第9話


 頑張って……。

 頑張って……。

 

 レイラは必死に鈍竜に話しかけた。

 息をしたいけれど、竜から離れてしまったら流されてしまう。目をつぶり、息を止めて竜を信じるしかなかった。

「助けて……セラファン様!」

 心の中でレイラは叫んだ。

 願いが通じたのだろうか? もう少しで窒息しそうなところ、竜は水面から頭を出した。

 レイラがげほげほと水を吐き出すと、今度は竜がぶるると体をゆすって水を払った。

 ぐったりと竜に乗ったまま、レイラは川を後にした。向こう岸からの人々の視線を感じたが、同時に誰も追ってこないことを確認した。


 すでに日が落ち初めていた。

 イズーではこの時期の夕暮れに、寒さを感じたことはないが、寒くてたまらない。

 そう、服が濡れているからだった。

 風が当たってどんどん体温を奪ってゆく。

 それに荷物もすっかり水を吸って重くなり、さすがの鈍竜の体力も奪いつつあった。

 ついに竜の足が止まった。

 レイラは岩陰に竜を引っ張っていって、荷物を下ろしてあげた。

 その時、初めて荷の重さに気がついた。

 自分が旅慣れないばかりに、この愛くるしい生き物にも苦労をかけた。

 情けない気持ちになって竜を見たが、竜は小さな黒い目でレイラを見つめるだけだった。


「今夜は……ここで泊まるしかないわね」

 そう言って、レイラは火を熾そうとした。

 家で使いなれた石だったが、いつものように叩いても火が熾きない。

 レイラは、ここに来て初めて、自分が焚火したことがないことに気がついた。

 レイラは濡れている服を脱ぎ、袋の中からやはり濡れてはいるが、少しはマシな服に着替えた。

 毛布は濡れていても、少しは暖かい。

 だんだんあたりが暗くなる。荷物の場所も見えなくなる。

 レイラは急いで荷の中から蝋燭を取り出した。

 せめて明かりさえあれば……。

 しかし、蝋燭の芯は湿っていてなかなか火をつけることができない。

 本当の暗闇がレイラを襲った。

 寒さと暗さで、レイラは泣きたくなった。

 このまま寝てしまったら、朝までに死んでいるかも知れない。

 そう思うと怖かった。

「ぶりゅりゅ……」

 鈍竜の声だ。レイラは一人ではないことに気がついた。

 夜が怖いことは確かだが、一人っきりではない。

 レイラは小山のような竜の体に身を寄せた。

 皮膚は硬いが少し暖かい。竜と岩との間に毛布をかけ、レイラは疲れていたこともあって、寝てしまった。


 朝、ひんやりとした感触で目が覚めた。

 まだ、日は昇り始めたばかりらしい。どうにか生きていた。

 あたりはひどい有様だった。

 暗闇で広げた荷物が散乱している。今度は朝露で湿っていて、やはり火は熾せそうにない。レイラはぶるりと震えた。

 竜はまだ眠っているらしい。

 とりあえず、しけってしまったパンを食べ、水を飲んだ。ますます体が冷えてくる。

 地図は、なんと濡れたおかげでインクが飛んでしまい、何も見えない。

 レイラはガッカリしてしまった。これではお手上げだ。

 しかし、そのうちに地図があっても、ここがどこかわからないので意味がないことに気がついた。

 サラからはそれほど移動していないはずなのだが、見渡しても川らしきものも村らしきものも見つけることはできない。

 戻ろうにも進もうにも、何もわからなくなってしまったのだ。

 ここにきて、レイラは自分の無謀さを悔いはじめていた。

 父の心配そうな顔が浮かび、涙が出てきた。

「でも、もう泣いていても仕方がない。行くしかないのよ」

 そういうと、レイラは竜を起こそうとした。


 一瞬……。

 心臓が凍りついた。

 竜は、冷たかった。それは死んでいたからだった。


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