第6話 二人のシンデレラpart6

 武闘会の観客席、舞踏会にて、恋人たちは語らう。

 円舞曲ワルツは終わり、今は剣戟と闘士の雄叫び、観客達の歓声が会場に響く。


「まさか本当に勝ち進むとはね、これは出場券を渡した身としても鼻が高いよ」


 ロメオは二人がけのテーブルにゆったりと腰掛け、馥郁ふくいくと香りを立たせる紅茶を口に含んだ。


「でも彼、ここまで勝ち上がるのにとても消耗してるわ、それに次の相手・・・」


 もし目の前の恋人が闘う事になっていたら、という悪夢を想像し、彼女は眉を潜めた。


「今回は君の忠告を受け入れて正解だったようだね、予定調和の出来レースとはいえ、あそこまで怪物じみた強さをしてるとはね・・・流石の剣聖も、立つ瀬がないよ」


 剣聖、それは騎士道が最も栄え、そして没落した時代の最後の王。

 一騎当千の騎士達の頂点に立った偉大にして著名な王の事だ。


 無論、アルチュールというのは武闘会に出るための偽名である。

 彼ら異邦人ストレンジャーは、あくまで端役モブに過ぎないので、周知された本名は名乗らない。


「大丈夫かしら、貴方の代役なのだし、怪我はして欲しくないのだけど・・・」

「はは、君に心配されるならきっと大丈夫だよ、何せ君は勝利の女神だからね」

 顔を曇らせる恋人とは裏腹に、ロメオは笑って茶化した・・・半分は本気だったが。


「もう、貴方って想区を出てから楽観的な事ばかり言ってるわ!」

「ごめんごめん、でも、人生のどん底みたいな絶望から、毎日が天国のような日常に変わったら、人格が多少の変容を起こすのもしょうがないだろう?」

 君といる毎日が幸せ過ぎるのが悪い、とロメオは悪びれずに返した。


「それに出来レースだとしても、彼ならきっと何かしてくれる気がするんだ」

「・・・どうして?」

「彼の瞳が似てたのさ、あの時僕らを救ってくれた彼に」


 そう言われて彼女、ジュリアは納得した。

 裏表の無い、素朴で、純朴で、ひた向きな彼の剣は、確かに何か感じる物がある。

 いつかの旅人の姿を重ねながら、その奇縁に不文にして無記名の運命を感じ、朧気な勇姿を追憶する。


「・・・でも、似ていると言えば、もう一人の方も」


 仮面で顔が隠れているために確信は持てないが、ノインもまた、かつての旅人に通ずる何かがあるのは確かだ。


「他人のそら似ではないだろうね、とてもいびつではあるけれど・・・」


 再び周囲の明かりが落とされるのと同時に、舞台が照らし出される。

 熱気をはらんだ静寂に包まれながら、決戦の幕は開けた。




 ―――ドンッ、


 山を抉るような衝撃がレヴォルを襲った。

 開始と同時に振るわれた斬撃波。

 それを回避するだけの技量がレヴォルに無いことを知っていたノインは、その一撃で勝利を確信し、剣を鞘に収めようとする。


「―――セイッ!」


 直後、自分に向かって飛んできた何かを、慌てて弾く。

 それは剣だった。


 そして、跳ね上げられた剣を空中で掴みながら、レヴォルが肉薄した。


 レヴォルを除くその場の全員が驚愕した。

 確かにノインの放った必殺の一撃は命中したはずなのに、なぜ無傷なのか。


「・・・まさか、そんな荒業を使うなんてな、一瞬だけヒーローとコネクトするなんて無茶苦茶だ」

「でも、一瞬だったから誰も気づかなかったみたいね、コネクト時の発光もいい目眩ましになったし」

「ハインリヒさんの盾、相変わらず頑丈で流石だね」


 そんな真相を知らないノインは、卒爾そつじにも油断していた為に招いてしまっていた窮地に、一人、ほぞを噛んだ。

 レヴォルは落下の力を調和させながら、一心に剣を振るった。


「ウオオオオオオオ!」


 本来なら容易く受け止められるその一振りを、不意の反応で対応した為に、ノインは捌き切れなかった。

 みしっ、模造剣であるために刃は潰されているが、一刀両断する剣圧を持ったその一撃を、咄嗟の体勢から片手で受けた代償をノインの右腕は受けて、筋肉が引きちぎられる。


「―――ッ」


 互いの息が届く位まで接近して来た相手を、素早く持ち替えて振るった一閃にて追い払った。


 無様だった。

 最強と呼ぶに遜譲しないだけの力を与えられながら、油断したが為に負傷した姿は。

 だが、真の達人なら、いかなる体勢からだって回避しただろう。

 そして、真の達人なら、例え片腕だろうとも、その剣技を十全に振るえる筈だ。

 この剣技を得るために切り捨てた者達の骸を心の中で打ち払い。

 ノインは、相手の望む接近しての剣戟に応じた。


「くっ」


 本来なら一瞬で勝負が決まってしまう力量差。

 それを序盤から主導権イニシアチブを取り続ける事でなんとか勝負を長引かせようとしたレヴォルの試みは功を奏したものの、押し潰されそうな威圧感プレッシャーは見えない切傷となってレヴォルの動きを鈍くしていく。


 ノインが左腕一本で振るう剣は、片手であろうと容赦なくレヴォルの体を揺さぶった。

 もし両手に剣を持っていたなら微塵に刻まれ、両手で剣を持っていたなら体を折られていただろうと思う程の凄まじい豪剣だった。

 その容赦ない攻撃の合間を必死に探りながら、レヴォルはノインを観察する。

 砂漠にオアシスを求めるが如く長い時間を、レヴォルは耐えた。


(なんという強さだ、しかしこれは己で研鑽し、磨いた剣と思えないッ・・・)


 彼の剣は執念のような物だった。

 そうあることを望まれ、そうあるべく存在しているような、恣意的に加工されたような不自然さ。

 レヴォルが渡り鳥に望んでいたものは、この想区における救いだ。

 それは虐げられ続けたシンデレラを救済するに足りる、聖人のような寛容さ。

 目の前の、機械のように目の前の敵を薙ぎ倒す事しか考えない男に、そんな物は望むべくもない。


(俺は、どうすれば・・・)


 すぐ側を星の瞬くように交互する勝利と敗北のどちらを掴むべきかを逡巡する刹那、互いの決着がつく瞬間に。






 ――――――二人の体を剣が貫いた。




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