第26話 子供の村

「あー!、シズヤが大人を連れて来てるぞ!」

「ここは子供の村だ、大人は出ていけー!」

「そうだ、大人はここにいちゃいけないんだ!、出ていけー!」


 シズヤに案内されて着いた村は子供だけの村であった。

 そして着くなりレヴォル達は、自分の腰ほどの背丈しかない子供達から一斉に襲われる。

 鍛えられた肉体にわらべの非力な殴打等は蚊に刺されるようなものであるが、流石に石まで投げられては堪らない。

 どうにかして話をしようと思っていると。


「やめんかーーーーッ!!」


 腹の奥を震わせるような怒号、大地が鳴動するかのような一喝に、子供達は一斉に動きを止める。

 その声の主である老人は、背を曲げてしわがれた様子からみても、還暦はおろか米寿や白寿には届くかもしれないといったよわいに見えるが、その外見に反して、老人は軽々とした足取りでレヴォル達の目の前に立つ。


「これはこれは、よく来なさった旅の者、儂はこの

子供だけの村の村長をしているアオという、名前を聞いてもよろしいかな?」


 先程のいかずちを落とすかのような様から一転した柔和な態度に戸惑いつつも、二人は挨拶した。


「俺はレヴォルで、彼はノインだ、すまないが少し話をさせてもらえないだろうか」

「ではこちらに来なされ、ここでは騒がしくて敵わない」


 村長は安心させるような朗らかな態度でレヴォル達を出迎えた。

 村長のその様子を見て、他の子供達も次第に離れていく。


「さぁ、どうぞお座り、狭くて寒くて申し訳ないが、長旅でお疲れでしょう」


 家というよりは小屋に近い、土と木を組み合わせた原始的な住居にて、村長とレヴォル達は向かい合う。


「シズヤ、お前は下がっていなさい」

「嫌だ」

「村長、シズヤはきっと俺達を招き入れた責任を感じてるのだと思います」

「むぅ、貴方がそういうなら仕方ありません、同席を許しましょう」


 村長の許しを貰ったシズヤは、レヴォルの隣に正座した。


「はてさて、先ずはなんの話からいたしましょうや」

「この島について聞かせてもらいたい」

「この島といっても、見ての通り人が暮らすにはわりなく厳しい所で、特に紹介できるような所もありませんな」

「では何故あなた方はここで暮らしているのですか」

「それはあなた達と同じ、運命に流されてたどり着いたのがここだったからでして、このような島、叶うことなら今すぐにでも出ていきたいというのが本音ですな」


 故意か無作為か、核心をかわして答える村長に不審さを感じながらレヴォルは本題に迫った。


「・・・この島は、鬼ヶ島なんですか」

「・・・旅人さんは鬼ヶ島をご存知ですかな」

「・・・はい」


 レヴォルの返事を聞き村長はわざとらしく咳をするとシズヤに使いを頼んだ。


「すまんがシズヤ、水を汲んできて貰えんか、老人には長話は堪えるで」

「やだよ、なんで俺が・・・」

「シズヤ、お前また儂の小太刀を勝手に使っただろう」

「・・・」

「その罰だ、出来ぬと申すなら二度と儂の剣に触らせぬし稽古もつけてやらん」

「・・・けち、わかったよ、行くよ、ちくしょう」

「旅人さんの分も忘れるでな」


 シズヤは素早く立ち上がると竹筒を三つ持って駆け出した。


「あやつの脚なら三分もかからん、さて旅人さんよ、聞きたいことがあるなら今のうちにな」

「どうしてシズヤを外したんですか」

「なぁに、子供に聞かせるには不謹慎で殺伐とした話になると思っただけよ」


 となると、シズヤが言っていた桃太郎が罪の無い鬼を殺すという筋書きもありえるのだろうか。

 取り敢えずは一つずつ疑問を解消していこう。


「ここは桃太郎の想区なんですか」

「そうとも言えるし、違うとも言える、なぜならやって来るのは桃太郎ではあるが、桃から産まれた桃太郎ではない」

「では桃太郎とは一体・・・」


 桃から産まれた桃太郎で無いのであれば、何の桃太郎なのだろう。


「そもそも桃太郎という話には、確固たる原典というものが存在せん、多くの人々によって語られた物であり、その中には日本に於ける吟遊詩人、琵琶法師といった存在によって語られた外伝も多く存在する」


 吟遊詩人とはヨーロッパにおいて各地を回って時の王朝や貴族と言った有力者を賛美する詩を歌う事を生業としていた人々だ。

 それを琵琶法師に置き換えると「祇園精舎の鐘の声~」で始まる物語がそれに当てはまる。

 原典から駆け離れた外伝を多く持つ事の意味、それは。


「・・・物語の多様性」

「そう、この想区に於ける桃太郎は一人の人物を指すのではない、鬼ヶ島に来てを退治した者に与えられる名が桃太郎なのだ」

「・・・じゃあ桃太郎は、自分の名誉の為だけに鬼ヶ島に来て、鬼を殺すんですか」


 そこに来て思い至るが、通説の桃太郎も果たして何の私欲もなく鬼退治に至ったと言えるだろうか。

 満足に働かずに怠惰に過ごしてきた若者が一体なぜ急に団子を持って旅に出るのか。

 考えてみればおかしな事だ。


「否、桃太郎は皆潔癖で正義感の強い、心根の善い物が選ばれる、殺される理由を持つのは鬼の方だ」


 鬼の方に理由がある、であれば桃太郎が無辜の島民を一方的に虐殺するという最悪だけは違うようだが。


「では、一体どんな理由が」

「全部不条理な辻褄合わせよ、一番有名な吉備津彦命きびつひこのみことの派生の話でいえば、退治される鬼の名は温羅うらと言うが、温羅は鬼などではなく、本国に渡り製鉄技術や製薬技術を伝えた渡来人であった、しかしたまたま温羅のいた地方で伝染病が流行り、その結果温羅の伝えた南蛮渡来の武器によって紛争が起こった、その両方の責任を鬼という役割を被せる事で押し付けられて退治されたという訳だ」


 魔女狩りとよく似た話である、今回は権力を持つ者が教会ではなく、吉備津彦命、つまり伝承の神に変わっただけ。

 こんな不条理を聞かされては、神を、その存在を信じたくとも無神論者になってしまう。

 いや、きっと、神は理不尽で不条理なのだろう。

 古来の人々が雷や嵐といった自然災害に神を見いだしたのならば、具現化した神が体現すべきは理不尽で不条理な存在で無くてはならない。

 神は人を救わない。

 聖書や聖典の中でしか活躍しないのが神なのだから。

 その存在を欺瞞以外の言葉で現実に当て嵌めるのならば、人類にとってのりふじんこそが相応しいのかもしれない。

 この世界のなんともままならない事だろうか。

 その不条理に沸き上がる思いがレヴォルの全身を駆け巡る。


「・・・っ」


「この島の住民は、みんな渡ってきた、海の向こうから爪弾きにされてな、そうして隠人おにが島と呼ばれるようになった、これがこの島の全てよ」


 鬼には鬼としての理由を用意され、桃太郎には桃太郎の事情がある。

 お互いの運命によって惹かれ合う敵同士、と言えば聞こえはいいがこんなものはただの虐殺だ、悪だ。

 しかしながらそれを分かっていて何も出来ない無力な自分こそ最も恥ずべき悪なのではないかと内省する。

 想区の理を破り、ストーリーに介入する事は許されない、エレナもいないのだ、リページをしてやり直すことも出来ないのだから。

 自分の思いのままに世界を恣意的に改変出来たら無力と不条理に打ちのめされる事も無いのに。


「・・・・・・」


 気持ちを落ち着かせるために一度強く目を閉じて集中し、思考を整理して、次の疑問を問いかけることにした。


「・・・そういえば、何故この島には子供しかいないのですか」

「ああ、それは・・・っと、シズヤが帰ってきたね、悪いが話はまた後で」


 村長がそういって伸びをするのと同時に勢いよくシズヤが入ってきた。


「ジジイ、もってきたぞ!」

「ふぃ~、ありがとう」


 村長とレヴォル達に、竹筒が手渡される。

 渡された竹筒を口に含んだ途端、口の中に広がる甘味に、どれほど自分の体が乾いていたのかを思い知った。

 渡された一杯の水をこんなにも有り難く思えるのも旅の醍醐味というものだろうか。


 村長は竹筒を軽く仰ぐとシズヤに渡した。


「走って喉が渇いておるだろう、残りはシズヤが飲みなさい」

「いいよ、俺は若いから、ジジイが飲めばいい」

「かっかっか、儂を年寄り扱いするのは儂を超えてからにしろと言うておるに、まぁここで遠慮しておけば後で稽古で手も足もでなくても、言い訳が立つということか」

「・・・っ、じゃあよこせ」


 シズヤは村長から竹筒を奪い取ると一気に飲み干した。


「んっんっ・・・げほっごほっ」

「その様子だと大分喉が渇いていたようだな、偉いぞシズヤ、大分忍耐力が身に付いてきたようではないか」

「・・・別に」


 シズヤは無愛想にそっぽを向きながらレヴォルの隣にどかっと座り込む。


「さて旅人さんよ、もてなしてやりたい所であるが、ここには何もない、水と食料すらまままならない所であるがゆえ、だからシズヤと一緒に食料調達に行ってはもらえないか」

「心得た、貴重な男手だ、存分に使ってもらいたい」


 エレナの救出という責任もあるが、この過酷な島に閉じ込められた子供達の事を放っておくことが出来るわけもない。

 どのみちしるべとなる道のりも無いのだ、ここに居を据える事も一つの手である。

 レヴォル達はシズヤの主導の下、食料調達に向かった。

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