水晶の首飾り・8


 ララァがラウルの帰還を伝えてくれた。

 アウラのことを考えて躊躇するエリザだったが、ララァはジュエルを取り上げ、エリザを引っぱり、戸口まで連れて行って、追い出した。

「ジュエルは私が見ているから! さっさと会ってきてあげてよ!」

 まるで鞭で追われる動物みたいにうろついたのだが、ララァがエリザの家の扉を閉めたとたん、エリザの足は一直線に走り出していた。

 ラウルの家は、一の村の外れにある。

 細い路地を走り抜けると、やがて家がまばらになる。そのかわり、庭を持つ家が増えてくる。

 ラウルの家は、小さな花壇と大きな木のあるこじんまりとした建物だった。

 息を整え、勇気を出してノックすると、アウラが顔を出した。

 追い返されるかも? と、ドキドキしたが、アウラは、顔の表情をひとつ変えることもなく「どうぞ」と言った。

 そして、中に入ると……「ごゆっくり」といい、自分は家の外に出て行ってしまった。

 許されたけれど、わだかまりが消えたわけではなかった。


 ラウルは、ベッドに横になっていた。

 だが、エリザが入ってきたのを見ると、すくっと体を起こした。

「やぁ……」

 照れくさそうに挨拶した。

 エリザはゆっくりとベッドに歩み寄った。そして、疲労回復の薬草や小さな擦り傷に効く軟膏を用意しなかったことを後悔した。

「妹が心配するから寝ているだけで……実は、元気なんだ」

 ラウルが立ち上がろうとしたところ、エリザは制止して、ラウルの手を取った。

「お、おい。エリザ」

 急なことで驚いたのか、ラウルが声を上げた。

「静かに……」

 エリザは小さな声で言うと、気を集中させた。霊山ではできたことが、密の村ではできず、父を死に至らしめた。だが、エリザの癒しの力は、ラウルの傷を一気に癒し、疲労すら回復させたのだ。

「凄い……」

 ラウルの声で、エリザははっと我に返った。

 突然来て、突然手を取って……。

 エリザは恥ずかしくなった。

「もう大丈夫だよ。あまり力を使うと、寿命をへらす」

「ラウル。ごめんなさい」

 なぜか、エリザは謝ってしまった。謝らないと、気が済まなかった。

 ぽろぽろ涙が出てくる。わけがわからない。きっと、ラウルは泣かれるのが嫌い……と思っても、涙が止まらなかった。

「エリザ。ありがとう」

 ラウルのほうは、理由もわからないお礼を言う。

「私、お礼を言われることなんて……」

「身につけてくれていたんだ」

 はっとして、エリザは自分の胸元に手をやった。

 そこには、ラウルの作った水晶の首飾りが輝いていた。癒しを施した時に力を発したのか、手をかざすと力を感じた。

「ご、ごめんなさい。あの、私……これを……」

 受け取れない――と言おうとしたが、ラウルは首を振った。

「いいんだ。わかっているから」

 ラウルはそう言うと、ベッドから出た。

 癒されたせいなのか、山から下りてきたばかりとは思えない足取りで歩くと、窓を開け放った。

 久しぶりのいい天気である。爽やかな風が部屋に流れ込み、エリザの髪を揺らした。

「僕はせっかちなのかもな。留まることや、引くことを知らない。だから、危ない目にも遭う。性分なのかもな」

 霊山を眺めながら、ラウルは独り言のように言った。

「きっと私が石を……」

「あなたのせいじゃない」

 ラウルは小さなため息をついた。

「むしろ、あなたに助けられた……」


 エリザの脳裏に、あの夢が蘇った。

 夢の中で必死にラウルを呼んだ。戻ってきて欲しいと願った。

 そして、彼はエリザの元に戻ってきて……。

 たくましい腕でエリザを掴んだ。そして、引き寄せ、抱きしめた。

 泣いたのは、ラウルが心配だったから。祈ったのも、帰ってきて欲しいと願ったのも偽りなく真実だった。

 だが……。

 エリザは、驚いて……今度は逃げ出したくなったのだ。

 あまりにも、エリザが知っているものとは違いすぎて。

 抱擁は力強く、痛いくらいで。

 そして、何もかもが強引で……。

 あっという間に奪われた唇は、甘い感触よりも熱っぽさを感じた。エリザのすべてを奪い取り、支配しようとする力を感じたのだ。

 自分でラウルを呼び戻しながら、心をすべて見透かされそうになり、エリザはその場から逃げ出していた。


 ラウルが恐かったのではない。

 自分の奥底に眠る重たい物を覗かれるのが、恐かった。

 そして、エリザは目覚めたのだった。


「祈ってくれた。呼んでくれただろ? だから戻ってこられた。気がついたら、霧の外に倒れていて……それと、あなたの癒しの力も感じた」

「私の?」

「間違いない。今の気と同じだった」

 どうやら、ラウルにはエリザの動揺が伝わらなかったらしい。

 いや、夢の中で自分が何をしたのかも、もしかしたらおぼえていないのかも知れない。

 ラウルの強引さは時にエリザを圧倒し、包み込むような優しさは時にエリザを惑わせる。

「僕は、あなたのためにその首飾りを作ったつもりだった。でも、あなたは、それを僕のために使ってくれた」

 ラウルは、エリザに近づくと、すっと胸元に手を伸ばした。そして、石の花を持ち上げると口づけし、そっとエリザの胸元に戻した。 

「僕の心だ。あなたに持っていて欲しい」

 急に胸元が重く感じ、エリザはどうしていいのかわからなくなった。

「ラウル……」

「僕のために祈ってくれた。今は……それだけで、充分うれしいんだ」

 一度は返すべきだと思ったのに、戸惑ってしまう。

 この石の力が、ラウルを救ったのだ……ということを知った今、無下には返せない。かといって、受け取るのは……。

 エリザの迷いに釘をさすように、ラウルは自分の胸に手を当てた。

「その石にかけて約束する。僕の心はすべて見せた。でも、あなたが許さない限り、僕はあなたの心にも体にも触れない」


 ――あなたの心にも体にも……。

 

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