第16話 創造主ジルドレ
レヴォル達が城の探索に励んでいた頃、アリシアとティムは作戦会議をしていた。
「カオステラーの気配がしない以上、ここに俺達の役割は無い、長居は無用だ、パックとかいうガキが虐待されていたのも、イタズラの虚言なんじゃないか」
ティムの考察は状況をありのままに考えた場合の結論である。
ジルドレがカオステラーではなく、潔白だった以上、自分達の介入できる余地は極めて少ない。
「そうね、今の所はそうするしか無いのかもしれない、でも……」
アリシアはティムの進言を素直に受け入れる事ができない。
自分の中で何か、曖昧な違和感が、腑に落ちないと未練がましくつっかえるからだ。
そしてティムも、同じ物を感じてはいるが。
「……正直言って俺は、今回ばかりは撤退した方が賢明なんじゃないかと思う、前回のカオスヒーローの力だって、俺達の手に余るし、実際ギリギリの戦いだった、次も勝てるとは限らない」
想区の再編ではなく、戦略的な視点からティムは撤退を推奨する。
それは生死に関わる体験をしたティムだからこそわかる危機回避能力によるもの。
それを否定する程の材料を、アリシアは持っていない。
「確かに、カオステラーがいないなら、ここからは一旦引くべきなのかもしれない」
何を以て正義となすか。
少なくとも今の自分達にとっては想区の再編こそが旅の目的である。
分不相応な行動は想区の管理者であるストーリーテラーの反発を受けるだろう。
改心したジルドレ、虐待されたという少年、二つの証言を真とする事は矛盾を生み、どちらが偽証している可能性が高いかといえば今は少年の方が怪しいが。
だとするならば、このままここを立ち去っても、何も問題は無い。
そもそも自分達がここに来た目的は、渡り鳥の想区の再編の為に、ノインの手掛かりを探す為。
それがここに来てすぐパックという少年に懇願されて、ジルドレに会いに来たわけではあるが。
……もし、パックを偽と仮定するならばそれは。
「……誘導された?」
目的は分からないが、自分達をここに誘う事がパックの目的ということになる。
しかし何のために。
アリシアの思考の飛躍に、ティムは応える。
「……これは仮定だが、もしもジルドレもパックも嘘をついていなかった場合はどうなると思う?」
実はティムは、核心に至る答えを持っていたが、俄には信じられないような結論なので話すのを躊躇っていた。
「そうなると誰かがジルドレに偽装して、少年を虐待していたという事になるわね」
そうなれば話の筋は通るが、ジルドレの想区、青髭の想区としての前提は崩れ、カオステラーも生まれる筈だ。
「ああ、そもそも人を殺す役割の代役なんて誰もやりたがらないし、あのジルドレだって望んでいないだろう」
代役、想区の主役となる人物には必ず代役が用意されている、だが、彼らが代役を演じられるのは主役が退場した時のみだ。
「じゃあ一体誰が……」
「なぁ、もしも、主役が人殺しをするのが嫌で、立て続けに自殺したりしたら、その想区はどうなると思う?」
「そんなの、皆が役割を放棄して想区ごと滅ぶしかないんじゃ……」
「そうならないためにストーリーテラーがいる、一種の舞台装置である彼らは元の人格を歪めて、対象を操る位は造作もない、そして、それすらも抗われるとしたら……」
「……ストーリーテラーが直接手を下す、という訳ね」
そんな実例が実際にあるのかは分からない。
ストーリーテラーを見たという証言は存在しないからだ。
だけど、例えば、この城の中には殺人鬼の幽霊がいて、迷い混んだ少年を殺すという言い伝えがあれば、それを現実にする事は可能だろう。
ストーリーテラーとは想区に伝わる物語を進行させ、循環させる舞台装置なのだから。
もしも虐殺を主役が拒むのなら。
ジルドレが虐殺するという筋書きを、ジルドレの棲む城で虐殺が行われる、に書き換えた方が都合がいい。
つまり、人ではなく城が、舞台装置が人を殺すのだ。
「城が人を殺す、とんでもない理論だけど、一考の価値はあるわね……」
故にティムは、ここに長居する事に消極的なのである。
もしも、城が生き物なのだとしたら、どれだけ探しても本当の秘密の部屋は見つからないだろう。
そしてその仮定ならば、ジルドレは確かに潔白だ。
反撃のしようもない。
詰まるところ……
「今、この城にいること自体が、罠かもしれない上に、手詰まりって訳ね」
密室に目隠しされた状態で殺人鬼と対峙している様なものか。
無事に朝を迎えられる保証はない。
ジルドレの想区なのか、青髯の想区なのか曖昧な上に、主役であるはずの人物が創造主を名乗るキテレツぶりから油断してしまったが、本来どちらであっても、非常に猟奇的で危険な場所であることに変わりはないのだ。
「取り敢えず今日は俺と王子サマで寝ずの番をして過ごすから、明日には出るぞ」
警戒している状態であれば、向こうから
未だになんの指標もない手探りであることに違いはないのだから。
ティムはアリシアの返事を待たずに、レヴォルの部屋に向かった。
(まぁ王子サマなら、オチビのお守りくらい喜んで引き受けるだろ……)
そう思ってレヴォルの部屋のドアを叩くも返事はない。
(……留守か、まぁまだオチビ以外は寝るには早い時間だしな、帰ってくるまで待とう)
ティムはレヴォルの部屋の椅子に腰かけて待つことにした。
結局、夜が更けてもレヴォルが帰ってこないので、探すことになるのだが。
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