第30話 セルフワンダーランド4
・・・あれ、ここは。
確か、直前に物凄い疲れる経験をした気がする。
ってことは夢の中なのかな。
でもそれにしては意識もはっきりしているし、明晰夢という奴だろうか。
しかし明晰夢だとして、どうして何もない世界に一人でいるのだろう。
私の夢なのだからもっと夢とか希望とかメルヒェンに満ち溢れた物であってもいいはずではないだろうか。
興味を引くような鮮烈な物語の匂いに溢れていて、意味のわからない仕掛けがいっぱいあって、何がなんだか分からないけれど、退屈することはない、一生見ていたくなるような、そんな夢を。
だけど私が今いるのは、前回と同じ真っ白な世界だった。
そうだ、確か、この霧の向こうにはもう一人の私、○○がいて。
○○、○○、○○・・・。
ってなんだろう?
何か、肝心な事を忘れてるような、ショートケーキのイチゴだけ食べられたような違和感を感じるが、元々記憶があやふやだし、考えても仕方ない。
それより何をしようか。
しばらくその空白の世界で一人、物思いに更けるでも気晴らしにするでもない、ただただ雲が流れるように無為で不変の何もない時間を過ごしていると。
「ハロー!レディ」
「うわっ、変態紳士さん・・・」
「ちょっと待って、僕は変態紳士じゃなくて、少女紳士、そんな反応しないでよ、傷つくじゃないかぁ」
今度は黒い影ではなく、小さな人形の姿で、少女好きの紳士、少女紳士がやってきた。
「それで今日は何の用があって来たんですか・・・?」
「その質問は間違ってるよ、だって僕が君に会いに来たんじゃなくて、君が僕の世界にやってきたんだから」
「それってどういう・・・」
「まぁ君みたいなかわいい少女の為なら理由が無くても毎日会いに来るけどね」
「この変態!!」
「どうして僕を変態扱いするの!僕はただ小さくてかわいい女の子を愛でているだけなのに!」
「普通の人は変なポーズをとらせたり、変な歌を歌わせたりしません!」
「いや待って、あの歌と踊りがあったおかげで、前回君は自力でこの「忘却の監獄」から脱出できたんだし、感謝されこそすれ、恨まれる道理は無いはずだよね!」
「それはそれ、これはこれ、です」
あの時の出来事を思い出すと今でも顔から火が吹き出そうな程に恥ずかしい。
ああいうのが許されるのはせいぜい六歳ぐらいのまだ初等学校に通いたての年齢の少女まででは無いだろうか。
仮に精神面が幼児退行しているのだとしても、元は一人前の淑女がやっているのだとしたらそれはなんと滑稽で憐れな姿だろうかと自虐したくなる。
「ふんだ、じゃあ今日は君が自力でここから脱出してよね、僕は手伝ってあげないから」
そういって人形の姿で少女紳士さんはそっぽを向いた。
「言われなくてもやって見せますよ」
確か前回は少女紳士さんに思い切りこの変態と叫んだら目が覚めた。
ならもう一度同じようにすれば出られるはずだ。
「せーの、この変態いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい、変態!変態!この変態!ド変態!超変態!究極変態!極限変態!一周回ってもっと変態!変態変態変態変態へ、ん、た、いー!!!!」
息が続く限り全力で変態と叫び続ける。
前はこれで世界がガラスが割れるように砕けて目が覚めたのだけれど。
「お、おうふ、そこまではっきり言われると、言われ慣れてる僕でも流石に泣きそうだ」
「はぁはぁ、おかしいなぁ、何で・・・」
「それは想いの力が足りないからだよ、君は僕の事を変態と思いつつも、最初の時ほどには羞恥心を感じていないから言葉に力が宿っていない、言っただろう、宇宙の果てまで届く位に叫ばないといけないって」
「想いの、力・・・」
つまり、ここから出るためにはあの時以上に恥ずかしくて嫌な思いをしないといけないわけか。
想像しただけで、身悶えてしまう。
「そうそう、気を付けた方がいいよ、ここは忘却の監獄、忘れたい記憶や封印したい記憶が集まる場所だ、そんな所に長居していると、その内君の存在そのものがここに囚われて封印されてしまう」
「・・・忘却の監獄、ここって夢の中じゃないんですか?」
「正しくは夢の中の夢の中だね、忘却の監獄というネーミングは僕が勝手につけた、ここにある記憶は全部、現実の記憶と互い違いに持っている物だから」
「互い違いに?」
「そう、現実の君が忘れていることを今の君は覚えているし、今の君が忘れていることは現実の君が覚えている、といっても多くの記憶は断片として情報が残り、脳が勝手に推理統合して整理するから、忘れているというよりは大事な事をフィルターをかけられて思い出せなくなっている状態かな」
「・・・よくわからないです」
「まぁ、分かりやすく言うと、現実から切り離された人格が君で、君が忘れたかった人格が現実になっているということだね」
「人格・・・?私、二重人格じゃないですよ?」
「いいや、人はみな演じている自分とそうでない自分の二つの人格を持つ、君が何も演じていない素の自分だというのなら、演じている方の人格が現実になっているのさ、そうでなければ忘却の監獄に人格が来ることは出来ないからね、まぁ君みたいな小さな少女に裏表があるのは非常に悲しい事だけど」
「・・・」
演じている方の人格が現実になる。
なら別にそれでいいのでは無いだろうか。
だって無力で無知な私が、傷つきやすくて、トロくて、どんくさい私が、私のままで頑張るのはとてもしんどい。
演じている私なら、きっと私よりずっとうまくやれるし、傷つかないのではないか。
私の体を誰かにくれてやるのは癪だけど、自分になら別にいいのではないか。
自分自身の弱さの大本である私を消して、新しい強い自分になった方が、皆も喜ぶのではないか。
きっと私にも、強くならなくてはならない時が来るだろう。
これまでだって私は「選択」して生きてきた。
時には何かを切り捨てるような決断だって迫られたはずだ。
仮にもしもこの先、運命の選択の
よく言われる「後悔しない選択をすればいい」なんて言葉は、どちららも後悔するような選択肢には当てはまらない。
どちらを選んでも苦しくて悲しい決断を、私は選べない。
そんな決断をしてしまうなら、私は私のままでいられないのだから。
この世界に迷い込んでからずっと抱えていた不安は見えない
だから・・・。
「別に、このままでもいいのかもしれない」
「なんで?」
私の、ひどく投げやりな独り言を、少女紳士さんは優しく聞き返してくれる。
「だって、この世界は、理不尽で、不条理で、優しくない、嘘つきばかりの世界で、正直者が馬鹿を見るような、痛ましい世界だから」
「どうしてそう思うの?」
「私は何度も運命に抗おうとしてカオステラーになった悪役を見てきた、でも
「確かに物語は、観客の感情を最も刺激する「勧善懲悪」の形式をとっているものが多い、現実では善が淘汰され、悪が跋扈するような魔窟だからこそ、人々は物語の中にまやかしの正義を求めてやまないのだろうから」
「でも私は、そのまやかしの正義の為に存在するまやかしの悪が不憫に思えて仕方ないの、だって、運命を受け入れるって、それって全てを諦めるような悲しい事でしょ、悪役にだって大切に思ってくれる人はいるのに、そんな物語の形に囚われて自分の役割を全うするなんて悲しすぎるよ」
「この世の中にはっきりと、百人が百人悪と断罪できるような絶対悪なんて存在しないからね、僕からしてみれば善悪の価値観すら曖昧な物で勧善懲悪も所詮は、勝者と敗者に色分けするだけの儀式でしかない」
「それってつまり・・・」
「この世の中に悪人なんていないんだよ、善悪なんて聖書や道徳の生み出したナンセンスだ、人間のエゴは時として人を傷つけるが、結局それも自身を守るために得た術だ、仮に、もしも世界が自分一人の世界だとして、自らを脅かすような外敵がいなかったとしたら、君は牙を研ぎ、爪を磨こうとするかい?しないだろう、人間の心理は時として複雑だけれど、行動は単純なんだよ、お腹が空いたから、愛が欲しいから、偉くなりたいからと手を伸ばし、最大多数の幸福から溢れたものを出る杭として打つ、この世に同情できない悪がいるのだとしたら、それは君に想像力が足りないだけ、だから善悪に拘って戦う人間はいない、人の戦う根拠とするものはいつだって正義だ」
善悪が存在せず、正義と正義が戦うのだとしたらこの世は一体なんなのだろうか。
「もしも、悪も正義なのだとしたら、正義とは何、何が正しいの・・・」
「さぁね、それは歴史が決めることだ、僕らに出来ることは今という物語を悔いの無いように生きる事だけなんだから、自分が善か悪かなんて、天国で神様にでも決めてもらえばいいのさ」
それが不条理で理不尽で 不平等なこの世界の生き方なのだと彼は笑う。
だったらもっと、私は私の色で世界に主張してもいいのだろうか。
「でもやっぱり、運命というルールに従って生きている人達には、私の言葉なんて伝わらないと思う、私の助けたい人達は、私の小さな手じゃ守れないから・・・」
「じゃあ・・・もしも、君に力があったらどうしたいんだい?」
「私、私は・・・」
ああしたい、こうしたい、そういう願いを叶えるのは神様の仕事だろうか。
でも神様は生きている人間を救ってはくれない。
だったら私が、私達がなりたい物とはきっと。
「総ての想区の主役になって、全ての人間に分け隔てなく、主役も、悪役も、端役も、運命を持たない人間であっても、皆が平等に結末を迎えられる世界をつくりたい」
想区とは主役を中心に回る、平等を是とする人間が主役になれば、全ての人間が平等に扱われるはずだ。
「なるほどね、やっぱり君は資格を持っているんだね」
「え?」
「現実は見栄と虚栄にまみれた嘘だらけの世界だと、数学者である僕には心の底からそう思える、最短で
「?????」
「だけど僕の中にも嘘じゃない時間があった、それが僕が少年の頃の思い出さ、黄金の午後はね、誰もが持っているような「少年の思い出」、それの再現に過ぎないんだ」
少年の思い出とは例え老人になっても色褪せることの無い、ありふれていて特別な皆が持っていた時間。
どんな偉大な政治家も、軍人も、哲学者も、皆が少年だった事の証だ。
「だけど現実では少女好きは
現実のルイス・キャロルがそんな
アリスは「理想の少女」であり、夢の中の
でも、もしも、「地下の国のアリス」が、アリス・リデルに向けたラブレターなのだとしたら、ナンセンス小説の原典であっても、そのような
数字者は
少女は理不尽な運命を受け入れられず、平等を願った。
その「縁」が、今回の夢を繋いだ軌跡である。
「好きなものを好きと言える、それが差別の無い世界・・・」
子供が大人になるときに幾つもの契約を社会に要求される。
賢く振る舞うこと、所帯を持つこと、
子供の世界との完全なる断絶が大人になるための
でもきっと、体は大きくなっても、私は少女で、彼は少年のままなのだろう。
そしてきっと、付和雷同と長いものに巻かれているだけの大人には、世界を動かす事はできても、根本から変える事は出来ないのだ。
「さて、それじゃあ君はこれからどうしたい?」
想区の主役になって世界を変える。
それは夢、死ぬまでに叶えればいい遥か、遥か遠くにある目標だ。
今、私がやりたいこと、為すべきこと、それは。
「もっと沢山の
例え世界が悲しみに満ち溢れていようと、私が物語に必要とされない存在だろうと関係ない。
私が進めるのは私の
例え運命が苦しいものであっても、心まで病んでしまう必要はない。
だからどれだけ、苦しんで、悲しんで、辛くなったとしても、私はそこを目指す。
私は生まれ変わるんだ、新しい自分に。
大好きな物語達を守りたいのなら。
平凡と平穏を犠牲にしてでも、突き進むしかない。
「君は、本当に物語が大好きなんだね、君になら、僕の全てを託せそうだ」
「託す?」
「ああ、僕は少女紳士だからね、未来に夢見る少女にはなんでもしてあげたくなるのさ」
少女紳士さんは名残惜しそうに私の頭を撫でると、最期の別れを告げる。
「さて、それじゃあ仕上げといこうか、僕がこの姿で君の前に現れたのには訳がある」
「そういえばなんで人形の姿、なの?」
「単純に元の姿を忘れてしまったからっていうのと、もう一つは・・・」
「もう一つは?」
少女紳士さんは躊躇うように重苦しく告げた。
「君に僕を殺してもらうためさ」
「え?」
「短い時間の中とはいえ、この何もない世界に於いて僕は君のただ一人の友人であり、男だ、そんな僕をこの世界から消した悲しみであればきっと君は覚醒するに足りるだけの
「そ、そんな事、できない!」
「おや、君の覚悟は、人形一つ壊す事に躊躇するくらい生易しい物だったのかい?」
「・・・・・・なんでそんな事」
「君が覚醒する為には楽しむだけじゃ駄目なんだ、喜び、怒り、悲しみを得て、誰よりも人間らしく成長しないといけない」
「人間らしくって、こんな事がですか!」
「僕にとってはね、自分の最期を少女に看取って貰うのはこれ以上ない死に方だし、その手で結末を与えて貰えるなら至上の喜びなんだよ」
愛する人の手で殺められる事、それが救いになるような心中もまた、大衆の好む物語の在り方なんだろうか。
でも。
「嫌、嫌だ、誰かを失う苦しみを、もう二度と会えない悲しみを味わうのは嫌だよう」
「大丈夫、君は一人じゃない、これから先は、僕の物語達が、いつも何度でも君の味方になってくれるから」
「だったら少女紳士さんも一緒に・・・」
「ごめんね、僕はもう肉体も無いし、語ってくれる存在もいない、「忘れられた魂」の欠片に過ぎないんだ、だからここにこうしていてもいつかは何者にも看取られることもなく消えてしまう、だから僕の
自分の最期を看取って欲しいと、その最期の願いを聞かせられてはもう、お手上げだった。
「・・・うっ、ううっ、少女紳士さん、少女紳士さんっ、そんなの、ずるい、ずるいずるいずるいっ、そんな言い方されたら、断れないって分かっててずるい・・・」
この何もない世界で塞ぎ混んでた私を導いてくれて、共感してくれた唯一の存在。
顔も年齢も分からないけれど、その声は優しく、そして、無邪気で純粋だった。
過ごした時間が短いのが惜しい。
彼ならきっと、即興でも素晴らしい物語を語ってくれるはずだ。
もっと長い時間をどうして神様は与えてくれないのだろうか。
「泣かないでマイレデイ、君はもっと多くの世界を見るんだろう、だったらこんな所で埋もれてちゃあいけない、君には僕の夢も託すんだから」
「夢を、託す?」
「ああ、僕の夢はね、世界中の少女と友達になることさ、白雪姫や赤ずきんやグレーテルやマッチ売りの少女、いろんな子に出会いに行きたいけど僕にはできない、だから、君に託してもいいかな」
「・・・・・・・・・・・・はい」
それは彼の用意した免罪符だったのかもしれないし、外堀を埋めるような理由作りだったのかもしれない。
それでも私は、彼に促されて彼の柔らかい首に手を掛けた。
「あはは柔らかくて滑らかな指の感触が堪らないねぇ、ゾクゾクしてきたよ」
「・・・」
そんな軽口を右から左へと聞き流しながら、私はゆっくりと指に力を込める。
実はタチの悪い冗談で、「実は驚かせようと思っただけー引っかかったー!」なんて、ドッキリだったりはしないだろうか。
「辛いなら目を閉じてて、そしたら夢と変わらないだろう」
言われて目を閉じた、手に感じる感触が彼との繋がりがまだ残ってくれている事を教えてくれる。
そのおかげで少しは動悸が収まる。
ここに来た当初のようなふわふわとした浮遊感と、世界から隔離されたような虚無感が甦る。
そう、これは最初から夢なのだ、私は夢の中での体験を現実と錯覚してしまうほどにのめり込んでいるだけなのだ。
これはもっと馬鹿馬鹿しくてナンセンスな夢に過ぎないのに。
どれだけ力を込めても手にある感触は無くならず、また、再び目を開ける勇気も失った。
どれだけ時が流れただろう。
この時間が嘘であって欲しいと願い続けながらも、目を覚ます勇気が持てない。
次第に精神が磨耗し、神経衰弱になろうかという頃合いに。
「生まれ変わったら、君のコスプレ写真を取らせて貰ってもいいかな?」
「っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・変態」
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