第20話 もしこの瞬間に変われるなら
「見舞ってやろう」
ユリーシャの大魔法、過去と未来から収束する次元エネルギーを凝縮して解き放つ極光の七色光線が、竜と化したジルドレに向かって放たれる。
「ゴアアアアアアアアアアア」
ジルドレは大きく息を吸うと光の
けたたましい音を響かせて、二人の攻撃が衝突する。
その圧倒的な破壊力に、城は大きく揺れ、ひび割れる。
接続しているヒーローは伝承で伝わる特殊能力だけならアリス百人分に匹敵する程のスペックの持ち主だが、そんな彼らの攻撃ですら、竜と化したジルドレには歯が立たない。
「夢のように消えたまえ、マビノギエンド!」
竜の強固な鱗を貫通されるためにマーリンが弱体化の魔法をかけた。
「хрсшммяяюыфъΦδεΩωφυτ〰️」
ユリーシャの全力全開で魔力を解放した詠唱で、強大な魔方陣が複数浮かび上がる。
「グガアアアアアアアアアア」
ユリーシャの魔法の危険を察知してジルドレは即効性の高いドラゴンブレスを繰り出そうとするが。
「ーーーさせんぞ!」
密かにユリーシャの魔法で瞬間移動していたゴリアテがジルドレの
「今だ!」
「ーーー見舞ってやろう」
火、氷、雷、光、闇、五属性の全ての最強魔法を過去と未来の魔力を使って同時に発動させる。
次元を越える魔女だけが使える、世界に干渉するような禁術。
最強の魔女ユリーシャの誇る究極魔法である。
マーリンの全力魔法で弱体化を受けた状態のジルドレに、核爆発にも匹敵するような大魔法が炸裂した。
「やったか?」
大魔法の余波で焚かれた煙が晴れて、ジルドレの姿が露になる。
「グガッ、ゴアアアアアアアアアアア」
「危ない!」
ジルドレの再びの熱線は、未来視を持つマーリンだけが避けることができた。
「くっ」
「ガハッ」
アリシアとティムはモロに直撃を受けてしまい、ダメージの限界を迎え、
「クソッ、効いてないのか・・・!」
ジルドレの体は半分が消滅し消し飛んでいたが、体細胞が溶けだして、手足を再生していた。
「・・・やっぱり、竜殺しには竜を殺す作法が必要なんだ」
パックが叫んだ。
「作法、だと?」
「竜退治に必ず必要とされるキーパーツ、それは聖剣、魔剣といった著名な剣だ、ただの魔法如きじゃ竜を倒すことは出来ないんだよ!」
バルムンク、アスカロン、
「聖剣・・・エクスカリバーなら・・・」
(だめだ、さっきのユリーシャの攻撃でジルドレの鱗には五属性全ての耐性があることがわかった、アーサー王に接続してる間は僕の魔法による弱体化もできないし、ジルドレを倒すには滅龍属性を持った剣が必要なんだ・・・!)
つまりは、真に龍を狩るために造られた剣でなくてはだめということか。
しかしレヴォルの手持ちに、そのような英雄はいない。
「クソッ、じゃあどうしたら・・・」
ジルドレの再生にそう時間がかからない以上、猶予はない、レヴォルは必死になって知恵を絞るが、考えるほどに八方塞がりだ。
だがパックは平然といいのけた。
「
「・・・イマジン?」
「そう、
確かに、この世界における全ての事象は人間の想像から生まれた物だ、だけどそれは、創造主や想区の主役といった特別な存在、天才だけが持つ力であり、なんの力も持たない、無力で矮小な凡人でしかない自分に出来るとは思えなかった。
レヴォルは接続を解いて否定した。
「無理だ、俺にそんな力なんてない、そんな便利で都合のいい力があるなら、最初からやっている」
レヴォルの人生、今まで数々の苦難を経験し、幾度の成長を経てきたが、今だ自分が何者かになれたという実感はなく、特別な存在だという自覚はない。
今日まで自分が生き存えてきたのは、仲間の助けがあってこそで、自分の能力を肯定できる要素は一つもなかった。
だから、出来る筈がないとレヴォルは否定した。
「確かに、今の君にはまだ、早いかもしれない、でもね、今なら出来るし、君なら出来るんだよ、だって君は、選ばれてるんだから」
「・・・?、それはどういう・・・」
「実感している筈だよ、君は、君の存在は、この想区に認められているんだから」
レヴォルは思い立った。
そういえば何故、カオス・シンデレラと戦ったあのときに、自身の手に英雄の魂が入った導きの栞が握られていたのか。
ご都合主義で片付けられない何か別の力が、レヴォルを引き寄せているのは確かだった。
「やれるかい?」
「・・・為すべき事を為す、やると決めたことをやる、ただ、それだけでいいんだな」
己の中に巣食っていた迷いを一掃し、恥ずべき弱い自分の心に喝を入れる。
出来る出来ないじゃない、求められればそれが火中の栗を拾うような危険な事であろうと、レヴォルは遂行してみせる。
理想に近づく事だけが、レヴォルの胸に情熱をくべてくれるから。
「イメージするんだ、その
誰かの語る
あのときこうありたいと思った想いや、誰かを守りたいと思った気持ちを形にする。
あの娘を助ける騎士になりたい。
あの
巨大な竜も悪魔も、偉大な魔王も魔女も、荘厳たる神も仏も、どんな敵にも負けない剣。
憧れと、歯がゆさと、絶望、レヴォルの感じた数々の
レヴォルの内面に存在する心象風景。
それは子供の頃の、お姉ちゃんとの思い出が原点となる。
空白の運命を持つレヴォルを大人達は恐れ、運命を干渉されないようにと、疎外されて育てられた。
だから自然と、内向的で本ばかり読むようになった。
おとぎ話の中の王子様は、強くて、かっこよくて、レヴォルの憧れだった。
だから幼い頃から、誰かを救い、どんな難題も解決できる存在が、レヴォルの理想となる。
そんないい子であれば、両親に認められると思ったから。
理想と現実の乖離に絶望した事もあった。
だが、それでもレヴォルはがむしゃらに、理想を目指して突き進んで来たはずだ。
だから、今の自分の手なら、きっと何かを掴めるはずだ・・・!
レヴォルは力を込めた。
「
レヴォルの手の中に光の剣が握られた。
「で、出来た!」
「まだだ!まだイメージが甘い!」
「・・・あ」
握られた弱々しい光の輪郭は、直ぐにぼやけて消えてしまう。
「なんで・・・」
イメージは完璧だった筈だった
どんな闇をも祓う、明けの明星。
元は無銘の剣だったが、幾千の戦場の中で磨かれて、嚢中の錐の如く輝く一振り。
その研ぎ澄まされた無銘の剣は、決して折れることはない。
誰かを守る為に、誰かを救う為に、闇を祓い続ける。
いつか、自分がこうありたいと思う理想の、そのイメージの先取り・・・だったはずだ。
・・・失敗したということは、自分はそのイメージを実現出来ないということだろうか。
「ぐっ・・・」
魔法を利用した過度な想像領域の酷使、普段は使わない脳領域の急激な使用。
その反動で傷口を開くような痛みが、頭の奥を刺激する。
あまりの痛みに目眩どころか、一瞬交感神経が麻痺し、視覚、聴覚、触覚が無視され、平衡感覚を失い、立ち崩れてしまいそうな程だった。
「
既にジルドレの体は九割がた再生しかかっており、射殺すように煌々とその凶眼をこちらに向けている。
いつ必殺の
チャンスはあと・・・一度きり。
失敗は許されないという緊張と、いつ攻撃を受けるとも分からない焦り。
少し前の自分ならば気が急いて逸り、失敗のイメージばかりが浮かんだかもしれない。
だが、土壇場で、大一番で、運否天賦の出たとこ勝負に自分に出来ることは、今ある全力を尽くすことだけだとレヴォルは知っている。
自分には、限界を越えて強大な敵から誰かを救えるような力が無いことを知っている。
自己分析だけではない、英雄と
だから、迷いも、不安も、即座に斬り伏せて、前だけを見る事ができた。
「
再びレヴォルの手に光の剣が握られる。
愚直で、偽りの無い心、それを実体化させるために、レヴォルは己の心を見つめ直した。
「・・・っ」
一瞬に一生を振り返るような膨大な記憶の疾走。
先の反動による頭痛も残った状態での想像力の具現化と記憶の追憶。
またもや平衡感覚がぼやけていき、視界が滲むが、歯をくいしばって堪える。
俺の理想、信念、矜持、その根底にある心理とはなんだ・・・?。
他者に優しく、万人に手を差し伸べるようなレヴォルの博愛。
もしかしたらレヴォルは、生まれてから一度たりとも、自分の為に怒った事が無いかもしれない。
幼い頃は両親にさえ疎まれた為に居場所が無かったから。
でも今は違う、面倒な仕事を押し付けられてただ働きさせられた事や、理不尽な理由で自分を迫害した大人達に対して、怒りを感じてもいい筈だ。
だがレヴォルには、それができない 。
完璧な理想を追い求めているから?
だがどんな完璧超人だろうと、感情を除外してまで聖人を演じるのは間違った事だとレヴォルには理解出来ている。
感情を無視した人間の理想の果ては、独裁者だ。
怒りも、悲しみも、人間が人間らしく在るために必要な物。
喜びと楽しみの代償には必ずそれが必要となる。
だがレヴォルには、喜び、楽しむ事が出来ない訳ではない。
想区の問題を解決したり、困っている誰かに手を差し伸べた時には、相応の満足感を得ていた筈だ。
与えるは受けるより幸いなり。
そんな聖書にあるような幸せを、レヴォルは幾度となく実践し、感じていた。
なのに何故、自分には怒った経験が無いのだろうか。
「それは君が、偽善者だからだよ」
幼い子供の声。
誰だろうと思えば、「最後の涙」の前の自分が立っていた。
「誰かを救うという行為は、本質的には幸せの譲渡に過ぎない、一度でも貧困や災害を経験した者ならば誰もが知っている」
勿論、マッチ売りの少女や、幸福な王子を知っているレヴォルにも、それくらいは理解できる。
この世に救いがないからこそ、自分が救いになろうとしているのだから。
「だから、その救いこそが偽善であり、偽物なんだ」
否定されても、レヴォルにはその理由が分からなかった。
己の行いは心から良かれと、正しい事だと思ってやって来た、それが偽善だと思った事は一度もない。
「違う、違うんだよ・・・君は、誰かを救いたいんじゃない、自分が救われたいから誰かを救っているんだ」
・・・救われたい?
もやもやとした違和感が膨れ上がり、鼓動が加速する。
「自己犠牲の根幹は自己否定にある、自分を生かす道理が無いから他者を生かす、愛とは自己愛があって次に他者愛があることを知っているだろう、見返りを求めない善意は愛から最もかけ離れた行為なんだよ・・・」
言われて思い当たる節は確かに存在する。
でも、どうして自分がそうなってしまったのか・・・。
「分かっている筈だよ、だって、君の物語はあの時に終わって、あの時に始まったんだから・・・」
物語の脇役ですらなかった自分を、主役である
そして、僕は、その大きすぎる恩を報いる事も出来ずに、お姉ちゃんを失ってしまった。
それが僕の物語の終わりで。
俺の物語の始まり。
「あの時夢見た理想と、今君が目指す理想は同じ場所にあるのかもしれない、でも、全く違う物なんだよ」
そうだ、「理想の王子様」なんて、そんなおおそれた物に憧れた原点はただ、人から、両親から、
「愛されたかった」から。
そして今の自分がそれを目指す理由は正義とか愛のような綺麗な物ではなくて・・・。
「・・・自分を愛せなくなったけど、それでもお姉ちゃんに貰った命だから、正しい使い道を選んだ結果なんだ」
一言で言い表せば贖罪。
運命もなにもかも、否定したくても出来なかったから自分を否定して、一生消えない後悔から目を逸らした。
レヴォルの理想の先は、自己を極限まで摩耗し磨り減らして、全てを忘れて懺悔から解放される事。
その途中で死んだとしても、綺麗に死ねたのなら悔いはない。
それがレヴォルの望む「救い」と「理想」。
・・・俺という人間は、こんなにも弱くて、浅ましい者だったのか。
絶望とも皮肉ともつかない沈痛な失望感で胸が詰まった。
人は誰しもが理想の自分を演じている。
ただ、この世界ではシンデレラや白雪姫を演じる少女がいて、何を演じていいのか分からない少年がいるだけだ。
「・・・だけど、あの時の僕には受け止められなかった事、今の君なら受け止められるよね」
だから演じている中身がどれだけ弱くて、繊細で、醜いものであっても。
「僕らの望みは同じ場所にある、そして、君は愚直にそこを目指し続けてきた」
例え、ガラスの靴や、魔王を倒す聖剣が無くても。
「今が、その時なんだ、ずっと君が、胸に秘めてきた、本当の願いを叶えるときだ!!」
理想を演じ続ける限り、その物語は輝き続ける。
「そうだ、今の俺には居場所がある、何も無くて、何者でも無かった空っぽの俺に、皆が沢山の物をくれた、俺の物語は「今」に続いているんだ、だから過去の理想とか後悔とか関係ない、為すべき事を為す・・・それだけだ」
今のレヴォルは認められて、愛されて、そして・・・許されている。
後はレヴォルが自分を認めるだけ。
自分を、許すだけ。
「今の君には、まだ自分を許せないかもしれない、でも僕には君を許す事ができる、だって君は、こんなにも素敵な仲間達と出会ってくれた、幸福な未来を見せてくれたから」
両親に愛されず、他者から疎まれ、自分の殻に閉じ籠った少年の望んだささやかな希望は、もう叶っていた。
だから少年は、笑って去っていく。
これからは、青年の、理想の涯を目指す戦いなのだから・・・っ!。
「
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