祈りの儀式・3


 祈りの儀式初日は、巫女姫の行進である。

 神官の子供と癒しの巫女は、その行進を見ることなく、祈り所で待つこととなる。

 朝早くから巫女姫を待つ人たちの間を抜けて、エリザは祈り所へと向かった。

 エリザの行進の時もそうであったが、この村の人口はいつもの十倍になっていそうだ。圧倒されつつ、エリザはジュエルを包んでいる布を深めにした。

「エリザ!」

 ラウルの声だ。

 彼は、巫女姫を見る列の最前列で手を振っていた。妹のアウラといっしょである。

 いつもの短衣ではなく、珍しく仕立てのいい長衣を着ていた。特別な日という意識が、ラウルにもあるのだろう。

「やっぱり、巫女姫は見たいからね。仕事をさっさと切り上げてきた」

 ラウルは、やや興奮気味だった。

 だが、エリザが「ふーん」という顔つきだったので、彼は慌てた。

「あ、いや! あの……。僕は今まで輿運びばかりやらされていて……あまり行進を見たことがなくて。いつも悔しい想いをしてきたから」

「よかったわね。今日はじっくり見れるわね」

「ああ、ララァとロンは忙しくて見れないから、二人の分まで恩恵を受け取るつもりで……。でも……」

 ラウルは頬を染めた。

「今日のエリザは、きれいだ……」

「え?」

 エリザも思わず赤くなった。

 絹の衣装はさほど派手ではないのだが、いつもの作業着のような木綿の服よりは、ずっとエリザを際立たせていた。それに、首飾りが映える衣装だった。

 ラウルは、よほど満足して、つい言ってしまったのだろう。

「お兄さん、癒しの巫女の邪魔をしてはいけないわ」

 横で妹のアウラが、ラウルの服を引っ張った。

 ややきつい視線が、エリザに刺さった。

「ラウル。じゃあ、またあとで」

 エリザは手を振ると、また、祈り所へと早足で歩き出した。


 祈り所の階段を上ると、クール・ベヌが偉そうに取り仕切っているのが見えた。

 たくさんの神官たちに混じって、二人の子供を連れた女性の姿があった。

 エリザは不思議に思い、立ち止まった。

「ですからね、ミキア様。その、二人の子持ちってのは、どうも格好がつかないでしょう? どうにかしていただけませんかね?」

「あら! なんて失礼なことを。この子たちは、れっきとした最高神官のお子ですよ! 私の子とサラの子と! そんな格好つけなんか、サリサ様は気になさいません!」

 ドキッとした。

 確かに、その女性が抱いている子は、サラの子供のルカスである。そしてもう一人の少女も。

 少女は、見事な銀色の髪を持っていた。エリザが見ているのに気がついて、母親に手を引かれながらも、エリザのほうをじっと見た。

 じわり……と脂汗が出た。

 思わずジュエルを包んでいる布を巻き直し、髪の毛を隠した。


 ――大丈夫。サリサ様は、ちゃんとジュエルを認めてくださる……。


 その時、すっと足下を風が通った。

 エリザの絹の衣装の裾が舞い上がった。

 ふと、目を下に落とし、エリザは急におぼつかない気持ちになってきた。

 小さな換気口があった。そこには、格子が張ってある。

 暗い暗い地下の部屋に続く、小さな窓である。

 エリザの血は凍り付いた。

 ガシャン、ガシャン! と閉じる窓はこの格子だった。

 かつて、エリザはこの格子に痩せこけた指を絡ませ、わずかな隙間から、今、見えている女性と子供を見つめたのだ。

 そして……。

「ああ、エリザ様! こっちですよ。ここで待っていてください。ミキア様とここで巫女姫を迎え入れてくださいよ!」

 クールの声に、足が震えた。


 どうして、他の癒しの巫女と並べるの?

 どうして、巫女姫を迎え入れられるの?

 ――私には、できない!


 エリザは、あわてて駆け出した。

 息が詰まるのでは? と思えるほどに、ジュエルを強く抱きしめて。

「エリザ! どこへ行くのです? そっちじゃない!」

 クールの声が追いかけてきたが、無視をした。

 そのまま外に飛び出した。光が眩しく涙が出てきた。

 祈り所の階段を転げ落ちるように駆け下りると、人ごみを掻き分けるようにして、強引に前に進んだ。

「ちょっと! 横入りはだめよ」

 人に押し戻されながらも、エリザは突き進んだ。

 そして、角を曲がったところで、巫女姫の行進とぶつかった。


 ちょうど真正面に、エリザは巫女姫を見た。

 金剛石を散りばめた豪華な衣装。美しい刺繍のヴェール。

 その姿は、以前エリザがそうだったように、神々しいものだった。

 巫女姫マララと目が合った瞬間、エリザは吐き気をもよおした。

「ううっ!」

 と、口元を抑えたが、間に合わなかった。何か赤黒い物が吐き出され、絹の衣装を汚した。

「きゃあ! ちょっと、あなた、汚い!」

 列を作っていた人が、エリザに悲鳴を上げた。

 ジュエルを抱き、口元を抑えながら、エリザは人に押され、押され、ついに列からはじき出されて、その場に倒れた。

「! エリザ! エリザ!」

 遠くから声がした。

 誰かが、人を押しのけてこちらに向かってきた。

 ラウルだった。

 彼は、最前列で巫女姫を見ようと構えていた。

 だから、人の波に逆流するエリザの姿がよく見えたのだった。

 ただごとではない様子に、ラウルはあっけなく巫女姫見物を中止した。

 そして、エリザを抱きかかえるようにして、エリザの家まで連れ帰った。

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