第67話 創造主三銃士

「・・・俺、描く方専門だからこういう荒事は兄さん達の方が向いてるんだけどなぁ」


 アリシアが接続コネクトしたヒーローはグリム兄弟の末弟ルートヴィヒ・グリム。


 彼は創造主の中でも稀有な絵描き専門の創造主であり、上の兄二人に比べれば戦力的には少し見劣りするが。

 しかし、創造主が調律の巫女の旅路に最初に登場した当時においては、闘技場においてその力を遺憾無く発揮し、数多のヒーローを屠った創造主の名に恥じない活躍を見せている。


 全てを見通す鋭い眼光と、男にしては少し細身な体つき、末弟故か控え目な性格と、そして何より常に気だるげで他人を寄せ付けないその気品が、アリシアの好みのストライクゾーンど真ん中をストレートに撃ち抜いていた。


 アリシアの好みが偏った要因が彼女の相棒によるものなのか、彼女の叔父によるものなのか、それはここで語るべき事では無いが。


 とにかく、ルートヴィヒは全ての創造主の中でもとりわけて、女性から支持の高いヒーローなのであった。


 故にアリシアはルートヴィヒと接続する事になったのである。




「ふ、吾輩の出番が来たようだな、皆の集、案ずる事はない、吾輩にかかれば大猿の一匹や二匹容易く討ち取ってくれるわ」


 ティムが接続した創造主はシャルル・ペロー。


 彼は尊大な口調に反して見た目は少年であるが。

 その強さは弓や杖といった射手の中で随一であり、闘技場においてはその圧倒的破壊力を持つ必殺技トレビアンで、長らく環境を支配した闘技場の伝説を作った栄光の創造主の一人である。


 特筆すべきは彼の必殺技の破壊力が対人戦に留まらず、対ヴィラン戦に於いて真価を発揮するという事。

 数も強さも関係なく、彼の必殺技はあらゆるヴィランを焼き尽くす。

 それほどまでに、彼の放つ必殺技は強力で、圧倒的な破壊力を持っているのである。


 だからここでシャルル・ペローがこの場に呼ばれたのは、最早必然というべき理にかなった采配であった。



 そして、レヴォルが接続した創造主は。


「・・・おい、この体、自分から接続しておいて接続を解除しようとしているんだが、ぼくが一体何をしたと言うんだ」


 レヴォルが接続した創造主はハンス・アンデルセン。

 レヴォルからしてみれば最も相容れない筈の男であるが、これは仕方の無い事である。

 何故なら二人の間にははっきりとした「縁」が存在するのだから。


 だから本人の意思が反映されない無作為の選択によって選ばれるなら、アンデルセンしか有り得ないのだった。




「まさか創造主を呼び出すなんてね、流石、魔女の名は伊達ではないわね、


「久しぶりだね、、魔女と言うなら今の女王様の姿も魔女と呼ぶに相応しい存在だと思うけど」


 少女とファムは旧交を温めるように互いに言葉を交わした。


(・・・どういう事だ、原典のファムとどうして渡り鳥の想区における調律の巫女でしかない彼女が面識を持っているんだ)


 レヴォルはその接点に違和感を感じるものの、ファムがこの想区で暗躍していたのならそれもおかしく無いかと一先ずは納得した。


 答えは全てを終えれば自然と分かるだろう。


「・・・まさか、貴方が生きていたなんてね、どういう事かしら、貴方の運命はアーサー王の想区で終わる筈だったでしょう」


「助けて貰ったんだよ・・・私達の王子様に、それがこの想区における彼の役割だったからね、そして今は恋敵として君の前に来た訳だ」


「恋、敵・・・?」


「そう、これはの物語でもあるからね、事情があって百年待たせる事になったけど、今度こそ王子様にちゃんと選んで貰わないとこの想区を完結させる事は出来ないから」


「・・・そう、ならあの人は生きているのね」


 少女はその暗澹で虚ろな深淵を映す瞳から大粒の涙を流しながら、幼く無邪気な笑みを浮かべた。


 ファムが生きていたのなら、が生きているかもしれないと、その希望に縋る事が出来るから。


 永く真っ暗な地獄に、ようやく光が差したような心地であった。



「・・・ごめんね、君だけに辛い思いをさせて」


 僅かな間に恋する少女に戻った彼女を見て、ファムは自分と違い、彼女がどれだけ純粋で鮮やかな恋心を抱いていたかを知る。


 その絶望と悲哀に寄り添えなかった罪悪感を抱えながら、ファムは布告した。


「じゃあ始めようか、悪夢はこれで終わり、これからは未来の物語を語ろう、語り手達よ、どうかあの子の絶望を打ち砕いて頂戴」


「了解」「淑女マドモアゼルの頼みとあれば仕方ない」「・・・おい、いい加減体の主導権を空け渡せ」


 一人、足並みが揃わなかったが、ファムの布告で戦闘は開始される。


「・・・君は接続しないのか?」


「まぁ一人は回復役が必要だからね、それに私は接続しなくても結構強いのだよ」


 ファムは詠唱し、全員に強化魔法をかける。


 『サイレント・プリンセス』、通称御愁傷様。

彼女のその魔法はシャルルの最強の必殺技である『若きマドモアゼルのための訓話』、通称トレビアンすらも無効化してしまう程に強力な回復と防御の付与を一度に行う魔法である。

 それは弱肉強食、冷酷無比の闘技場において、長らく一戦に君臨する程の性能で、ファムが並の創造主より余程優秀なヒーローなのは間違いない。




「・・・あなたが何を企んでいるのかは知らないけれど、恋敵を名乗るのなら全力で排除させて貰うわ、行きなさい、黒騎士!!」


 少女の号令で黒騎士は咆哮し四人に襲いかかる。


 その圧倒的な質量から振り下ろされる剣の一振りは一度に百の兵士を薙ぎ払い、その大きな蹄の突進は一踏みで大地を揺るがしそして風の如く加速する。


 もしも並のヒーローが相手だったのならば、初手の突進を躱す事も出来ずにそこで終わっていた。


 しかし創造主である三人にとってはそれもまだ余裕を持って受け止められる程度の攻撃に過ぎない。


 黒騎士の巨大な斬馬剣を、ルートヴィヒが受け止める。

 馬どころか龍が斬れる程のその圧倒的な質量差があっても、創造主の持つ武器は不壊ふえにして無敵の勝利を約束された概念武器である。

 例え蟻と象ほどの質量差があったとしても、折られる事はない物だ、しかし。


 ルートヴィヒの体が壁際まで弾き飛ばされる。

 すかさずハンスが黒騎士の前に立ち塞がり、シャルルが矢を放ってカバーしその突進を止める。


「けほっ、痛ぇな・・・流石に純粋な出力パワーじゃあ向こうが圧倒するか」

「まぁそれも仕方ない事だろう、原典のマキナ=プリンスは「人々の願い」という希望がその力の源であるが、カオス化した奴はその希望が打ち砕かれた時に生まれる絶望を力の糧とする、この世界は涙を流し過ぎた、最早創造主であっても手に負える存在では無い」

「喜劇で力を増す者もいれば悲劇で力を増す者もいるという訳か、全く、この世界のはなんとも公平で理不尽だな」


 この世界のカオスとは物語に抗う事であり、言い換えれば本来の物語の裏面である。

 幸せになれなかった者が、悪役が、敗者が、その運命を覆そうとした結果がカオスなのである。

 だからこそ正しい物語、誰かが栄光を掴んだ物語の裏の世界では誰かが抗い、栄光を掴む者に苦渋を舐めさせようとする。

 その物語の裏側、本来は有り得ない属性の反転、勝者と敗者の交代こそが、鏡の世界の理であった。

 故にカオス・マキナ=プリンスにはこの鏡の世界においてのみ具現化し、この世界の理を敷く者として、王の番人としての力を十全に振るえる。


 あくまで接続された、全盛期ではない創造主達からすれば格上の相手になるのは間違いない。

 ただの突進でさえ、三人の全力を合わせなければ止められない程である。

 消耗戦となれば先に力尽きるのは創造主達の方だ、だからこのままではいけないと、シャルルが提案する。


「いかに吾輩達の魂が不滅で不壊の概念武器を持っていようと、奴の存在の概念そのものが「破壊」である為に先に壊さなければこちら側が壊されてしまう、分かるだろう?」


 シャルルはそう言ってルートヴィヒの剣に目線を向ける。


「馬鹿な、決して傷つくことの無い創造主の武器にひびが!?」

「なるほど、これが「破壊の概念」という事か、だとしたらちょっと厄介だ」

「ああ、吾輩達の魂は不滅といえどもこの体は別、脆い部分から壊されればいずれは消滅する、だから短期決戦にかけるしかない」


 シャルルのその提案に二人は頷く。


「僕が時間を稼ぐ、合図は任せる」


 ハンスは時間稼ぎの為に人魚姫とマッチ売りの少女のイマジンを出現させると黒騎士に突撃する。

 マッチの炎で目くらましをし、人魚姫の自由自在の機動で攻撃を回避し、ハンスの氷魔法で動きを止める。

 流石創造主だけあって、一人で二役も三役もこなせる多芸ぶりだ、あれなら時間稼ぎは容易いだろう。


 シャルルとルートヴィヒはその間に必殺技を撃つ為の力を貯めた。


「今だ、下がれハンス!」


 ハンスは黒騎士に全力の突撃をかますと、その反動を利用して後ろに下がった。

 その衝撃で黒騎士も体勢を崩している、今なら確実に攻撃を当てられるだろう。

 絶好の好機、二人は同時に必殺技を放った。


『家路につくメルヒェンの兄弟』

『輝けるマドモアゼルのための奇跡』


 ルートヴィヒの描く家路を目指す兄弟の軌跡、ヘンゼルとグレーテルの力を合わせた無数のお菓子の投擲による圧殺。

 シャルルのイマジンである赤ずきんとシンデレラの力を合わせた、全てを焼き尽くす火炎と氷結の複合コンビネーションによる爆発。


 通常のヒーローであれば一撃で昇天させるのも容易い規格外の一撃。

 これらを同時に行う事で爆発は連鎖し、累乗的に火力は引き上げられる。

 創造主の全力を込めた、今出せる最大の一撃だったが。



「今のを食らって無傷か・・・流石、機械仕掛けとはいえ神の名は伊達じゃないな」

「しかし、今のが俺たちに出せる全力、これで効果ないという事は」

、やはり四人でなくては倒せないという事か、ファム、君も創造主に接続してくれないか」


 ここでファムが抜けるという事は最強の防御と回復という鎧がなくなり、黒騎士を前にしては裸同然で戦うという事。

 非常に危険な背水の陣とも呼ぶべき決死の作戦の発動になるが。


「・・・ごめんね、私には出来ないんだ、だからもし四人目を望むのなら、君たちのお姫様を目覚めさせるしかない」


 ファムの目線の先、調律の巫女の少女の傍らに鎮座する棺、その中にエレナがいる。


 ここが白雪姫の想区の鏡写しであるならば、レヴォルにはエレナを目覚めさせるがある。

 それにレヴォルでなくても、創造主ならばその眠りの呪いを解く事は難しい事ではない。

 エレナの戦線復帰は不可能ではないが、やはり調律の巫女の少女の傍らというのが難点か。



「・・・そういう事か、ならば仕方あるまいな、吾輩達が時間を稼ぐ、ハンス、君が取り返してこい」


 全てを悟ったシャルルは迷っている時間が惜しいと、直ぐに指示をだす。


「・・・何故僕なんだ、時間稼ぎなら僕の方が適役の筈だろう、それに白雪姫の呪いならルートヴィヒの方が勝手が・・・」

「ええい、つべこべ言わずにさっさといかんか、あのお転婆娘の保護者は君の役割だろう!!」


 それをレヴォルとハンス、どちらに向けてシャルルが言ったのかは分からなかったが、シャルルに背中を押され、もとい突き飛ばされて、ハンスはエレナの奪還に向かう。


「ノイン!、君の出番だ、黒騎士相手では役者不足だが、あのお姫様の相手ならば君にも十分務まるだろう、ハンスに続け!」


「・・・はい!!!」


 部屋の隅で傍観に徹する他無かったノインは、ここに自分の最期の役割を見つけたと軋む体に鞭打つようにし、全身全霊で駆け出した。


 エレナの救出に向かうハンスとノインの前に黒騎士が立ち塞がるが。


「・・・乗ってきたっ、テメェの死に様が見えてきたぜ!」

「ここからは吾輩達も死にものぐるいだ、創造主の力を見せてやる!」


 ルートヴィヒとシャルルが横槍は入れさせないと、黒騎士の注意を引く。

 戦力的に盾役であるハンスがいなくなるのはかなり痛手ではあるが、ファムの最強の回復と防御付与魔法という加護がある為に、ハンス無しでもある程度は戦える計算だ。

 戦力的に不安のあるのはどちらかと言えば。


「お姫様を目覚めさせに来たのね、貴方に私が倒せるかしら」


 調律の巫女は並ならぬ創造主であり、この想区の支配者である。

 少なくとも全盛期ではない接続されたハンスと、渡り鳥の模造品であるノインより格上なのは間違いない。


「さぁな、出来るかはわからないが、やるしか無いからやるだけだ」

 ハンスは自身のイマジンである人魚姫とマッチ売りの少女を呼び出して牽制する。


「・・・いいわ、殺して上げる、その徒花を献花にしてあげるわ」

 少女もイマジンであるカオスオーベロンとカオスドロシー、その他十人程のカオスヒーローを呼び出してハンスとノインを包囲する。


「一度にこれだけの数のカオスヒーローを呼び出せるとはな、やはり土台の違いか」


 全盛期のアンデルセンならば無数にイマジンを召喚する事も出来るが接続されたハンスが出せる限界は二人までだ。

 そしてカオスヒーローは基本的に通常のヒーローの格上の存在である。

 このままでは純粋な数の差で蹂躙されかねない。

ハンスは僅かな間に自分に出来る万策を思考した。


「雪だるまくん、君は自分が雪だるまと知っても恋焦がれるストーブに近づく勇気はあるかい」


 ハンスはノインに決死の特攻を遂行する覚悟の有無を問う。

 ワンチャンスあるとしたら、自身のイマジンを全て使い捨てにし相打ちを取る事により、二体しか召喚出来ない制限の不利を少しでも無くすしかない。

 勿論この体の持ち主であるレヴォルはそんな捨て身の作戦など認めないだろうが。


 だが、ルートヴィヒとシャルルだって命懸けだ。

ここで身を捨てずして浮かぶ瀬は無い。


 人にはそれぞれ自分に相応しい「居場所」と「役割」がある。


 創造主として、人々の運命を紡ぐものとして、その役割を果たすべき時が来たのであれば。

 作者としての矜持を以て。

 やるべき時にやらなければならない事をする。

 その生き様を見せるのは悲劇の紡ぎ手として最低限の責任であるだろう。

 ハンスは運命の非情さ残酷さを感じながら、己の物語イマジン達を最後の一人まで使い潰す覚悟を決めた。


 そんなハンスの弱者を寄せ付けないような覇気を感じ取り、ノインは即答した。


「例えこの体が灰になっても、誰かの、彼女の役に立てるのなら、悔いはないっ!!」


 灰色に染まった髪を逆立てるような覇気を見せて、ノインはハンスの提案を承諾する。

 ノインは自身の余命がこの想区の完結まで持たない事を悟っていた。

 だから使い捨てられるだけの命でも最期に誰かの役に立てるのなら本望だ。

 その役割に不満も倦厭も無い。

 ありのままに受け入れられる。


 今日まで生きてきた理由。

 作り物の命でしかない自分にできる役割。


 それは誰かを守る為に命懸けで戦う事、それだけ

だ。


 そんなノインの不退転の覚悟に無上の奉仕という、世界で最も美しい愛の在り方をハンスは垣間見た。


「ふっ、こんな時に言うのもなんだが、君を主役にして物語を書いてみたいと思った、だから、簡単には死んでくれるなよ」


 ハンスのその呟きは鼓舞しようとした激励ではなく、本心である。

 ノインがただの代役にんぎょうではなく、一人の人間として認められた証だ。

 それは奇しくも、レヴォルが人魚姫に与えられたすくいと同じ。


 ノインの「物語」は今ここから始まるのである。


「まだ終われない、終わりは自分で決める、だからまだ、僕は死ねない」


 ノインは剣を握り込み、ハンスは自身のイマジンに特攻をけしかけながら、それぞれのお姫様へと続く茨の道を駆ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る