第25話 新説・鬼ヶ島

「ここが、鬼ヶ島ならぬ宝島という訳か」

「ぐへへ、悪~い小鬼ちゃんをシバいてお宝沢山がっぽがっぽ、掴むぜ、ビッグなドリームを!」

「おいみろよあれ、縄で縛られた子供がこっちに来るぞ」

「かわぁ~いそうに~、きっと鬼達からキツゥ~イお仕置きをされてたに違いない」

「そんな趣味の悪い鬼さん達は」

「俺達」

「正義の」

「刃が」

「シバき倒してやるぜッ!」


 船から降りてきた粗暴そうな人相の悪い四人組は走ってきた子供とすれ違い、レヴォル達に突撃した。


「え!?、ちょっと、なによいきなり」

「どうやら俺達を鬼と勘違いしているみたいだな…」

「くっ、一旦一度相手を無力化させないといけないっ」

三人はヒーローに接続しようとするがノインが制止した。


「その必要はないよ、シッ!」


 ノインの放った斬撃が砂浜を大きく巻き込んで、大きな砂の津波を生み出す。


「ごわぁ~、それまじヤバすぎだろ!」

「ぐぇ~、こんなん聞いてねぇ~」

「あばばばばばばばばばば」

「大変だ、猿くんが息をしてない!土に埋めなきゃ!」


 ノインの規格外の一撃によって、侵略者達は砂浜ごと吹き飛ばされた。


「べらぼうにのっぴきならなすぎだろぉ!、こんなの勝てるわけねぇ!」

「てめぇこらこの犬ゥ!、埋めるなぁ!」

「生きとったかこの猿ゥ!、はよしね!」

「すっとこどっこい、しゃーなしここは一旦退いて体制を整えよう、撤退すっぞ!」


 野性味溢れる野武士然とした風貌をしたリーダー格の男が撤退の号令をかける。

 四人は一目散に船に乗り込むと、全速力で島から離れていった。


 それを呆然とノインを除いた四人が見送る。


「もうこいつ一人でいいんじゃないかな」


 とその場にいた全員が感じるほどノインの戦闘力は筆舌し難いほどに圧倒的だった。


 レヴォルは砂ぼこりで汚れた服を払うと、剣圧で尻餅をついている子供の縄をほどいてやる。

 ノインの一撃は手加減されたものであったが、その凄まじさは直に受けた事があるレヴォルさえも傍目で戦慄する程に威圧されるものだ、その僅かに漏れた闘気の一滴であっても幼い子供を恐怖の底に沈めるのに十分である。

 レヴォルは怯えて体を震わせている子供に優しく微笑みかけてやる。


「怪我はないか?」

「……平気だ」

「縛って悪かった、これで俺達を信用して貰えたと思う、俺の名はレヴォルだ、君の名前を聞かせてほしい」


 名前を尋ねることは想区の手懸かりを掴む上で最も多くの情報がもたらされる。

 その定石セオリーに従いレヴォルは子供の名を聞いた。


「……シズヤ」


 シズヤは、侵略者を追い払ってくれた手前の義理と、ノインの見せた絶対的な力には逆らえないという悟りから不本意ながらもしぶしぶ答えた。

 今だに、先程感じた死神が通りすぎて行くような背筋が凍る体験の余韻が全身に纏わりついていたが、この島を守る戦士としての自覚を持って、その未熟を飲み込んだ。

 そんな目も合わせないシズヤの態度を慮って、レヴォルは一歩下がる。


「シズヤ…」


 レヴォル達の知る物語の登場人物にそんな名前は聞いた事がない。

 ここが鬼ヶ島であるならば、シズヤは端役モブの一人としての役割しかないだろう。

 だとするならば得られる情報は限られる。

迂闊に案内を頼んで危険に巻き込むのは避けるべきか。


 だが先程の後先考えない特攻と幼いが故の純粋な殺意。

 もしも空白の書である自分達がいなかったら?

 その可能性から想起される結果はシズヤを破滅へと導く。

 命を狙ってきた相手だ、しかし。

 シズヤが子供であるが故に放っておけるわけもない。

 そうでなくてもエレナの救出も急がなくてはならない今だ、この荒涼した鬼ヶ島を歩いて人里を探す時間が惜しい、回り道なんてしていられない。


 利害と私情の一致、であるならばこのような事態にシズヤにこの想区についての案内を頼むのも合理的な判断と言えるだろうか。

 どちらにせよ、レヴォルの俊巡には自分を正当化して納得させるだけの意味しか持たない。

 ティムもアリシアもノインも、レヴォル程に同情的で、感傷的ではないのだから。


 シズヤは鬼ヶ島の住人、であるならば、この想区に於いては鬼の役割を与えられているのかもしれない。


 空白の書の持ち主である自分達が、鬼の側に与すればどういう結末になるのか、それを考えると不安が涌き出るが。


 この想区では無辜の民が鬼と呼ばれている。


 その可能性を見出だしてしまった以上、カオステラーの気配が無かったとしても、桃太郎の側にのみ加担するのはやるせない。


 だから今回は、鬼に味方してもよいのではないか、そんな願望に駆られてしまう。


 そしてそんなレヴォルの苦悩を密かに感じ取ったティムとアリシアは、レヴォルの我儘を叶えることにした。


「じゃあ俺達は桃太郎の方に接触して情報を集めるから、王子サマとノインはガキのお守りを頼むわ…」


 適当な調子でティムは振り返らずに先程の侵略者の去っていった方に向かって歩き出した。


「ティム…」


 片方に与することでバランスが崩れるならば、両方に加担すればいい。

 ティムは言葉を省くことでレヴォルに負い目を感じさせることなく、目的を遂行することにした。


「まったく、ティムくんってば人がいいわね」

「…そんなんじゃねーって」


 ティムのぶっきらぼうな優しさに助けられたレヴォルは、改めてシズヤに向き直る。


「シズヤ、君の…仲間にしてくれないか」


 それはではなく対等な関係を築く事の意思表示。

 シズヤとの一期一会の出会い、運命を尊重した、レヴォルがレヴォルであるが故の提案だった。


「…いいよ、ついてきて」


 シズヤはもう既に抵抗の意思は手離していた、それにレヴォルは異国風の出で立ちをしている、であれば自分達のの可能性もある、だから迎え入れるべきと納得もしている。


 レヴォルは信用できる。


 僅かな時間の中でしか言葉を交わしていないが、目の前に突如として現れた金髪の貴公子にシズヤは無意識に惹かれていた。

 この理不尽な運命を覆してくれるという希望を、自覚なく抱いていたのだった。




 この世には善悪の二元論があるが。

 果たして光が闇を照らすのか、闇が光をひからせるのか。

 言葉遊びではなく、どちらに物語の本質を置くかによって喜劇と悲劇、どちらが真理かを分かつ。

 どちらも真理と思うのも正しいのかもしれない、詰まる所答えなんて出ないのだから。

 この世から光を消すことも、闇を消すことも出来ないのだから。

 何もしなくても日は登りやがて沈む。

 そして我々は皆、東雲を照らす朝日の美しさを知っている。

 そして月の無い夜、もしくは単純に夜、一人でベッドの中でもいい、そんな時に感じる孤独、そして沸き上がる死の恐怖という体験を知っている。


 ただ、一つ例外があるとすれば。

 この世に生を受けて、いつもと変わり無い朝日を拝めることの価値を。

 孤独を忘れて、死という破滅が遥か遠くにあるという幸福を。

 理解せぬままに与えられた運命を享受し、この世の光を一身に浴びる連中がいるという事だ。

 故に運命とは数奇で劇的である時もあれば、理不尽で残酷な一生を強いることもある。

 だから私は闇を選ぶ。

 自らの、その物語は暗く閉ざされているのだから。


 この世界に王子様はいる(いない)


 この世界に魔法はある(ない)

 

 この世界に救いは……。


 旅人が迷い混んだのは不毛の土地。

 おそらくどんな植物も、動物も、その土地で生き永らえる事はできない。

 だからこそ、彼らは緩やかな死の中に最期の希望を見いだそうとする。


 ―――そこに救いは在るのだろうか。




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