水晶の首飾り・9
ささやかな帰還お祝いが、ロンの店で開催された。
ラウルが四日も遅れて山下りした話は、一の村を安堵に包み込んでいた。
口に出しては言わないが、やはり魔のない者にかかわって不幸を招いたのでは? と、誰もが不安に思っていた。
今回のラウルの無事は、その不安を払拭するのに充分だった。今まで、ジュエルを恐れてエリザに近づかなかった人たちまで、口々にお祝いをいいに顔を出して、にぎやかな宴会となった。
「愚かなことを。我が一の村は、最高神官の加護を最も受けている村ですぞ。私は、ラウルが無事戻ってくることを信じていましたがね」
などと吹聴するのは、神官であり村長であるところのクール・ベヌくらいだった。もっとも彼は、ラウルに何かあったら、エリザのせいだと思っていたのだが。
ララァは別のことを触れ回っていた。
「今回のことは、ラウルが悪いのよ。他の人たちは戻ってきたというのにさ、判断ミスよ! 判断ミス! むしろ、エリザのおかげで助かったようなものよ」
エリザは、ジュエルが皆を不安にさせないよう、会場の隅っこで小さくなっていたのだが、ララァの一言で注目を浴びてしまった。
村人が何人か、エリザの元に挨拶にきた。
「さすが、巫女姫であった方。素晴しい祈りの力をお持ちだ」
「ラウルがあれほどに元気なのも、あなたが癒しになられたからだとか?」
「ええ……癒しましたけれど、私の力じゃなくて、ラウルが元々……」
能力の高い採石師だから……と言いかけたのだが。
「ああ! 本当に素晴しい!」
「今まで、あなたのことを誤解していたようです。申し訳ない」
などと言われてしまえば、もうそれ以上何も言えない。こくこくうなずいて、愛想笑いなどしてごまかすしかない。
戸惑ってしまう。
ララァはなかなかしたたかな女性で、こんな事件さえもエリザの評判をあげる手だてにしてしまうのだ。散々、あることないこと、エリザの手柄にしてしまう。
確かにあの夢の体験は、エリザの祈りの力が宝玉によって強められた結果なのだが。
今から思えば……。
ララァがエリザに首飾りを外さないように言ったのは、ラウルの身を案じて……だったのかも知れない。
エリザの祈りが、弟の危機を救うだろう……という予感。
採石師という弟の仕事は、常に残された者を不安に陥れる。そう思えば『癒しの巫女』のような力ある女性を弟と添わせたいと思うのは、当然のことだろう。
ララァの応援には、そういう意味もあるのかも知れない。
ふと、そんなことを思っていると、ララァがいきなり隣に来て、エリザの肩を抱いた。
「なあに? まだ、何か遠慮しているの? ラウルの隣に座ればいいのに」
ララァがアウラをたしなめた話は知っている。だが、エリザにはアウラの気持ちもよくわかる。だから、気を遣ってしまうのだ。
「私。でも……今回のことは、自分にも責任があって……」
紫の石をもらいさえしなければ、という気持ちが、エリザにはあった。
「あのね、こんなこと、採石師には日常茶飯事なの。私はちゃんと帰ってくるって言ったでしょ?」
ララァはため息をついた。
「ラウルのヤツは、無謀なところがあるからね。いちいち心配していたら、病気になっちゃうわ。いくつ身があっても持たない。採石師の夫を持つならば、もっとたくましくならないと」
「……はい」
と、返事をしてしまって、エリザはあわてて目を白黒させた。
ラウルとの結婚なんて、まだまだ考えつかないのに。
真っ赤になって、誤解を解こうとしたのだが、悪い癖が出てしまい、口だけがパクパクしてしまう。
「あはは、エリザって可愛い!」
少しお酒が入っているのか、ララァはぎゅっとエリザを抱きしめた。
「冗談よ! 冗談。あなたたちはまだ若いし、出会ったばかり。まだ、新しい出会いもお互いにあるかも知れないし、簡単にひとつ心を分け合う人なんて見つからない。ただ、エリザとラウルが、そうならいいな……ってところで、まぁ、私の希望ってところかしら? あまりけしかけるなって、怒られているけれどね」
ララァは明るくて、常に前向きである。
抱きしめられると、彼女の元気が伝わってきて、エリザは少しうらやましくなった。
子育てしながら、優しい夫と宿と食堂を経営。忙しいけれど、充実している。平凡なムテの一般的な家庭だ。
エリザの理想は、ララァの明るく楽しく元気で平和な家庭にあった。
ララァの希望通りの将来が、エリザに用意されているのだとしたら……エリザは求めている幸せに近づくのかも知れない。
ごく普通の……幸せに。
――ラウルのこと、愛したい……。
今は、まだ、とてもそんな気持ちになれない。
でも、いつか……心の奥に沈んだ重荷から解放されて、もっと自由になることができて。
そうしたら――
「私……変われるのかしら……」
ふと、呟いていた。
「あら、変わらなくても、あなたらしくていいと思うわ」
ララァが急に言い出した。
「私のようにサバサバしていたら、ラウルのヤツには歯止めにならないもの。卒倒するほどにあなたに心配されると思っていたら、少しは無理をしなくなるでしょうよ。私も心労が減るってものよ」
何か、大きな勘違いをされているようだった。
エリザは、一瞬きょとんとしたが、話を合わせて微笑んだ。
「ありがとうございます。私なりにがんばってみます」
明るく楽しい気に包まれて……。
長い間、エリザが失っていた笑顔が、ここにはあった。その中に、自然と入って行けるのがうれしかった。
ララァはすくっと立ち上がり、手を振って弟を呼んでいる。すっかり照れて片隅で堅くなっている今日の主役だ。
「もう! 本当に、何で来ないのよ!」
ララァは怒って、ブツブツいうと、ラウルのほうへと向かって行った。
ラウルがララァに引きずられて、エリザの横に座るのは時間の問題だった。
胸に輝く石に触れながら、エリザは何となく幸せを感じた。
=水晶の首飾り/終わり=
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