実験三日目 その2


 早々に来店した客に合わせていつもより十数分前にOPENにひっくり返された看板の効果もこれといってなく、朝の時計喫茶にはいつものようにシェリと店主の姿しかない。

 店主は、開店準備の時からずうっと大林と小林の話をしていた。


「それでね、結局は連絡先も交換して今日遊ぶ約束までしていったんだよ。今頃また二人で話でもしているんじゃないかな。君は途中で帰っちゃったけど、あの後の二人は自分を受け入れようとしていたんだ。一昨日もそうだけど、どうせなら最後まで見ていけば……ねえ、僕の話聞いてる?」


 話半分どころか全く聞いていないのではないかと思わせる程、シェリは話を聞き流している。

 パソコン画面にはインストール画面が表示されており、彼女は今か今かと完了を待っていた。


「その二組はお互いを運命の人って認めたわけ」

「そういうわけじゃないけど……」


 インストール完了の文字が表示され、シェリは改変されたウンメイカーのメモリーキューブをカウンターの下に仕込みなおす。


「だったらどんな関係になろうが、仲良くなろうが仲良くなかろうが意味がない」

「確かに君が望んだ結果じゃなかったかもしれない。でも……」

「ウンメイカーのプログラムは組み直した。今日こそ男と女がそこの席に座る。絶対」

「絶対、ね」


 一昨日と昨日の現状を間近で見ている店主はわざとらしく繰り返す。

 だが、今回は絶対の自信を持っているシェリは、怒らずに勝気な笑みで顎を上に向けた。


「三度目の正直っていうでしょ。プログラムは完璧。見てなさい。運命は作れるって証明してみせるから」

「ねぇ、どうしてそんな頑なに偽物の運命が作れるって証明したいのさ」

「運命に偽物も本物もありません」

「……はいはい、偽物も本物もないのね」


 実験初日と同じことを強く言われた店主は、その言葉を軽く受け流した。

 店主の返答を聞き、シェリは途端に不機嫌になってしまう。


「さっきから何なのその態度。一緒に真剣に見守るんじゃなかったの」

「見守るさ。ただ君がこの実験に固執する理由が気になるんだ」


 昨日の電話は嘘だったのかと問い詰められ、そうではないと首を横に振る。

 しかし学会に証明するでもなく、ひっそりと自己満足にしかならぬであろう実験を意地になり繰り返す理由が分からない。変わり者はどこまでも変わっているのだろうか。


「あんたがあんまりにも運命運命言うのが馬鹿らしかったから、そんなもの簡単に作れるって証明してあげようとしてるんじゃない」


 シェリの口から出たのは、実に単純ではた迷惑な答えだった。

 思わず「余計なお世話」とぼやいたが、「良い歳こいて夢見る夢男やってるあんたに現実見せてあげようってんだから、感謝して欲しいね」と謝るどころか、高慢な言葉を向けられる。


「押しつけがましいな。君こそ、パソコンばっか弄って好き勝手変わったことばっかりしていると、運命の人を見逃しちゃうぞ」

「結構。見逃したなら自分で作るまで」

「ロマンがない」


 白百合の方がまだ可愛げがあったのではないか。

 現実的すぎるシェリにそうとまで思ってしまいそうである。

 アクティブなのは構わないが、女の子らしく運命を夢見ても罰は当たらないと思うのだが、と考えていると、ベル音が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 笑顔で客を出迎えた店主だが、やってきた男の姿を見て思わず言葉を飲み込んでしまう。


 程よく容姿は整っており(女性受けの良さそうな甘い顔立ちだ)、シンプルなノンフレーム眼鏡をかけている。

 薄ら茶色に染められたミディアムな長さの髪、百八十センチ程の高身長。

 落ち着いたグレージャケット、中に黒のタートルネック、爽やかな印象を受ける白のズボンと高級そうな革靴。黒のビジネスバッグ。


 ――それだけならばどこにでもいるそこそこの美男子といったところだが、異様なのは身体中にある傷だった。


 左頬には湿布、唇の右端は切れて塞がりかけた傷があり、右手の甲には絆創膏、タートルネックの隙間からは首に巻かれた包帯がちらりと見える。


 どこか儚く弱弱しい雰囲気を持った男は、建前の微笑を浮かべ「あの、この店で一番南側の席に座りたいんですけど」と、何も言わない店主に言った。


「え、あ、はい、あちらになります」

「じゃあ、そこで」

「ご注文が決まりましたらお声かけ下さい」


 あれだけ怪我をしていれば人からは当たり前のように注目されるのだろう。男は店主の視線や反応も、特に気にした様子無く南側の席についた。


 カウンターに戻った店主は、男の異様な姿にシェリに疑いをかける。


「今日のラッキーアイテムは包帯とでも書いたのかい」

「まさか。うさぎのキーホルダーだよ」


 そう言われ、南側の席の男をこっそり観察すると、椅子の横に置かれたビジネスバックのチャックに、不釣り合いな白いうさぎのキーホルダーがぶらさがっていた。

 女性が好んで買いそうなそれは見るからに新品で、まさに今日この時のために買いましたと主張しているようだ。


「つけてる」

「十二月三日生まれのラッキーアイテムはうさぎのキーホルダー」


 本日指定した条件を教えられ、店主はまじまじと男の姿を見る。

 仰々しく感じられる包帯や湿布や絆創膏は無関係らしいが、彼が今回の実験の被害者というのは間違いないみたいだ。


「注文いいですか?」

「はい、お伺い致します」

「ホットコーヒー」

「畏まりました」


 喫茶店内に、ジャズと店主が珈琲を準備する音だけが響く。

 傷だらけの男は、カウンター席に座るシェリをやや気にした様子で横目に見ていた。

 彼女が運命の人だと探っているのか、それとも彼女の変わった姿に興味があるだけか。否、恐らく入店して以来ずっと彼女の視線に刺されており、居心地が悪いのだろう。

 シェリは不躾なまでにじろじろと男を観察していた。


「お待たせ致しました。ホットコーヒーで御座います」

「ありがとうございます」


 見た目こそ近寄りがたいが、珈琲を受け取る男は愛想の良い笑みを浮かべる。

 少なくとも一日目、二日目と店に訪れた若者達よりは普通そうだ。

「ごゆっくり」と言葉をかけながら、店主はそんな風に思った。


 いつもならばノートパソコンを弄っている以外は、べらべらと喋りかけてくるシェリ。

 それが今日はほとんど黙りっぱなしなのに気づき、どこか強張った表情の彼女に声をかける。


「どうしたの。やけに大人しいね」

「うるさい」


 珍しく余裕のない様子に、心配の言葉にからかいを含んでしまう。


「緊張してるの」

「うるさい」


 あの手この手ならぬ、あの言葉この言葉で反論するシェリは、本当に余裕が無いのか単調な言葉でしか反論してこない。

 肩の力でも抜かせてやれればと、店主は笑みを深くして今度は純粋な励ましを向ける。


「昨日まで余裕そうだったのに、今日になって追いつめられて。君の運命の出逢いがかかっているわけじゃないんだから、もう少し気楽でいれば……」

「う、る、さ、い!」

「はいはい、お口チャック。……今日はいつも以上に扱いづらいな」


 励ましはいらないらしい。触らぬ神に祟りなしである。

 手のかかる小娘にやれやれと肩を竦めたところで、来店を告げるベルが鳴った。


「いらっしゃいま……」


 店主はまたも言葉を飲み込んでしまった。


 店の入り口に立っている女は、男と同じように程よく整った容姿をしており、チョコレートカラーの髪は肩まで伸ばされ、清楚な印象を受ける化粧をしている。流行りの型をしたワインレッドコートにブランドもののバッグ。

 シェリとはまた違ったクールな印象を受ける女性である。

 シェリの冷淡さは極寒の北極並みだが、女性のその雰囲気は人の立ち入れぬ深海のような神秘さも含まれていた。


 そんな彼女の雰囲気には全く似合わない、が抱えられている。

 片手で抱くのが精いっぱいという程の縦に一メートルはあるそれに、自然と店主の目線は向いてしまう。


「この店で一番南側の席ってどこですか」


 店主がくまのぬいぐるみを凝視しているのも気にせず、女はハキハキと喋った。口を利くその姿を見ると、女性のわりに潔さを持っている印象も加えられる。


「……あそこです」

「どうも。あと紅茶、ホット。ストレートで」

「畏まりました……」


 目線はずっとくまのぬいぐるみに注いだまま、店主はカウンターへ戻る。

 途中、椅子に足を引っかけ、よろけながらシェリに顔を寄せた。


「ラッキーアイテムはくまのぬいぐるみでしょ」

「よく分かったね」

「あれだけ主張されたら分かるに決まってる」

「一月七日生まれのラッキーアイテムはくまのぬいぐるみ。ちなみに大きさは指定してない」


 あんな大きなぬいぐるみを買う程に運命を求めているのかと思いたいところだが、女の落ち着いた様子を見るとそういうわけでもないらしい。落ち着いているふりをしている様子もない。


 くまのぬいぐるみを抱えた女は、南側の席に座る男を上から下までじっくり見つめ、そして鞄についているうさぎのキーホルダーに露骨に視線を注いだ。


 男も彼女が持つくまのぬいぐるみが目に入らないわけがなく、注がれる視線に身体を強張らせる。


「相席いいですか」


 真っ直ぐな言葉は甘さなど含んでおらず、拒否は許さぬ力強さがあった。


「は、はい」

「どうも」


 コートを脱ぎ、椅子の背もたれに掛ける女。中には細かい花柄のワンピースを着ていた。

 大きすぎて明らかに邪魔なくまのぬいぐるみは少し迷った様子の後、机の真下に置かれる。視界に入りづらい机の下でも、くまの放つ存在感は凄かった。


 鞄から携帯端末を取り出した女はアプリゲームを始める。

 コミカルな音楽とキャラクターの声が聞こえ始め、彼女の視線は携帯端末に注がれていた。

 その隙にと男は鞄から手鏡を取り出し、素早く自分の姿を確認した。

 乱れかけた前髪を整えるが、焦りが手に伝わり手鏡を落としてしまう。それは女の足元まで滑っていった。

 手鏡の落ちる音に驚いた女は、幸い割れなかった手鏡を拾う。


「あああああありがとうございます」


 すっと手鏡を渡され、男はどもりながら礼を言った。

 明らかに不振な男に驚くでも、気味悪がるでもなく「いえ」と返し、女は再びアプリゲームを始める。


 男は緩んだ顔で大事そうに手鏡を鞄にしまう。

 その時、ふと鞄についたラッキーアイテムが目に入った。

 キーホルダーを外し、さりげなくそれを放る。


「あ」


 それは女のほうではなく、広いフロアの方へと転がってしまった。

 わざとらしい男の声に、女の視線がキーホルダーへと向く。

 だがそれは、女がわざわざ取りに行く距離では無かったからか、すぐにアプリゲームを再開してしまった。


 期待した男は肩を落として席を立ち、キーホルダーを拾いにゆく。

 だがそれを拾い上げる前に、一瞬女を横目に見て、足でキーホルダーを女の方へと蹴飛ばした。


「あ」


 と、またしてもわざとらしい声。

 足元に転がってくるキーホルダーに、女は男をちらりと見た。

 椅子から立ち上がりキーホルダーを拾って男に届けにゆく。

 渡そうと手を伸ばすと「ありがとうございます!」と手ごと大きな手に包まれ、勢いよく引き寄せられた。


「いえ」


 大袈裟なぐらいの感謝の表かたに先程と全く同じ答えを返し、女は席に戻ろうとする。

 しかし、がっしりと掴まれた手はぴくりとも動かない。


「…………あの、手」

「え?」

「だから、手」


 女の視線が握りしめられた手に注がれる。無意識だったらしい男は「ごめんなさい!」と慌てて手を放し、深く頭を下げた。


「いえ」


 変わらない、感情の籠らぬ返事。


 堅い雰囲気の中、アプリゲームから聞こえる

『キャッホウ! ピギェェェ! ウワァーオ!』

 というキャラクターの奇声が滑稽に響き渡ってゆく。

 携帯端末からいくら楽しげな音が聞こえても、女の表情はちっとも楽しそうではなく、酷くアンバランスだ。


「あ」


 男の声と共に、再び彼女の足元に転がってきたキーホルダー。

 女の視線がぎょろりとキーホルダーに落とされた。

 勢いよく携帯端末を机の上に置いてキーホルダーを拾いにゆき、笑顔でキーホルダーを受け取ろうとする男の胸に叩くように押しつける。


「しっかりつけとけば」


 睨むほどではないものの、真っ直ぐな視線に僅かな怒りを見つけ、男はみるみる笑顔を失くした。


「……ごめんなさい」

「いいえ」


 今までとは違い、嫌味を含んだ声だった。


 席に戻った女は、足を組み、再びアプリゲームを始める。

『ヒャッホゥゥゥ!』という奇声がゲームから聞こえるが、無表情は相変わらずである。


 男はそっと席に戻り、うさぎのキーホルダーを机の上に置いた。

 怒られてしまったせいで気まずく、どうすれば良いか分からないといった風に指をもぞつかせている。


「遠回しなのは嫌いなの」


 少しの沈黙は、女の突然の言葉で消え去った。

 一体なんのことだか分からない男は「え?」と女を見る。


「何か言いたいことがあるなら聞きますよ」


 ゲームを終了させ、女は真っ直ぐに男を見つめた。

 話すチャンスを与えられた男は、慌てて言葉を探す。

 だが心の準備も出来ていなかったので、なんの言葉も出てこなかった。


「あ、その、えっと……。なんでもないです」

「そう」

「あ、いや」


 呆気なく女が再びスマートフォンを弄ろうとするので、咄嗟に引き留めてしまう。

 再び真っ直ぐに見つめられ、とにかく話題を探し、机の下で存在を主張するくまを見つける。


「そのくまのぬいぐるみ、可愛いですね」

「どうも」


 無難すぎる話題は期待したものではなかったに違いない。

 女はなんの感慨もなさそうに礼を言う。

 男も男で、わざわざ言うことではなかったと頭を抱えたくなっていた。

 なんとか話を続けたいと「あの」と次の言葉も決まっていないのに声をかけようとするが、その前に女が口を開いた。


「そのうさぎのキーホルダーも可愛いと思いますよ」


 そう言って、散々拾わされた机の上にあるラッキーアイテムを示す。

 ただの世間話のような言葉に含みがあるのを知るのは、シェリと店主だけである。


「ありがとうございます……」


 男は少し頬を緩めて、キーホルダーを鞄に付け直した。

 

 女は自ら男に話しかけてから片時も男から視線を外さなかった。

 価値を見定める鑑定士のように、じっくり観察している。

 強い眼差しは心の奥まで見透かされそうなのに、見つめられる者は彼女が何を考えているか全く予測がつかない、そんな目だ。


 再び沈黙が降りかけた時、女が再び口を開いた。


「松崎詩織」

「え?」

「私の名前。松崎詩織。どうぞよろしく」


 無感情な声は、よろしく感が全くなかった。

 突然の自己紹介の意図が読めず、混乱しながらも男は自らも名乗る。


「内村博之です」

「そう。博之って呼んでいい?」


 女――松崎詩織――の急速な距離の詰めかたに、カウンターから成り行きを見守っていた店主とシェリは驚く。

 空気の読めない人間には見えないが、いささか自由奔放な臭いのする女だ。

 男――内村博之――は「え、あ、はい」と戸惑いながらもしっかりと頷いた。


「じゃあ博之」

「それじゃあ僕も……えっと…………」


 僕も名前で、と内村の言葉は続かなかった。

 一瞬浮かんだ笑顔は消えてゆき、眼鏡の奥にある視線が彷徨う。

 それは再び机の下で存在感を放つぬいぐるみに向き「このくまのぬいぐるみ」と再びくまを話題に上げた。


「これが何か」


 話題のしつこさに松崎が苛立つ気配。それに内村の肩が強張る。


「あ、いや、本当に可愛いですね」

「どうも」


 度胸のない男に、松崎は無感慨に返す。

 このままでは一向に話が進まないと判断した松崎は、俯いている内村に呆れた声をかけた。


「でもどうせ褒めるならぬいぐるみじゃなくて、私を褒めて欲しいね」

「えっ」

「こんながらんどうな店で、わざわざ目の前に座った意味を考えないの?」

「そ、それって……」


 あまりにも大胆な松崎の言葉に内村の目が大きく開いてゆく。

 酸素を求める魚のようにはくはくと言葉を探す男を、松崎は無表情で眺めるだけだ。


「それって、その、君が僕を、なんていうか、良いなっていう風に」

「遠回しなのは嫌い」

「ぼ、僕を好きってことですか!?」

「いや別に」


 期待を持たせておきながら、松崎はすぐさま否定の言葉を口にした。

 ぐさりと言葉が心に刺さり、内村は半泣きで「だって、目の前に座った意味を考えろって。そういう意味じゃないの?」と縋るように尋ねた。


 男の情けない顔に、松崎は目を細め「まだ出会って数分しか経ってないのに好きになれるわけないだろ」と答える。

 正論なはずだが、先程の彼女の言動を思い返すと理不尽さを感じてしまう。


 だが松崎の言葉に負けず、内村は机を両手で叩き立ち上がると、必死に思いの丈を叫んだ。


「そんなことないです。僕はあなたのことが既に好きです!!」


「えー!!」

「これぞ思い込みの力ってやつよ」


 第三者の店主が急過ぎる展開に一番驚いていた。

 有利な展開に、シェリはガッツポーズをしている。


「一目見た時から、いや、そのくまのぬいぐるみを見た瞬間から、あなたに運命を感じていました! 僕とお付き合いして頂けませんか!」

「いいですよ」


「ええー!!」

「実験成功!!」


 あっさりと了承する松崎に、店主はさらに声をあげた。シェリが勝利を喜び、立ち上がって小躍りしている。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 あまりにも不可解な展開に店主は南側の席に向かった。

 カウンターから出てくる店主が手ぶらであることに気づき、松崎が眉を顰める。


「紅茶まだですか?」

「あ、はい、申し訳ありま……じゃなくて!!」


 ごく普通な彼女の態度に思わず謝りかけた店主であったが、今は紅茶よりも大事なことがあった。


「なんでいきなり付き合っちゃうんですか? どう見ても不自然な流れだったじゃないの! さっきの間に一体何がどうやって芽生えたの!?」

「いいじゃないの! お互い運命を感じたのよね、そうよね?」

「はい」

 

 不利な展開を防ごうと、シェリも南側の席へ駆け寄ってくる。

 内村は嬉しそうに頷いた。


「運命を感じて、好きになったのよね?」

「だから、好きではない。」


 再度確認すると松崎がはっきり答えた。


「ほら! だめだめ無効! 君たちのお付き合いは無し!」

「なんの権利があってそんなこと言うのさ!」


 店主は両手で大きなバツ印を作りながら男女の判断を覆そうとする。

 シェリは眉を吊り上げ彼の袖を引っ張り、店の隅まで連れていった。

 普段はシェリにやられっぱなしの店主も、人の色恋沙汰となると放っておけず、ロマンチストの血を燃やして反論する。


「お互いを好きにならないと、お付き合いなんてしていいわけないでしょ! 両想いじゃないなら、お互いのために良くないよ。それに、想い合うんでなきゃ、それこそ君が昨日言っていた上っ面の付き合いになるんじゃないの?」

「ぐ……そうかも、しれないけど」


 正論に言葉をつっかえるシェリに勝ちを確信し、今度は「君も!」と松崎を指さし、南側の席に店主は戻っていった。


「女の子なんだからもっと自分を大切にしないと。好きでもない人と恋人になるなんてダメダメ。恋人ってのは恋する人って書くんだ。恋してなきゃ、恋人でもなんでもないぞ」

「これから好きになるかもしれないじゃない」

「本当ですか! 僕のこと、好きになってくれますか!」


 瞳を輝かせる内村に「好きになれる気はしないけど」と、酷い言葉が返される。 だが内村は傷ついた様子もなく「好きになってもらえるよう努力します!」と意気込んだ。

 見ていて哀れな張りきりように、今度は内村の元へと店主が向かう。


「君もどうしてそんなに必死なの。好きになれないって言われている相手とお付き合いしたって辛いだけだと思うぞ!」

「いいんです! 慣れていますから!」

「慣れてますって……」


 笑顔で返され、店主は動揺して返す言葉も忘れてしまう。


「僕とお付き合いして頂けますよね?」

「ええ、構いません」


 内村はもう一度確認をするように、丁寧に松崎に交際を申し込んだ。松崎は一度目と同じ返事をはっきり返す。


「やったー!! それじゃあ、早速デートでもしますか? 遊園地とか……」


 花を飛ばすように浮かれた内村が、満面の笑みで松崎に今後の相談を始める。

 松崎は無表情のまま、適当な相槌を返しているだけだ。


 ――この二人、たちや以上に厄介かもしれない。


 すっかり置いてけぼりにされた店主は、居場所もなくカウンターという自分の城に戻るしかできなかった。

 壁際には、勝ち誇った顔で南側の席を示すシェリの姿。


「………………僕はこれが成功とは意地でも認めないぞ」

「なんで!」

「だって両想いじゃないもの!! 僕に運命が作れると証明したいなら、彼女が彼を好きになるのを見せてくれ。そうしたら実験成功を認めよう」


「偉そうに。いいよ、やってやる!」


 ――運命を作ると強く念じたシェリの脳波に反応し、ウンメイカーが作動した。


 起動音が響き、店内の景色が魔法のように変わってゆく。

 ミラーボールが輝き、スポットライトが七色に光を放った。

 色鮮やかなステージ会場の周囲に無数のモニターが出現し、仮面をつけた人々が新たな被験者を覗き込む。


「なんだ?」


 古ぼけた喫茶店には似つかわしくない最新技術のバーチャルサポートに、内村が身を縮こまらせた。


「遊園地なんか行かなくてもここで楽しいことしようよ。イベントは盛りだくさん!」

「こんな寂れた喫茶店なのに、イベントなんかあるの?」


 笑うシェリの言葉に、松崎は戸惑いながら周囲を見渡す。

 ウンメイカーが二人の脳をクラッキングすると、昨日までの四人と同じように松崎と内村もこの異様な出来事を受け入れてしまった。



『〝ドキドキ☆キュンキュン! アピールタイム!〟』



 仮面男と仮面女がフロア中央に現れ、華麗に決めポーズを取る。

 改良が加えられた為に、衣装の生地にはラメが散らばり、髪にも金と銀が入り混じっている。徹夜をしてまでシェリは妙なところに拘っていた。


『このコーナーは、意中の相手に自分の長所をアピールすることが目的です。ジャンジャン自分をアピールして、意中の相手をメロメロにしちゃいましょう!』


 (合コンどころか婚活みたいになってきた……!)


 店主は頭を抱えた。


『まずは松崎詩織さんから、アピールタイム!』


 仮面女の言葉に松崎の尻が椅子から浮かび上がり、フロア中央へ押し出される。

 期待に満ちた眼差しに囲まれた松崎は迷惑そうに、後ろで待機する仮面男を振り返った。


「別に彼、意中の相手じゃないんだけど」

『細かいことは置いておいて。ほら、アピール!』


 再び指一本で、松崎は正面を向かされた。


「特にないんだけど」

『絞り出して!』


 やる気なく頭だけ振り返る松崎に、焦れた顔で仮面男が催促する。

 仕方なく松崎は前を向いてアピールを始めた。


「あー……頭は良いほうです。学業の成績も仕事の成績も、常に上位をキープしてきました」


「頭脳明晰な女性って素敵だなぁ」


 南側の席に座った内村がうっとりと松崎の後ろ姿を見つめている。


「運動神経も悪くないと思います。小学生の頃は運動会でリレーのアンカーは当たり前だったし、中高と女子テニス部でレギュラーもやっていました。今も時々、大学時代のテニスサークル仲間と休日には軽く打っています」


「爽やかスポーツガール、素敵だ!」

『内村既に松崎にメロメロです!』


 ときめきに身悶える内村。会場に響く仮面女の実況。

 松崎は視聴者にも好印象らしく、モニターに映る仮面達は手を叩いたり、囃し立てたりしている。

 野次とも取れる観衆の声に松崎の眉間に数本の皺が寄った。


『その調子、もっと!』

「もっとって何を言えばいいのさ」

『興味あることとか!』

「えー、時間とお金さえあれば国内海外問わず一人旅によく行きます。あとはー」

『休日の過ごしかたとか!』

「映画鑑賞や読書をしています。洋書を読んでいることが多いかな」


 考える間もなくいらないアドバイスを差し込む仮面男は、女に睨まれても飄々としていた。

 仮面達はモニターの向こうで前のめりになって松崎のステータスに耳を傾けている。

 ……しかし彼女の魅力に一番夢中になっているのは内村だった。


「外国語ができるなんてグローバル! 好きだ!!」

「この人頭がおかしいんじゃないかな」


 アピールしなければならない人物にも関わらず、松崎は男の反応に嫌悪の表情を浮かべる。

 だが内村本人は気にならないのか、その言葉さえも「クールなところも可愛い」とでれでれしていた。


『既にアピールは十分な程に内村は松崎に夢中なようなので、今度は内村に自分の魅力をじゃんじゃんアピールしてもらおうと思います!』


 内村は仮面に操られる前に、自ら立ち上がってフロア中央へと向かう。

 アピールタイムが終了した松崎は、早々に退散して近くにあった椅子に座った。


「内村博之、あんたの良いところをアピールしまくってあの女を落としな!」


 赤の他人であるシェリの偉そうな命令にも、内村は「頑張ります!」と気合を入れて、姿勢よくステージに立った。張り切った男に仮面女は笑みを深める。


『気合十分ですね。では早速、アピールタイム!』


「炊事・洗濯・裁縫・掃除、全部得意です!」


『女子かよ!!』


 笑顔でのアピールに、松崎の後ろに待機した仮面男が叫ぶ。

 自信満々のアピールだったが、的を外したらしい。微妙そうな顔の松崎を見て、内村は慌てて別のアピールをする。


「えっと、運転免許を持っているので送り迎えも出来ます! 職業は、こう見えても弁護士なので収入は良いんです。お金に困っているなら助けられます。何においても恋人を優先するのでどんな時も支えます。毎日愛してるって言います! 尽くして尽くして尽くしまくります!!」


「重い」


『おーっと、松崎が内村の愛に引いている!』


 決死のアピールを一言で切り捨てる松崎の様子を、仮面男が無慈悲に実況した。大抵の女性は飛びつくだろうアピールも松崎には通用しないようだ。

 松崎の引き攣った表情を見て、内村は慌てて自らにフォローを入れた。


「うざかったら大人しくしています! 呼ばれた時にだけ会いにいきます! デートもしたくないならしなくていいです!」


 これならばどうだ、と期待に満ちた眼差しを松崎に向ける。しかし、彼女は剥がれかけたマニキュアを弄っており、全く聞いていなかった。

 内村の心は折れかけた。

 助けを求めて、自分のすぐ後ろに待機する仮面女を見つめる。


『もっとアピールしないと!』

「は、博愛主義者です! 子供も動物も大好きです! この傷は先日車に轢かれそうになった子供を助けた時にできたもので、こっちは捨て犬を保護した時に噛まれた痕。ちなみに先日川に落ちた子猫を助けて溺れかけました!」


 手の甲に貼られた絆創膏や、袖を捲って現れた噛み傷を見せ、内村は必死に胸を張る。仮面女も『どうです、この漫画の主人公のような優しい心の持ち主!』と男を持ち上げた。

 これなら流石に靡くだろうと内村は再度松崎に期待に満ちた眼差しを向ける。


「誰かを助ける為なら、こんな傷へっちゃらです!」


「マスター、紅茶まだですか」


『松崎全く聞いていなーい!! どうやら内村のアピールには惹かれないようだ!』

『こんなに魅力的なのに何故だ!』


 仮面男の実況に、仮面女が内村と共に崩れ落ちる。男の滑稽な姿は受けが良く、モニターに映る観衆はどっと笑う。

 今にも試合終了の鐘が聞こえそうな光景だったが、内村は負けてなるものかと起き上り、松崎に飛びつくように彼女の座る椅子を掴む。勢いづいて、松崎の顔との距離が数センチのところまで迫っていた。

 仮面女が『内村猛アピール!』と彼の不屈の精神を称えると、観衆もさらなる盛り上がりを見せる。


「君の好みのタイプを教えてくれ! 僕は理想の男になってみせる!」


「好きになった相手が理想のタイプ」


『出たぁーっ!! 可愛く聞こえるようで一番面倒な返答!!』


 最高の盛り上がりを演出する仮面男の声。

 どうしようもない答えに内村が崩れ、試合終了のゴングがまたも鳴りかける。

 しかし再びなんとか気力を振り絞ると、松崎の座るテーブルの向かい側へと座った。


「じゃあ以前お付き合いしていた男性のタイプを教えて下さい!」


 自分が彼女の理想の男に変われば文句のつけようもあるまい。好いた人のためなら自分を変えるのも内村は厭わなかった。

 何が楽しくて過去の恋人の話をしなければならないのかと松崎は思ったが、ステージには既に仮面男が待機しており、早く来いと手招きをしている。

 彼女はため息をひとつ零すと、重い腰を持ち上げて歴代の恋人紹介を始めた。


「一人目は中学バスケ部のキャプテン。私の笑顔が好きだと言ってくれた男」


 松崎の言葉を合図に、爽やかな印象を持つユニフォーム姿の中学生男子が現れる。

 その姿は昨日現れた想い出の人々と同様に仮面が装着されていた。


「勉強は得意じゃなかったけど、部活には熱心でスポーツ万能だった。シュートする姿を見て、格好良いと思った」


 翼があるかの如く高く飛び、見事にシュートを決めた男子中学生は、爽やかに笑う。


「バスケ練習します!」


 内村は鼻息を荒くした。


「二人目は高校時代の一つ下の後輩。私の真面目なところが好きだと言ってくれた男。落語研究会に所属、いつも皆を笑かしていた。彼の落語を聞いて、とっても面白いと思った」


 扇子を箸代わりに器用に見えない蕎麦を啜る、着物姿の若い噺家もどき。

 会場の笑い声に剽軽な笑顔を返す若者の姿を見て、「落語も勉強します!」と内村は言葉を重ねる。


「三人目は大学で同じ学科になった留学生。私とお喋りするのが楽しいと言ってくれた男。これといって特技の無い奴だったけれど、外人だしかなりイケメンだった。鼻は高くて彫が深く、二つに割れた顎。ずっと顔を眺めていても飽きないと思った」


 日本人にあまりない深い彫の顔立ちの青年を見て、内村は「整形します!」と宣言する。


「四人目は合コンで出会った四つ上のOL。不愛想な私が可愛いといった女」


「女?」


 松崎の口から零れた単語に、様子を見守っていた店主が反射的に繰り返す。


「何か問題が?」

「あ、いや、続けて」

「スタイル抜群で、収入もそこそこ良い彼女と高級レストランで食事をするのは優越感があった。美味しいものもたくさん食べられたし」


 クレジットカードを財布から取り出し、美しく微笑むOLの後ろには料理のフルコースが並んでいる。

 内村は「高級レストランでもなんでも連れてゆきます!」と財布の中にあるブラックカードを見せた。


「そんなとこかな」


 無表情で振り返る松崎。その左右に彼女の歴代の恋人たちが並び、彼らも満面の笑みで振り返って内村を見ていた。


「バスケが出来て、落語が得意で、割れ顎で、美味しいものもたくさん奢る男になります! だから僕のことを好きになって下さい!!」


 椅子から立ち上がった内村は、くしゃくしゃに歪んだ必死な表情で、声をひっくり返しながら叫び、深々と頭を下げて縋るように片手を前へ差し出した。

 松崎の視線がその手へと向けられる。

 小刻みに震える手を見ても、彼女は一歩も内村に歩み寄らずにきっぱりと吐き捨てた。



「無理です」



 彼女の強い意志はウンメイカーにも作用し、弾かれるように音楽と周囲のモニターが消える。

 司会の男女だけはかろうじてその存在を残していたが、待機姿勢の直立不動になり無表情で動かなくなってしまった。


 なんの迷いもなく向けられた言葉に、「え?」と内村がゆっくりと顔を上げる。

 目に映ったのは、誰も近寄ることのできない深海の底を映す暗く冷たい松崎の瞳だった。


「バスケができても、落語が得意でも、顎が割れていて美味しいものたくさん奢ってくれても、私のタイプになろうと頑張ってくれても好きになれない」

「何故?」

「何故って」


 普通であればこれまでの松崎の言葉で、意気消沈し過去の男たちは諦めてきた。

 容赦のない言葉を口にしたのも決着を早々につけるためだ。

 しかし内村は更に理由を問うてきた。

 予想外の返しに、松崎は下げられていた頭をゆっくりと持ち上げる内村に目を向ける。

 そこには松崎以上に深さのある二つの暗い瞳があった。


「やっぱり僕にはなんの魅力もありませんか?」

「え?」

「こんなに色々努力しているのに、一体僕の何が悪いって言うんですか!!」


 ――内に渦巻く衝動を抑えられず、瞳孔を開いて咆える男。


 店内にやって来てからの穏やかで気弱な雰囲気を払拭する姿に、全員が息を呑んだ。

 まさに抑圧された人間が感情を爆発させたような光景に、クールな態度を貫いていた松崎ですら僅かにたじろいでいる。

 凍りついた店内の空気と、自分を凝視する三人の視線に、内村はハッと我に返った。


「あ、すみませんいきなり。ごめんなさい」


 ずれかけた眼鏡を戻しながら俯き、おたおたと頭を下げる。


「いや、気にしないで下さい」


 平常さを取り戻した松崎がはっきり言う。

 張りつめた空気は和らいだが、店内には気まずさが小さなしこりとなって残っており、内村は限界まで肩を落とし「すみません、いきなり怒鳴ったりして」と情けない声で謝った。


「そうじゃなくて。博之のせいじゃないので気にしないで下さい」


 まさかそのような言葉が返ってくるとは思わず、博之は「へ」と間の抜けた声を零す。

 顔を上げれば、確かに全く気にした様子のない松崎の顔があった。


「博之が駄目なわけじゃない。私が、なのが悪いんです」

「人を好きになれない?」


 大きく頷く松崎は言葉の割に雰囲気は凛としており、悪気があるようには見えなかったし、申し訳なさそうでもない。

 ただ淡々と理由を口にするだけだ。


「人生で一度も人を好きになったことがないんです。もっといえば、興味を持てる人間がいないんです。私、そういう人間なんです。元カレや元カノも付き合ったことがあるってだけで、好きだったわけじゃない。いろんな人間と付き合ってきたけど、好きになれた人がいないの。だからどんな人がタイプって言われたら、好きになった人がタイプなんだろうなって思うわけで」


 一番面倒な返答と言われた彼女の答えに、予想もしない理由があると知り「そんな……」と内村は項垂れた。

 内村に問題があるわけではなく、彼女自身に問題があるというならば、どんなに努力をしたところで報われない。


「あなたのことなら好きになれるのかと思ったけど、そうでもないみたい。下手に傷つけるような真似をしてごめんなさい。こんなことなら来なければ良かったね」


 丁寧に深く下げられた頭と、真っ直ぐな誠意ある言葉。

 しかしその態度はかえって相手を傷つけると、彼女は知っているだろうか。


 これで事は終わったとばかりに松崎は南側の席に戻ると、荷物を手に取った。


「どこ行くの」


 途方に暮れた内村が、それでも彼女の背に声をかける。

 松崎は振り返りもせずに告げた。


「帰ります」

「それは困る」


 待機姿勢だった二人の仮面が、扉の前に突如立ちふさがった。

 仮面の奥にある暗闇が松崎を威圧的に見下ろしてくる。

 松崎は仮面を睨みつけたが、彼らに何の反応も無いと分かると「なんのつもりですか、これ」と、自分を引き留めたらしいシェリに視線を移した。


「あんたたちには何がなんでも恋人同士になってもらわなきゃ困るんだよ」

「なんですか、さっきから。お節介なら結構ですよ」

「お節介じゃない。に、あんたたちは恋人になるの」


 席を立ち、シェリは松崎の前へゆっくりと歩み寄る。

 その顔には微笑みが浮かべられていたがどこか焦燥も滲ませており、ますますシェリが介入してくる理由が分からず「何言ってるんです」と松崎は奇妙な女を睨みあげた。

 あのシェリに物怖じせず対抗する松崎に、店主はいささか感嘆する。


「あんた、この後予定は?」

「特にありませんけど」

「じゃあ、ここにいてもう少しこの男と話していきなよ。好きになれるかもよ」

「何度もそう思って繰り返してきたけど、結局誰も好きになれたことはないの」

「何度も繰り返してきたなら、今更一回増えたところでどうってことないだろ」


 冷やかなキャットファイトに、男たちは呼吸すら忘れそうになる。

 少しでも口を挟めば、切れ味抜群のナイフのような言葉と声に切りつけられてしまうだろう。そんなのは御免だ。


 暫く黙って睨み合っていた女たちだったが、先に折れたのは松崎の方だった。


「…………紅茶、まだ来ないんですか?」


 肩から力を抜き、シェリから視線を逸らす。

 気怠そうな声と共にいまだに来ない注文品を催促し、南側の席にどっかりと座った。


「今用意します」


 店主が慌てて紅茶を用意する。展開が気になり過ぎて、すっかり本業をおろそかにしてしまった。

 店主が紅茶を淹れている間に、シェリと内村も元の席へと戻る。


 それと同時に、仮面男が松崎の後ろへ、仮面女が内村の背後に待機した。


 ――彼らに実像は存在しないはずだが、松崎は背後からひしひしと威圧を感じた。


「この人達なんとかならないんですか」

「彼らはお二人の話をサポートするだけなので、気にせずどうぞ」

「話くらい自分でできる」


 松崎の言葉と同時に、仮面たちの姿は静かに消えていった。


 そうして南側の席で、再び松崎と内村は二人きりになった。

 運命の出逢いを果たしたとはとてもいえない、重苦しい沈黙の中で。


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