第23話 二人の始まり

 ジャンヌ=クラリスと大作家は互いに激突して消滅した。

 二人の創造主が消えたことにより、チフォージュ城も本来の古びて閑散とした元の姿へと戻った。

 レヴォル達はエレナを探して城の中を縦横無尽に探したが、見つからず、代わりに見つけたのが。


「ここが、拷問部屋・・・」


 ジルドレの、本来の、秘密の部屋。

 飾られていたであろう生首は白骨化していて男か女か区別がつかないが、辺りにこびりついた血や、残酷で凄惨な非道に使われたであろう器具が、この部屋で行われていたであろう事を如実に物語っている。

 レヴォルは吐き気を堪えながら、改めて想区という世界の現実を目の当たりにする。


「あ・・・ああ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 突如上げたノインの悲鳴に恐怖しながら、レヴォルはノインをなだめた。


「どうした、大丈夫か」

「知ってるんだ、僕は、何故か分からないけど、この部屋を知っている、この部屋で行われたことを知っている」


 自分でも分からないその恐怖の理由をティムが答える。


「・・・そういうことか、ジルドレは、この部屋で、渡り鳥の空白のホムンクルスを虐待していたんだ」

「・・・確か空白のホムンクルスは存在にばらつきがあって、年齢を指定する事ができない、つまり歳が若すぎる失敗作を、虐待して処分していたわけね!」


 その証拠として辺りには血だけでなく、白い砂も混じっている。

 つまり、渡り鳥の代役として生み出していた空白のホムンクルスの失敗作を、ここで処分していたわけだ。


 パックも、汚い身なりを装っていたが、自分が虐待されたとは一言も言っていなかった。

 空白のホムンクルスは想区の住人では無いから誰にも後ろ指指されることはない。

 これが、この想区の真実。


「ノイン、無理に思い出さなくていいんだ、それはとても辛い記憶だから・・・」


 ノインの体の傷は、戦いだけではなく虐待されたものも含まれていたのだと知ったレヴォルはそう言うが。


「いや、今はノインの記憶だけが頼りだ、オチビが拐われた以上、ノインの記憶に頼るしかない」

「城から何も手掛かりが無いから、このままだと八方塞がりよ、レヴォルは、エレナの事が心配じゃないの!」

「だけど、ノインの記憶は・・・」


 自分の行為が気休めにしかならない偽善と分かっていても、レヴォルはノインを庇った。

 他に方法が無かったとしても、誰かに重荷を背負わせるのは心苦しい。

 だけどそんなレヴォルの気持ちを上回って、ノインは微笑み返した。


「大丈夫だよ、これは僕の役割だから、だから逃げない」


 ノインは自分に残された時間を知っていた。

 だから誰よりも急いで彼女の元に向かう理由がある。


「ノイン・・・」

「僕は、渡り鳥になるんだ、だから、大丈夫だよ」


 抱えた不安や恐怖を隠して、男としての意地を張る。

 それが、英雄を目指す男の子の最初の心構え。

 ノインは苦痛を伴う記憶のつるを手繰り寄せた。


 目覚め、幼少、悲鳴、虐待、鞭、焼きごて、熱湯、鋸、同じ顔、兄弟、惨殺、生存個体、代役、鍛練、殺し合い、繰り返し、繰り返し、繰り返し、自我、消滅、役割、舞踏会へ。


 言葉に出来ないくらい壮絶な、闇の記憶。

 こんな過去を持っている人間がよく生きているもんだと自嘲してしまう。

 生き残るために、媚びて、騙して、奪って、蹴落として、感情まで殺し尽くした。

 ここまで破綻した人格が、四分五裂に刻まれ

た人間性が何故今になって形を取り戻しているのか不思議な位だ。

 そんな、暗闇の深い、深い奥底に。


 ーース。


 照れてはにかむ少女の姿。

 ぎこちない距離感で笑いかける姿は、臆病な少女の奥ゆかしさの表れ。

 それを見た僕は、何を思ったのだろうか。

 答えは、まだ分からないけれど。


 渡り鳥の記憶を、その根拠を僕は持っている。

 だから彼女の笑顔を取り戻したい。


 ノインのその思いは、古ぼけて薄れた記憶のピントを、少しだけ鮮明にする。


 少女の後ろに立つ二人。

 大きな青年と小さな少女。

 その小さな彼女の姿に既視感を感じ、記憶を手繰り寄せる。


 彼女は、僕達に同情してくれて、止めるようにとクラリスに訴えてくれた人だ。

 彼女は、クラリスとあの子の友人で、今は遠い遠い東の小さな村に住んでいると言っていた。

 きっと手掛かりを知っているはずだ。


 苦痛の記憶による絶望や虚無感よりも、その古ぼけた一ページが見せる希望が胸に宿る。

 ノインは強い意思を込めて言葉を紡ぐ。


「東に行こう!」


 少女の笑顔を取り戻すために。

 ノインの戦いが、今、始まる。






「・・・あれ、ここは」


 エレナは気づけば、豪奢な天蓋つきのベッドのある、見るからに上流階級の人間が暮らすような部屋の床に横たわっていた。


「鏡よ鏡、この想区の結末を飾るのに相応しいのは誰」

「ーーー様でごさいます、しかしそちらのご婦人もなかなか運命の器量がよろしいようで油断はできませぬ」


「・・・そう」


 その答えだけで十分だったので、少女は何でも教えてくれる魔法の鏡を割った。


「賽は投げられたわ、貴女と私、どちらかにこの想区の結末は委ねられたの」


 少女とエレナの視線が一直線に結ばれる。

 二人の少女の運命を賭けた戦いがここに始まった。


「どうして私なの?」


「最初は、貴女の持つ箱庭の王国と、私の持つ万象大全の一頁で、想区の運命の改変をしようと思ったのだけれど、それだけじゃ叶わないみたいだから、趣向を変えたの」


 少女の昏い目は、どこまでも闇を映していた。



「貴女にも同じ絶望を知ってもらうことで創造主として覚醒させ、万象大全に次ぐ新たな黙示録を書いてもらう、天国も地獄も、この世の果てまで書ききれば、会えない人はいないでしょう」

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