第2話 二人のシンデレラpart2

「大丈夫か?」


 レヴォルは少女に安否を尋ねた。

 先程まで大勢の敵に追われていたことから、少女が疲弊しているのではないかと思われたが、様子を見る限り特に異常はなさそうだ。


「はい、大丈夫です、助けて頂いてありがとうごさいました」


 洗練された所作をもって、彼女はお辞儀した。


「見た限りだと貴方が想区の主役のようね、名前を伺ってもいいかしら?」


 既に彼女の履いている靴から、確信に近い予測はついているが、その物語は、シンデレラ、サンドリヨン、アシェンプテルと微妙な違いニュアンスが存在するが故の確認だった。


「はい、シンデレラと申します」


 見るものまで笑顔になるような穏和な微笑みで彼女、シンデレラは名乗った。


「そうか、じゃあ今日は舞踏会の夜だったわけだな、何があったか教えて貰えるか?」


 レヴォルとエレナはまだ想区について詳しくない、なのでこういう尋問は主にティムとアリシアの領分である。


「はい、といっても、詳しくは私も分からないのです」

「というと?」

「魔法で変身して舞踏会に行ったら、既に何者かに占拠されていて、そこでさっきの敵が私を見つけるなり追いかけてきたので、慌てて逃げたした訳です」


 シンデレラは大した情報を与えられない事を申し訳なさそうに説明した。


「なるほど、じゃあお城にカオステラーがいるってわけね、となるとカオステラーの候補は大分絞られるけど」


 そもそもシンデレラの登場人物はそんなに多くない、省略すれば片手で足りる程だ。


「特定するには情報不足だ、先ずは城にいくべきだろう」


 もとよりシンデレラの物語はシンデレラ以外の全員がシンデレラの敵といってもいい。

 唯一の味方である魔法使いも、出典によっては登場しないのである。

 だからこそ、この際動機なんてものは些細な物であった。

 月明かりの薄暗闇の森の中を、シンデレラを加えた一行は急ぎ足で進んだ。





「あら、自分から戻ってくるとはね、シンデレラ」


 閑散とした宴の中、虚しいくらいに光を放つ会場にて、その主賓たる玉座の上から、黒幕は言った。


「まさか、貴方が裏切るなんて・・・」


 シンデレラは驚愕の表情で、玉座を瞠目する。


「裏切る?初めからアタシはアンタの味方だった覚えなんてないんだけど?」


 そう言って彼女、フェアリーゴッドマザーは嘲笑した。


「でも、運命の書には貴方との出会いが書いてあるわ」


 運命の書、それはこの世界の住人全てに与えられる、自分の運命が書いてある本。

 それに逆らう事は、主役であろうと尋常な事ではない。


「そう、その運命、って奴がアタシは我慢出来なかったんだよ、シンデレラは何代も入れ替わるのに、アタシは一生シンデレラに魔法をかける親切なおばさん、何度も見てきたよ、灰かぶりの少女が世界一のプリンセスに生まれ変わる瞬間を、その瞬間は確かに充実してたさ、でもねっ」


 フェアリーゴッドマザーは体を震わせながら号哭した。

 その悲痛な叫びは彼女の胸を締め付ける悲哀がどれだけ根深い物かを雄弁に語る。


「この世界のプリンセスはたった一人だけ、あんたがシンデレラとして王子様に見初められる裏では何人もの灰かぶりの女の子が、涙を飲んで一生を終えていたんだよ、闇が深いほど光が眩しく輝くように、だからアタシは決めたのさ、だったらアタシは魔法を授けない、そうすればみんな自力でプリンセスになろうとするからね」


 目に涙を滲ませながら拳を握るフェアリーゴッドマザー、それは彼女の愛が、慈悲が、どれだけ深くそして純粋であるかを示す。

 その迫力に圧されながらも、レヴォルは返答した。


「純粋で情の深い人ほど壊れやすい、貴方の愛は間違っていない、だが貴方はシンデレラをどうするつもりだ」


 フェアリーゴッドマザーは歪んだ目でシンデレラを睨み付ける。


「どこから沸いたシンデレラか知らないけれど、今の私にとってその子は邪魔だからね、契約の通り供物になってもらうよ」

「供物、だと?」

「シンデレラの魂を吸収することによりシンデレラの想区の多様性を認める、だったかね?確かそんな理由でシンデレラの魂を集めている奴がいるんだよ」

「そいつは誰だ」

「それは言えない契約さ」

「だったら力づくで聞き出すしかねぇな」


 レヴォル達は構えた。


「きな、坊や達、格の違いを見せてやるよ」


 フェアリーゴッドマザーの体を暗黒の闘気オーラが包みこむ、そして跳ね上がった力の堰を一気に解き放つ。

 凄まじいまでの力の奔流に辺りの壁が砕け散り、窓は吹き飛んだ。

 豪奢で堅牢な城をゆるりと揺らした後、姿を変えた彼女は顕現した。


「さて、始めようか、の魔法は優しくないよ」


 カオス・ゴッドマザー、それが変身した彼女の名だ。

 混沌の力を発現し、ストーリーテラーと契約する事で、登場人物キャストはカオスヒーローとなり、新たな運命の可能性を紡ぐ事ができる。


 それをアリスに変身したレヴォル、オーロラ姫に変身したエレナ、赤ずきんに変身したアリシア、野獣ベットに変身したティムが迎え撃つ。

 それは彼らの持つ切り札英雄エースヒーロー達だ。

 カオス・ゴッドマザーは手下のヴィランで足止めしつつ大型魔法で一気に吹き飛ばす作戦だったものの、雑魚ヴィランでは足止めにもならず終始劣勢のままあっさりと追い詰められた。


「くっ、どれだけ強大な魔力があっても詠唱が追い付かないんじゃねぇ」

「心配するな、再編の力なら貴方の望みもきっと叶う」


 再編の力とは改変の力、管理者ストーリーテラーの意に逆らわない範囲でなら、改変を行うことができる。


「ほ、本当かい、本当にあの子達を救うことができるのかい」

「多分、自信は無いけど、シンデレラに憧れる女の子を救う方法ならあると思うから・・・」

「・・・なるほど、じゃあアンタらのは調とは違うみたいだね、早く再編しておくれ」


 カオス・ゴッドマザーが項垂れる。


「その前に、黒幕の正体を教えてもらえないだろうか、貴方を唆したのは誰なんだ」

「それは・・・」


 カオス・ゴッドマザーが話終える前に彼女の魂は吸い込まれた。

 それは虚ろな目に狂気を宿した少女。

 彼女の中にカオス・ゴッドマザーの魂は還っていった。


「あれ、貴方・・・まぁいいわそれなら永遠に眠って貰おうかしら」


 突如現れた彼女の召喚した、カオス・ドニアザードの放った矢が、シンデレラの胸を貫く。


「シンデレラ!」

「さて、今夜はこれでお開きとしましょう、あとはご自由に」


 そして彼女は、新たに召喚したカオス白雪姫の毒林檎爆弾を目眩ましに、姿を消した。

 その爆発で城が崩れ、煙が上がる。


「くそっ、シンデレラ、シンデレラ、だめだ、もう助からない、エレナ!」


 シンデレラの体が発光し、今にも魔法が溶けてしまいそうだ、そうすれば彼女は死ぬのかもしれない。

 そうでなくとも血を流し瀕死の彼女を、これ以上苦しませない為に、一刻も早くリページするべきだ。


「・・・待って、・・・貴方達にこれを」


 シンデレラは、最期の力を振り絞って、何かを渡した。


「渡り鳥の家・・・ここに、この世界の真実がある」


 レヴォルは手紙を受け取ると、エレナに促した。

 エレナは二つの力を持っている。

 今回はその再編では無い方、「リページ」の力。

 それは、結末をやり直すために、想区の時間を巻き戻す。

 そもそも、彼らがこの想区にたどり着いた時点で、全ては手遅れだった。

 故に、今回のリページはそれより更に遡る。

 エレナの詠唱が終わり、世界のページは閉じ、また開かれる。


「――――――リページ」

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