第29話 セルフワンダーランド3
「はぁはぁ、ここまで来れば追ってこないでしょう」
「お疲れ様、時計ウサギちゃん、守ってくれてありがとね、今回復してあげるから」
道中トランプ兵のみならずバンダースナッチといった大物に追われながらも、互いに庇い合いなんとか逃げ切る事ができた。
無論、数と俊敏さで勝る相手に無傷でいられるわけもなく二人の体には生傷が数えきれない程に刻み付けられた。
度重なる酷使による筋肉疲労と熾烈な凶撃による痛みが緊張の糸が切れると同時に雪崩のごとく体にのしかかるが、回復魔法を使うことにより、その
ようやく落ち着いて会話も出来ると言うものだ。
「そういえば、私達ってなんで追われているの?」
不思議の国の中を西に東に忙しなく逃げ回って感じた事だが、この世界の住人全てが敵になったかのような感覚だった。
「それは、アリスと時計ウサギはこの世界を終わらせる存在だからです」
「終わらせる?」
「はい、そもそもこの不思議の国は、例えるならシュレディンガーの猫のような話で、アリスがいなければ誰にも存在を認知されず、アリスがいなければ存在そのものが存在しない世界だからです」
「シュ、しゅれでぃんがー?」
「胡蝶の夢、と言った方が正しいのかもしれませんね、大人気童話であるアリスの想区はアリスが成人する毎に短いスパンで再演されます」
それは想区が同じ物語を繰り返す周期の事だろうか、確かに、同じく人気作である白雪姫も、他の童話に比べて再演までの期間が短いような気がする。
白雪姫が継親を処刑してから成人し再婚するまでと考えればその期間はざっと二十年程だろうか。
基本的に主役が死没し、先代の記憶が古典や歴史となってから再演が行われる想区の慣習にあって、アリス、白雪姫、赤ずきんといった物語はその慣習より圧倒的に早く再演が行われている。
それが人気によるものなのかは分からないが、アリス、白雪姫、赤ずきんの三人が他のヒーローより抜きん出て多くの「派生」を持っているのは確かだ。
「それと同時に一つの疑問が浮かび上がります、アリスのいる「現実」は世代交代しつつも、地繋がりになっているのに、不思議の国には、何一つ先代のアリスが不思議の国に来たと言う痕跡が無いのです」
「・・・つまり、不思議の国は、アリスが来た瞬間に生まれて、アリスが帰ったら消えてしまう世界だっていうこと?」
「はい、この世界に住む人は誰もこの世界が現実だと疑っていません・・・ですが、アリスにとっては夢の中のお話なんです」
「だから、アリスが夢から覚めないように、抹殺するって言うことなの?」
死は永遠の眠りである、こういった価値観はキリスト教圏では常識だ。
「そして時計ウサギはアリスを連れてくる案内人、アリスが死んだら時計ウサギが新しい代役を連れてくるかもしれない、だから私達は狙われているんです」
納得のいく話ではある、自分達の世界を守るために、その根元を立つというのは合理的な事だからだ。
「・・・それじゃあ私達はどうすればいいの」
今まで物語が複雑にこんがらがった想区は何度も経験したが、この渡り鳥の想区にいたっては何も手が出せないように思えるような状況ばかりだ。
「私達にできる事なんて何もありませんよ、殺される位ならアリスを目覚めさせて夢を終わらせる、それで精一杯です」
全てを諦めたように笑いながら時計ウサギは言うが。
「でも、私、時計ウサギちゃんに消えてほしくない!」
生死を共にした、苦楽を共にした、この世界でたった二人で助け合って逃げ延びた仲だ、そんな相手が命を投げ捨てるのを黙っていられない。
死という救いを求めなければいけないほど、この世界は悲劇の奴隷にされているだろうか。
いや、きっと探してないだけで、見つけられないだけで、救いはきっとある。
でも、それを探すのは途方もなくて、遥かに険しく難しい事だ。
成し遂げられなければ、それは悲劇に変わるのだろうか。
自分の未熟な覚悟では時計ウサギちゃんを救えない。
それを理解している為に、はっきりとした言葉でひき止められない。
無責任な言葉を現実に変えられる程、記憶の無い私は強くないのだから。
それでも私は引き止めて、時計ウサギちゃんを繋ぎとめて、時計ウサギちゃんに生きて欲しかった。
「・・・それじゃあ、覚えててくれますか?」
「え?」
「私には、自分がどれだけ生きていいのかが分からないのです、私の存在は皆から必要とされる時もあればされない時もある、無闇に長生きしたって残っているのは消化試合のような代わり映えの無い日々、「アリス」の輝かしい物語を汚すような蛇足のような毎日しか無いって分かっていますから」
「そんな言い方しなくても・・・」
確かにシンデレラも王子様に見初められてからが大変とか、無法者のアラジンが皇帝になっても退屈するだけとか、そういった話には暇が無いが。
だけど「語られなかった後日譚」とは、結局本人の努力次第ではないのだろうか。
運命の書に定められた訳でもない明日なのだ、好きに生きればいいのでは無いだろうか。
なんて、説教じみた理屈は言葉に出来なかった。
だって時計ウサギちゃんは全てを受け入れた上でその結論に達したのだと分かってしまったから。
「・・・最後にアリスと二人だけの、胸が沸き立ち心が踊るような大冒険が出来たんです、これ以上に素晴らしい「脇役としての幸せ」はありません、だから私にはもう、未来なんていらないのです、そして、臆病者で、とんでもない愚か者だけど、アリスが大好きなウサギの事を、どうか覚えてて下さい」
「時計ウサギちゃん・・・」
もっと仲良くなりたいと思っているのに、時計ウサギは破滅への願望に邁進している。
それを理解なんて出来る訳もない。
だって私には圧倒的に経験が足りない。
もっともっと多くの物語達に触れ合えば、時計ウサギにもっといい結末を作ってあげることが出来るのだろうか。
「これは私の生きた証として、アリスが持っていてください、きっと、アリスを助けてくれるはずです」
そういって時計ウサギは自身の
もし、私がこの不思議の国という夢から覚めてしまえば、この時計はどうなってしまうのだろう。
例えこの時計が無くなっても、時計ウサギの事は忘れない、そんな決意を胸に、この先を進む決意を胸に刻み付けた。
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