第34話 真・鬼退治
レヴォル達が鬼ヶ島に来て二日目。
村長に聞いた話によれば、鬼ヶ島の周辺は渦潮の中心となっており、唯一、桃太郎が鬼退治を終えて帰還するとき以外に海流が外向く事は無く、脱出は不可能だと告げられた。
そして桃太郎は、異邦人が鬼ヶ島に来た時点で鬼ヶ島に来ることは予定調和されており、仮に最初にやって来た桃太郎を退治しても、鬼を倒し宝物を持ち帰るまで、何度も送り込まれ続けるらしい。
故に今まではこの島にやってきた異邦人達は大人を生け贄とする事で、この過酷な運命から子供達の命を生かしてきた訳である。
そして、レヴォル達がこの島に来た時点で、終わらない鬼退治の連鎖は始まっているのであった。
「我が名は、阿波の国の国人、
三人のお供を引き連れた桃太郎の役割を受け持つ男、優一郎は、桃の旗を掲げながら海岸にてレヴォル達と対峙する。
「・・・っ、人種が違うだけで鬼と呼ばれるのか!」
「仕方あるまい、南蛮の国々は紛れもない侵略者だった、小さな島国に過ぎないこの国が鎖国の道を選ぶのも道理だった訳だ」
村長に諭されてもなお、人種だけで人を差別し、殺そうとするのは鬼よりもよっぽど野蛮では無いかと憤りを感じずにはいられない。
「さてこちらは四人、そちらも四人いるならば、決闘の作法に乗っ取り、勝ち残り戦といこうではないか」
優一郎は威風堂々とこちらに宣戦布告してくるが
「四人・・・?、俺とノインと村長さんと・・・ってシズヤ、いつの間に!」
「俺だってこの島を守る戦士だ、俺も戦う」
シズヤは当然と言わんばかりに戦意を剥き出しにして桃太郎を睨んでいるが、流石に子供にこの果し合いを経験させるのは如何なものだろうかとレヴォルは考えるが。
「まぁまぁ、旅人さんや、どうせシズヤの出番は無いのだから、構いやせん」
と、村長さんにまで言われては受け入れるしかない。
実力順でいくならばノインを大将に据えるべきであるが、シズヤと村長さんを巻き込むわけにはいかないと、レヴォル、ノイン、村長さん、シズヤの順番になった。
こうして決闘が始まる。
「我が名は、出雲の国の浪人、羽田喜十郎、いざ尋常に、勝負!!」
「俺はレヴォルだ・・・負けはしない!!」
喜十郎とレヴォルの実力は拮抗していた。
鎖鎌という独特の武器を達人の域まで極めている喜十郎に、ただの旅人に過ぎないレヴォルが素の実力で叶うはずは無いが。
ノインとの戦闘で培われた戦いのセンス、そして多くのヒーローとコネクトする事で得られた経験は、初見の武器が相手とあっても、すんでの所で致命傷をかわすように呼び掛ける。
この想区に来ての経験は、旅人では無く剣士としてのレヴォルを高みへと押し上げていた。
そして長い戦いの中でようやく敵が磨耗し気を弛ませた一瞬の隙をレヴォルはもぎ取り、レヴォルはなんとか勝利する。
実力の伯仲した相手を殺さずに勝利する事はとても厳しい物であったが、生半可では貫き通せない不殺の信念はレヴォルを心身共に強くする。
「雉が負けるとはな、次は俺だ、名は、
「はぁはぁ、クソッ」
一戦終えたレヴォルに二戦目を戦い抜く体力は残っていない、それを悟ったノインは交代を申し出た。
「お疲れ様レヴォル、後は僕に任せて」
「すまない、最低でも二人は引き受けたかったが・・・」
「気にしないで、僕は、負けないから」
「僕はノイン、いくよ!!」
ノインは幾度となく見せた必殺の一撃である斬撃による衝撃波を放った。
当然、レヴォルも初見では絶対に不可避だった一撃、初見の百日紅にかわせる筈もなくあっさりと決着がつく。
「猿、お前はいい噛ませ犬になってくれたぜ、俺は
乾はノインのいかなる物も引き裂く程に暴力的な斬撃波を受けまいと手裏剣を投擲して間合いから離れて攻撃する。
当然遠距離からの手裏剣なぞに当たるような事はないが。
煙幕、まきびし、手裏剣と、遠距離からの嫌がらせのようや攻撃は僅かながらも、着実にノインを消耗させていく。
そして・・・
「受けてみよ、我が忍法の極意、百花千万・夢幻影分身」
花びらを散らしながら、乾は無数の分身を生み出した。
「なんだこれは!、幻術か?」
「恐らくその両方だな、実像と幻像の両方を散りばめることで二重に幻惑している、あの中から本物を見破るのはいかな達人であっても容易ではない」
加えて乾はノインの集中力を削り、微に入り細を穿つが如く、確実にノインを仕留めるタイミングを見計らって必殺技を放ったのだ、並の戦士なら翻弄され、達人といえど、これを打開するのは骨が折れる話。
いかに圧倒的と言えるノインと言えども、打開策を考える間も無く王手を指されては、力技に頼る他無い。
ノインは全ての幻術を一掃する事を選択し、必殺の斬撃波を乱れ撃つ。
「ハァァ、セイヤァアアアアアアアア!!」
「乱れ咲く 桜吹雪ぞ 省みぬ 己が宿命に 殉じるならば」
「!?、ノイン、後ろだ!!」
レヴォルが叫ぶより先にノインは剣を振るった。
「見事な剣術よ、その剣でさぞかし多くの命を奪ってきたのであろう、だがそれも今日で終わりだ、勝機!」
ノインの斬った乾は変わり身だった。
そして本体の乾がとどめの一撃を穿つ為に、ノインの足元から現れる。
「土遁の術まで、あやつ、並ならぬ乱破ぞ、いかん!」
乾のノインの急所を狙った一撃を、ノインは左腕を盾にして受け止めて、瞬時に乾の両腕を返す刃で斬り裂く。
「くく、見事也、保険をかけておいて正解だったわ」
乾は腕を垂らしながらもノインの間合いに特攻する。
ノインが火薬の臭いに気づくのと、爆弾が着火するのは同時だった。
「護国太平、この世の鬼の消え去らん事をー!!!」
直後爆発。
乾は自爆し、その体は肉片一つ残らぬ程に粉々となり、直撃を受けたノインは吹き飛ばされて全身に骨折を負った。
仮にレヴォルが同じ立場だったならば、乾と同じ末路を辿ったのは言うまでも無い。
ノインの体が砕かれずに済んだのは、ノインが人より丈夫な体を持っていたから。
「ようやった乾、お前の忠義、無駄にはせん、さぁ最後はこの優一郎がお相手いたす、全員まとめてかかって来るがよい」
幽鬼を纏う様な死の匂いを漂わせる優一郎は鬼よりも
その顔は乾と同じく、鬼を退治する者ではなく「鬼を滅ぼす者」の顔をしていた。
「なぜなんだ、どうして鬼を滅ぼそうとする!」
「よせ、聞くだけ無駄だ!」
村長に嗜められても、レヴォルは叫ばずにはいられなかった。
どちらかが滅びるまで続けられる戦争、どうしてそこまでする必要があるのか、知らずにはいられなかった。
「貴様らには、分からぬだろうな、人を殺し、奪い、食らって生きてきた貴様らには、だがこの世に貴様らの住む居場所はない、この世から、駆逐してやるッ!」
優一郎の悔恨、それは愛する者と家族を殺された復讐であり、それが桃太郎としての役割と合致した結果、鬼を殲滅する救世主になる事こそが、真の
「・・・レヴォル殿にノイン殿、二人ともよく戦ってくださった、後は儂にまかせてゆっくり休みなさい」
村長は怯むことなくレヴォルの前に立つが、老いぼれにこの手練達の隊長である桃太郎の相手はどう考えても厳しい。
幸い敵は一人、こちらは全員生きているのだ、ならば合戦の作法等無視して全員で相手を無力化して和平を申し出る等のやりようはある。
「無茶だ!村長さん、ここは撤退しましょう!」
「そうだ、ジジィが出るまでもねぇ、先ずは俺が!」
レヴォルとシズヤは口々に叫ぶが。
「レヴォル殿、心配は無用、儂にも剣に多少の覚えあり、桃太郎の相手なぞ百年近く務めてきた、故にこれだけは儂の役目なのだ、そしてシズヤ、前にも言ったであろう、貴様の剣は万人を相手にするもの、下郎相手に剣なぞ使っては名が泣くぞ」
言われてレヴォルは気づいた、
「ふっ、鬼とあらば、たとえ老人といえど容赦はせんぞ」
優一郎は一刀の下に切り伏せる覚悟で以て、居合の構えをとる。
村長と優一郎、対峙する両雄の対決は一瞬で決まるのだと、レヴォルもシズヤも、その貫禄で悟る。
力量で勝るのがどちらか、推測する材料を持たないレヴォルは、固唾を飲んでその行方を見守るが。
村長の力量を知っているシズヤは、どこか安心した風に、俯瞰しているかのように見ていた。
海風が海岸に立つレヴォル達に吹き付ける。
村長と優一郎はその場に対峙したまま、どちらも動かないまま幾らかの時間が流れた。
集中力が尽きるのを待っているのであろうか。
だとすれば、年老いた村長の方が、持久力的には不利かもしれないが、まだ大将を控えさせているこちらの方が、戦略面では有利だ。
もしかしたら村長さんはそれを分かって牽制を続けているのかもしれない。
これは長い戦いになる、そう思った矢先。
優一郎に強烈な追い風が吹いた。
好機と、口に出すことは無く、ただ一念の下に、居合を構えて優一郎は突進する。
互角の相手であれば、追い風によって得られる僅かな加速と、相手に吹き荒ぶ僅かな砂埃であっても均衡を破るには充分な一助だ。
いけない。
村長の敗北を覚悟したレヴォルの双眸は驚愕に刮目する事になった。
「落とし穴とは、卑劣な・・・っ」
「勝者は全てにおいて賞賛される、その卑劣ささえも勝者の美徳となる、悪いが
村長は会話する気は無いと言わんばかりの無慈悲さで優一郎を峰打ちし、気絶させた。
考えてみれば鬼ヶ島は彼らの本拠地であり、桃太郎の襲来が予期していた物であれば備えがあるのは当然の事。
しかし落とし穴はあくまで初見殺しの仕掛けであり、しかも嵌める為には相手を誘い込まなくてはならない。
だからレヴォルとノインには、正々堂々と実力で戦ってもらう必要があった。
故に最後に剣士で大将である優一郎に落とし穴を使うのはこれ以上なく理に叶っている切り札の使い方だ。
既に伏線は敷かれていたにも関わらず、目の前の決闘にのみ注力した優一郎の不覚。
この結末は、当然の帰結と言わざるを得ない。
シズヤがどこか冷めたように俯瞰していたのはこの結末を分かっていたからなのだろう。
「あーあ、また仕掛けで済ませられたか、ジジィの剣が見られると思ったのにな」
シズヤは不満そうに口を尖らせるが、村長は苦笑で流すと優一郎のお供等に告げた。
「さて、決闘はこちらの勝ちだ、大人しく島から出ていくのならば、宝を渡して見逃してやる、だが、これ以上の戦争をしたいのであれば、次は容赦はしない、地獄に行ってもらおうか」
村長さんは鬼よりも怖い優一郎よりも更に深い闇を見せるような眼力で、負傷している喜十郎と百日紅を威圧した。
「おい、乱破、貴様も早く失せろ」
村長がいうと、背後の地面から玉砕したと思われた乾が、クナイを咥えた姿で現れた。
「・・・見抜かれていたか、だが、ここを死地と定めた以上、ここで退くことは出来まい、御無礼!!」
背後からクナイで襲いかかる乾に対し、村長は振り向かなかった。
まるで、紙芝居の場面が差し替えられるかのように一瞬の内に、村長は抜刀し、乾を斬り裂いた。
ノインの出鱈目な剣の技量も舌を巻くほどであるが、村長さんのそれも、剣を極めた達人と呼ぶに相違無い、天下無双の強さである。
とても、齢百になろうかという、嗄れた老人の剣技とは思えない程だ。
「無念・・・」
乾は倒れ伏すが、死んではいなかった。
その後、優一郎と乾を担いだ喜十郎と百日紅は、村長から宝を受け取り、鬼ヶ島から出ていった。
「なぜ、彼らに宝を渡したんですか?」
「桃太郎は鬼退治をして宝を持って国に帰る、宝を持って帰ってきたのであれば、鬼退治を失敗していても、周りは成功を疑うことは無いだろう、つまり、これであらすじの辻褄を合わせたという事だ」
そして渡した宝も元はこの島に来た異邦人が持ってきたこの島には無用の長物である。
この島のささやかな安寧はこうして保たれてきたのだった。
「でも、彼らはきっと、鬼を殺し尽くすまで、鬼退治を続けると思います、そういう目をしていました」
「だとしてももう、この島に来る事はあるまい、鬼ヶ島に行く運命は一度きりの出来事、四人揃って旅に出るのは一期一会の産物だ、故に縁は切れて、彼らの鬼退治はこの島以外のどこかで行われるであろう」
仮に、たった一度の冒険を繰り返し、ジャックが豆の木を二度植えて、ドロシーが旅に二度出れば、ジャックはただの強欲で自分勝手な俗物となり、ドロシーの旅の意味は無くなる。
そんな物語の根幹を損なうような改変を、ストーリーテラーは許さないだろう。
多くの物語は、一期一会の出会いと、奇跡のような運命を描くからこそ、価値を持つのだから。
優一郎達には、優一郎達の、桃太郎とは違う運命があるのだから。
「レヴォル殿、よく戦ってくれた、怪我はないかな、薬は余っているから遠慮なく使うといい」
そうだ、先ずは治療しなくてはならない。
疲労しているだけの自分はいいとして、ノインは瀕死になってもおかしくない程の攻撃を受けたのだ。
直ぐに治療をしなければ。
レヴォルはシズヤに手伝ってもらい、二人でノインを担いで村まで帰った。
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