第68話 オペレーション・ナイチンゲール

『海底から愛を込めて』

『夢幻の炎舞』


 人魚姫とマッチ売りの少女がハンス達の前方に向けて特攻する。

 創造主に従うイマジンとはいえ彼女達も意思ある命である事に変わりは無い。

 それでもその捨て石となる役割を遂行するのは、ハンス・アンデルセンが誰よりも物語に対して真摯な男だからだ。


 死とは救いでは無く通過点に過ぎない。

 その意味を人魚姫とマッチ売りの少女は理解していた。

 その意味を誰よりも理解していたからこそ、後に続く二人の為に道を切り開いていくのである。


『ムーンライト・バタフライ』

『マジシャンズ・トルネード』


 人魚姫とマッチ売りの少女に対抗して、カオス・オーベロンとカオス・ドロシーも必殺技で迎撃するが。

 支配されているだけの存在でしかない混沌カオスの二人には捨て身をする覚悟は持たない。

 だから決死の覚悟である捨て身の一撃に圧倒されて、そのまま消滅させられる。

そして、人魚姫とマッチ売りの少女は自爆して満身創痍の体のまま次の相手に特攻し、相打ちとなった。


「次、みにくいアヒルの子、インゲル、召喚サモン!!」

 ハンスは間髪入れずにイマジンを召喚し、突撃させる。

 イマジンを使い潰しにするこの自爆特攻で、相手のイマジンとの二一交換を実現し、召喚上限の不利を覆し何とか前進する事ができた。

 古来の捨てがまりに通ずるようなこの自爆特攻は、イマジン達の命を花火の様に散らせるが如く凄絶な戦いぶりだった。

 儚く散っていくイマジン達の特攻を眺めながらも、ハンスは決して怯まずイマジン達を特攻させていく。

 犠牲は大きいがこの調子ならエレナの元に辿り着く事は容易い、そう思った最中さなか


「やるわね、でも彼らを越えられるかしら」


 破竹の勢いで向かってくるハンス達を止めるために少女は二人のイマジンを呼び出した。


「たった二人だと・・・、僕のイマジンを舐めるなよ、カイ、ゲルダ、召喚!!」


『墜つ銀世界』

『狂い咲きの雪月華』


 カイとゲルダは世界を凍らせる程の吹雪を纏って突撃した。

 創造主のGNグリムノーツスキルにより強化された一撃が少女のイマジンに襲いかかる。


 並のヒーローならばまず耐えられない自爆特攻。

 その衝撃で大地が揺れ、空気が凍てつき細氷ダイヤモンドダストが舞う。




「私の王に、傷一つつけさせるものか」


 カオス・ガラハッド。

 世界で唯一の盾の英雄であり、グリムノーツの世界で最も堅い男である。


 彼の盾は捨て身といえど並のヒーローでしかないカイとゲルダ如きの必殺技など容易く受け止めていた。


「聖剣よ、全てを喰らえ、塵芥となって消えるがいい!!」


 そしてカオス・ガラハッドと原典を同じくする、この世で最も著名な聖剣エクスカリバーを持つ騎士の王に君臨する男。

 カオス・アーサーの放った必殺技がカイとゲルダ、そして他のカオスヒーローとハンス達を諸共に飲み込む。


 聖剣の力はそれ一本で一軍にも匹敵する。

 その聖剣の力を解き放つ全てを滅ぼす暗黒の奔流は、飲み込む物を一人残らず灰燼へと返した。



「はぁはぁ、間一髪だった、ノイン、無事か」


 どれだけの威力を誇ろうとも創造主の持つ武器は不滅にして不壊。

 ハンスの持つ盾を貫通させる事は能わない。


「はい、お陰様で無傷です」


 ハンスに庇われたおかげでノインもカオス・アーサーの全てを一掃する一撃から逃れる事が出来た。


「クソッ、最強の剣と盾の組み合わせ、両方攻略しない事には前進どころか後退するしかないぞ」


 防ぐ事が可能とはいえ、ここに来てのこちらの策を完封する見事な敵の応手に、ハンスは言い様のない焦りを覚えつつ、イマジンを犬死にさせた悔しさが自責となって苛む。

 いかなる攻撃も耐える盾と、全てを滅殺する聖剣の一撃。

 ハンスの手持ちのイマジンのどれを使っても、攻略する手立てはない。

 総合力で上回る相手であれば策を弄することも出来るが、純粋な力を押し付けてくる相手には小細工のしようがない。


 窮地に次ぐ窮地。

 数刻前に腹を括ったこちらの覚悟を嘲笑うかのように敵は絶望を与えてくる。


 少女は無尽蔵にカオス・ヒーローを召喚し、歩兵の如く突撃させながらカオス・アーサーの照射を放って来る為に、ハンスも自身のイマジンを突撃させる他は無い。

 目の前で露払いしてくれる者がいなければ敵の攻撃を防ぐ事もままならないからである。

 ハンスが自身のイマジンの自爆を厭わなかったように、少女もまた、自身のイマジンを背後から諸共に消し飛ばす事を厭わない。

 このままではジリ貧だ、早く挽回する一手を考えなくては完全に詰んでしまう。

 スズの兵隊、赤い靴のカーレン、裸の王様、えんどう豆の上に寝たお姫様と、どんどん自身のイマジンは消耗していく。


(何か、何か手はないか、完全に手詰まりなこの状況をひっくり返す起死回生の一手は無いのか、考えろ考えろ考えろ)


 イマジンを突撃させ盾を構える、イマジンを突撃させ盾を構える。

 その単調な消耗戦を繰り返しながらハンスは自身の引き出しを限界まで探って挽回する策を考えた。


(新たな物語を作って新たなイマジンを創造するのは・・・いやダメだ即興で作った物語に、この場を打開出来るだけの力があるとは思えない、しかし童話の中に聖剣に匹敵する力を持った者が存在しないのも事実、一体どうすれば・・・)

(一つ、思いついた事がある、出来るかは分からないが)


 レヴォルは接続しながらハンスと脳内で直接会話する。


(どちらにせよ何か策を講じなければおしまいだ、やるしかない)

(分かった、じゃあ・・・)



(・・・なるほどな、それくらいなら難しい事では無いが、その分リスクが嵩む、二度目は無いぞ)

(・・・分かってる、だが俺は、自分を、貴方を、ノインを信じている)

(信じる、ね、さっきまで僕を毛嫌いしていた筈なのにどういう心境の変化だ)

(もう俺は、貴方を憎めない、貴方の物語に感動させられて、貴方の読者にさせられた俺にはもう、貴方を恨む資格なんて無いのだから)


 ハンスと接続しているだけでもその記憶が、その内に秘めている物語が流れてくるのに。

 ハンスのイマジン達が誰一人として躊躇う事無く特攻していく光景を見せられては、ハンス・アンデルセンという男の、その人間性を疑う事など出来ない。

 自分勝手で偏屈な男の作った物語ではイマジン達が従う訳が無い、ハンスが誰よりも愛と理想を求める男だからこそ彼らは躊躇なくその理想に命を捧げられるのである。

 それが彼らの救いであり、ハンスがレヴォルにとっての先達だという証明になると理解したから。


 だからレヴォルはもう、ハンスを受け入れるしか無かった。


(確かに、人を憎むのも大変な事だ、君のような男にとっては敵を作る事すら耐え難い事だろう、だが)


 レヴォルの心を聞いたアンデルセンは助言に似たを呟く。


(対抗心という名の復讐の原動力が無ければ、人は無欲な凡人に成り下がってしまう、誰かに恨まれる事が誰かの為になるのなら、僕は喜んで恨まれる人間になりたい)


 アンデルセンは裕福な生を受けたグリム兄弟やシャルル、シェイクスピア達とは違う、見下され差別されてきた貧困層だった。

 だからこそ、その底辺の澱みが、不幸の底にある景色が人生にどんな色彩を与えてくれるのか、その重要さをよく知っていた。

 幸せは不自由の無い自由からは生まれない。

 悲しみの色を知るからこそ、涙の後だからこそ、喜びと楽しみは幸せになる。

 それをハンスは自らの作品を通して伝えている。


 だからこそハンスは、自分がレヴォルの成長の糧になれるのであれば、いくら恨まれても構わなかった。

 それが既に世を去った作家の、世界に対する関わり方なのだ。


「さて、ノイン君、申し訳ないが僕の大博打に乗ってもらうことになるけれど、いいかな?」


 ハンスの問い掛けにノインは即答する。

 ノインもまたを信じていた。


「任せて、どんな博打だろうと、必ず成功させて見せる」


「ありがとう、君なら乗ってくれると信じていたよ、僕が囮になっている間にノイン君はあの二人を倒してくれ、作戦名はナイチンゲールさよなきどりだ、タイミングは僕が示す、それまで待機していてくれ」


 ハンスはレヴォルの考えた策の実現の為に、状況を打開する海路の日和を待つ。

 無意味な消耗戦は、希望を紡ぐ為の防衛戦となり、ハンスはその血の一滴まで流し尽くす思いでその一筋の希望を手繰り寄せる。





「芸のない奴らめ、私の聖剣の力が枯渇するのを期待していたのかもしれぬが、それは愚かな見当違いだ、渡り鳥の足元にも及ばぬ愚物め、目障りだ消え去れ」

 退屈な繰り返しに嫌気がさしたカオス・アーサーは、その膠着を打破すべく出力を上げて、滅殺を試みる。

 当然、出力を上げればその分溜めの時間が長くなるが時間など、少女が無尽蔵に呼び出すイマジンが幾らでも稼いでくれる。

 カオス・アーサーは天上を突き抜ける程の暗黒のオーラを増大させて必殺技の構えを取る。


 カオス・アーサーが動いたのを見てハンスは自身が思い描いた策を実行する。

 レヴォルが原案して、ハンスが推敲し、ノインが実演するこの作戦。

 例え相手が誰でも、負ける訳にはいかない。

 運命だって、変えてみせる。

 ハンスは青白いオーラを爆発させ、全てを凍らせるような吹雪を纏いながら突撃する。


「ふ、こちらの大技をみて即突撃とは、先の先を取られましたね、王」


 この機を伺っていたのだとしたらまんまと術中に嵌められた事になるが、だとしてもその程度の策で覆せるような戦況ではない。

 二人は沈着にその進撃を俯瞰する。


「しかし奴らはイマジンも出さずに何をするつもりだ・・・まさかもう種切れという訳でもあるまい」


 ハンスとノインはその並ならぬ技量で向かい来るカオス・ヒーローを蹴散らしながら突撃してくる。

 その迅速さ、機敏さは、一騎駆けを行う羅刹の如く鬼気迫るものであった。

 ハンスはこの突撃に全てをかけるが如く、その闘気は猛吹雪となってカオス・アーサーとカオス・ガラハッドの二人を威圧し、鬼気迫る迫力は二人の本能的な恐怖を呼び覚ます。


 ハンス達が自身の間合いまでもう少しという所で、カオス・アーサーは力を解き放つ。


 ハンスは自身の槍をカオス・アーサーに向けて投げつけるが、虚しくもカオス・ガラハッドの盾に防がれた。


「惜しかったな、だがこれで終わりだ、これが聖剣の裁き、王である私の、粛清である!!」


 蛮族の軍勢を壊滅させる、対軍が範囲レンジの圧倒的な破壊と殺戮の暴力。

 全てを消滅させる一撃を、ハンスとノインは正面から直に食らってしまう。

 その規格外の一撃は城の壁を突き破り大きな風穴を開けた。


「はぁはぁ、流石は聖剣だな、これほどまでとは・・・恐れ入る」


 ハンスはで盾を構える事でなんとか踏みとどまるが、その圧力で弾き出され、崖っぷちまでおいやられていた。


「イマジンも槍も失っては創造主も形無しだな、連れの剣士は消滅したようだが、まだやるつもりか」


 カオス・アーサーは剣を地面に刺してハンスを見据えた。

 ノインが消滅したのははっきりと確認し、今は武器を全て吐き出したハンスが満身創痍で崖っぷちに立っている状況。

 九分九厘こちらの勝利は揺るがないだろう。

 熱線が盾に防がれる為に止めを刺すなら直接攻撃するしかないが、こちらが聖剣を振るう以上にハンスの方が消耗している。

 絶えず繰り出される少女のイマジンがやがては奴の首級を取るだろうと、カオス・アーサーは愚物の死に様から目を背けた。


「・・・ふっ、所詮はカオス、自分の願いの為に生きる者には、自分の願いの為に死ぬ者の気持ちは分からんよな」


 ハンスはあちこちが切り裂かれ焼かれた傷だらけの体で傷一つない盾を持ち直すと。


 二人が注意を怠っているのを見て不敵に笑った。


 直後。


「―――――――――っ!!!」


 頭上から降ってきたノインがカオス・アーサーとカオス・ガラハッドの眼前に迫る。


 突然の出現に迎撃する構えをとっていなかったカオス・アーサーを、カオス・ガラハッドが庇うが、それはノインの予測通りの動きだった。


 左に横移動する相手にその対となる方向に動く事で、相手の動きに制動ブレーキをかけさせて、尚且つ、身を屈める事でカオス・ガラハッドの大盾の死角を利用し、即座に反応できない体勢を作る。


 その完全に停止してしまったガラハッドに対して、ノインはその堅牢な鎧の隙間を縫うでも、小さな首を切り落とすでもなく、加速し全体重を乗せたひと突きで、相手を押し倒し、鎧を貫通させる事によって、最堅の騎士、カオス・ガラハッドを討ち取る。


「おのれ、よくも!!」


 そしてカオス・ガラハッドの胴体を串刺しにして無防備なノインの背中に、カオス・アーサーが斬りかかるが。


 その聖剣の一閃。

 並の剣なら剣ごと切られてしまうその一閃を、ノインは受け止める。


 創造主の武器である、ハンスの槍によって。


「な、まさか槍はこの為に・・・」


 背面からの攻撃を防がれる事に驚愕しつつも、カオス・アーサーは追撃を怠らない。

 カオス・アーサーは二刀流、湖の聖剣を防がれてもまだ、剪定の聖剣が残っている。

 二本の聖剣を同時に使いこなせるのは、グリムノーツの世界においては、カオス・アーサーだけである。

 その反則的な力の象徴でノインをねじ伏せようとするが。


「――――――シッ」


 一対一の剣を用いた戦いであれば、ノインは無敵だった。

 それは当然だ。

 騎士とはいえ王であるカオス・アーサーは自ら一対一の決闘に臨むことはほぼない上に、その戦績も芳しくないが。

 ノインはその生い立ちから与えられた運命の全てを剣に捧げてきた男である。

 例え自身の獲物が槍だとしても、相手の剣を見切り、そこに止めを刺すのは容易い事。

 最強の騎士ランスロットであれど、ノインの経験値には遠く及ばない。


 カオス・アーサーの剣舞の全てをいなして、一瞬の内にノインはカオス・アーサーを討ち取る。


 そしてノインは剣と槍を構えたままエレナの方に向かって一騎駆けする。

 それを止めるべく数多のカオス・ヒーローがノインに襲いかかるが。

 カオス・アーサーとカオス・ガラハッドに匹敵するようなヒーローはもういないのか、少女の召喚したイマジンは数は多くともノインからすれば有象無象の存在。

 近づくものは全てノインになで斬りにされた。

 その姿はカオス・ヒーローはおろか、その上位であるシャドウ・ヒーローすらも霞む程の悪鬼羅刹のような凄みである。


 そしてノインは瞬く間にエレナと調律の巫女の少女の元へと到達する。




 オペレーション・ナイチンゲール。


 その全容はこうだ。

 まずレヴォルは、自身を囮にしてノインを前線突破させるべく、隠密や変装、飛行や瞬間移動の出来るイマジンが無いかとハンスに尋ねた。


 その質問に対しハンスは、、イマジンのノインを生み出す事で精巧な囮役を用いる事にした。


 だがただの即興の物語では、相手を出し抜ける程の精巧さは生まれない。


 そこでハンスは、自身の物語「さよなきどり」を「渡り鳥のさよなきどり」に改変する事によって、本来は鳥であるさよなきどりを人間に変えた。


 さよなきどりの物語は、皇帝に送られた美しい声で鳴くさよなきどりが機械仕掛けのさよなきどりに立場を奪われて消失し、やがて機械仕掛けのさよなきどりが動かなくなった後にさよなきどりが帰ってくるという物語である。


 そのさよなきどりの物語とノインの運命の親和性が高かったからこそ正確に再現したノインを「創造」する事が出来たのである。


 そして自身が囮として突撃する裏で、ノインを自身のイマジン、「空飛ぶトランク」に詰め込む事で頭上へと逃がし、二人の死角からノインを急襲させる。


 これが作戦の全容だ。


 絶望的な状況に勝機を見出したレヴォルの想像力と、ハンスの創造主としての卓越した創作力、そしてノインの圧倒的な戦闘力が無ければ実現しない、三位一体にして胆大心小な連携による高度な作戦。

布石を敷く時間も、援軍に期待する事もままならない中で、最強の剣と盾、そして無数のカオス・ヒーロー相手という絶望的状況に対して、三人が誰一人諦めず、そして自分の人事を尽した結果である。


 まさしく不可能を可能に変える、三人だからこそ可能にした奇跡のような戦果だった。






(ここで・・・僕が彼女を止めれば、全てが終わる、僕の、役割も)


 ノインは少女に向かって剣を向けた。

 自分を生み出した創造主。

 代役である自分が本来守るべき相手。

 その彼女に向けてノインは己の運命を問いかけるように、剣を向ける。


「・・・それが、貴方の答えなの」


 少女は問いかける。

 渡り鳥と同じ顔をした人形。

 役割しか持たない人形が、どういう感情を持って、自分に刃を向けるのかを。


「・・・僕には君を救えない、泣いている君を笑わせる事も、君の悲しみを埋めてあげる事もできない、剣だけが取り柄の、出来損ないの代役だ、だから僕はこの剣でしか、君を守れない」


「守る・・・私より無力な貴方がどう私を守るっていうの」


 ノインはこの旅の中、レヴォルと共に渡り鳥の軌跡を追っていく中で、渡り鳥という人間の本質を知り。

 少女が渡り鳥にとってどういう存在なのかを知った。

 そんなノインが見出した己の役割とは。


「君の、笑顔を守る、君の中にいる闇を切り払って、君の記憶が無くならないように君の思い出を守る」


 カオスに歪められた存在。

 その多くは自分の意思が反映された物だと思われるが、実はそうではない。

 悠久の時を生きてシャドウへと変容すれば、記憶が失われ、その人格も失われる。

 現在の少女が記憶障害を起こし、生来とはかけ離れた性格になっている事からも、カオス化が人格に悪影響を及ぼすの紛れもない事実だ。

 カオスは人格を悪に染めて、世界の悪役に変えてしまうものなのだ。


 だからこそ、カオスとなった人間は皆、過ちを犯してしまう、狂ってしまう。


 ノインは彼女にこれ以上、シンデレラの魂を吸収し、渡り鳥の代役の為に命を使い潰すような非道を行って欲しくない。

 皆から愛される少女のままでいて欲しかった。

 だからノインは、少女の運命の再編の為に、少女と戦う決意をした。


 渡り鳥の記憶が戻った訳では無い。

 ノインに与えられているのはその人格だけだ。

 本来は魂すら与えられないはずの人形に、何の因果か心が宿った。


 だからノインは、自分の心に従って行動する。

 少女を「守りたい」と思う気持ち。

 それが今のノインの全てだから。


「・・・偽物の分際で、私に歯向かうというの、この・・・恩知らずっ、人でなしっ」


 あの人と同じ顔で、同じ眼差しでそう言われる事に耐えられなかった少女は、慟哭する様な声音でノインを非難する。


 その悲痛な叫びはノインの心を激甚に抉るが、その痛みも覚悟の上だった。


 ノインは本心では彼女に受け入れられたい、認められたい、側にいたいと思ってしまう程に本能的に惹かれていたが、そんな言葉に出来ない衝動は自分の行動を決める根拠には足りない。


 ノインの根拠とする物は自分の中に見つけた記憶。


 彼女を守る騎士ナイトだったという、不鮮明だが確信を持てるその一頁の記憶だ。

 だからノインは例え嫌われようと罵られようとも己の役割を曲げない。


 ただ剣でのみ、己の心を語るのだ。


 故にその体は、髪の毛からつま先に至るまで。


 姫を守る、一振りの剣として出来ていた。


 それは歌うことしか出来ない機械仕掛けのさよなきどりのように無機質で、哀れな運命だった。

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