第41話 新生と転生

 ティムとアリシアがレヴォルの救出に向かう少し前の事。


「いかん、王子サマが暴走した、流石に放っておけん」


 自身の方に数隻の敵船が向かって来ているのを確認しつつも、流石にレヴォルの事を放ってはおけないティムは打開策を考えようとしたが、状況を鑑みるに、結論は一つだった。


「こうなったら・・・っ、敵の船を奪うしかない、そうすれば王子サマを迎えに行ける」

「でもこの状況で敵船に近づくのは危険だわ、直進するのでさえままならない状況で旋回や往復なんて自殺行為よ!」

「なぁ、シルバー、何とかならねぇか!」


 ティムはシルバーなら何とかしてくれるかもしれないと、期待を抱いて尋ねたが、返答は素っ気ない物だった。


「無理だな、あそこに引き返すなんて自殺願望を持ってる奴のする事だぜ、それが分かってるからレヴォルは一人で引き返したんだろ、男の覚悟に水を差すのは、野暮ってもんだせ、分かるだろ?」

「・・・だったら、子供達を安全な所に非難させてその後で行けば」

「オイオイオイ、俺はお前達を親切で船に乗せている訳じゃねぇ、役に立つと思ったから運んでいるだけで、人助けをしている訳じゃねぇんだ、それくらい分かるよな?」


 諭す様な声音とは逆にティムに向けられたシルバーの瞳は冷静な獣とでも形容すべき、理知的で危険な物だった。

 今までのティムだったならば、怯んでいただろう、だけど今のティムはその威圧に圧される事は無かった。


「本性を現したわね!」

「貴様、もしかして俺達を・・・!」

「甘ぇんだよお前達は、ここにいるガキ、奴隷として売ればいい値がつく、俺にとっては宝の山という訳だ、海賊として自分の兵隊にするっていう手もあったが、やっぱり俺は船長の器じゃ無いんでね、運賃としてしっかり利用させてもらうぜ」


「・・・そんな事、させてたまるか、子供を利用するなんて絶対に許せねぇ」


 ティムはシルバーに殴りかかるが、シルバーは操輪から手を離さず、敢えて船を揺らす事でティムをあしらう。

 ティムはすぐ様体勢を整えると、再びシルバーに鉄拳を見舞おうと突っ込むが。


「おっと、流石にこの手を離せば潮に飲み込まれて元の木阿弥だからな、奥の手を使わせてもらうぜ」


 シルバーは懐から煙幕を取り出し、投げつける。


「きゃっ」

「なんだなんだ」

「頭が・・・痛い」


 その効果はティム一人では無く、船上の全員を覆う程のものであり、防護マスクをつけたシルバー以外の人間は、皆その煙を吸い込んだ。

 体の小さい子供は直ぐにその煙に侵され、気絶する。


「・・・貴様、卑怯だぞ」

「勝てば官軍ってね、効いてきたようだな、いい気持ちだろ?、俺特性の催眠玉はよお」


 ティムは対抗しようと、頬を叩き、咆哮するが、それでも強烈な眠気は収まらない。


「テメェらの旅はここで終いだ、精々足掻けや、見届けてやるからよ」


「クソッタレが、・・・ざけんじゃねぇぞ、俺もコイツらも、こんな所じゃ止まれねぇんだよ」


 ティムはサバイバルナイフで自分の体を貫く事で、自らを鼓舞し、眠気に打ち勝つ。

 ここでシルバーを止められるのは自分だけだという責任がティムを奮い立たせる。


「やるわねティムくん、私も加勢するわよ!」

「お嬢サマ・・・、なるほど、オーロラ姫に接続した訳か」

「元から眠っているヒーローなら、眠らされても問題ナッシングよ!」


「ハハハハハハ、やるねぇ、いいぜ、潮の流れも安定してきた所だ、俺がいっちょ揉んでやるよ」


 シルバーは操輪から手を離すと、鬼の形相で抜刀した。

 オーロラ姫は催眠等の状態異常に強いといっても、戦闘向きのヒーローでは無い、故にティムはどのヒーローと接続するか刹那に思考するが、直ぐにを選択する。


「・・・いいぜ、てめぇが俺達の前に立ちはだかるとして邪魔するっていうなら、その腐った性根ごと、徹底的にぶち壊してやるよ、・・・接続!!」


「オイオイオイ、この俺相手にそんなレアリティ四の雑魚で相手になる訳ねぇだろ、完全な人選ミスだぜ、笑っちゃうよ」


 見下す様にシルバーは嘲笑し、恐怖を植え付けようとするが、ティムにもにも、ここで怯むような弱さはとうに捨てている。


「その星四の雑魚にお前は負けるんだ、シルバー、僕は、この日が来る事をずっと待ち続けていたんだ、英雄として昇華され、運命を全うしてからもずっと、この日を待ち望んでいた・・・!」


 「宝島」の主人公ジム、彼は星四の英雄であり、一般的な英雄の平均値から言えば、大して強くないが、シルバーと戦うとなれば当然補正がかかる。

それに。


「久しぶりだなぁチキンボーイ、未だに俺の顔が忘れられ無くてうなされてんだろぉ、虚勢張って見せようと顔が引き攣ってるぜ、オメェは俺に勝てねぇよ、ブチ殺してやるからさっさと来やがれ」


「死ぬのはお前だ、僕はお前を倒し、新生する、そうでなくちゃ、僕は僕の物語を終わらせる事も、始める事もできないと知ったから、だから僕はお前を打倒するんだ!」


「へっ、ココロイキだけで勝てる程、世の中も俺も甘くはないぜ」


「僕の力を見せてやる、うわああああああああああああああああ」


 ジムは大槌を上段に構えながら跳躍し、天空から降り注ぐ彗星の如く振り下ろす。

 しかし、どれだけ鍛錬を重ねようとも、所詮は星四、限界突破してもシャドウ化と同等の力を持っていると思われるシルバーには脅威にならない。


「甘ぇよ、こんな玩具で俺を倒せる訳ねーだろ、

オラァ!」


 シルバーはジムの大槌を拳で粉砕すると、無防備になったジムの腹部に、めり込むような蹴りを突き刺した。

 その一撃で船から放り出されそうになるが、間一髪、オーロラ姫に接続しているアリシアが受け止めることで何とか踏みとどまる。


「かはっ、げふぅっ」


 今の一撃でジムはあばらに甚大なダメージを受けて、激痛に苛まれた。


「弱ええ、弱過ぎて相手にならねぇぜ、てめぇは今まで何を鍛錬してか知らねぇが、今から命乞いの練習でもした方がオリコウってモンだろうよ」


「流石に実力差があり過ぎるわ!ジム君じゃあ、歴戦の猛者であるシルバーに勝てる訳無いじゃない、ティム君、もっと強いヒーローはいっぱいいるのにどうしてジム君に拘る必要があるの!」


 アリシアは吐血しふらついているジムを心配し、接続しているヒーローの交代を促すが、ティムは首を横に振って、自分の意思を示した。


「それじゃあ自分の弱さを言い訳にして逃げるのと同じだ、もし自分の接続出来るヒーローの誰よりも強い相手が現れたらどうする?泣いて命乞いするのか?」

「え?」


 アリシアにはティムが何を言っているのか理解出来なかった、恐らくティムはシルバーの行動が琴線に触れて激昂したか、ジムと接続する事で影響されているのかもしれない。

 しかしその普段のティムよりも打算より感情に偏ったその言葉は、アリシアに突き刺さる。


「・・・違うだろ、例え敵が自分よりも強かろうが、例え自分が圧倒的に間違った感傷に浸って選択を間違っていようが、気に入らないがいたら、その拳を血に染めてでも殴るんだよ、例えこちらの腕が折られて、脚が折られて、首を折られようとな、だからこの制裁は、ジムじゃなきゃ駄目なんだよ」


 ティムはもしかしたら、シルバーを改心させようとしているのかもしれない。

 そしてそれを行えるとしたら、やっぱりヒーローとしてはジムにしか出来ない事なのだろう。

 その定められた必然性も、ストーリーテラーの望む「運命」なのだから。

 いつの間にかレヴォルに影響されてとんだ向こう見ずのじゃじゃ馬になったものだとアリシアは嘆息すると同時に、ティムもジムも男の子なんだと羨ましく感じた。


「・・・貴方がそこまで言うのならもう何も言わないわ、サポートは任せて、全力でぶっ飛ばしちゃいなさい!」

「おう、待たせたなシルバー、さぁ続きを始めようぜ!」

「レキゼンとしたこの実力差で未だ向かってくるなんていい根性してるぜ、知能は猿以下だが、だがそんな命知らずこそが海賊の生き甲斐ってもんだろおよぉ!」


 ティムの無謀で愚かとしか言い様の無い特攻は、海賊であるシルバーの血を熱くさせた。

 シルバーとて最初から強かった訳では無い、時には片脚を失うような危機にだって遭遇した。

 そんな命の安全が保証されない生き方こそが海賊というものだ。

 そのシルバーが長い事忘れていたヒリつきを、ティムは全力で堪能しているのを見て、シルバーは自身の滾りを自覚させられる。


「くらいやがれ!」


 ジムは咆哮しながら、シルバーに殴りかかるが、脚にハンデを背負っているシルバーは、尚も涼しい顔でジムの拳を避けながら、ジムの顔面にカウンターを浴びせる。


「全然実戦経験が足りてないぜ、百聞は一見にしかず、動きだけ一人前でも、勝負勘が半人前じゃあひよっこ同然だ」


 シルバーはいたぶるようにジムの急所を避けて、痛みだけ与えるように殴打を加える。

 それにより顔全体が内出血を起こし、ジムの顔面は発酵させたパン生地の如く膨らんだ。


「ハハハハハハ、ハンサムになったじゃねぇか、どうした、もう終わりか?」

「く、くそったれめ・・・」


 ジムは殴られながらも何とかシルバーの隙を探して一撃を見舞おうと機を伺っていたが、流石に油断していてもジムに殴られる程の大きな隙は見せない。

 ジムに残された体力は残り僅か、次が最後の挑戦になるだろう。

 折れた肋と、腫れ上がった顔面の痛みで血が上り、冷静さなどは既に捨て去られていたが、このまま突貫した所で結果が変わらない事だけは分かった。

 だから、微に入り細を穿つではなく、雨垂れ石を穿つの方をし、最後の賭けにでる。


「ハァハァ、もう一度だけ動け、僕の体よ、うわあああああああああああああああ!」


 ジムは弱りきった体に鞭打つように咆哮しながら再三、シルバーに殴りかかる。


「次の一撃で決着フィニッシュだ、終わらせてやるぜ」


 ジムはただ愚直に、最短を最低限の動きで最大速で、シルバーへの特攻を敢行した。

 失敗すれば、もはや限界、自分はシルバーに手も足も出ずに敗北した哀れで愚かな英雄として終わる。

 だけど、それを理解してもなお、ジムはその分の悪い賭けを断行する。

 意地もある、それしか無いという切迫感もある、だけどジムにその死戦をくぐらせようとするのは、 やはり自分が主人公だという自覚だった。

 主人公なのにジムは星四の英雄として長らく辛酸を味わってきた。

 シルバーに比べて自身はいつも端役や脇役のような立ち位置にばかり甘んじてきた。

 それは自身の魅力がシルバーや他の英雄に劣っているから仕方の無い事だと理解していながらも、その理不尽に甘んじていられる程、ジムもやはり無欲な愚か者ではない。

 ジムにだって、物語の主役としての誇りや、矜恃のような物はある。

 だから、もしその誇りを取り返す機会があるのなら、逃げる訳には行かないのだ。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ」


 右腕を振りかぶって突っ込んで向かってくるジムを見たシルバーは芸のない奴だと思いつつも、その勇気に敬意のような物を込めて、カウンターの右ストレートを構える。

 同じパンチでも長身のシルバーと少年のジムではリーチが大分違う為に、カウンターは一方的にジムが被る事になる。

 そして全力の突撃をかますジムにとってそのカウンターは致命傷となるべき一撃だ。

 シルバーの脳裏にはカウンターを受けて船外まで弾き飛ばされるジムの姿が思い描かれ、勝利を確信したシルバーは笑った。


 そしてジムが間合いに入って、カウンターの右ストレートを繰り出そうとした瞬間。

 踏み込んだジムの足元から異音。

 ジムが視界から下に降りてゆく。

 無茶し過ぎて足の骨でも折れたのかよと、シルバーは呆れ、呆気ない幕切れに拍子抜けするが。

 ジムは転んだ訳では無かった。

 ジムは自ら脆くなった床を踏み抜く事でシルバーの足元に降下し、注意を逸らす事を目的としていたのだった。


 ティムがジムに接続して、シルバーを出し抜く為に考えた戦略は一つ。

 戦術の基本である、武器の特性、地形の利用、高度な連携の内、地形の利用をし、自らの力のみでシルバーを出し抜く事を選択した。

 シルバーは義足である、故に動き回る相手に対しては不利がつく。

 故に本来なら弓や、両手杖のヒーローを使えば完封出来た相手だった。

 だがティムは敢えて正面から突撃する事で、シルバーに、自身に主導権があると思わせて、シルバーの回避行動を取るという選択肢を奪った。

 そして最初の一撃、上空からの落下に加え、全体重を乗せた、大槌の一撃。

 それをシルバーはかわさずに拳で相殺させたが、当然その衝撃は地面に負荷となる。

 そして、その脆くなった位置からシルバーを一歩下がらせる為に再度正面からの突撃。

 地面の損耗具合によっては、落とし穴として、シルバー自身を嵌めるという手もあったが、流石にそれは難易度が高い。

 次の一手に繋げるためにティムは、敢えて顔面を殴らせる事でシルバーの注意を下から上に誘導し、殴られながら地面を壊していた事を気取られないように「工事」を進め、キリのいい所で撤退。

 仕掛けが整った所で突撃をかまし、見事シルバーの不意を突く事に成功した。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ジムは転倒したと見せかけて、シルバーの義足である右脚に抱きついて、シルバーを転倒させる。

 義足ならば、咄嗟の反応に対応出来ないという目論見通り、シルバーは簡単に仰向けとなった。


 そしてジムは仰向けになったシルバーに馬乗りになると、その顔面に向かって拳を振り下ろす。


「これは、僕の分だ、あと二百発僕の分が残っている、覚悟はいいか!」

「海賊を、舐めんじゃねぇ!」


 馬乗りになっても流石にシルバーとジムとでは体重差が大きい為に、巴投げの要領で容易くジムは投げ飛ばされる。


「ぺっ、痛えじゃねぇか、だが一発だ、腰の入ってない上半身だけの一撃じゃ全然ダメージにならねぇぜ、残念だったな」


 シルバーは口の端を少し切っただけで、言葉通り全くダメージは受けていない。

 だがジムは勝ち誇った。


「お前の負けだシルバー、星四の僕に一矢報いられた時点でお前はもう終わりなんだよ」

「何をいってやがる、たかが一発入れただけで調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「ジムくん・・・そうか、貴方は自らに試練を科したのね!」


 ジムの体が光に包まれる。

 自ら試練に挑み、それを乗り越えたヒーローは「新生」する。

 ジムは、自身の因縁の相手であるシルバー、自分より全てにおいて優れている彼に対し一矢報いる事を自らの試練とした。

 シルバーは身体能力、知力、人としての器や、カリスマ等、全てにおいてジムの上を行く相手だった。

 そんなシルバーの事をジムは尊敬すると同時に、同じ物語の人間として、主人公として、彼を脅威と感じずにはいられなかった。

 その畏れが、長らくジムの内面に、亡霊のように巣食っていた。

 しかし今、ジムは、己の弱さに、シルバーという悪夢に、シルバーには到底真似出来ないような「勇気」と「閃き」で、打倒したのだ。

 故にジムは、今までの弱い自分を超克する。

 星四ヒーローの器から、限界の限界を超えて、星七ヒーローの器へと、一気に昇華したのであった。


「これが新生、これが星七ヒーローの力、・・・すごい、力が溢れてくる、今までの自分が芋虫だったと思えるくらい体が軽い」

「すごい、まるで別人みたいにイケメンになってる、これは期待出来るわよ!」

「へっ、星七になったからって、調子こいてんじゃねぇぞ、星七になろうと条件は同じ、なら強さは俺の方が上だ」


 シルバーは小手調べにと大砲をフルチャージした一撃をジムに見舞った。

 ジムはその溜めのある一撃を余裕を持って受け止める。


「無駄だよ、もう僕はお前を恐れない、僕がお前を恐れない限り、なのだから」


 シルバーの一撃を受け止める事でジムの上着は吹き飛ばされ、上半身が露出するが、ジムは襤褸切れとなった上着を引きちぎると、逞しくなった体を見せつけるように曝け出して、間合いを詰める。


「な!?」


 シルバーが咄嗟に退くよりも圧倒的に早く、ジムはシルバーの懐に潜り込み、シルバーに殴打を浴びせる。

 シルバーは身体能力で負けていたが、それで実力差が埋まる程、シルバーの培ってきた実戦経験はやわではない。


 互角の戦いを、両者は繰り広げる事になるが、そうなれば分が悪いのはシルバーの方だ。

 最初からオーロラ姫の必殺技で弱体化を受けている為に、同じ攻撃でも受けるダメージはシルバーの方が多い。

 さっきまではダメージを受ける状況にすらならなかったから気にならないが、こうなっては詰将棋のように僅かな不利が大きく影響してくる。

 シルバーは状況を打開する為にジムに提案する。


「このまま殴り合っても共倒れだ、どうだ、ここで一丁勝負に出ないか、俺が負けたら何でもいう事聞いてやるよ」

「そいつの言葉なんて聞く必要はないわ!どうせ約束しても無駄なんだから!」

「おっと、要求が飲めないなら俺はこの船を壊してこの海の上で共倒れしてもらう事になるぜ」

「・・・なんて卑劣なの、負けそうになったら人質を使うなんて!」

「・・・いいだろう、お前の策略も、薄汚い卑劣さも、全部ぶっ壊した上で僕は勝つ、来い、シルバー!!」

「一発勝負だ、これはお前にとってもチャンスなんだぜ、その覚醒した力の全力、ぶつけて見たいだろ」


 シルバーは虚空から大剣をと、中段に構え、覇気を纏って威圧した。


 ジムもそれに倣って、虚空から自身の得物である大槌を取り出すと、上段に構える。


「だ、だめよジムくん、そんな膨大なパワーを込めて必殺技を打ったら、この船はひとたまりもないわ!」


「ごめん、でももう、逃げられないし、止められ無いから・・・」


 ジムは自身の我儘にティムとアリシアを巻き込んだ事に詫びつつ、代わりに一つ約束した。


「その代わり、絶対勝つから、だから約束するよ、何があっても君達を守るって!」


「ジム君・・・」


 どれだけ無粋な者でも、例え最愛の恋人だったとしても、死地へと向かう男の覚悟を止める事は不可能だ。

 故に古今東西の物語において、英雄譚においての特攻は様式美であり、それは物語として紡がれて来たのだろう。

 アリシアにも、そこで引き止めるような無粋さなど当然持ち合わせていない。


「ジムゥ、思えばお前は癪に障るガキだぜ、こうして世界の果てまで来て俺の邪魔をしに来るんだからよぉ」

「だからこそ、次の一撃で、僕らの因縁の全てに決着をつけよう」

「いいぜ、オメェのその汚ぇ面を二度と見なくて済むように、海の藻屑にしてやる!」

「僕はお前を倒し、真の英雄になってみせる!」


 ジムとシルバーは互いに跳躍し正面からぶつかった。

 その衝撃は船のみならず、海面までに波及し、シルバーの船を追ってきていた軍船を飲み込む程の大波を生み出す。

 全力と全力、ここに来て王道の、策を用いない純粋な力の勝負は、互いの意地も覚悟も、全てを乗せてぶつかり合う。


 この一撃で全てを失ってもいい、だからありったけをぶち込んでやると、ジムは今まで出会った全ての人達に感謝し、ティムにも最大の謝意を示しながら、己の全てを解放した。


 シルバーは、そんなジムの覚悟に負けないように、己に出せる全身全霊を以てジムの捨て身に応えた。


 二人の男と男の戦いは、ここに終止符を打たれる事となった。


「かはっ、これでもまだ、届かなかった・・・」


 ジムの体はボロボロだ、気力で奮い立たせようとするが、その気力すら尽きかけていて、もはや指一本動かす力さえない。


「ハァハァ、この俺を追い詰めたんだ、もう、お前はただのガキじゃねえ、このシルバー様のライバルとなったんだ、誇っていいぜ」


 シルバーも手負いの状態であり、立っているのが精一杯のギリギリだったが、それでもなんとか立っている。

 それはシルバーの計算通りだった。


「ハァハァ、手向けとしてこの手で葬ってやるよ、お別れだ、・・・あばよ」


 シルバーは奥の手として最大充填された大砲の一撃を隠していた。

 仮に動く体力が無くなっても、手足を折られても、大砲ならば命じるだけで射出出来る、故にシルバーは大砲を打ち出す力だけ残る様に、体に負担がかかる事も厭わずに、だけは温存した。


「くそっ、動け、動けってんだ、こんなとこじゃ止まれないだろ、もう一度だけ動け、動けよぉおおおおおおおおおおおおおおお」


 ジムは悔しかった、闘争心は尽きていないのに、恐怖心は克服したのに、新生までして、あのシルバーと並び立つ領域にまで成長したのに尚、ここで無様を晒している自分が。


 そんなジムをシルバーは憐れんだりはしない、自分を追い詰めた強敵として、手心を加えずに速やかに屠る事で、ジムへの敬意を示す事にした。


最大出力フルバースト、ファイ・・・」


 発射ファイヤと撃ちだそうとした所で、シルバーの体は糸が切れたように動かなくなる。

 そこでシルバーは、体力が限界を迎え、自身の気力が尽きた事を悟った。



 ジムは届いていた。

 それは指一本、爪の先程の僅か先っぽだけの到達だったが。


 ジムの全力は、シルバーに届いていたのだ。


「はは、はははははははははははははははは」


 シルバーは破顔する、この清々しい敗北に、心が晴れた訳では無い。

 ただ、ようやく見つけた、自分の晩年、長らく探し求めていた真実の宝を、見つける事ができた事が嬉しかったからだ。


「ようやく分かったぜ、俺が探し求めていた物が何だったのか、俺が再び海に出た理由を・・・!」


 満足したシルバーは穏やかな気持ちでジムを

 最早未練や後悔なんてない、この海に残して来た物は何も無いのだ、だから笑って


「シルバー、お前体が・・・」


 シルバーの体は天に召される様に粒子が立ち上り、崩壊している。

 恐らく力を使い果たしたから、存在を保てず、未練を無くしたから成仏するしか無くなったのだろう。


「ああ、思い出したよ、俺はもう何十年も前に難破して、そこでおっちんじまってた、そこからずっと幽霊としてこの世を彷徨っていたんだ」


幽霊ゴースト、ノーツの世界ではあまり見ないけれど、魂は不滅なのだから、力さえあれば形を保つ事もできるのかもしれないわね・・・」


「ジム、俺に固執し、俺を追い続けたお前だからこそ、お前は俺に結末を与えてくれたんだ、本気の冒険バトルを生み出してくれたんだ、最高だったぜ、お前との決闘はよぉ」


 シルバーが求めていたのは本気になれる物、夢中になれる物、若い頃からそういった物に出会えなかったからこそ、シルバーは海賊という危険な道で刹那の刺激を求めたが、それでも満たされる事は無かった。

 シルバーはそんな有能で非凡でありながら空虚さを感じていた自分の、根源を探る為に旅に出ていたのだ。

 だから、自分を認め、追いかけて、自分の前に立ちはだかる存在というのは、そんな自身を全肯定し、自分を必要としてくれる最高の相棒だった。

 波打つ荒波の如く自分を熱くさせてくれる存在、そんな最高の好敵手に出会った事でシルバーの未練は全て溶かされたのだ。


「嬢ちゃん、戦いを見守ってくれた礼に、この船に積んである宝、全部やるよ、それでガキ共に文字でも学ばせて、聖職者か、行商にでもなれるようにしてやれ」


 確かに聖職者や行商なら、経歴などはさほど問われないだろう、だが、そんな提案が咄嗟に出てくる事に違和感しかない。


「・・・あなた、まさか最初からそのつもりで」

「さぁな、気まぐれだ、じゃなかったら最初からを貫き通すさ」


 シルバーはそう言っているが、もしもシルバーが根っからの悪人なら、子供達は懐かなかっただろう。

 天使と悪魔が、危険な配分で同居している男なのだ、シルバーとは。


 全てを語り終えたシルバーは、満足そうに目を閉じた。


「ジム、向こうに行ってもお前は俺のライバルだ、情けない姿見せたら遠慮なくぶち殺すからな」


 その言葉を最後に、シルバーは昇天した。


強敵ともか、僕達にそんな関係は似合わないよ・・・」


 ティムがまるで「強敵とも」みたいだと評したら、ジムはそれを固辞するが。


「でもきっと、僕の辛い時や、苦しい時には必ず、お前の顔が浮かぶんだろう、だから完全にお前を打倒出来る日が来るまで、一旦お別れだ」


 ジムはティムに接続してくれた事、共に戦ってくれた事の感謝を告げ、あるべき魂の在り処へと還っていった。


「お嬢サマ・・・」

「・・・いつの間にか、シルバーだけじゃなく、子供達まで消えてしまったわね」

「一体どういう事なんだ」


 シルバーとの戦闘に夢中になってるうちに、二十四人も乗っていた村の子供達も、一人残らず消え去っている。

 彼らは皆眠らされていたが、それでも全員が戦闘の余波に巻き込まれて海に落ちたでは説明がつかない。


「・・・私はこう推理するわ、あの島には幽霊を実体化する力があった、故に島から離れたから加護が無くなり、実体化が解けたのよ」

「つまり、あの子供達も皆、幽霊ゴーストだったという訳か、確かに、あの何も無い島で、子供だけの村が存在している事に違和感しか無かったが」


 子供達は皆が似たような年齢の幼子ばかりであった。

 その年齢のバラつきの無さは、二十四人という人数と相まっては少々不自然だったが、元から歳を取っていないのだとしたら説明がつく。


「聞いた事あるでしょ、死んだ人に会える島があるっていう話、あの島は鬼ヶ島である前にそういう特性を持った島だったのよ」

「つまり、シルバーも子供達も、元々死んでいたけど、幽霊としてあの島住み着く事で、存在としての死を免れていたという事か」


 だとしたら子供達の魂は再び、この海の上を彷徨っているに違いない。


 もしも、レヴォルとシズヤがシルバーに出会わなかったならば、アカとアオは、子供達の魂ごと、島を消滅させるつもりだったのだろうか。

 そう思うと、あの面倒見のいい二人が、その決断に至るまでの経過にどれだけの葛藤があったのかなんて測りきれないが、それでも二人は、亡霊に囚われずに前に進む事を決めたのだろう。


 だからティムは、子供達の魂が一人もはぐれることなく天に召されて、今度は幸せな来世に生まれ変わって欲しいと願った。


 ジムとシルバーのように、過去に囚われたままでは前に進めないのだから・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る