第17話 創造主ジルドレ
レヴォルとノインは暗闇の廊下を一列になって忍び歩く。
夜もすっかり更けて、月明かりだけが辺りの輪郭を浮かび上がらせ、夜行性の野鳥のさえずりが響き渡る。
もし一人だったなら冷や汗がとんでも無いことになっていたかもしれないと、レヴォルは緊張から出た汗を拭った。
「どうかしたのか?」
いつしか、ノインが月を眺めていた。
今日の月は満月というわけでもなく特に趣深いものでもないが。
「・・・誰かに呼ばれた気がするんだ」
「・・・?、声なんてなにも聞こえなかったが」
幻聴では無いのだとしたら、何かの魔術、念力のような物なのだろうか。
「でも確かに聞こえる、もっと聞こえる所にいかないと・・・!」
声に導かれるまま歩きだしたノインをレヴォルは追いかけた。
螺旋階段を上り、城の塔になっている部分、その頂上に出る。
地平線が見渡せる、結構な高さだ。
月に手が届きそうだと思える程だった。
風が吹いた。
ノインのつむじが浮く。
レヴォルも思わず目を瞑った。
「あ・・・」
戦慄。
一瞬夢かと思うほどに、思考が硬直する。
「・・・」
創造主にも匹敵する力を持つ、暗い目をした
城から突き出た二本の塔の片方に、いつの間にか少女がいた。
距離にして五メートルくらいか、その距離が恐怖と安穏を拮抗させる。
「君が、僕を呼んだの?」
その力を知るレヴォルは怯えるが、知らないノインは尋ねた。
「・・・」
少女は無表情にノインを見ていた。
それを肯定と捉えてかノインは語り続ける。
「・・・僕は、君を知っている気がする、僕には与えられた役割以上に大切な、やるべき事がある気がするんだ、それがなんなのか分からないけれど、でもきっと、それは君と無関係じゃないと思う」
「・・・っ」
ノインの言葉に、少女は動揺していた、そして英雄と
「教えてほしい、君は、僕の、なんなのか」
だけどそれは、英雄と渡り鳥に与えられた運命。
代役であるノインには存在しないもの。
だから。
「あなたは確かに、他の代役達とは違うけれど・・・私が探してるのはあなたじゃないの」
少女は否定した、ノインの中にある渡り鳥の存在を。
その言葉はナイフよりも鋭くノインを突き刺した。
何も言い返せないノインの代わりにレヴォルが言葉を紡いだ。
「だけど、ノインは君が作った存在なんだろう?、教えてくれ、君の目的を、君はこの想区をどうするつもりなんだっ・・・!」
レヴォルは少女のどこまでも
それがレヴォルの誠意である。
「あなた・・・似てるわね・・・」
普段は優しげで押しの弱い雰囲気なのに、いざというときは精悍で勇敢になる。
最初から強かった訳ではない。
幾度となく恐怖と戦い、強敵と見え、意地を張り続けた結果、彼は英雄になった。
そんな彼と出会った頃の記憶が、蓋をして、記憶の迷路に閉じ込めた遠い過去が、長い時の中で風化して薄れていった筈の時間が、刹那の断片に甦る。
胸にチクリと感じた疼痛を懐かしく思いながら、その痛みの礼と、勇気のご褒美に、少女は答えた。
今は、自分が
どれだけあがいても、どれだけ願っても、混沌の力では何も変えられないことを少女は誰よりも知っていたから。
だからきっと、彼がいて、ノインがいるのだろう。
「私は・・・ただ待ち続けているだけ、でもただ待ち続けているだけでは、どうにもならないと悟ったから、時間を止めて、永遠に待つことにしたの」
「永遠に、待つ・・・?、それは・・・」
彼女の真意、覚悟を聞いて、レヴォルは圧倒されてしまう。
だって、そんなこと、普通に考えたなら、死ぬよりもずっとずっと苦しい地獄だろう。
人は孤独を抱え続けたまま生きてはいけない、もしも何もない世界に一人取り残されたらなら、必ず狂うか自殺する。
それでも会いたいと願って、待ち続ける彼女はきっと、もう、壊れているのだろう。
レヴォルが彼女を畏怖していた原因は、亡執に取り憑かれた愛情の強さ故だった。
同情してか、困惑してか、黙り込んだレヴォルを一瞥すると、少女はノインに言った。
「与えられた運命を全うするだけの人形に過ぎない筈のあなたが、意思を持つなんてね・・・でも、貴方の仮初めの肉体は長くは持たない、消えてしまう前に、私の中に還りなさい」
少女は本を開いて呪文を詠唱する、しかし。
「これは・・・?、貴方は
少女は、予想外の出来事に困惑し、思い悩んだが結論は出なかった。
「まぁいいわ・・・それなら、保留にして、見届けましょう、貴方の死に様を・・・」
あの人と同じ顔をしたノインを打ちのめすのは気が進まないけれど仕方ない。
少女は詠唱した。
揺れるような突風に、音とともに
後には、蝶が舞い、夢のような余韻だけが残った。
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