雪が止んだ夜。雲の向こうで、月が輝いている。

障子の向こうに、人の気配がある。見ると、隙間から封筒が差し込まれていた。向こうの人物に声をかけようか迷ったが、何か意味のある行動だろうと、足音が遠のくのを無言で待つ。

人の気配が消えてから、封筒を取る。

宛名を見たところ、指南役に宛てられたものだとわかる。差出人の名前は書かれていない。封筒を開くと、さらに封筒が入っていた。そこには、自分の名前が宛名として書かれている。

二重になっていた意味がわからないまま、ひと回り小さな封筒を開く。中には便箋が1枚、入っていた。

「これ……!」

辺りに人がいないことを確認し、読み進める。

当たり障りのない手紙だ、最後に書かれている名前以外は。

封筒が二重にされ、宛名が指南役になっていた理由を理解し、引き出しに仕舞い込む。

様々な思いが、溢れそうになる。深呼吸をして、自身を落ち着かせる。手紙の意図を考えるが、よくわからない。不要なことも、不用意なことも、あまりしない人だった。

気づけば、白紙の便箋と封筒を取り出していた。震えそうな手で、宛名を書く。ひどく懐かしい、兄の名前を。



 雪の散らつく朝。山の縁でもたつく陽を待たず、書庫へと向かう。

中に入り、数日前の自分が持ち出した本を仕舞い、隣の本を手に取る。すると、中の紙だけが落ちそうになる。かなり古い本のようだ。読み解くには時間が掛かるかもしれない。

それでも、自らの中に生まれた疑念を、放っておきたくはない。

書庫を出ると、廊下の先に人がいる。

「あら?おはよう、路仁みちひと。」

「おはようございます、姉上。」

「こんな寒いのに、薄着では風邪を引くわよ。」

「すぐ部屋に戻るつもりでしたので。」

「そう。じゃあ、また朝食で。」

「はい。」

姉上を通し、自室に向かう。姉上の視線を、背に感じる。俺のことを心配しているのだろうが、この身には余る。

自室に入り、冷えた足先を暖める。本を捲ると、やはり古い手記のようだ。読み進めたい気持ちを抑え、机の端に静かに置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紫参と 帰路と 鈴木 千明 @Chiaki_Suzuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ