熱情……されど、静かに・3
霊山に戻るとすぐ、サリサは一の村の神官宛に手紙を書いた。
ジュエルとエリザを、あの家には住まわせるわけにはいかない。だから、霊山の所有である家の有効利用を命じ、エリザにもっと適切な家を与えるよう、指示したのだ。
数日後、エリザからの手紙が霊山に届いた。
最高神官サリサ・メル様
身に余るお心遣いをありがとうございます。
おかげさまで、快適な家に引っ越すことができました。
以前の家も、霊山を訪ねる人々のために、宿泊施設と食堂として活かされることとなりました。
これも皆、サリサ様のおかげです。
御身が常に健やかでありますよう、お祈りしています。
エリザ
「どうやら短いお手紙のようですね?」
仕え人の言葉に、サリサは手紙を封筒の中にしまった。
「お礼と報告。短いうえに、遊びも無駄も何もないです」
エリザの気持ちは、あの夜を最後に燃え尽きてしまったのだろうか? とも思える素っ気なさだ。
「そのほうが……いいのですよ」
と、言った仕え人の言葉は、手紙の簡潔さを言っているのか、エリザの気持ちを言っているのか、どちらとも取れた。
サリサは手紙を懐にしまった。
久しぶりにマール・ヴェールの祠に上った。
サリサは風に吹かれながらも、崖ぎりぎりのところで腰を下ろしていた。
そうすれば、麓の一の村がよく見える。
風に乗って、村の喧騒すらも伝わってくるようである。ふと、楽しそうにしているエリザの姿も目に浮かんだ。
サリサは、エリザの手紙を取り出した。
そこに見えたのは……。
何度も何度もペンをとめ、悩んでは書き直し、迷っては紙を捨てているエリザの姿だった。
最初、エリザは長い長い手紙を書いた。
サリサに会えてうれしかったこと。実は不安だったこと。
山を下りてから起きた様々なこと……。
書くつもりはなかったのに、気がついたら書いていたのだ。
エリザは読み返して真っ赤になり、丸めて手紙を捨てた。
次に、エリザは長い手紙を書いた。
恐ろしかったことは省き、楽しかったこと。よかったこと。今が幸せな気持ちでいること。ジュエルのことを書き綴った。
父親に子供のことを教えるのは当然のことだし、書いているうちにエリザもうれしくなり、ついつい長くなったのだ。
「ああ、ダメよ! 最高神官は忙しいのよ! 目を通す手紙や陳情がたくさんおありなのに!」
エリザは再び手紙を丸め、今度は白い紙を見つめたまま、動かなくなってしまった。
そうして、やっと書き上げたのが、あの短い手紙。
やはり、あまり状況は変わっていないのだと思う。ひとつ心を分け合ったまま。
――エリザは、エリザなりに想いを昇華したのだろう。
遠くなったわけではない。形が変わったわけだ。
彼女は、最高神官を敬愛することで、叶うことのない恋愛を忘れ去ろうとしている。
だが、サリサのほうは、エリザのようにうまく割り切れない。
抑えきれない熱情に翻弄されながらも、エリザの敬愛を静かに受け止めるしかないようだ。
――返事は、倍の長さにしよう。
せめて、手紙がもう少し長くなってくれるように――
サリサは、手紙を読み返し、寂しく笑った。
=熱情……されど、静かに/終わり=
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