第7話


 父の落ち込みを知らずして、レイラは旅を続けていた。

 なんとも心地よい天気である。

 自然と歌が出てきてしまう。

 道横の木立から木漏れ日が漏れて、キラキラとして美しかった。城壁から出た後は、石畳ではない土の道が続いた。

 どこまでも続いているよう――

 道の真ん中に草が生えているのは、馬車の車輪に踏まれないためなのだろう。興味深くレイラは道を眺めていた。

 本では知っていたが、実際に見るとそんなことでも興味深い。

 風も爽やかで気分がいい。

 きっと、セラファンもこのように旅をして歩くのが好きなのだろう。

 そう思うと、同じ経験をしているような気分になって、レイラは満足した。


 鈍竜は、本当に歩みが遅い。最初はレイラのほうが速く歩いた。だが、その速度はだんだんと遅くなり、ついに竜がレイラを待つようになった。

 あまり歩きなれていないので、すぐに足が痛くなったのだ。

 靴を脱いでみたら、皮膚が赤くなっていてぶにょぶにょしている。触ると痛かった。

「きゃー! な、何よ、これー!」

 と、叫んだところで痛みは引かない。

 そこで、鈍竜に乗ることにした。

 もしもレイラが竜のことをよく知っていたら、竜には乗らなかっただろう。いや、そもそもこの竜を選ばなかったはずだ。

 すれ違う鈍竜の隊もあったが、どの竜もレイラの竜よりは二回りほど大きかった。

 竜使いの一人が、すれ違いざま叫んだ。

「お嬢さん! あまり鈍竜に無理はさせなさんな!」

 一般人の早口になれていないレイラは、竜の上できょとんとした。


 レイラは知らなかったのだ。

 こっそり潜り込んだベルヴィン家の竜舎から、適当に小柄で扱いやすそうな竜を選んだ。

 だが、レイラの選んだ鈍竜はまだ子供であり、成竜ではなかった。

 竜舎の中で、小山のように巨大な竜に囲まれて震え上がった姫君に、屈強で丈夫そうな成竜を選べるはずがない。くんくんなついてくれる子竜を選んでしまっても、仕方がないだろう。

 レイラは、鈍竜の背中で揺られながらも、すれ違った竜使いの男の言葉が気になり、何かしら嫌な気持ちになった。


 のどかなエーデムの田舎道を真直ぐに進み、時々小さな田舎町で休憩をしながらののんびりした旅となった。

 お昼を迎える頃になると、鈍竜の歩みはますます遅くなった。

 つまり、道草するようになったのだ。

 青々と茂る道の草を、もりもり食べるようになってしまって、なかなか前に進まない。

「いやぁね、またぁ?」

 などとレイラは笑った。

 草を食べる鈍竜の表情は、何ともおかしい。

 間の抜けた顔で、鼻のあたりの柔らかい部分で、草をもぞもぞと分けるのだ。

 びぶしゅ、びしゅ……と、鼻水を垂らす様子も、もう平気になって、かえって愛らしく感じた。

「早く行かなきゃいけないのよ」

 などと口では竜にいうレイラであったが、足の痛みに休憩のほうが好きになっていた。

 どこかに座りたいが、椅子がない。

 きょろきょろしていると、レイラの背中にどすんと鈍竜がぶつかってきた。

「きゃー!」

 レイラは思わずバランスを崩し、深い草の茂みの中に倒れこんでしまった。

 痛さはなかった。むしろ、柔らかくて気持ちがいい。

 レイラは草の上に大の字になって寝転んでみた。

 実は、初体験であった。

 青い空が目にまぶしい。ところどころに白い雲。

 風が渡り、草が目の前にちらついた。大地の香りがした。


 ――そういえば。

 セラファンは、時々レイラを馬に乗せ、草原に連れ出した。

 彼はこうして大の字で眠った。

 だが、レイラは衣装が汚れるとか、だらしないとか、そのようなことばかり言って、一緒に横になることはなかった。

『君も横になったら?』

『エーデム貴族たる者、地べたに寝るなどとは考えられませんわ!』

 そんな調子で鼻をつんと上げる。

 セラファンは、その横で思いっきり優しい笑顔を見せ、そしてごろごろと寝ていたものだった。

 レイラはその横で、つんとし続けていた。

 せっかくひさしぶりで会えたというのに……どうしてこの人は寝転がってしまうのかしら? などと、いじけていたのだ。

 なのに、セラファンときたら、あっという間に寝息を立てて眠ってしまう。

『歌うたいなら、たまには……ロマンチックな愛の歌でも歌ってよね』

 そういいながら、レイラは彼の銀色の髪を撫で、あまりに無防備な寝顔に胸を締め付けられていた。


 ――もっと素直になればよかった。

 こんなに気持ちがいいのならば、もっと早く一緒にゴロゴロ寝転がればよかった。


 うとうとと眠る……。

 なぜ眠いんだろう? と、考えてみれば……。

 レイラは日の出前に起きるなどという早起きも、今日が初めてだったのだ。お昼寝もやむなしだろう。


 レイラは夢を見た。

 二人で草の上に寝転がって眠るのだ。

 あの銀の髪に触れ、この髪に触れてもらう。そうしたかったのに……。

 もぞもぞ……と髪に何かを感じて、レイラは愛しい人の名を呼んでみた。

「うん……。セラファン様……」

 しかし、それがセラファンであろうはずがない。

 ふんわりと柔らかい鈍竜の鼻息であった。

 次に襲ってきた『ぶひひひひ……』という音と鼻水の冷たさで、レイラは慌てて飛び起きる羽目になった。

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