桃太郎の想区

第24話 流されて七転八倒

 とにかく急いで東に向かう。

 レヴォル達がその目的を果たすために幾つかの手段はあったが、最短を選んだ結果、海路を伝って向かう運びとなった。


 その結果、道中大型の海魔や骸骨船長の海賊船に襲われたりと災難に遭い、挙げ句の果てには嵐によって船は転覆した。

 カエルの王子に接続コネクトしたレヴォルによって事なきを得たが、嵐の中の荒れ狂う海流に流された結果、広大な海の中、迷子となってしまう。


 体力の限界まで泳いでようやく見つけた小さな島に、四人はたどり着いた。


「死ぬかと思ったぁ」

「……やっぱりお嬢サマの提案を聞くのは危ないな」

「とにかく、みんな無事でよかった」


 戦闘に次ぐ戦闘で休む間もなく、四人は満身創痍だったが、凍てつくように吹きすさぶ海風の強い沖合いにいても体力を奪われるので、先ずは宿営地となる陣地を求めて歩き出す。

 海で濡れた体に吹き付ける海風は殺人的な程に体力を奪う。

 レヴォルはマッチ売りの少女に接続しなおして、マッチに火を灯して暖をとりながら歩いた。

 海から歩いて暫くすると、木々の連なる坂道に出た。

 山の方には霧がかかっており、登頂し俯瞰して島の地形を把握する事は難しいだろう。


 岩場ばかりの単調モノトーンな沖合いから離れた陸地には僅かばかりの緑しかないことから、無人島の可能性が高い。

 さっさと拠点を決めて食料調達に向かった方が賢明だろう。

 そう思った矢先。


「ん?」


 軽快な足音と共に、誰かが前から駆けてくる。


「子供か?」


 年の頃は十歳程だろうか、幼い顔立ちに細い手足をした童児は、早馬のような軽快さで、こちらに向かって猪突猛進と向かってきている。

 一瞬だけ前の想区で遭遇したパックとの出会いを思い出すが、流石に今回も向こうから問題がやって来るものなのかと思案していると。


「鬼ヶ島流奥義、超絶炸裂大爆発!」


 派手な技名に反してそれはただの煙幕だったが、不意を突かれた為に誰も反応できなかった。


 「気を付けろ、毒も混ざってるぞ!」


 嗅ぎ覚えのある匂いからレヴォルは瞬時に指示を出す。

 子供と思って侮ったが、敵意を向けてくるのならば相応の対応をしなくてはならない。

 子供を傷つけるのは忍びない、そう思っていたらノインが剣圧で煙を払った。

 視界が明快になる。


「でやあぁああああああああああああ」


 子供は鋭く研がれた小太刀を一直線にノイン目掛けて突き刺した。


「―――セイッ」


 その無鉄砲な一刺しをノインは完全に見切り、刀身を脇の間を通過させ挟むと、手刀で相手の手首を攻撃し、抜刀することなく子供の手から刀を取り上げた。

 その鮮やかな身のこなしは一から十までが洗練された戦闘技術の結晶体であり、どこを取ってもレヴォルには真似できないほどに卓越していた。

 ノインが馬鹿馬鹿しくなるほどの力量の差を見せつけてくれたお陰で子供はそれ以上抵抗しなかった。


「……無念、殺せ」

「殺す気はない、だがどうして俺たちを狙ったのか、教えてくれないか」

「桃太郎を殺すのは鬼の役目だろ、殺らなければ殺られる」

「鬼……?、どうみても君は人間じゃないか」

「鬼だって人間だ、それを殺して宝を奪うのが、桃太郎の役割だろう」


 その言葉にレヴォルは混乱した。

 子供の言葉だし信用できるか分からないが、もしも事実であれば、この想区における桃太郎とはとんだ悪党ではないか。


「待ってくれ、鬼とは本来、宝を奪い悪事を行うような連中で桃太郎はそれを懲らしめる存在の筈だろう」


 レヴォルのその問いかけに諭すような声でティムが答える。


「王子サマも知ってるだろう、下らない祈祷やお経を唱えるのがで、薬や手術で治療を施すのをと呼び、その魔術を行うを狩るような歴史を」

「世界は広い、価値観や宗教の違う人間を敵とみなし、鬼や魔女として裁くような想区だって普通にあるわ、きっとここは桃太郎の想区なんでしょう」


 ティムとアリシアは学院で学んだ経験によりレヴォルより多くの見識を持っていた為に、その子供の言葉を素直に受け入れる事が出来た。


「それじゃあ、ここは……」


 もしも、何の罪のない人々を桃太郎が殺すのであれば、桃太郎とは何なのだろうか。


 桃太郎の結末といえば宝を持ちかえってめでたしめでたしという、紋切り型の冒険譚だが。

 だが桃太郎の一体どこに宝の所有権があるのだろう、鬼が人から奪った物ならば、それを桃太郎が所有するのは略奪と変わらない。

 だから鬼の持っていた宝だからといって、奪っていい道理はない。

 その理屈が通るならば、鬼を殺した桃太郎も誰かにとっては鬼であり、存在となるのだから。


 レヴォルは今までにない残酷な脚本シナリオに葛藤で胸が暗澹あんたんと濁るのを感じつつも、清濁合わせ飲むと決めた以上、ここで否定から入るのは先入観で物事を断定するような事であり、主観だけで善悪を区別するのは独裁者のような所業となるので、正義を行使する為に、それらを排除して思考する。

 正義をエゴに貶めない為には、絶対的な客観性が必要である。


 だから。


 桃太郎に宝の所有権が無いからといって、宝を持ち帰る行為を略奪だと断定するには早計だと思い直した。

 先ずはいつも通り情報集めから、この子から話の分かる大人がいないか聞こうと思った矢先。


「……来る」


 そう言うと、子供は両手を縄で縛られているのにも構わずに、駆け出した。

 流星の如くたちまち去っていく後ろ姿を見送りながら、一同も後に続く。


「……っ、一体何が?」


 向かっているのは海の方、自分達が上陸した時には人の気配や、港なんて無かったから、もし来る者がいるとしたら海を渡ってきた桃太郎だろうか?。

 煩悶と頭を悩ませながら既に百歩分は離れている後ろ姿を全力で追走する。


 今回の想区は混沌と混沌の迷路。

 捻れに捻じ曲げられた俗説と外伝の落とし子。

 諸君らの愛する物語は存在しない、新説と新訳と新解釈の流刑地。

 物語とは誰の物か。


 読み手となるのは、賢しくもなく愚かしくもない、幸福で不幸な年老いた赤ん坊だ。

 読み古された童話を昇華した、奇を衒う衒学者による晦渋の物語、果たして結末は喜劇か悲劇か。

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