界では観測されない存在だ。
そんな存在を連れてきてしまえば世界に与える歪みは計り知れない物となり、バタフライエフェクトによって何かしらの災厄の引き金になりかねない。
アネレが呼ばれたのはモリガン以外で一番、「おチビ」のエレナと縁を持つ創造主だったから、世界線の果てから因果により強制的に呼ばれた訳であるが、それでもこの世界の神は異世界の異物の持ち込みを認めなかったのだ。
「・・・皆とはアネレよ、一体何体のイマジンを借りるつもりだ?」
シャルルのその問いにアネレは屈託の無い笑みで答えた。
「取り敢えず全部で、あんな大きいサイズだと、十体程度だと効かないと思うし」
「やはりか!貴様吾輩達にイマジン無しで彼奴の足止めしろと、裸で虎と戦えというのだな!ちくしょうやってやる、その代わり早くしろおおおおおお!」
シャルルは自身のイマジンを二体ずつ呼び出すとアネレはそれを吸収していく。
そして全てのイマジンをアネレに渡した所で、シャルルは半減した力で素手で黒騎士に殴りに行った。
「シャルル、お前イマジンはどうしたんだ!?」
先刻のハンスにも負けない無茶苦茶な特攻で黒騎士に殴りかかったシャルルにハンスとルートヴィヒは驚くが。
「あの小娘に全部くれてやったわ!!、貴様らも早くアネレにイマジンを渡してこい、創造の力を使う、その為に必要だ!!」
シャルルは簡潔に要件だけ伝えながら、黒騎士と殴り合う。
ハンスが的確に相手の急所を狙う、頭脳派カウンタータイプのボクサーなら、シャルルは普段の優雅で落ち着いた様相から一変し、闘争心剥き出しにして、炎の拳で正面から殴り合うタイプのボクサーだった。
「別にイマジン無いからってわざわざ素手で殴らなくても・・・」
イマジンを渡し終えて帰ってきたルートヴィヒがそんなツッコミを入れるが。
「こういうデカブツの相手は弓だからと胡座をかいていると大抵一撃で沈められる、インファイトで殴り合っている方がかえって攻撃を喰らわないものなのだよ」
「まぁそれは一理あるかもね・・・」
第一回マルチイベントボスの双刀の鬼神。
彼の神速レーザーにやられたエルノアの数は計り知れないだろう。
「所でハンスはイマジン使い果したんじゃなかったのか?」
今しがた帰ってきて同じく素手で格闘するハンスにルートヴィヒが訊ねた。
「戦闘用のはな、空飛ぶトランクとか、もみの木とか雪だるまみたいに、観賞用、移動用のイマジンだってあるだろう」
「へー、流石自作の童話作家だけあって、色々なイマジン持ってるんだね、俺は普通のしか持ってないや」
「心配するな、それが普通だ」
そもそも主役が人間でも動物でも無い童話を書いているのなんて、アンデルセンくらいでは無いだろうか。
アネレが創造を発動するまでの間、暫しハンスとシャルルはインファイトによる格闘に興じた。
連携等は全くなかったものの、巧みなスウェイで攻撃を回避しつつ、蝶のようにまい蜂のように刺す華麗な攻防により、三人はイマジン無しという致命的なハンデを乗り越えて、創造の発動までの命を繋いだのだった。
「お待たせ、準備出来たよ、みんな下がって!」
アネレの合図を聞いてハンスとシャルルは最後に一撃与えようと、氷の拳と炎の拳で左右から同時に殴り掛かる。
左右から挟まれる形になった黒騎士だったが、二人のその直線的な一撃を上に跳躍する事で直前でかわした。
ハンスとシャルルの拳は、互いの頬にめり込む形となった。
「貴様、誰の顔を殴っている・・・!」
「それは僕の台詞だ、さっきから邪魔ばっかりしやがって、もう許さんぞ!」
「それは吾輩の台詞だ、昔から貴様は勝手な事ばかり、ここで貴様を修正してやる!」
ハンスとシャルルは黒騎士の存在を忘れその場で殴り合いを始めた。
ファムの防御魔法と、ガス欠のイマジンという事情もあり、その喧嘩は平和的な物であった。
そんな馬の合わない二人を遠目に捉えつつ、空中に飛んで身動きの取れない黒騎士にアネレは照準を定める。
『 天地万象を納めし書架よ』
アネレの詠唱により周囲の時間が止まったかのように音が消え、空間は世界から閉鎖されて、静寂の中に粒子が集まっていく。
生き馬の目を抜くように目まぐるしい戦闘中にあって初めて訪れた静寂に、その場全員がアネレに注視した。
アネレの声が、音の無い世界に響き渡る。
(あれ?これって・・・、なるほど、こっちの私も資質を持っているという事か、なるほどね)
他人のイマジンを使役して創造を発動していく中で、アネレは自分の中の違和感を感じるが、それらは切り札として残しておくことにする。
『 我が意思に応え、今ここに、新たなる書物を加えたまえ』
アネレの持つ本、「箱庭の王国」から魔法陣が展開されて、粒子が解放されていった。
無から有を生み出す創造。
それは混沌と同じ、世界に抗う力。
世界の在り方を改竄し、恣意的に操る無法の力。
ただ一つ違いを挙げるのであれば、それは資格を持つ者にしか使えない、「王の力」とでも呼ぶべき強権と支配を強いるという事だ。
だからこそ、その力の本質は振るうもの次第であり、その語り手の真価が現れる。
ただ一律的な正義という大義名分の元に相手を断罪するのか。
それとも自分の描く理想の世界の実現の為に相手を修正するのか。
アネレの理屈は、そんな単純で単調な正義や道理、倫理観と言った価値観で語れるものではない。
——————だからこそ。
アネレは創造主となり得たのだ。
「——————クリエイション」
アネレの「創造」が、宙に舞う黒騎士の体を包んだ。
そして再び世界が照らされる。
「ふぅ・・・やっぱなれない「創造」は疲れるなぁ、もう限界だよ・・・」
アネレは全身に汗を滴らせ、疲労に押し倒されるようにへたり込む。
黒騎士への創造による干渉は巨木を切り倒す作業と針の穴に糸を通す作業を同時に行うような体力と神経の両方を酷使するものであった。
「お疲れ様、で、あのデカブツはどうなったの?」
そんなアネレを労いつつ、ルートヴィヒは創造の是非を訊ねた。
アネレは額の汗を拭いながら滔々と語る。
「ルートヴィヒは、そもそもマキナ=プリンスがどういう物か知ってる?」
「確か調律の力の源であると同時に、人々の願いを糧に換えて世界を在るべき姿に戻す抑止力、デウス・エクス・マキナの代役的な存在だったかな」
マキナ=プリンスはドロテア・フィーマンのイマジンとして箱庭の王国に宿っていた存在であるが、それがどこから生まれた物なのかは定かではない。
ただ、神のいない想区において、人々の願いを神に代わって実現する「調律の力」という目的の為に生まれたのがマキナ=プリンスという存在だ。
だからこそ、人々の希望から生まれるマキナ=プリンスがいれば、絶望から生まれるマキナ=プリンスもいる。
カオス・マキナ=プリンスは一般的なカオスヒーローとは違い、素体となった存在は無く、最初からカオスとして生まれたのであった。
「そう、分かりやすく言えば神に代わって願いを叶える存在、もっと分かりやすく定義すれば神の使い、天使なんだよね」
「天使・・・あの厳つい見た目には似合わないね」
「まぁ、それはルートヴィヒが想像する天使がどういうものかにもよるけど、とにかく、天使が堕天した姿、堕天使こそがカオス・マキナ=プリンスだって、私は思ったの、だから」
天使と堕天使の二面性、それは確かにマキナ=プリンスの存在を語る上で本質を捉えているのかもしれない。
願いを叶えると言っても、彼は頑強なる騎士の王子に過ぎず、本物の神のように全ての人々を救う力は無いのだから。
彼に出来ることは壊す事だけ、その手を誰かに差し伸べたり、誰かの涙を拭う事などは出来ないのだから。
だから時として誰かの絶望を、破滅を実現する事で叶えてしまうのだ。
だからアネレはその二面性を統一する事にした。
「箱庭の王国にいるマキナ=プリンスとカオス・マキナ=プリンスを融合させたの、人々の希望と絶望、二律背反する二つを同時に自分の力に変えられるように、弱者を救い強者を滅ぼす、強者に倣い弱者を施す、ダブルスタンダードの救いの概念を一つに纏める事で、偽りの神でしか無かったマキナ=プリンスを本物の神様に変えたの」
「ば、馬鹿な、そんな事が」
アネレは何でも無い事のように言ってみせるが、神を創造するなんて前代未聞にして、絶対神アルケテラーに干渉する程の偉業である。
想区の創造と比較しても見劣りしないくらい、並の創造主を遥かに凌ぐ行為だ。
それが「語り手の中の語り手」であるドロテア・フィーマンの後継者となった、エレナ・フィーマン改めアネレの面目躍如であった。
それを行なうには並大抵の「素質」だけでは足りない。
多くの物語を経験して得た「知識」、幼い頃から育んできた高い「想像力」、弱者に対して無関心にならない「慈悲」「関心」「博愛」、と、悪人にも救いを与えようとする「寛容さ」、そして困難に対しても冷静に行動し、その場における最善手、創造する上での世界の反発を上手く調整する塩梅を見極められる圧倒的な「経験値」。
十年や二十年では全然足りない創造主としての円熟した資質、アネレだからこそ出来た「空前絶後の語り手」だからこその偉業であった。
「トレビアン、としか言えないな、こんな気持ちにさせられたのはドロテア以来だが、まさか相手が君とは」
「なんて素晴らしい
「・・・兄さん達にも伝えておくよ、俺達の物語の読者だった少女は、別の世界では立派に創造主やってるって」
アネレの魅力に最初からメロメロにされてしまっているハンスだけでなく、シャルルとルートヴィヒもアネレを一人の創造主として認め、そしてその実力に舌を巻いた。
モリガンとして身の錆となったエレナしか知らなかった二人にとって、アネレという存在はまさしく出藍の誉れであり、自身の教えが間違いでは無かったという救いになる物だった。
「なんか思ってたよりとんでもない創造主を呼んじゃったみたいだね、まさかあのカオス・マキナ=プリンスを倒すんじゃなくて神様に変身させちゃうなんて」
黒騎士がいなくなって一段落した所にファムはゆっくりと近づいていく。
今は調律の巫女の少女も戦意消失しており、完全に決着が着いた状況だ。
今なら落ち着いて話ができると兜ならぬ帽子を脱いだ。
ファムはずっと一人で抱えてきた物語をようやく語る時が来たと肩の荷を降ろせることに一息ついて、四人に語りかける。
「それじゃあ約束通り、何でも質問に答えるよ、何でも聞いて頂戴な」
ファムに言われてこれで一件落着と思い四人は創造主との接続を解いた。
そもそも今となっては全員がイマジンを使い果たした状態なので、創造主として期待できる程の戦力も無かったが。
それでもハンスは最後までアネレに言い寄っていて、アネレに「ハンスは相変わらず面白いね、でも恋人は元の世界にいるから」と相手にされなかった事で消沈し、失意のままに在るべき魂の在処へと還っていった。
(エレナ)
(えっと、どうしたの?)
ずっとなりたかった「特別」な自分。
その夢を叶えた存在であるアネレはエレナにとって希望であると同時に眩し過ぎて押し潰されそうな理想だ。
そんなアネレの事が接続していてちょっぴりとだけ疎ましく感じてしまった故に、話しかけられてエレナは驚くが。
(エレナの運命は私とは違う、エレナはきっと私みたいになれない、だからエレナは私の事を羨むかもしれないけれど、でも私はエレナの運命だって羨ましいと思ってるよ)
アネレに自分の夢を否定するような事を言われてエレナは落ち込むが、だったらどうして自分を羨むのだろう、どう見てもアネレは成功者であり、幸福な未来の体現者である。
仮にモリガンであれば狂おしい程に羨んでしまう様な運命の持ち主に違いないのに。
(えっと、どうして?)
(それは私には無い物をエレナがいっぱい持っているからだよ、その人が一番欲しい物は雨夜の月、自分にさえ分からないくらいに大それたものに憧れるのが人間だけれど、だからこそそれを手に入れる喜びがある、エレナはきっと、私の知らないお月様を手に入れると思うから)
語り手らしいアネレの抽象的で間接的な表現だが、それが何を指しているのかエレナには分からない。
それでもアネレが自分を羨んでいるという言葉が嘘では無いことは伝わる。
(私のお月様、私の運命を照らし、生きる物語を証すおほしさま、そんな物、本当にあるのかな)
今のエレナには再編の魔女という役割を全うするだけで精一杯なので、自分の置かれた状況を冷静に俯瞰する余裕は無いのだろうけれど。
エレナの運命は今、光へと続く道を歩いている。
それはアネレとは違う、偉大なる者への物語だった。
(あるよ、エレナがエレナである限り、その答えは変わらないし、月も星も、逃げたりしないから、だからエレナはエレナの信じる道を、絶対に諦めないでね)
アネレはハンスとの接続を解いて神妙な面持ちで俯いているレヴォルを見て、やっぱり羨ましいと呟くと、接続を解いて還っていった。
エレナにも偉大なる者となった自分の可能性に羨む気持ちはあれど未練はない。
私には仲間達がいる。
その出会いはアネレの運命には無かった物だ。
だからエレナはアネレを理想としない。
そしてアネレも、エレナ・ウィルストとモリガンという二つの運命を悲劇だとは捉えない。
それはエレナの物語の序章に過ぎないのだから。
終末の語り手エレナ・フィーマン。
彼女は今も語り続けている。
「
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