第40話 決戦の時

「私達は後から自力で島をでますので、貴方達は先に船で子供達をここから逃がしてください」


「一緒には行けないのか?」


「ええ、船の上からではこの杖の力を十分に発揮出来ませんから、それに・・・いえ何でもありません」


 アカが何を言い淀んだのかは分からなかったが、その不穏さはレヴォルに不安の針として引っかかったが、詮索はしなかった。

 後手に回って手に負えなくなる程の懸念では無いと予想したからだ。




 次の日。


「すげえ、銀爺すげえ」

「渦潮や波の流れに逆らって進むなんて、人間技とは思えないぜ」

「流石、プロの海賊ね、みるみる島から離れていくわ」


 シルバーの操舵手としての力で、運命の強制力を覆し船は進んでいく。

 もしかしたら、違う想区の人間には、運命の強制力は効かないのかもしれない。


「なぁレヴォル、爺と婆の事だけど」

「・・・ああ、心配だ」


 この数日、彼らが何に手を煩わせていたのかは知らない。

 ただ、不穏でのっぴきならない不安を気取られないように、密かに動いていたという事実を感じただけ。

 出来れば二人には早急に島の破壊という任務を終えて合流して貰いたい所だけれど。




「なぁ、あれって・・・」

「船だ、それも沢山、島の方に向かっているぞ」


 それは大軍を引き連れた軍船だ、船から登る軍旗は源氏の名が刻まれている。

 この島で行われている鬼退治の定義が、桃太郎による物では無く、あくまで朝敵の討伐である以上、それが四人組という形式に囚われる必要性は皆無だ。

 幾度となく鬼退治が失敗した事により、とうとう本丸自ら殲滅という役割を遂行しようとしているのだろう。

 まさか、アカとアオはこの事を知っていたから、何も言わずにレヴォル達を見送ったのだろうか。



「どうする、引き返すか?」

「でも、アカさんが必ず後から行くから、絶対引き返すなって」

「・・・っ、大変だ、何隻かこっちに向かってくるぞ」

「やばい、やばいぞ、どうしたら・・・」

「流石にアカさんとアオさんを放っておけないけど、子供達もいるし・・・」


 どうみても選択を間違えられない修羅場だ、引き返すという選択肢を選べば子供達を危険に晒す事になる、だけど、だからといって、このまま見捨てて自分達だけ助かるというのは、それが最善だとしても受け入れ難い物だった。


「ティム!、アリシア!」

「王子サマ、何かいい考えが!」


「借りは返すぞ!」


 この想区に来て最初に、ティムとアリシアが危険を承知で桃太郎の側について行ったからこそ、レヴォルは鬼ヶ島の事を知る事が出来た。

 だからこそ、ここはレヴォルが行かなくてはならない。

 きっとそれが、この場における最善だと信じ、レヴォルは飛び込んだ。


 レヴォルは海に飛び込んで、島へと泳いで行く。

 潮の流れは島へと向かっている為に、最早引き返す事は出来ない、だけど、躊躇いなどは無い。

 ここで見捨てるくらいなら、あのひとの弟として、あのの兄として合わせる顔が無いのだから。




「さて、最後の仕事だ」

「失敗は許されません、最善は尽くしましたが、上手くいくでしょうか」

「なぁに、旅人さん達がいてくれたお陰で、保険をかけることも出来た、夢の続きを見る事が出来たのだ、それで十分だろう」


 アオは遠ざかって行く船を愛おしそうに見つめる。


「・・・何か最後に、聞いて欲しい言葉は無いですか」

「もう、生き残り続けるばかりの戦いには嫌気が差した、俺を残して先に逝くなよ」

「・・・ふう、死出の旅にまで付き添っているのですから、もっと気の利いた一言くらいあっても罰は当たらないと思うのですが」


 アカはアオの鈍さに溜息をつきながら苦笑しつつ返事を返す。


「おや、帰ってきたのですか」

「・・・ああ、俺の物語は、このままで終わらせる事を認めないからな」

「ふふ、まるで物語の主役、英雄みたいな事を言うのですね」

「ああ、俺の姉と妹が、俺が英雄になる事を望んでいる、だからここで止まらない、貴方達を救って見せる」

「誰かにそう望まれる事、そう強いられた英雄というのも、「運命」と呼ぶのかもしれませんね」


 アカとアオも、レヴォルの中に渡り鳥えいゆうの面影を見つけた。

 きっと、これから出会う渡り鳥を知る者は皆、同じ感想を抱きながら、レヴォルの成長に回想する。

 レヴォルは着実に、英雄への階段を進んでいる。


「俺もいるぞ!」

「シズヤ、付いてきたのか」

「当たり前だろ、ジジイとババアが命張ってんのに、俺だけ見てるだけなんて出来るか!」


 シズヤの目には、幼くとも強い意志が宿っていた。


「ふふ、運命とは、斯くも数奇に導かれる物とは、シズヤがいるのならば事情は変わりました、これは負け戦ではありません」

「負け戦をするつもりだったのか、クソジジイ、クソババア」

「ふ、あくまで運命の筋書き的な話であって、私達自身が負けるつもりなどはありませんが」


 だがきっと、勝算と呼べる物は無い、無茶な作戦だったのに違いない。


「・・・シズヤには、この運命を覆す力があるのですか?」


 レヴォルはシズヤが何の役割を与えられているのかも知らないが、それだけの力を持つ存在ならば、相当稀有な運命の持ち主なのだろう。


「ええ、正確には復讐ですがね、私達は、シズヤにこの道を辿って欲しくは無かったのですが、きっと、これが運命の理想系に至る導きという物なのでしょう」

「・・・復讐、という事は、あいつらの中に、俺の親の仇がいるのか」

「ええ、本州に偵察に行って、次の征伐は、将軍自らが行うと確認を取って来ましたから、あそこには貴方の仇がいます」


「なぁ、俺の親って・・・」


 シズヤは初めて、自身の出自について尋ねた。

 自分を捨てた親の事など、興味なんて無かったが、もしも仇がいるのなら、無念を晴らしてやるのは子の役目なのだろう。

 家名を、地位や財産を奪われたのならば、それを取り返さなくては、やりきれない。

 奪われたら奪い返す、それを復讐と呼ぶのだとしても、それを止める権利は誰にもない。


 シズヤには憎しみなどない、ただいつか「旅立つ日」が来ると教えられて今日まで生きてきて。

 その為に鍛え上げた自身の剣術が、ここに結実すると知ったならば、それを達成する事に期待感が湧き上がってくる。


 復讐が原動力ならば、育ての親であるアカとアオを巻き込む事をよしとしないが、シズヤの原動力はただ、鬼退治という名目で自分の家族を傷つけようとする相手に対する怒りだった。

 だからシズヤはここにいる。


「源義経、兄頼朝により謀殺された、悲劇の英雄です」


「そして、義経には、物語の英雄として一つの属性を持っていた」

「属性?」

、皆が義経の不遇を憐れみ、味方したくなる心理、だが本人にはその加護は及ばない為に、その加護は子供に引き継がれる」

「つまりこの戦いは、こちらに絶対的有利な状態で戦うという訳だ」

「期せずしてこちらは四人、鬼ヶ島の戦いであれば、四人組が勝つに決まっている」




「さて、レヴォル殿、雑兵共は我々が引き受けますので一つ頼まれて頂けませんか、その方が犠牲も少なく済みます」

「分かった、何をすればいい」

「シズヤと二人で、大将を討ち取って下さい、そうすれば残りは軍を退くでしょう」

「だが、大将のいる旗艦までは距離がある、そう易易と辿り着けるだろうか・・・?」


 旗艦を守るように幾つもの軍船が立ち並ぶのだ、近づくには一隻づつ攻略する必要がある。


「レヴォル殿、八艘飛びは御存知かな」

「八艘飛び・・・?」


 聞いた事はないが、それが敵の旗艦に辿り着ける方法なのだろうか。


「牛若丸と接続コネクトしなされ、さすればそれができるだろう」


 牛若丸とは、シズヤの父親でもある源義経の幼名である。

 無論、源義経の幼い時代の魂である為に、シズヤとは何の関わりも無いけれど。

 だがしかし、ここで接続する英雄ヒーローの魂として、彼以上の適役はいないだろう。


「ふ、自分の運命を知っても尚、兄上に弓引く事など、有り得ないのだが・・・」


 気品と礼節に富んだ美少年、牛若丸は、自身が呼び出された状況を理解し、その皮肉を笑ったが。


「だが、の運命と何の関わりもない頼朝を悪鬼として成敗することと、私の息子という可能性を見せてくれた礼とあれば、一人の英雄として、ここで退く事はするまい」


 牛若丸は納得したようにシズヤの手を取る。


「さて、シズヤよ、私についてこれるか」

「ああ」


 英雄の力を得た牛若丸と、それに手を引かれたシズヤは驚くべき跳躍を以て、船を渡っていく。


 時には船の帆先やともの揺れによる梃子の力を利用しながら、遠く離れた船にも飛び越えて行った。

 例え直接的な繋がりは持たなくとも、その姿は兄弟のように相似していた。


「さて、彼らは行きましたね」

「準備は万端だ、直ぐに取り掛かるぞ」


 アカとアオはこの日の為に仕掛けをしてきた。

 普段から仕掛けてある対桃太郎用の罠を再構築し、合戦の長期化を避ける為の策を煉り、たった二人で合戦に勝つ為の方法を入念に構築してきた。

 だから敵が千人いようと万人いようと、戦い抜く決意だけは、揺るがない。


 アカは岬から火矢を放って敵の乗員に消火をさせる事で戦力を削ぎ。

 アオは上陸してきた兵士達を罠を駆使しつつ撃退する。

 手柄となる首級が二つしかないのだ、敵の兵士達は躍起だって降りてくるが、歩兵とあれば、例え十人が纏めて相手になっても、アオの足元にも及ばない。

 懸念材料は物資の消耗と、アオの体力だけ。

 仕掛けてある罠も、止めどなく放っている火矢も何れは尽きる。

 それまでにレヴォル達が大将を仕留めなければ、二人は力尽きるだろう。

 だけど二人は既に、そんな死が運命となって降り掛かってくるような修羅場を幾度となく越えてきた。

 だから今更後悔や未練などはなく、ただひたすらに己の役割を遂行する事にのみ注力する。

 彼らは互いを、レヴォル達を、そして何よりも未来という結末を信じていた。




「さて、私にしてやれるのはここまでだ、助力をしてやることは出来ても、助太刀し、仇討ちに加担する事は出来ない、例え他人だとしても、頼朝の首を義経が取るというのは、やはり悪ふざけが過ぎる筋書きだ、だから後は・・・、任せる」


 牛若丸は俯瞰するようにシズヤを見遣る。

 例え自分の子供でなくとも、本来は存在し得ない「義経の子」とあれば、特別な感情を抱かずにはいられない。

 シズヤは紛れもなく、義経の物語における希望となり得る存在だから。

 だからシズヤに対して、老婆心から生まれた差し出口が幾つも口から溢れそうになり、接続しているレヴォルもその葛藤を読み込んでしまうが、牛若丸はシズヤに一言だけ告げた。


「・・・達者で、な」

「ああ・・・」


 その無愛想で、無関心を装った別れの言葉を、シズヤはその裏に込められた真意と共に受け取る。

 言葉は無かったが、それでもシズヤには、牛若丸の伝言が分かった。

 だからシズヤも、牛若丸に父の面影を感じつつも、その背中を追いかけたりはしない。

 そしてそのシズヤの「自立」を牛若丸は感じ取ったので、レヴォルもそれ以上のやり取りを求めず、潔く接続を解く。


「さぁ、乗り込むぞ」


 ここは敵の旗艦の上。

 いわば虎口の真っ只中だ。

 長く感傷に浸っていられる余裕は無い。

 それに今は、ここにいる頼朝を討ち取って、アカとアオを助けたい気持ちの方が強かった。

 故にシズヤはもう、自身に与えられた特別な時間を惜しむ気持ちは一欠片も無い。


 レヴォルとシズヤは立ちはだかる衛兵達を切り捨てて、旗艦のやぐらから戦場を俯瞰している頼朝の下へとひた走る。

 衛兵達の実力は、高い身分や高価な甲冑に反して、誰も彼もが実戦に乏しい見掛け倒しの兵士ばかりであった為に、レヴォル達は苦戦する事無く頼朝の下に辿り着く。


「降りてこい頼朝、お前を倒して、この戦は終わりだ」


 頼朝は櫓の上からでは声が聞こえぬと思い、軽快な身のこなしで櫓から飛び降りた。

 その姿は壮年の貴人とは思えないほど威厳と活力に溢れており、数々の英雄と比べても遜色しない程に精強だ。

 それも当然の事だろう、頼朝は武士の頂点に立つ存在であり、自ら戦場に赴く事こそ少なかったが、武士の手本として、知略のみならずその武勇も非凡な、源氏という名家の当主なのだから。


わっぱが二人で乗り込んで来るとは、やはり鬼子は無謀で浅はかだが、屈強で油断ならんな」


 頼朝は自身の家来達が倒されているのを確認すると、脇差に手を掛けて名乗りを上げた。


「我が名は源氏一党の党首にして征夷大将軍、源頼朝だ、この首は一国よりも重い、貴様ら如きに取る事は能わぬと知れ」


 刀を抜いた頼朝からは、これまでに鬼ヶ島に来た桃太郎達にも劣らない程の圧が感じられた。

 ノインですら手こずる相手だ、レヴォルとシズヤにはまだ荷が勝ちすぎる相手である。

 しかし。


「俺はレヴォル、悪いがあんたの首なんかには興味が無い、この島から退いてくれるならそれだけで十分だ、俺達はもうあの島を出て行くのだから」


 レヴォルには戦う道理も運命も無いのだ、だからこうして説得する方法もある。


「ふ、島から出て行くか、元より島へと閉じ込めた者を、何故今更討ちに来たと思っておる、やつらは、国を狂わせ、民草を虐げる鬼子の末裔、所詮は賊になるしかない賊の子供ら、国の為に、生かしておく道理など無い」


 頼朝は非情さ冷徹さを怒りに込めた眼差しでレヴォルを睨む。


 レヴォルも知っていた、この島の子供達が島を出たからといって、まともな道に進んでいける可能性は限りなく低いと。

 親も戸籍も、土地も財産も無いような空っぽの人間に与えられた運命なんて奴隷として扱われるか、盗賊や野武士のようなならず者になって、略奪し、争い、刹那の中に微かな栄光を掴むような儚い未来しかないと理解していた。

 それでもレヴォルはもう、その場凌ぎの偽善者でも、保身に長けた傍観者でもない。

 として、自分の願いの為に行動している。

 だからあの子達を、マッチ売りの少女にしない、人魚姫のままでは終わらせない。

 その決意はレヴォルの信念として刻まれているのだった。



「例えどんな運命が、不幸が、理不尽が、「俺達」に過酷を強いるのだとしても、俺は人間として、この世界に生きる役者の一人として、その驕傲に抗う、俺達が、あの子達が悪役だと、勝手に決めつけるな、俺もお前も、この世界に生きる役者の一人に過ぎない、だから、「俺達」の運命は、「俺達」が決める!!」


 物語の多くには悪役となる存在がいるが、その悪役からしてみれば、自分を虐げる存在も当然悪なのだ、故に決まった筋書きの元に行われる鬼退治ほど退屈な物はこの世に存在しないだろう。


 故ににこの「多様性の樹梢」と化している渡り鳥の想区においては、レヴォルの主張はストーリーテラーに容認される。


 多くの人々は認知していないが、運命の持ち主が己の運命に抗い、混沌の語り部となった時、少なくともその時ストーリーテラーはその叛逆を認めている。

 故に登場人物が自分の意思を持ち、その心に従う事を、ストーリーテラーは否定しない。

 それは何故か、恐らくだが、物語はが生まれる。

 その解釈の「本当はこうだったんじゃないか」という可能性が、想区という世界に多様性をもたらし、新たな世界を発現、創造する余地を作る為ではないかと考えられる。

 故にレヴォルの主張は正当性を持ち、本来はシズヤが行う資格を持っていた下克上に、レヴォルも名を連ねる事となった。


「童め、何故国が廃れるか、何故人々が争うのか、大局で人を見ぬから乱世は終わらぬのだ、貴様のような青二才、直ぐに切り捨ててくれるわ」


 頼朝が合図すると、直ぐに周りの船から乗り移って来た兵士達がレヴォル達を取り囲んだ。

 頼朝が長話をしていたのはあくまで時間稼ぎの為、最初からレヴォル達を逃がす気は無かった為に、こうして包囲する為の時間を稼いだ訳だ。


 だがそれを察知したシズヤは一度の跳躍で頼朝との距離を詰めて、その背後を取った。

 最早完全に牛若丸の曲芸のような身のこなしを再現しているといってもいい程の膂力としなやかさだ。


「この距離なら弓は撃たせられまい、さぁ、俺と一騎討ちだ」


「見事な跳躍だ、貴様、さては名のある武将の末裔か」

「さぁな、俺に親なんていない、いるのはこのクソッタレな現実を強いた大人てきだけだ!」


 シズヤは短刀でもって素早く頼朝の首を狙う。

 頼朝はそれを間一髪、寸での所で避けるが、シズヤはこれまでのノインとの稽古で鍛え上げた実戦感により、避けられる事を想定し、一撃二撃と、必殺の一撃を繋いでいく。


「・・・すごい」


 ノインの下でより長く稽古をつけて貰ったのはレヴォルの筈なのに、シズヤはレヴォルと同等以上の技量を見せている。

 元々の経験値の違いと、アカとアオという達人の師匠を持っていた事実、牛若丸の血統、子供故の飲み込みの早さなど、シズヤに有利な条件は幾十にも積み重なっているものの、やはり年長者である自分の上を容易くいかれるというのは、レヴォルが自身の役者不足という劣等感を感じるには十分であった。


 頼朝もやられてばかりでいられるかと、丸太をも両断するような剛剣の一撃をシズヤに見舞おうとするが、シズヤはそれを初見で完全に見切り、最小限の動きだけでかわした。


「まるで明鏡止水、このように華麗な剣技を持つ者が、義経殿の他にいるとはな」

「いきがるなジジイ、お前はここで死ね」


 シズヤは頼朝が自分の動きについて行けない事を悟ったので、今度は意識の全てを明鏡止水に委ね、ただ頼朝の殲滅だけに集中した。


 音さえも置き去りにする程に静寂で、幽玄な舞いが、桜吹雪のように頼朝の命を散らせようとする。


「とったぞ!」


 シズヤの短刀は、頼朝の甲冑の隙間を縫って深深と腹を貫く。


「・・・見事也、童の時分にてこれほどの達人とは、末恐ろしい、故に貴様はここで生かしてはおけぬ」


 腹を貫かれた頼朝は笑いながら剣を手放しシズヤの腕を掴んだ。


 すると囲んでいた兵士の一人が頼朝の背後から頼朝諸共にシズヤを串刺しにする。

 レヴォルが助けに向かうには距離が離れすぎていた。

 故にシズヤの胸が兵士の刀によって貫かれるのを、レヴォルは見ている事しか出来なかった。


「シズヤァアアアアアアアアアアアアア!」


 レヴォルは直ぐにシズヤの元まで駆けつけると、シズヤを突き刺した歩兵を切り捨てる。


「・・・お前、総大将なんだろ、それが俺なんかと心中なんて、正気か?」

「ふ、俺など所詮は影武者、運命が似ているだけの代用品よ、本物の頼朝様がわざわざこんな危険な鬼退治などするものかね」

「ふん、それでも、主人の為に心中なんて、俺には理解出来ないね、イカれてるよ」

「お前に分かるものか、俺が頼朝様から受けた恩を、離島で奴隷のように扱われていた俺を頼朝様は拾ってくれて、武士として生きる道を与えてくれたのだ、この恩に報いるには、命を懸けても足りぬ」


 そういって頼朝の影武者だった男は吐血し、祈るように頼朝の名前を呟くと、そのまま没した。


 レヴォルは一刻も早くシズヤを治療しようとするが、周りの兵達が取り囲んでいてとても治療出来るような状態ではない。

 シズヤの体からは今この瞬間にも血が流れている、直ぐに治療しなくてはシズヤは助からないというのに、残った兵はレヴォルを取り囲み威圧している。


「はぁはぁ、レヴォル、俺の事は置いていけ、どうせ助からん」


「ふざけるな!、必ず助けてみせる、だから、諦めるな」


「無茶だぜ、ここは海の上で、逃げ場はどこにも無い、だけどお前一人なら逃げれるだろ?」


「馬鹿いうな、逃げれる訳無いだろ、俺達は一蓮托生だ、一緒に暮らして一緒に戦った仲間だ、だから死ぬ時も・・・」


「ふふ、・・・嬉しいよ、そう言って貰えて、俺はいつかレヴォルと決闘して、勝ったら俺の家来になってもらって色んな所を一緒に冒険するのが夢だったんだ、だからそう言って貰えただけで俺は・・・」


!、例え現実がどれだけ辛く苦しい物だとしても、未来は信じる限り輝きを失わない、今より幸せな結末だってきっとあるから、だから・・・」


「レヴォル、しくじったのは俺だ、その過失は俺が払うべきなんだ、調子に乗って首を取らず、死なせなかった俺の責任なんだ、だから・・・何も気にするな」


 シズヤは虚ろな瞳でレヴォルに向かって精一杯の笑顔を見せた。


 レヴォルは考えた、シズヤを死なせたくない、もしも再編したらシズヤは生き返るのだろうか、もしもリページしたらシズヤは死なずにすむのだろうか。

 でも今はそのどちらも出来ない、目の前のシズヤの死という現実からレヴォルは逃れられない。

 どうしてなんだ。

 どうして不要な殺人を行わなかったシズヤが、虐殺を行う頼朝と心中しなければならないんだ。

 英雄とはなんだ、嫌いな奴、憎い奴、そういった者を排除する人間が英雄なのか。

 違う違う違う違う違う、英雄とはもっと分け隔てなく、平等で博愛で、全ての人の救いとなるような存在でなくてはならない。


 この世界に救いがあるのなら、この世界に英雄がいるのなら。


「シズヤを、・・・助けてください、俺の事ははどうなってもいい、磔にして晒しても、奴隷にして一生働かせても、だからシズヤを、どうかシズヤを助けさせてください」


 レヴォルはもうこれしか無いと思い、兵士達に誠意を込めて懇願した。

 例え自分がどうなろうとシズヤの命には替えられない。

 自分が救われない英雄になっても、誰かを救おうとする事、それが姉と妹から受け継いだレヴォルの信念だから。


「悪いがこれが戦というものだ坊主、頼朝様の死を無駄にしない為にも、お前達はここで死んでもらわなきゃならない」


 兵士達は弱兵だったが、己の役割には忠実だった。

 兵士にとって何より重視されるのは命令に対する従順さだ、そこに私情や倫理観などを挟んでは到底任務の遂行など行えない。

 どれだけ非道で残虐な作戦であっても、それを断行する事が末端の兵隊にとって一番重要な事なのだ。

 頼朝の兵士はその一番がよく訓練されていた。


「だったら、悪いが、こちらも押し通る」


 レヴォルは殺人も辞さない覚悟での突貫を決意する。

 シズヤを背負ったまま戦えない以上、今度は如何に早く敵を倒すかが重要だ。

 範囲必殺技を持つヒーロー、大剣ファントムや霊獣エフェメロ、カオスアラジンなんかが候補に上がるか。

 とにかく考えている時間が惜しいと、レヴォルは英雄に接続し、突貫しようとすると。

 突如、シズヤの体が光に包まれる。


「これは、あの時と同じ光・・・」


 瀕死の状態から一瞬で立ち直る超回復。

 それによりシズヤは回復し、顔には生気が戻った。


「何が、起こったんだ・・・?」


 死にかけていたシズヤは狐に摘まれたような心地だったが、レヴォルには漠然とした心当たりがあった。

 シンデレラと戦った時と同じ、この想区に来た自分達を見守ってくれている存在。

 本当の危機ピンチになったら、いつも助けてくれる。

 もしかしたら、渡り鳥は、いつも自分達の傍にいるのかもしれない。


 レヴォルは牛若丸に接続し、再び八艘飛びにより島に帰ろうとしたら。


「レヴォルーーー!、借りは返すぞーー!」


 ティムが声を上げながら出航したはずのシルバーの船に乗って、レヴォルを迎えに来た。

 アリシアの接続しているシャドウ赤薔薇の放つ火矢が、レヴォルを取り囲む兵士達を崩して、レヴォルに道を作る。

 レヴォルはシズヤと共に船に向かって全速力で駆け出した。


「ハアハア、助かった、子供達はもう避難させたのか?」

「話は後だ、追っ手の迎撃をしてくれ!」


 ティムが操舵手をしている事に違和感を感じつつも、大砲のベルに接続すると、必殺技で追いかけてくる船を乱れ撃つ。

 追っ手はアリシアの接続するシャドウ赤薔薇の火矢によって軒並み炎上するが、敵からも大砲を撃たれている為に、こちらの船も予断は許さない状況だ。

 炎上し、崩壊した船が次々と渦潮に飲み込まれていくが、アリシアは粛々と火矢を撃ち続ける。

 レヴォルはハロウィングレーテルに接続し、シズヤを治癒しながらアリシアに尋ねた。


「・・・どうしてそんなに躊躇いなく撃てるんだ?」


 敵を倒す事を楽しむでも、苦しむでも無く、ただただ淡々と普通の作業のように火矢を放つアリシアの姿に違和感のような物を感じてレヴォルは問いかけるが。


「・・・この世はね、無常なのよ、やらなければやられるし、やり返したからって、咎められる謂れはない、それを理解せずに、殺る覚悟も無しに戦場に来たらね・・・死ぬしかないのよ」


 アリシアは無表情に語りかけるようにレヴォルにそう告げた。


「・・・お嬢サマは本州で、まぁ、色々あったんだ、向こうは地獄だったよ、だから、・・・ちょっとだけ強くなったんだ、俺達は」


 ティムも何か悟ったような顔でレヴォルにそう告げた。


 ティムとアリシアが本州で一体どんな地獄を見たのかは知らないけれど、もし相手が殺意を持ってこちらに近づいてきたのなら。


 やらなければやられる。


 それは真理だとレヴォルは思った。

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