第7話 二人のシンデレラpart7

「な、何、なんで急に」


 それは決着がつく少し前、エレナ、アリシア、ティムの三人が観戦していた時の事。


「観客が皆ヴィランに変えられて・・・そう、とうとうお出ましってわけね」


 三人を除く多くの観客達がヴィランに変えられた、その数ざっと五百。


「クソッ、ヴィランに変えられて無い連中もいるせいで誰がカオステラーか分からねぇぞ」

 三人を取り囲むヴィラン達、しかし黒幕も分からない内に、これだけの数を相手にしてられる訳が無い。


「レヴォルと合流するぞ、あいつが今一番危ない」


 そう言って舞台に飛び降りようとした瞬間。


 レヴォルとノインの体は、不可視の凶刃により背後から貫かれる。


「レヴォル――――――!!」


 エレナはレヴォルに近寄って治療試みようとする。


「ぐっ、問題ない」


 レヴォルは懐から導きの栞を取り出すと、それを本に挟んでヒーローと融合コネクトした。


「大丈夫デスヨ、エレナサン、ブリキノカラダナラコレクライ、ヘッチャラデス」


 オズの魔法使いのヒーロー・ブリキ。

 彼は数ある英雄ヒーロー達の中でも異端な、ヒーローだった。

 ブリキに変身したことで、背中を突き破る剣を抜いたレヴォルはエレナに促した。


「俺より先に彼を助けてくれ、そっちは一分一秒が惜しい筈だ」

 敵であろうとも見捨てない、それはレヴォルが生きていく中で捨て置けない信念の一つだった。

 エレナはノインの服を脱がし、治療を始める。


「すごい傷・・・」


 その体には数え切れない位の怪我の痕が残されていた。

 大きな物から小さな物まで、斬られてできたような繋ぎ目は、無理やりくっ付けたように塞がっていて、殴られてできたような痕は、痛々しくもそのままだった。

 そんなノインの体を見て、四人は彼の生い立ちを想像する。


「一体どれだけの修羅場を潜れば、こんな風になるんだろうな」


 ノインの毛先だけが白く染まった髪を見て、レヴォルは同情にも似た悲痛な思いを浮かべる。






「私のオモチャに、勝手に触らないで」





 心臓が凍てつくような圧迫感とともに、彼女は現れた。

 気がつけば辺りはヴィランに包囲され、その頂点に立つように、彼女はこちらを見据える。


「チェックメイトね、さて、貴方達の目的を教えてもらおうかしら、どうしてここに来たのぉ?」

 くらく、淀んだ瞳で、レヴォル達に問いかける。


「今度は貴方がカオステラーってわけ?シンデレラ!」

 アリシアは状況を分析するために問い返した。

 瞬間。


 ドドドドド ッ


 レヴォル達の周りに無数の剣が突き刺さる。


「質問してるのは私、黙ってるならまとめて焼却するけど、どうする?」


 シンデレラは凍てつくように不気味に微笑みながら、もう一度問いかけた。


「俺達は、渡り鳥を探しに来たんだ、教えてくれ、彼は渡り鳥なのか?」


 レヴォルの質問をシンデレラは一笑する。


「さぁ、どうでしょう、そこで情けなく這いつくばっている弱者が渡り鳥を名乗るのもいささか笑える話ではあるわね」

 クスクスと冷笑しながらシンデレラは続けた。


「服従か死か、選びなさい、ここに貴方達の役割なんてないのよ」


 ヴィラン達でさえも震えだすような威圧感で、シンデレラは通告する。


「服従した場合はどうなる、それを聞かないことには応じかねる」

 そんなシンデレラの威圧感をはね除けて、レヴォルは毅然と返した。


「貴方達は空白の書の持ち主なのでしょう?だったらとても私を楽しませてくれそうだわぁ、いいオモチャになりそうね」

「交渉にならないわ、悪いけど全力で抗わせて貰う、いくわよ!」

 レヴォルを除く三人もヒーローに融合コネクトする。


「クスクス、この私に勝てると思ってるのぉ、武闘会を勝ち抜いて、シンデレラの座を勝ち取り、更に混沌カオスすら支配するこの私に・・・っ」


 城を揺るがす程の力を持ったカオスゴッドマザーを更に超越した莫大なる禍々しい闘気オーラ

 それは彼女の主役としての存在証明であり、シンデレラの持つの強大さを示す。


 抗えない、逃れられない、従わざるをえない。

 そんな純粋な「力」がみるみる膨張していき。

 臨界点を迎え破裂したかと思うと、大地を揺るがしながら、収束していった。


 地形を変形させ、城の一部を決壊させるほどの膨大なエネルギー

 その中心に、シンデレラ改めカオス・シンデレラは立つ。


「遊びましょう、踊りましょう、壊れるほどに、狂えるほどに」


 それを、ブリキ、時計ウサギ、エルノア、弁慶に変身したレヴォル達が対峙する。


「喰ラエ!ブリキ~パーンチ!」

 先手必勝と言わんばかりにブリキに変身したレヴォルが鎚で殴りかかるが。


「クスクス、弱っちい攻撃ね、こんなんじゃ傷一つつかないわよ」

 カオス・シンデレラは身長よりも大きい豪奢にして禍々しい、黒く染まったガラスの剣で受け止めた。

 そしてがら空きのブリキの胴体に蹴りをブチ込む。


「ガビーン」

 壁まで吹っ飛ばされたブリキは、そのまま膝をついて力尽きる。

「ブリキのカラダにガラスのココロ、ガラスのココロは零時にナッテモキ・・・エ・・・ナ・・・イ・・・ヨ」


「まさか、あの頑丈なブリキの装甲を蹴りの一撃で貫くなんて・・・」


 規格外な破壊力にアリシアはたじろいだ。


「レヴォル、大丈夫!?」

「くっ、問題ない!もう一度行く」

「相手はアタッカーだ、シューターでいくぞ」

「わかった、接続コネクト!」


 再び、レヴォルの体を光が包み込む。


「うっし、一丁やってみっか」


 それは原始的で素朴な衣装に身を包んだ少女。

山賊の娘タチアナは、数ある弓の英雄ヒーローの中でも飛び抜けて優秀な弓の腕を持つ。


「奴の攻撃は食らったら終わりだ、距離を取って戦え!」

「「了解!」」


 タチアナとエルノアはカオスシンデレラの背後を交互に周り、背を向けた瞬間を狙って攻撃する。

 カオスシンデレラが詰めよって来たところを弁慶が食い止めて、消耗したところ時計ウサギが回復するチームワークだ。


「ええい、ちょこまかと!そこ、もっと輪を狭めて!」


 敵との距離を詰めるために、取り囲むヴィランの輪を狭めるように指示を出すが。


「させるかよ!おらおらぁ!」

「悲しみとともに消えなさい、撃ち抜きます!」

 タチアナとエルノアの光線とも呼ぶべき一矢の必殺技によって、弾き飛ばされてしまう。


「ちっ、それなら先ずはこの邪魔な壁を打ち砕いてやる、はあっ!」

 カオス・シンデレラはドス黒い魔力を爆発させて、大剣を振り下ろした。


「う、うおおおおおおおおおおお」

 それを背後にいる時計ウサギを庇いながら弁慶は受け止めるが。


 ドッカァーン


 周辺を爆発させて城を大きく揺るがす程の一撃に、弁慶は声を発することも出来ないまま息絶えた。


 仁王立ちである。


「ティム―――ッ!!」


 接続が解けて倒れるティムは動かなかった。

 あまりにもダメージが大きすぎて、共有している痛覚の許容量キャパシティを超えてしまったのだ。


「クスクス、これでまずは一人、さて、次は誰かしら」

 カオス・シンデレラの底知れない強さに戦慄し、恐怖が体を縛りつけようとするのを振り払いながら、三人は構え直す。


「盾役がいないんじゃシューターは危険だ、こうなったら近接戦で倒すしかない、いくぞ!」

 それを合図にして三人はそれぞれ長靴を履いた猫、アリス、ゲルダに接続コネクトする。

 一撃必殺の破壊力を持っている相手だ、こうなっては数の利を生かして隙をついて攻めるしかない。

 ティムの犠牲を無駄にしないためにも、ここは近接で闘うべきだ、盾役がいない状況で回避能力と防御力の低いシューターのままでは、即死してしまいかねないのだから。


「この私に剣で戦おうなんて、殊勝にして無謀な挑戦ね、三人がかりなら勝てるとでも」

 そう言ってカオス・シンデレラは大剣を構えて突撃する。


「くっ速いっ!」

 開いていた距離を一瞬にして詰め寄るとカオスシンデレラは剣を突き出した。

 残像すら見えるほどのその俊敏さにアリスは反応が遅れる。


「ニャニャ!」

 それを長靴を履いた猫、名前はまだ無い、通称猫先生がフォローした。


 ガキン


「あら、私の剣を受け止めるなんてやるじゃない、猫さん」

「いえいえそれほどでも、こちらも猫又と呼ばれる位には長生きしてるので、ね」

「じゃあこれは受け止められるかしら」


 先ほどティムを倒した一撃、全てを飲み込む奈落の柱。

 遠目で見ても体が震えたが、近くで見れば尚更恐怖心が暴れる。


「ナンセンスね」


 その大振りが振るわれる一瞬の隙を今度はアリスがフォローした。

 無防備な胴体に攻撃するが、それは魔力で覆われた障壁を貫通するには至らない。

 だが、正面に意識が集中したことで、背後の守りが疎かになる。


「私を照らしてライムライト~♪見てて!」

 ゲルダの氷魔法、それはカオス・シンデレラの足を凍りつかせた。


「後ろからなんて卑怯な、でも!」

 もはやアリスと猫先生は間合いから完全に離れていたが、カオス・シンデレラはそのまま剣を振り下ろした。

 足元の地面を破壊する事で拘束を解く・・・だけではない。


「なっ、きゃあああああああああ」

 ゲルダの足元の地面が穿たれ、力の塊がゲルダの体を殴りつける。

 、その暗黒の衝撃波は背後にいるゲルダを攻撃したのである。

 今度もまた、立ち上がる事は無かった。


「クスクス、これで二人目、貴方達は本当に楽しいオモチャね、たっぷり可愛がってあげる」


 余裕の笑みで、こちらを見るカオス・シンデレラを相手に、かつてない恐怖がレヴォル達を飲み込む。


「エレナ、君だけでも逃げるんだ、もし俺が負けたらリページで・・・っ」

 そう言って、猫先生に変身しているレヴォルはアリスに変身したエレナの前に立つが・・・。


「そんなこと出来るわけないでしょ、私だって戦えるんだから」

 エレナはそれを拒んだ、例えそれが最善なのだとしても、目の前の恐怖から逃げること、そして仲間をおいて逃げるような事が出来るほど、エレナの生き方は器用じゃない。

 自分が傷つくより仲間が傷つく方が痛いと感じる程、エレナは純粋な少女だった。


「レディの嗜み、教えてあげるんだから!」

 レヴォルがエレナを嗜めようとする前に、アリスは戦いを仕掛けた。

 それは今尚恐怖に縛り付けられているレヴォルには出来ないことだった。


「一人前のレディは、決して仲間を見捨てないのよ!」

 ワンダーランドラビリンス。

 相手を剣戟の迷宮へと誘う十二連撃。

 アリスの必殺技であるそれを、カオス・シンデレラは身長より大きい大剣を棒でも振るうように振り回し、捌ききる。


「クスクス、レディを名乗るにはまだまだのようね、本当の女帝レディの力、見せて上げるわぁ」

 カオス・シンデレラは残酷な嘲笑を浮かべたまま、その大きな大剣を右に左に縦に横に竜巻のように振り回す。


「踊りなさいっ!」


 まるで鉛の雨に打たれるかのように、アリスの体を容赦ない暴力が貪る。

 ボロ雑巾よりも消耗しきったところで、アリスはその暴力の凌辱から解放された。



「っ―――エレナアアアアアアアアアア」




 レヴォルは胸が無理やり引き裂かれるように痛み、頭が真っ白になった。


 俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ


 俺が、恐怖で動けないでいる間にエレナはやられた。

 守ろうとしたのに、守れなかった。

 俺みたいなクズを守るために、エレナは傷ついたんだ。



 




 己の全てを否定するような自己否定に苛まれ、レヴォルは「己」を捨てた。




 この世界には三種類の人間がいる。


主人公ヒーロー」と「脇役サブ」と「端役モブ」。

 レヴォルは己を脇役モブだと思っているが、果たして主人公ヒーローの資格とはなんだろうか?

 強い事?優しい事?見捨てない事?

 否、それらは全て後付けの資質であって、資格ではない。


 主人公ヒーローの資格とは、見捨てないことではなくである。


 主人公ヒーローは生きねばならない、想区が結末を迎えるときまで。


 そして主人公ヒーローは語り継がれなければならない、例え時代が幾度かわり、人の在り方が変革されようとも。


 それを満たす人間はきっと、主人公ヒーローなのだろう。


 そして、レヴォルが主人公ヒーローたることを彼女は望んだのだ。

 だから、レヴォルは主人公ヒーローになる資格がある。

 それは主人公補正ご都合主義とでも呼ぶべき不条理な力。



 さぁ、逆転の物語を始めよう。

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