第六節 回向 (2)

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 成人の儀の詳細が決まって2ヶ月、トレーニングも最終調整の期間に入った。

修練場奥のVR室で、担当してくれる2人を待つ。

「真人、おつかれさま。」

先にやってきたのは璃奈りなだった。

「おつかれ。」

「間沙だけど、少し遅れるらしいわ。」

「珍しいね。任務?」

「いいえ、真人が使う刀が届けられたの。」

「それって、成人の儀で使う?」

「そうよ。」

成人の儀では、召喚できるものとは別の刀を用いるらしい。考えてみれば、〝子〟は紫石を宿す前に成人の儀を迎えるのだから、当然だ。今まではJSOで用意してもらった刀で、礼節の練習やトレーニングをしてきた。その刀を成人の儀でも使うのかと思っていたが、宏景さん──篁家が、夜霧一族の慣習に則った刀の製作をしてくれたらしい。成人の儀や節目の行事で着る装束も、篁家が用意してくれている。

「ついにか……」

「ふふ、楽しみ?」

「刀自体は楽しみだけど、いよいよ成人の儀が近づいてると思うと、ちょっとプレッシャー、かな。」

「きっと大丈夫よ。勝負を焦らなければ……あとは、刀を意識しすぎて体捌きが悪くならないように。それと、考えている時に重心が浮く癖も気をつけてね。意識している暇はないでしょうから、それまでに直していきましょう。」

「本当に大丈夫かな……」

成人の儀まで2ヶ月を切っている。課題は少なくない。

弱気になりそうな時は、母さんのことを思い出す。俺を励ましてくれた笑顔を。

そして、冷たくなった体を。

安置室で母さんの遺体を目にした時のことを、忘れた日はない。機械兵と、その向こうにいる人物のことは、今でも許せない。真実をこの目で確かめたい気持ちも、もちろんある。そのために、この道を走ってきた。

でも、あの時とは少し変わった。紫石の管理者として、1部隊員として、どうあるべきなのか。それを、すぐ近くで見てきた。彼らへの憧憬、感謝、畏敬、友愛。それらを抱いていると、冷たい激情が、ゆっくりと解けていく。

「悪い、待たせた。」

間沙がそう言いながら、早足にVR室へ入ってくる。手には納められた刀を持っていた。

「任務が入った。今回のトレーニングは璃奈に任せる。良いか?」

「もちろんよ。いってらっしゃい。」

間沙は〝頼んだ〟と刀を璃奈に渡し、また足早に部屋を出ていった。

成人の儀についての会議を終えてから、間沙の様子が少し変だ。何がどう、と聞かれると、困るのだが。


 真剣でのトレーニングも、もう慣れたものだ。しかし、今日初めて手にした刀は、体にまだ馴染まない。そのため、いつもより慎重に扱う。

「いいでしょう。今回はここまでね。」

「ふぅ……」

「疲れた?」

「うん。この刀にも慣れないと。」

「怪我には気をつけてね。」

「璃奈たちは、12歳とかで真剣を扱ってた、ってことだよね?」

「だいたいはそうかしら。私も、成人の儀の1年くらい前から真剣を持つことを許されたわ。」

「凄いね……」

「必要なことだから。」

璃奈たちは、産まれた時から紫石の管理者として育てられた。指揮官も言っていたけど、世間のほとんどの人たちとは、まったく違う世界で生きてきた。JSOに保護される前の自分も、当然こんな世界は知らなかった。ここにきて1年と8ヶ月。想像もつかないようなことを、たくさん知った。そして、その多くを教えてくれたのは、1部隊の皆だ。

思い返した記憶の1つを取り出す。

「そういえば、最初の頃に座学で仁美ひとみと話したけど、〝最後の夜霧〟はなんで紫石を割ったんだろうね?」

「紫石はとても強力なものだから、分散させた方が比較的安全だと判断した、って考えられているわね。」

仁美からもたしかに、そう教わった。

「でも、前に指揮官がね、〝1人で何か大きなことを抱えるのは苦しいから〟って言っていたの。なんとなくだけど、私はそっちの方がしっくりきてるわ。」

「なるほど……そうかもね。」

俺が1人だったったら、今頃どうなっていただろうか。JSOに入らないという選択をしていたら……それでも、指揮官や1部隊の皆は、俺を助けてくれた気がする。

俺もいつか、皆を助けられるようになりたい。

「ねぇ、璃奈。間沙の家の当主が顧問にいなかったんだけど、何か知ってる?」

「それは……私の口からは、言えないわ。」

「ううん、璃奈が知ってるなら良いよ。必要なら、間沙から話すと思うし。」

「……そうね。」

「そういえば、まだ間沙にちゃんとお礼言ってないや。」

「お礼?」

「事件の時のこと。あの時は、母さんと自分のことで手いっぱいで、そこまで気が回らなかったんだ。でも、そもそもさ、間沙とはやとは、機械兵に襲われた俺を助けてくれた。そのお礼……って、前から思ってるんだけど、なんか切り出しにくくて……」

「そう。それは、伝えるべきね。今の間沙には、必要な言葉だわ。」

璃奈はそれを強く願うように、俺を真っ直ぐに見た。



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 深夜3時を回った。息抜きに立ち上がる。ディスプレイの日付を見て、不安が過る。

今日は、間沙の……

 準待機室を出て、修練場に向かう。入ると、VR室だけに明かりが灯っているのが見えた。

予想通り、VR室の中にいたのは間沙だった。手元のパネルを見ると、2時間半も連続で使用している。今は3回目の演習だ。

上のモニターを見る。実際のVR室内には間沙しかいないのだが、モニターには、仮想的に再現された複数の敵も映し出されている。間沙には余裕がない。下のパネル表示でも、左腕と胴体の右下部分が黄色く点灯し、残りの耐久値が算出されている。ダメージを受けた表示だ。

モニター上で、敵の刀が間沙の肺辺りを貫く。衝撃が再現され、間沙の体が壁まで押し出される。

パネルの表示も、胴体の左上が赤くなり、すぐに体全体も赤くなる。間沙の戦闘不能と、演習の終了が示された。

そのままズルズルと床に座り込んだ間沙は、舌打ちをすると、息が整わないうちに部屋の中にあるパネルを操作しようとする。

「とっくに1時間は超えているわよ?」

備え付けのマイクのスイッチを入れ、部屋の中に声を届かせると、間沙が私を見た。向こう側からこちらは見えないため、マイクのある辺りを見ているのだろう。

「おつかれさま。」

ゴーグルを外しながら出てきた間沙に、声をかける。

「璃奈は夜勤か?」

「えぇ。ダメでしょ?ルールは守らないと。」

「あぁ、悪い。」

「……間沙──」

シャワー室に向かう背中を、呼び止める。

「──を見たの?」

間沙が立ち止まる。

今日は、間沙の成人の儀が行われた日。そして彼は、あの夢トラウマを見る。

「ねぇ間沙。どうして、親役を引き受けたの?」

「……俺にとって、必要なことだからだ。」

そう言って、間沙はシャワー室に入っていった。

間沙は、 進み出そうとしている。真人の成人の儀を通して。きっと彼は、その危うさを承知の上で、踏み出すことを決めた。誰にも、万が一には助けてくれ、なんて言わずに。

「はぁ……」

全てを救い上げることは困難だ。無理に為そうとすれば、その代償は自身に帰る。管理者として、紫石と祠を護る。夜霧の末裔として、国と民を護る。そのための代償に耐えるだけの鍛練は、紫石を継ぐ者であれば、誰しもがしてきたことだろう。

でも中には、それに慣れすぎている者もいる。自身に返る痛みに、あまりにも疎い。受けた傷を無視して、刀を振るう。敵がいなくなるか、自身が動けなくなるまで。



 X28 12/22


 呼び鈴が鳴り、玄関に向かう。覗き穴の向こうには、私服の啓太けいたがいた。

扉を開ける。

「休みに悪いな、間沙。」

「上がるか?」

「いや、挨拶に来ただけだ。」

玄関に招き入れると、啓太が頭を下げる。

「本年も大変お世話になりました。明年もどうぞ、よろしくお願いいたします。」

自らもそれに倣う。

「こちらこそ。ありがとうございます。」

毎年のことだが、1番初めに年末の挨拶をするのは啓太だ。啓太の姉の命日が明日であるため、今日までには村へ戻る必要がある。

「来年は、前途多難になりそうだな。」

顔を上げた啓太は、そうぼやいた。

「真人が現場に出れば、機械兵も動きを見せるだろう。未だに目的は不明だが、真人が深く関わっていることだけは確かだ。おっと、その前に成人の儀だったな。」

「啓太からはどう見える?越えられると思うか?」

「それは、どっちの話だ?」

啓太と目が合う。つい、視線を逸らしてしまう。視界の外から、ため息が聞こえる。

「成人の儀で〝成人〟するのは子だが、親にも変化はある。親から家を継ぎ、子へ紫石を託す。いくつになっても、どんな経験を積んでも、節目っていうのは大事なんだろう。真人は、紫石の宿主として認められ、1部隊への加入が許される。ならば間沙、〝親役〟のお前にとって、きたる成人の儀は何だ?」

返す言葉をまとめられずにいると、啓太は意地悪く笑った。

「こいつは良い。今はやとと勝負したら、2勝差なんて簡単にひっくり返るだろうな。準待機が被らないことを願ってやるよ。」

「……はやとは、とっくに俺を追い越しているだろ。」

「随分と張り合いがないな。間沙、お前が真人を殺してしまうことはあるか?」

「ない。」

「そう言い切れるのなら、怖れることはないだろ?まさか、真人に殺されることを怖れているのか?」

俺は、怖れている。真人が、進めなくなることを。

「答えろ。」

いつもとは違う、殺気にも似た啓太の圧に、息を呑む。

「……ああ。」

音にできたのは、それだけだった。

「そうか。」

動く気配がした。啓太の左拳が向かってきている。

反射的に歯を食いしばる。受け止めようとした右手を、すり抜けてくる。

「っ……!」

衝撃で左半身が壁にぶつかる。

「答えを誤魔化さなくて良かったな。おかげで、俺の左手に刀はない。」

口の中に血の味が広がる。

「間沙、お前が殺されたとしたら、それは不相応だからだ。たとえ真人に、その気がなくともな。役目の上での最良の選択が、その人間にとっての望んだ結末を齎すわけじゃない。」

「……わかっている。割り切らないといけない。俺は、真人の〝親役〟だ。」

「そうだ。ただ、お前には許されていることがある。それは、不恰好でもいいことだ。必要なら他の人間に頼れ。難題すぎるか?」

啓太は笑って、ドアノブに手をかける。

「良いお年を。」

扉が開かれる。

「良いお年を。」

俺の返答に軽く手を上げ、啓太は扉を閉めた。

1人になった玄関に座り込む。

啓太にまで、心配されるとは……

自分の情けなさに、笑いが零れる。殴られた右頬が痛んだ。

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