祈りの儀式・2


 一の村は、今年、祈りの儀式の担当となる。

 神官であり、村長であるクール・ベヌの指導のもと、順調に準備が進んでいた。

 今回、巫女姫の輿運びを免れたラウルだが、祈り所で配るパンを運び下ろしたり、霊山が仕入れた香料を運び込んだりと、忙しい日々を送っている。

 ララァとロンも、祈り所からあぶれた宿泊客を迎え入れるために、大忙しだ。二人の商売の成功不成功は、この祈りの儀式と春の許可証の時期でどれだけ稼げるか、に掛かっていた。

 だから、エリザはあまり体調がよくなくても、よくなったふりをしなければならなかった。でないと、ラウルもララァもエリザを気にして準備に当たれないだろう。


 そういうエリザだって……。


「え? 何ですと? 一の村の癒しの巫女は、祈りの儀式を欠席するとでもいうのですかな?」

 クールが厳しい顔をした。

「ええ、少し体調が悪くて……」

 エリザは、こほこほとわざとらしい咳をした。

「うーむ、それは困りますな。なんといっても、エリザ様は、この儀式のために『多大なる寄付』をなさった功労者ですからな! そのあなたが顔を出さないなんて、まぁ、少し問題だとは思いませんかな?」

 エリザはうつむいた。

 実は、風邪はよくなった。だが、気分が憂鬱で頭痛やめまいがとまらないのだ。

 それに、ジュエルのことを考えると。

 あの子を抱いて『神官の子供』として、祈りの儀式の参加するのは、問題なのではないだろうか? 最高神官の結界が働くとしても、暗示が働くとしても、あの子を人前にさらすのは嫌だ。

 それを察したのか、クールがにたりと嫌な微笑みを浮かべた。

「原因は、子供じゃないんですか? 最高神官が、大勢のムテの神官の前で、あの子をお認めになるかどうか……いや、私は、あの子が不義の子だなんて噂は信じていませんがね」

 エリザは、クールの嫌みたっぷりの言葉を、ぐっとこらえた。

「まぁ、体調が悪いのなら、仕方がないですがね。確かに、あの子供を神官の子供として表に出したら、具合も悪くなるような騒動になるかも知れませんしな」

 クールは、よく考えておくようにと言い残し、去っていった。


 祈りの儀式には、ムテ中の村から神官たちが集まる。一般の人々も集う。

 ジュエルを表に出すと、騒動になるかも知れない。

 だが、エリザがジュエルを隠そうとすれば……。

 不義の子供であるという噂を、助長するかも知れない。

 そう考えると、確かにエリザは憂鬱になり、ますます体調が悪くなるのだった。

 エリザは、唯一相談できる人に手紙を書いた。

 そして返事は……。



 エリザへ


 祈りの儀式の件、あなたの悩みはよくわかりました。

 何も無理をする必要はありません。あなたの思った通りでかまわないと、私は思っています。

 でも、あえて意見させてもらいます。

 できれば、あなたとジュエルに、祈りの儀式に参加していただきたいと思います。

 まず、第一に。

 あなたは、今回の祈りの儀式の功労者であり、一の村の祈りの巫女であり、神官の子供を持っている。慣例的に、参加して当然の立場にいます。

 ここで、その立場から逃げてしまっては、常に逃げなければなりません。そうなると、あなたもジュエルも、ますます表に出にくくなるでしょう。

 怖がらないで……。私は、ジュエルを認めます。

 ですから、祈りの儀式に出れば、ジュエルは『神官の子供』として、人々に受け入れられるのです。出なければ、今までのように、潜んで目立たぬように過ごすしかありません。

 これは、ジュエルを認めさせるいいチャンスです。

 第二に。

 笑わないでくださいね。私が、あなたに会いたいのです。

 あなたとジュエルに会えることを、一番の楽しみにしています。


 サリサ



 エリザは手紙を読んで、ぽっと赤面した。

 お世辞にしても、会いたい……なんて、書かれると、うれしくなってしまう。

 それに、最高神官の意見はもっともだった。

 漆黒の髪に青い目のジュエルは、結界があっても肩書きがあっても、どうしても目立ってしまう。そして、心の虚空を恐れられてしまうのだ。

 だが、最高神官が『自分の子供』として認め、祈りの儀式で横に控えさせてもらえたなら、しばらくはおかしな噂や白い目から、ジュエルを守ることができるだろう。

 エリザは、参加を決意した。

 そして、箪笥の奥底から、絹の一番いい衣装を取り出し、シミやほころびがないかどうか、確認した。そして着てみた。

 鏡の前に立つと、なぜか顔が真っ赤になってしまった。

 あまり派手ではないけれど、シルエットが美しい。華美な飾りはないけれど、かえってラウルにもらった首飾りが映えた。

 ただ、エリザは少しだけ躊躇した。この首飾りを付けて最高神官に会うのは、なんとなく気がとがめる。

 外そうか……と思ったが、以前、付けておいたほうがいいと言われたことを思い出し、そのままにした。

 やはり出るとなったら、元巫女姫として美しく毅然としていたい……そう思った。


 ――思えば、絹の衣装を着て、最高神官に会うなんて……。本当に久しぶり。

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