5 選択肢は3つ
「じゃあ最終選考は“旧校舎の呪い”と“
網代木さんはノートパソコンの画面を見せて、自信満々に発表した。おかしいな……政治問題とか沢山出したつもりだったのに、どうして最後に残ったのがこの3つなのだろう。俺は頭を抱えた。
「おい茂木、何か気になる事はあるか?」
悪い意味で気になる話題しかないのですが。特に2番目と3番目に至っては不謹慎極まりない。記事に書いてはいけない話題だ。
でもまあ、とりあえず話だけでも聞いておくことにしよう。
「この旧校舎の呪いっていうのは?」
「一部のオカルト好きの生徒たちの間で流行っている噂話だよ」
「オカルト好きじゃない俺も、聞いたことくらいならあるぞ」
あの風見くんですら知っているということは、相当有名な話なのだろう。
「それって、どんな噂なの?」
「2通りくらいのパターンがあるよ」
「2通り?」
「似たような噂話が沢山あるんだよね」
「旧校舎に入ると呪われるって感じのな」
風見くんが頷く。
「どうして呪われちゃうの?」
「同僚のイジメで自殺しちゃった先生の霊がそうしてるだとか、戦時中に死んでしまった人たちの怨念がそうしてるだとか。諸説色々だよ」
俺はパソコンの画面に視線を移した。旧校舎の呪いに関した様々な噂話が書き綴られている。しかし一貫性がない。
「ああ、でも最近だと、旧校舎に飾ってある呪いの絵画が原因……っていうのが一番有名な話かも」
呪いの絵画? 俺は首を傾げた。
「夏休みが始まった直後に流行りだしたらしいけど」
「へぇ……」
「対してこの鹿沢書類送検の件ってアレだよな、夏休み直前に報道されて話題になった」
風見くんがパソコンの画面を指差しながら尋ねた。
「うんそれだよ」
「さすがにマズイでしょ……書類送検された元教員の話を記事にして書き立てるのはさすがにマズイ」
俺は両手を広げて抗議した。
「なんで?」
「不謹慎だろ……」
網代木さんは全然気にしてないみたいだけど、これはデリケートな問題だ。そう簡単に記事にするわけにはいかない。
そんな男が淫行条例違反で逮捕されたというニュースが飛んできたのは、夏休みが始まる1週間前。
朝食に用意されたトーストを齧りながらテレビを観ていると、聞き覚えのある名前の人物が、市内のホテルで未成年と猥褻な行為に及んだと報じられた。
最初は気のせいだと思い、深く考えないようにしていた。
何よりあの日は英語の追試が近かったので個人的にそれどころではなかった。
しかし登校してみるとクラスは、というか学校全体が騒然としていた。
去年までウチで教えていた、しかも生徒からの人気が高かった男性教諭が警察の御用になってしまったのだ。混乱するのも無理はなかった。
中には泣いている女子生徒さえいた。
「でもさー、鹿沢先生って不起訴処分になったんでしょ?」
網代木さんが頬杖をついた。制服の隙間から腕の奥が見えてドキリとした。
「一応、合意のもとで事に及んだらしいし……」
「そ、そういう問題じゃないんじゃないのかな」
俺は苦笑いして訂正を入れた。
「え、じゃあ何が問題?」
「モラルだよ」
高校教師が未成年の、しかも自分の教え子に手を出してしまったことが問題なのだ。現に鹿沢正樹はその後、学校側に辞表を提出した上で教育現場の表舞台から姿を消した。
「ふぅん……私はそういうの関係ないと思うけどな」
網代木さんはロマンチストだから、あまり気にならないのだろう。
「しかし
風見くんが背伸びをした。その考えには同感だ。
「
「あぁ……それで鹿沢先生が逮捕された次の日に、美術部の生徒達が一斉に休んだんだね」
網代木さんが納得した様子で頷いた。
「鹿沢の野郎は美術教員で、当然のごとく美術部の顧問もやっていたからな」
風見くんがメガネのブリッジを押し上げ、部屋の隅を見やる。
「ちなみにお前はどうだったんだよ雌豚……っていない!? 烏丸の奴は一体どこに行った!?」
俺は背後を振り返った。いつの間にか、烏丸さんの姿がなくなっていた。
「さっき帰ったよ」
気がつかなかった。くノ一みたいな女の子だ。
そういえば烏丸さん……今日はどうして南校舎を訪れたりしたのだろう。
彼女のホームグラウンドである美術部の活動場所は隣の東校舎だぞ。
……俺は少しだけ胸騒ぎを覚えた。それは烏丸さんの秘密を、おそらくは俺だけが知っているからだろう。何事もなければ良いのだが。
「このボヤ騒ぎっていうのは……?」
嫌な想像を打ち消すために次の項目に視線を移した。
「確か一ヶ月くらい前にあった事件だよな?」
風見くんが訪ねる。
「うん、旧校舎前の広場で本だったかな……何かが燃やされてたって話だよ」
旧校舎の前の広場? つい数分前に旧校舎の呪いが話題に上がったばかりだぞ。それに一ヶ月前に起きたという点。これは何かの偶然だろうか。
「えっとその事件、犯人は? 見つかってないの?」
「なんか容疑者が取り調べを受けたって話だけど、真偽のほどは不明みたい」
「……」
もし犯人が捕まっていたとして、校外の人間だった場合は地元紙などで取り上げられるだろうし、学内の人間だった場合は個人相手に謹慎処分などが科せられ、噂として広まるはずだ。
それが一切ないということは、犯人は未だ見つかっていないのかもしれない。しかし校内で起きた事件ということは、俺たちのすぐそばに犯人がいる可能性が高いな。
「取り調べって……拷問みたいなことするのかなぁ」
網代木さんが目を爛々と輝かせながらつぶやいた。
「そっちの方が事件だよ……」
「で、どうする茂木。お前なら、どの記事を生徒会に提出する?」
窓の外は黄昏色から深い海の底を覗き込んだような色に変化しつつあった。
何度断ってもしつこく俺の肩をマッサージしようとしてくる網代木さんを落ち着かせて、風見くんを振り返る。
「そんなの一つしかないでしょ……」
この中のどれを選んだとして、真面目に取り合ってもらえることはない。しかし、どうしても一つ選ぶ必要があるのなら。
「旧校舎の呪いだ」
鹿沢先生の件や、ボヤ騒ぎの事件を新聞の記事として書き立てるのはデリカシーに欠ける。それどころか、大勢の人たちの反感を買う可能性だってある。消去法で考えて、旧校舎の呪いしか記事にできそうな物はなかった。
「決まりだね!」
網代木さんが元気いっぱいに声をあげた。一方の風見くんは、漢字ドリルをスクールバックの中に戻すと、疲れ切った顔で部室を横切った。
「企画書はお前たちに任せるわ」
マジで他力本願だなコイツ。微塵も手伝う気は無さそうだった。
「じゃあ私が書いてくるね」
網代木さんが挙手する。
「大丈夫? 途中でゴリラの習性とか書き始めない?」
「いくら私でもそこまでおっちょこちょいじゃないよ〜」
そうとも言い切れないから不安なのだ。
「茂木、そんなに私のことが心配なら……今夜は
「さーてと帰るか」
俺は部室を出ようと歩き出した。
「待ってよ茂木! 一緒に帰ろうよ!!」
網代木さんが慌てて身の回りの整理を始める。
すると部室の出入り口で立ち止まっていた風見くんは俺たちの方を振り返った。
「俺は先に帰るからな。今日は晩飯当番で忙しいんだ」
「さすがラノベの主人公は忙しいなあ」
網代木さんが茶化すみたいに言うと風見くんは眉間にシワを寄せて、
「次ラノベの主人公って言ったらボロ雑巾みたいにするからな」
「いやん! ボロ雑巾みたいに犯されちゃう!」
網代木さんは頬っぺたに両手を添えて、奇妙に体をクネらせた。何故そこで俺を見る。
「戸締りは任せたからな。アデュ」
「アデュ」
俺たちは額の前で人差し指と中指を立てて別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます