第21話 創造主ジャンヌ
「
レヴォルの放つ想像力の爆発に、ジルドレの中の大作家が共鳴する。
「そうだ、人は子供から大人になるにつれて大なり小なり感情を欠落していく、他者への興味を失い、共感を無くし、涙を忘れる、だがそれらは作家が一番無くしてはいけないものだ、少年の心をそのままに大人になれた者だけが、想像力の翼で無限の物語の中を飛翔できるのだ」
大人には無い自由な発想による現実の超越。
それが物語となり、人々に夢を与える。
紡がれた夢の続き、想像を凌駕する現実の瞬き、物語の本質は、娯楽や教訓である前に、人々の希望なのだ。
レヴォルの本当の望み。
それを言葉にして誰かに教える事は面映ゆくて出来ないけど。
剣として形にする事は出来る。
「それが、君の
「これが・・・俺の、偽りの無いッ、
レヴォルの手に握られた光源に反応して、ジルドレは必殺の息吹を放つ。
体内の生体電流を貯めて吐き出されたそれはどんなヒーローであろうと一撃で吹き飛ばすような破壊力だった。
だが、レヴォルは迷わない。
想像剣を使っている以上自分を、その剣の存在意義を、疑ってはいけない。
そして、その偽りの無い真っ直ぐな心であれば、剣は、どんな絶望的な状況だって塗り替えてくれる。
雲を払う一閃。
上から振り被って放たれる、英雄の一撃。
その斬撃に触れた瞬間、ジルドレの息吹は、無数の空白の頁へと変えられた。
周囲を花びらのように、無地の頁が舞う。
「・・・なんだと?攻撃を紙に変えるとは、どういう力だ!!」
動揺どころではない、攻撃を無効化される以上に厄介で不可解な現実に、今度はジルドレが追い詰められている。
「紙じゃない、それはページだ、これは運命に反逆する自由の剣だ」
理想の王子様、それは少年のささやかな希望を叶えるための手段だった。
青年がそれを目指した理由はなし崩し的で、消極的な理由からだ。
レヴォルの本当の望みはそこではない。
レヴォルの、本当の望みとは・・・みんな幸せであること。
完全無欠のハッピーエンド。
主役も悪役も脇役も、それぞれに幸福を与えられる「優しい世界」。
それを実現する為に、青年は運命を白紙に変えて、自ら物語を書き換える事を望む。
でも、想区を渡り歩いたレヴォルだからこそ、言えることがある。
こんな運命なんて無くしてしまえばいいと。
こんな世界は間違っていると。
優しい心を持った正直者に救いを与えてくれない世界を、一体誰が肯定するというのか。
そんな理不尽な世界の現実に対して、空白の書の持ち主だけが読者の視点を持つ事ができる。
同じく運命に反逆する数々の
「いくぞジルドレ、お前の運命を俺が変えてやる!」
レヴォルは跳躍し、ジルドレに迫る。
その圧倒的な力を持つ想像剣を前にして、全ての抵抗が無意味と悟ったジルドレは目の前の少年を刮目した。
かつて共に戦場を駆けた、自分にとっての
「ふっ・・・君の理想の涯が、悲劇にならない事を祈ろう」
一太刀の元にジルドレは両断される。
血飛沫の代わりに大量のページが飛び散る。
「・・・っ、ジルドレさまああああああああああああ」
クラリスの絶叫が響く。
「・・・俺は人間を殺さない、理不尽な運命を殺す」
「何と」
レヴォルの想像剣には殺傷力や、破壊力といったものは存在しない。
故に、ジルドレには傷ひとつついていなかった。
ただ、運命から解放された一人の男が
そこにパックがトドメを刺した。
「この世から消えてなくなれ、変態ジジイ!」
「えっ!?」
驚愕に呆然となったレヴォルを横目に、パックはジルドレの腹に剣を突き刺した。
「え・・・?」
致命傷を受けたジルドレは血を流すこともなく光となって消える。
後には中年の男が一人。
「ジルドレは
今の変身が解けたような姿の変化はまさしくそれだ。
つまり、ジルドレは最初からこの想区の住人ではなかったということである。
「ご苦労、我が
男の導きで、パックも光となって男の下に吸い込まれた。
「・・・やってくれましたね」
ジルドレの消失時の光はクラリスの下へと吸い込まれる。
「ふん、随分と長い間私の体を借用してくれたな、この借りは高くつくぞ、さぁ、お前の夢の幕切れの時間だ」
男は青白いオーラを醸しながらクラリスを威圧する。
「弱っている体で私に勝とうなんて傲慢ですね、今では私も貴方と同じ高みにいるというのに」
クラリスも今までの闘気ではなく、威圧感を放つ青白いオーラを全身から放つ。
「少し
「どれだけ数を揃えようと至高を持つ私に勝てるものか、コネクト」
「・・・何!?」
クラリスが空白の運命の持ち主だという事はわかっていた。
だから
だが、クラリスの接続は導きの栞を使わず、ただ、叫んだだけである。
それでどうやってヒーローの魂が呼ばれたのか、未知の出来事だ。
「主よ、彼らに最期の救済を・・・」
現れたのはまたもやジャンヌ・ダルク、だが、顔立ちはクラリスのままで、覇気はジルドレにも引けを取らない程に凄みがある。
燦然と輝く盾と鎧を持ち、威風堂々と一騎にてこちらに相対する様は、聖女の名に恥じぬ程に凛としていた。
そのあまりに神々しい「美」に、レヴォルは一瞬我を忘れ、魅了られる。
きっとこの世に二人といない程の、英雄との適合率の高い接続だからこその風格だろう。
「ふ、未だに自分の運命を知らず知らず、自分の運命を生きられぬ小娘に、私の永遠を生きる物語を越えられるものか、出でよ、ハムレット、リア王、マクベス、オセロ」
ハムレットは王子、リア王は王、マクベスは将軍、オセロは軍人と身分、立場はバラバラだが、それぞれが復讐、嫉妬、狂気といった理由から、剣を振るっている戦士だ、戦えない者は一人もいない。
「果たすべきか果たさぬべきか、この残酷な運命を背負わせた主の命令を」
「子供の忘恩は蛇の牙よりも身を食いちぎる・・・腐っても親だ、殺すことはできま
い」
「我々が顔を合わすのも何年ぶりだろうか、こんな善しとも悪しとも言える日は二度目である、主の顔を見ずに済んだのならそれで善しだったがな」
「そう悪し様に言う事もなかろう、我らの悲劇は我らの自身の嫉妬深さ、浅はかさに因るものだ、主はただそのような運命を自分の名誉の為に我らに強いているだけなのだから」
「名誉の為とは心外な、私は人という道化の複雑怪奇な心証の偽りの無い
四者四様の痛烈な批判に、大作家は飄々と惚けた態度で応えた。
「それが人間のする事か!」
「善悪は主観によるものでしかないが、私にとってすれば貴方は紛れもない悪だ!」
「私はまだ嫉妬の罪でしかないが、あなたは最大悪である傲慢の持ち主だ」
「熟しきってもなお堕ちぬ果実とはいかにも怖いものよ」
イマジンといいつつも悲劇の主人公である彼らは、大作家に対して敬意は持ちつつも従順では無かった。
「おしゃべりしている暇があるのですか・・・!」
問答無用とばかりにジャンヌダルクに接続したクラリスが突進する。
誰一人動く気配が無いのを見てレヴォルも飛び出そうとするが、想像剣の使用はレヴォルの体力を根こそぎ奪うもので、声を上げることすら出来ないまま倒れる。
ジャンヌの雲を突き抜けるような槍が、四人の中の一人を貫いた。
「一つ!」
だが刺された男は消滅することなくその場に踏みとどまる。
「何!?」
「私は、女の股から産まれた者には殺されない、君がどれだけ策を弄しても、私を殺せる手段は一つだけだ」
それがマクベスが魔女から予言を受けた加護。
ジャンヌの攻撃でマクベスを倒すことは能わない。
「君のような清廉な淑女と戦わせようとは、我が主は私にどれだけの悲劇を背負わせるつもりなのか」
ハムレットの毒を塗布された剣が鋭くジャンヌの心臓を狙うが、ジャンヌは左手に持ったアイギスの盾で弾く。
「それも仕方の無いことだろう、なぜなら彼女も「悲劇に囚われた」者なのだから」
オセローはハムレットの横から挟み込むような形で横凪ぎに剣を振る。
「くっ、悲劇など・・・知らない!」
ジャンヌは左右から迫り来る挟撃に対して、
浄化の光を纏った回旋で受け流す。
「知らぬことこそが悲劇なのだよ、君はその運命に囚われて生きているのだから」
リア王は二人と入れ替わるように剣劇に加わる。
代わる代わる切り結ぶ様は、舞台の上での殺陣の如く演出的で、劇的だった。
「囚われる?この私が何に囚われているというのか!」
ジャンヌを取り囲むように四人の主役が剣を向ける。
「君の運命はもっと自由で暖かなものだったはずだろう」
「それなのに修羅に生きるとはなんとも悲しい」
「これを悲劇と言わずしてなんというのか」
・・・戯れ言を。
と、一言で一蹴してしまえばよかったのに、なぜか言葉が出なかった。
自分の中にいる誰かを、ずっと追い求めていた自覚はあったから。
それが悲劇だと、人に指摘されるのは癪に障るけれど。
理想のジルドレや、理想のジャンヌといった幻影に固執してしまうのは、一体誰の影響なんだろうか。
「
大作家は悲のエネルギーを練り固めた暗黒の魔弾をジャンヌの頭上から乱れ撃ちした。
四大悲劇も巻き添えを食らうが、ほぼ無敵のマクベスは元より、残りの三人もわかっていたと言わんばかりに回避する。
決着。
呆気なく、ジャンヌは悲劇の闇に塗り潰される。
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