エリザの手紙・4
サリサとエリザは、いっしょにラタの実を集めた。
ジュエルがはしゃぎ疲れて寝てしまったのをいいことに、子供のようなはしゃぎよう。まるで神官らしくなかった。
サリサが木を蹴ると、エリザの頭の上に、どさどさ……と、ラタの実が落ちてきた。
エリザは悲鳴を上げながら逃げ惑い、サリサはエリザに実をぶつける……といったような、馬鹿な遊びをした。
いつのまにか、林の中をかくれんぼである。
こうなると、拾っているのか、捨てているのか、遊んでいるのかわからない状態である。
エリザが、そっと木の陰からあたりを伺うと。いきなり、背後から、篭ごとのラタの実が降ってきた。
エリザは、篭を被ったまま叫んだ。
「キャー! 痛い! もう、それ、やり過ぎです!」
実際、ラタの実は堅かった。
陽が傾き始めると、今度は慌てて実を拾い始めた。
この実がエリザの収入となると、必死である。しかも、エリザはぎりぎりの生活を強いられていた。
「でも、サリサ様。私、どうしてこのような許可を得ることができたのでしょうか?」
「知らないのですか? 一の村は、ムテの村の中で一番、財政面でも貢献してくれていますが、その中で一番だったのは、あなたですよ」
「え? ええええ!」
エリザは、思わず集めた実を落としてしまった。
「実際、霊山に上がってきた額は半分でしたが、残りは祈りの儀式用に一の村で保管しているはずです」
あまりに取り立てが厳しくて、もしかしたら、クールに騙されているのかも? と疑ったこともあった。ララァに助言をもらって、勇気を出して、リューマ族の市にも行ってみた。
だが、もしかしたらこの名誉のために、クールはエリザを応援してくれていたのかも知れない。
「そうそう、この手紙をクールに渡してください。祈りの儀式の費用について書いてあります」
サリサはにっこり微笑んだ。
「きっと、クールは真っ赤になって喜ぶことでしょう」
エリザは、サリサの皮肉を皮肉と思わず、素直に受け止めてうなずいた。
話は前後するが、先にこの手紙の後日談を語ってしまえば――。
手紙には、エリザから預かったお金に倍の利子をつけ「祈りの儀式」費用として捻出するよう、丁寧なお礼まで添えて、書かれていた。
その金額を含めると、確かにエリザは一の村で一番の霊山への寄付者となる。
霊山は、クールが金を出す前に、エリザを呼び出し、高額寄付者として、手厚くお礼を言ったのだ。
サリサの予見は少しだけ外れた。
クールは、手紙を見て赤くなって大騒ぎするどころか、青くなって泣き出したのだった。
エリザは、それを感涙と思った。
ラタの篭はぎっしりになった。
と、同時に、エリザは悲しくなった。
すっかり、霊山にいた時の楽しい時間を思い出していた。
辛いことばかりあったように思えていたけれど、そうではなかった。最高神官とは、めったに会って話すことはなかったと思っていたけれど、そうでもなかった。
なぜか、明日も明後日も、今日の続きに思えてしまった。
だが、今日、この時間が終わってしまえば、また、二人は遠い存在になってしまう。
少しでも軽くなるから……と言いながら、緑の皮を剥いている最高神官の姿を見ていると、神々しさからかけ離れた存在に思えてくる。
エリザが思っているような、いや、思おうとしている太陽や月や星なんかじゃない、普通の人。
そして、絹糸のような銀の髪や、切れ長の銀の瞳や、薄い桃色の唇や、透き通るような肌の色や、繊細な指先や……すべて、ごく当たり前のように、そこにいて違和感がなかった。
古の良き時代から、飛んできたような容姿なのに。
もう忘れてしまいそうなくらい、会えないと思っていたのに。
「あ……」
エリザの物思いを吹っ飛ばすように、サリサが小さな声をあげた。
「どうなさいましたか? サリサ様」
「いえ……何でも」
と言いつつ、サリサは眉間に小さな皺を寄せていた。
「……ちょっと……ラタの皮の棘を刺してしまったようです」
ラタの皮は、こんぺいとうのようにごつごつしているが、若いうちは尖った部分に小さな棘を持っていることがある。きっと、揺らしているうちに、若い実も混じってしまったのだろう。毒を持っているので、刺さると痛い。
「見せてください。抜かないと」
「大丈夫ですよ」
「いいえ、だめです」
こういう時のエリザは、折れないのだ。まるでお姉さんのようである。
サリサは、頬を染めながらも恥ずかしそうに手を差し出した。細くて長い人差し指の先に、茶緑の細い毛のような棘が刺さっていた。
皮膚が薄いので透けてはっきり見えているが、思いのほか深く刺さっている。
エリザは、光の方向を考えて、あっちに向いたりこっちに向いたり、サリサの手を引っ張ってみたりした。そして、最終的には、サリサの腕に絡まるようにして、一番いい位置を確保した。
実は、光のせいだけでもない。丸薬の精製で爪が黒ずんでしまい、エリザはそれをサリサには見られたくなかったのだ。サリサにとっても、棘が刺さっているところを見ずにすむこの位置関係は、都合のいいものだった。
棘はなかなか抜けなかった。何度も失敗を繰り返した。
黒ずんだ爪が恥ずかしくて、短く切りすぎていたことが、禍した。エリザは、切らなきゃよかった……とブツブツいいながら、棘に対峙した。
が、最終的には、きれいに抜くことができた。
「うわ! 取れましたわ! サリサ様!」
「そ……それはうれしいです」
振り向いてみると、サリサは涙目だった。
「あ、あの……痛かったですか?」
「いえ、もう痛くはないです」
血も出ないほどの表面。でも、毒があるから、それなりに痛かったはず。
「ご、ごめんなさい。私ったら、つい」
「いえ、助かりました」
すっと、腕から離れようとしたエリザを、サリサはそのまま引き寄せた。
――私のところへ戻ってきませんか?
以前、そのような話をしたような気がする。
エリザは、じっとサリサを見つめた。サリサもエリザを見つめている。
涙が出てきそうだった。
一人で辛いことも、二人で乗り越えればいい。確かに、そのような話をした。
我々は家族だ……とも、話し合った。それなのに。
――なぜ、この方のもとを離れたのかしら?
強い決意のもと、霊山を去ったはずだった。
なのに、エリザは、その理由をまったく思い出せないでいた。
今、頭の中によぎるのは、もう一度、やり直したいということ。
今日という日を何度も続け、ジュエルを二人で育てていきたい。
それしか、頭に浮かばないのだ。
ふと、頬を撫でる手の感触。久しぶりなのに、いつもと同じと感じてしまう。
エリザはそっと目をつぶった。
……唇の気配だけが近づいた時。
「サリサ様、お時間ですが……」
仕え人の声に、二人はあわてて目を開けた。
口づけに、あと一秒もいらなかったのに。
「ああ……」
と、悔しそうにサリサは声をあげた。
これ以上遅くなったら、夕方の祈りに間に合わない。
時間になったら教えてくれ、と、お願いしたのが自分であれば、無粋だと怒ることもできない。
エリザのほうは、沸騰するくらいに顔を染めていた。
確かに元巫女姫であるが、今は一般人。最高神官に、何をいったい望もうとしていたのか? と思えば、恥ずかしくて死にそうだった。
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