薬草採り・4


 エリザはたくさんの薬草を摘んだ。

 背中の袋がぎっしりになり、ラウルが持ってきた袋もぎっしりになった。これでは、先ほど降りてきた崖が上れないのでは? と、思われるほどに。

 ところが、ラウルは袋を二つとも背負ってしまい、エリザには持たせなかった。

 ここに来て、ラウルがなぜ無理をしてまで、エリザについてきたのかがよくわかった。エリザ一人では、とてもクールを唸らせるだけの薬草を運びきれないだろう。

 何も言わないけれど、そうに違いなかった。


 来た道を戻ろうとして、崖の前にやってきた時、エリザは悲鳴のような声をあげた。

「あああ! これ! これは!」

「どうした?」

 上りかけていた崖を、ラウルが降りてきた。

 エリザは崖下の穴のような空間に頭を突っ込み、お尻だけ外に突き出していた。

「エリザ?」

 やっと顔を出した時、エリザの顔は泥だらけだった。

 でも、それを物ともせず、彼女はラウルの鼻先に小さな植物を突き出した。

「見て! これ! 竜花香!」

 竜花香とは、万病に効く薬として珍重されている貴重な薬草だ。

 ムテの霊山でしか採れないし、それもごくわずかな量である。まずは、出回らない貴重な薬草だった。

「ま、まさか? 香り苔じゃないのか?」

 ラウルが信じられないという声をあげた。

「た、た、確かに、竜花香はね、香り苔と似ているけれど、ほら、葉の付き方が違うのよ。これは、間違いなく竜花香よ!」

 エリザは興奮して叫んでいた。

「じゃあ、もっと採って帰らないと!」

「ああ、だめだめ! 根絶やしにしないよう、少し残して! 来年もここに来たら、見つけられるように」

 二人は大はしゃぎで草を集め始めた。

「エリザ、あなたは本当に凄い! この薬草を見つけられる人なんて、滅多にいないよ!」

 エリザなど香り苔のようなものだ。本当に凄いのは、最高神官だ。

「私なんか凄くはないわ! サリサ様が、見分け方を教えてくれたから……」

 急にラウルの返事が無くなった。エリザは、不思議に思って手をとめた。

 目が合った時、ラウルは寂しそうに微笑んだ。

「もう……これくらいでいいね」

「え、ええ」


 エリザが穴から出てくると、ラウルはタオルを差し出してくれた。初めて顔が泥だらけになっていると知って、エリザは慌てて顔を拭いた。

 だが、それが不十分だったのか、ラウルはタオルを取り上げると、エリザの顔をそっと拭いた。

「あ……ありがとう」

 タオル越しとはいえ、父でも兄でもサリサでもない男の人に触れられるのは初めてだった。

 ラウルの手が、エリザの頬に触れたまま止まった。

「エリザ。サリサ・メル様って……どんな方だった?」

 あまりに意外で、急な質問だったので、エリザはすっかり硬直してしまった。


 ――サリサ・メル様って……どんな?


 なぜか声が震えてしまった。

「どんな方って……そんな……私には、何も言えないわ」

 ラウルは無言だったが、じっとエリザを見たままだった。慌てて視線を外した。

「あの……神々しい方でしたわ。それに、優しくて……」

「優しい?」

 ラウルに詰問されているような気がして、エリザの目は潤んだ。

「……ええ。あの、あの方は、特に弱い者に優しいの。だから、私だけじゃなくて、誰にも優しいですし、マリも助けてくれたし、ジュエルにも優しいですし……」

 ぽろぽろと涙がこぼれた。

「なぜ泣く?」

「わからないわ!」

 耐えきれなくなって、エリザはラウルを振り切り、薬草でいっぱいになった袋に顔を埋めて泣き出した。

「……ごめん……」

 申し訳なさそうに、ラウルが呟いた。

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