第14話 創造主ジルドレ
広大なチフォージュ城の奥、声の届かない地下、薄暗く背筋から這い上がるような寒気を覚えるその間に、四人とノインは案内される。
「こちらが、以前使われていた部屋になります」
何重にも掛けられた錠を一つずつ解錠し、クラリスは部屋の扉を開けた。
「・・・拍子抜けするくらい何もないわね」
確かに、血痕が染みついていることから、ここで虐殺が行われていたのは間違いないだろう。
しかし内部の風化具合や、埃を被っている状況から、今なお使われていると主張するには無理がある。
「まぁこっちは、
・・・結局、城内の怪しそうなところを隈無く探してみたものの、証拠になりそうな物は見つからなかった。
「もう気はお済みましたか?」
クラリスの無言の圧力を受けて、四人は降参した。
「では日も暮れているので、今日はどうぞお泊まりください、食事のご用意もしますので」
「え、いや、でも、押しかけてきてそれは・・・」
「今から町にいって宿を取るのも大変でしょう、まさか、ご婦人もおられるのに野宿なさるおつもりですか?」
有無を言わさないクラリスの迫力に押し通されて一行はジルドレの城で夜を明かす事になった。
レヴォル達は警戒を緩めずそのまま、夕食、風呂と歓待を受けたが、何事もなく夜を迎える。
(食事に薬は盛られてなかったみたいだけど、何か起こるなら絶対夜だ、油断しないぞ・・・!)
来客用の個室に一人腰掛けて、レヴォルは思考を張り巡らせる。
ジルドレの主張、城の現状そのどちらも潔白といわざるを得ない。
だが、助けを求めてきた少年、パック。
彼がわざわざ虚言を使って俺たちをけしかける理由も思い浮かばない。
ジルドレは悪役で、どちらを疑うべきかは是非もないことだ。
(今日一日で城の全てを探し尽くしたわけでもない)
もしかしたら隠し通路や隠し部屋があって、そこにジルドレの悪行の証拠があるかもしれない。
だから、皆が寝静まった夜中に、こっそりと探索してみることにしよう。
相談は不要だ、全員で探索すれば気付かれてしまう、隠れて行動するならば一人で行くのがいいだろう。
ひとまず今日は、侍従であるクラリスの部屋、そしてジルドレの部屋を把握して、夜中のどの時間に動くべきかを考えよう。
まだ寝るには早い時間、いまなら違和感無く動けるとレヴォルは部屋をでた。
クラリスは自室で一人、本を読んでいた。
それは一人の聖女の生涯を讃えた本。
そこはレヴォル達のいるフロアより一つ下にある侍従の使うフロア。
敵対しているレヴォル達を監視する為には同じ階層にいた方が都合がいいはずであるが、彼女は何一つ懸念を持っていなかった。
いざとなれば人質をとればいい、それができなくても、ジルドレ様さえ無事であればいい。
ジルドレ様の安全は保証されている、だから何も心配することなく、こうして本を読んでいられる。
仮にこちらが警戒の兆しを見せれば、相手は疑いを深めて、ジルドレ様に害をなすかもしれない。
少なくとも、こちらが糾弾されるような謂われは何も無い。
故に彼女は本を読んで、その中身を馴染ませるように喉の奥で反芻させた。
聖女の生き様。
その生涯。
それを彼女は無様で浅はかで意味のないものだと感じてしまう。
真に祖国の為を思うのならば、腐敗した貴族に与するのではなく、革命を起こすべきだったし、結局は何も残せぬまま、魔女として焼かれた。
結局は祖国に対する理解も先を見通す想像力もない、誇大妄想の田舎娘が、運良く戦に勝って、それが持て囃されて歴史に名を刻んだだけ。
そんな彼女が聖女とは、他の英雄や革命家達に失礼だ。
それが彼女の聖女に対する、感想。
だけど、なぜ、人々はそんな彼女を崇拝し、尊敬し、つき従ったのか。
その理由がわからない。
だから彼女は、それを見つけるために、読み終えた本をもう一度開く。
開けば、物語が光景となって、彼女の目に聖女の生き様を映し出す。
なぜ自分がこうまで聖女に固執してしまうのか、その理由を、彼女はまだ知らない。
「失礼します」
レヴォルは一礼して、クラリスの前に立つ。
「いかがなされましたか?」
「少し気になった事がありまして、話をさせて頂ければと」
クラリスはレヴォルの思惑を測りかねたが、真の空白の持ち主であるレヴォルに興味があったため、快く頷いた。
クラリスは、机に置かれた燭台の灯りだけでは暗いと思い、マッチに火をつけて、吊るされたランプに火をつけた。
「紅茶でもお持ちしますか?」
断る理由も無かったが、長話したいわけでも無かったので、レヴォルは丁重に断った。
「それで、どういったご用件で?」
レヴォルはクラリスの
一体どれだけの情報を引き出せるのやら。
「今日はクラリスについての話が聞きたくて・・・ジルドレの悪行を知っているのならば、一体いつから、君はジルドレに仕えていたんだろうか?」
クラリスの外見年齢は二十歳程、高く見積もっても三十路を越えるような事はないと思う。
であるならば、ジルドレの腐敗した晩年しか知らない方が自然な気がするのに、忠誠心が高いのは不自然な事だ。
クラリスは尻尾を捕まれる事は無いという自信があったので、疑念を持たれないために、ありのままに答えた。
「実は私は・・・ジルドレ様に拾われるまでの記憶がないのです」
「え?」
「ある日私は、何も書かれていない本を持って、霧がかかった森の中をさ迷っていました・・・何日も、何日も、先の見えない森の中を歩き続けて、とうとう力尽きようというところで、ジルドレ様に拾われたのです」
それがどのような状況なのか、レヴォルの想像の及ぶ所ではない。
むしろそれよりも、彼女の、生い立ちよりも気になることがあった。
レヴォルの中に一つの疑問が生まれる。
その仮説はあり得るのだろうか。
元々運命を与えられていた者が、空白の運命に切り替わることなど
結論だけいえば、そういった例は確かに存在するが、この時のレヴォルはまだ知らない。
「当時のジルドレ様は、運命に抗う術を持たなかった為に、無辜の娘達を虐殺していました、しかし、ジルドレ様に救われた私は、それが本心では無いと知っていました」
レヴォルは情報を整理した。
つまりクラリスが仕えた年月は長く見積もっても十年程、仕えた時期は青髭の想区が成り立っていた間ということになる。
「生前のジルドレ様は、己の罪を悔いながら、役を下りたいと何度も自殺を図っておられましたが、私と同じくジルドレ様に恩のあったプレラティがその都度蘇生し、「良心を持つ貴方の非道だからこそ死んでいった娘達も救われる」と諫めていました」
確かに、ただの殺戮者に殺されるだけなら、救いはない。
しかし、自分の死に涙し、罪を悔いている者に殺されるなら、悲劇であっても救いはある。
だからこそ、この想区ではそのような人格を持つものがジルドレに選ばれたのだろう。
「ジルドレ様は、死ぬ前に何か出来ないかと、本来錬金術に浪費される筈だった財産を領地の経営に費やし、孤児院や病院を設立して、殺した数以上に救おうと奔走されました、その結果、ジルドレ様の死を人々は悼み嘆き、奇跡が起こったのです」
ジルドレは悪逆無道で腐敗した貴族だったが、慕う人間も多かったと、史実では書かれている。
歴史とは勝者が作るもの。
だとしたら悪辣で無道だと言われるジルドレも、真実とは違うのかもしれない。
もしかしたら無辜の魂に、無実の隣人に、疑念から
「おわかり頂けましたか?ジルドレ様は無実で無いにしても、潔白なお方です、どれだけ探そうと今のジルドレ様に後ろめたい事なんてありません」
クラリスはレヴォルの目を見て言い切った。
そこに疑いを向ける余地は無いが・・・。
クラリスの説明を聞いて、レヴォルは一つの矛盾を見つけたが、追及したところで答えは得られないだろうと結論づけると、話を切り上げることにした。
「・・・なるほど、どうやら俺は間違っていたみたいだ、どうか今までの無礼を謝罪させて欲しい」
レヴォルの殊勝な態度に、クラリスは不信感を感じつつも満足した。
「では次は、レヴォル様のお話を聞かせて貰えませんか?」
レヴォルは自分の生い立ちから、今日までのとりとめのない日々を、ありのままに語った。
クラリスの話を聞いた礼ならば、自分の話を脚色してはいけない。
語り終えるのにそれなりに時間はかかったが、クラリスは真剣に聞き入っていた。
「なるほど、 レヴォル様は、私と似たような生い立ちをしているという訳ですね」
最後にクラリスにそう言われて、いまいちピンと来なかったものの、気にする事でもないと、適当に相づちを打って話題を変えた。
クラリスと話していて意外と話が合うので、確かに、何か近いものがあるのかもしれないと得心し、会話を終える。
「レヴォル様、明日はジルドレ様にも同じ話を聞かせて頂けないでしょうか?」
と、最後にそう頼まれたので、了承した。
「さて・・・」
仲間達と情報を共有するべきかと悩んだが、半端な情報を混乱を促すだけだと、取り止めた。
クラリスの言葉に孕む矛盾。
ジルドレ様は潔白であるということ。
そして、助けを求めてきた少年パックの証言だと、今回の犠牲者は娘ではなく少年。
明らかな矛盾。
この想区が青髭の想区なのか、ジルドレの想区なのか、白黒つける必要がある。
どんなトリックが隠されているのかは知らないが、苦しんでいる誰かがいるのならば見過ごせない。
レヴォルは
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