第六節 回向 (1)

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 間沙まさと共に会議室へ向かう。俺は今までの人生の中で、最も緊張していた。

JSOに籍を置いて1年半。1部隊に入るための訓練を積み、このまま順調にいけば、あと半年で1部隊員になることができる。そこで関門となるのが、成人の儀だ。俺は今から、その詳細が明かされる会議に参加する。そこには、JSOの顧問を務める4人もいるそうだ。

真人まこと、緊張する必要はない。ただの会議だ。」

「そうは言われても、4人とも現当主なんでしょ?」

「まぁな。だが4人とも、1部隊の親だ。」

「そうだけどさ……」

「何も心配する必要はない。素直に、自然体でいれば良い。」


 会議室の前に着く。深呼吸した俺の背を、間沙が軽く叩く。時刻を確認した間沙は、会議室のドアを開けた。

「失礼いたします。」

「し、失礼します。」

中には指揮官と下野しものさんに加え、3人の男性と1人の女性が座っていた。

指揮官に手で促され、手前の席に座る。正面には下野さんが、その左に指揮官だ。俺たちが座ると、下野さんが立ち上がった。

「お集まりいただき、ありがとうございます。本日は清水しみず 真人まことの成人の儀について、詳細の通達と確認を行います。まずは私から、顧問の皆さんを紹介させていただきます。」

下野さんからの紹介を聞く。俺から見て左手奥に座っているのが、たかむら家当主の宏景ひろかげさん。右手奥が山辺やまのべ家当主の弥璃いよりさん。手前左が香川かがわ家当主の実啓さねひろさんで、手前右が刈谷かりや家当主の仁孝よしたかさんだ。

やっぱ怖い!特に手前の2人!

「次に成人の儀の詳細を、総指揮官からお願いいたします。」

「その前に、ちょっと良いかしら?」

弥璃さんが指揮官に聞く。

「ええ、構いませんよ。」

「席、変わらない?」

……え?

「まぁ、言いたいことはわかる。」

苦笑しながら弥璃さんに賛同したのは宏景さんだ。

「弥璃、余計な口を挟むな。」

実啓さんが弥璃さんを睨む。

「それよ、それ。実啓はすぐ人のこと睨むし、仁孝も仏頂面だし。真人が怖がっているでしょ?」

「……怖いか?」

仁孝さんが、俺に聞く。

「い、いえ、大丈夫です!」

大丈夫です、って言うのもどうなんだ!?

まだ言い合う弥璃さんと実啓さんを、宏景さんが宥める。

「な?あいつらの親だろ?」

その隙を見て、間沙が小声で伝えてくる。

「そうだね……」

弥璃さんと目が合い、俺に微笑みかけてくれる。璃奈と似た優しい目に、JSOで初めて目覚めた時を思い出した。

指揮官はひとつ咳払いをすると、立ち上がった。

「では改めて、私から説明を。清水 真人の成人の儀は、〝親役〟を天野あまの 間沙まさとし、佐藤さとう はやとの成人の儀と同様、顧問の皆様にも同席していただきます。剣術の試験は、顧問全員の承認が得られた時点で終了とします。その他の儀礼等は夜霧やぎり一族で行われるものと可能な限り同様に行いますが、紫石しせきの欠片の移譲に関する手順は省きます。何かご意見、ご質問等あれば、伺います。」

「1ついいか?」

「何でしょう、実啓さん。」

「成人の儀の前に、真人との立合いの場を設けることは可能か?相対しなければ、わからないこともある。」

「どうかな?」

指揮官に尋ねられる。

「えーっと……?」

実啓さんと、立合い?1部隊の皆の足元にも及ばない俺じゃ、立合いとして成り立たなくないか?それとも単に、スケジュール的に可能か聞いてるのか?

質問の意図がわからず、間沙にヘルプの視線を送る。

「〝親役〟といたしましては、顧問の皆様から、直接のご指導をいただきたく存じます。」

「私からもお願いしたいのですが、どうでしょうか?」

指揮官が他の3人にも聞く。

「俺は賛成だよ。」

「私も、真人のためにもなるだろうし。」

仁孝さんも、無言だが頷いている。


 その後、日程や内容の詳細が確定し、会議は無事に終了した。

顧問の4人が会議室を出ていく時に、宏景さんが間沙に声をかける。

「真人、先に戻っていていい。」

間沙はそう言うと、宏景さんに付いて出ていってしまう。

少し気にかかったことがあり、聞こうか迷っていたが、それを保留にして自室に向かう。

顧問は、篁、山辺、香川、刈谷の当主が務めている。ならばそこに、天野──間沙の家の当主がいないのは不自然だ。聞くのを迷っていたのは、仁美のお兄さんの話と同じような、踏み込まれたくない事情がある予感がしたから。

もし必要なら、間沙から話してくれる……だろう。



(同時刻)


 宏景さんと共に、空いている隣の会議室に入った。

「話というのは?」

宏景さんは少し声を落として、話し始める。

「間沙、成人の儀の最中に、真人の紫石を覚醒させることは可能だね?」

意図を読み取ろうとするが、彼の言葉を理解することさえ、拒絶してしまう。

「何を、仰って……」

諭すような宏景さんの目に、逃げ場がなくなる。なんとか呼吸を正し、言葉を返す。

「可能では、あります。」

1年半前の事件の際、機械兵の発した秘文を元に、真人の紫石の覚醒、封印ができる〝音〟は、研究部によって特定された。その秘文は万が一のため、1部隊の全員が習得し、覚醒と封印を施す試験にも成功している。

「なぜ、そのようなことを?」

「彼が自らの内に紫石を認識してから、2年も経っていない。剣術の方は、この短期間でも形にできたのかもしれない。でもそれは、何もない状態から始めたからだ。しかし、心の方はそうもいかない。それまでの15年を、たった2年で作り変えなくてはいけない。母親の死が彼を大きく変えたとしても、紫石の管理者として相応しくあることとは、また別の話だ。それを、紫石を覚醒させることによって確かめる。」

「どういうことですか?」

「彼には一度、紫石に呑まれてもらう。その中からこちらに戻ってくれば、彼を紫石の宿主として認める。」

宏景さんを睨みそうになり、目を瞑って堪える。喉元に何かが迫り上がるような苦しさ。それを逃すために、意識的に息を吐く。

「賛同しかねます。紫石に呑まれないために、心身を鍛えるのです。そしてそれは、1度呑まれてしまえば、自らの意思で制御することは困難であるからでしょう?」

頭を過る赤い記憶。そして、その手前の空白。俺が、、抜け落ちた部分。

その時、俺は……

「難しいが、不可能でもない。2年弱という短期間で彼を見定めるには、この方法が1番良い。これは、顧問である俺たち4人の総意だ。」

「……指揮官も、賛同したのですか?」

「彼はどちらとも言わなかったよ。結局のところ、顧問の承認が得られなければ、真人は1部隊に入れない。この案に意見することは無意味だと、指揮官もわかっていたのだろう。」

夜霧における成人の儀とは、次期当主となる者に課せられる、最後にして最大の試練。

〝獣に護ること能わず。獣に歩むこと能わず。これなるは人の道。この道に、使命と慈愛を。〟

親は子を死の淵に立たせ、〝獣〟へと落とす。〝人〟であり続ける親に勝ることができない理を得た時、子は〝人〟へと戻り、自らの護るべきものと、それを為すすべを会得する。

すなわち、〝強さ〟を悟るための試練だ。

紫石に呑まれた状態から自らの制御を取り戻すというのは、成人の儀の過程に似ている。しかし、あまりにも難題だ。

「……真人の1部隊加入には、時期尚早だとお考えですか?」

「いや。すまない、誤解させてしまったみたいだね。真人を認めないために無理難題を押し付けている、というわけではない。特に体の方は、2年でも充分に成長できる環境だ。はっきり言って羨ましいよ。指南役として次期当主相当が6人。紫石の研究を行うJSOの支援もあり、彼自身も実直だと聞く。先にも言ったように、問題は心の方だ。母親の件を考えると、危うい。1部隊に入れば、機械兵とやらに接触することもあり得るだろう。そして相手は、紫石を覚醒させるすべを有している。覚醒した紫石に対抗できるということを示してもらわなければ、1部隊に入ることも、紫石の管理者としても、認められない。」

宏景さんの言っていることは真っ当だ。 だが、真人の紫石の覚醒を、どうにかして回避しようとしている自分がいる。

「しかし……」

言葉の続きが出てこない。反論の余地はないと、自分でもわかっている。

存在しない言葉を探す俺から、宏景さんは視線を外し、壁に背を預けた。

「怖いか、間沙。」

答えられない。手が震えていた。

「君は、間義まちかとは違うだろ?」

父上は、なぜ……

「あいつはまだ、間沙を苦しめているのか?」

背筋に悪寒が走り、拳に力がこもる。

「まったく、しつこい奴だ。昔からな。」

会議室の扉がノックされる。

「どうぞ。」

宏景さんの返答を受けて、入ってきたのは指揮官だった。

「失礼、話は終わりましたか?」

「伝えるべきことは伝えた。あとは、間沙次第だ。」

宏景さんが俺の肩に軽く手を置き、会議室を出て行く。

「これ、前に頼まれてた、はやとの成人の儀の資料。遅くなってごめんね。」

「いえ、ありがとうございます。」

「話は聞いたね?大丈夫そうかい?」

資料を受け取った手が、一瞬止まる。誤魔化すように表紙を見てから、脇に抱えた。

「なぜ俺を、親役に推薦したんですか?」

「君が一番、真人を見てきたからね。」

「そもそも、俺を真人の教育係に任命したのも指揮官です。こうなると、あなたはわかっていたはずです。」

「そうだよ。親役を間沙にやってもらうために、君に真人を任せた。君にも、進むべき時が来たということだ。」

俺はあの日から、止まったまま。血溜まりに足を取られ、泣き声に腕を掴まれ、復讐に打ち付けられる。

「君達には、紫石を管理するという役目がある。同じように、僕にも役目がある。紫石を管理する君たちを見守り、時には助け、時には正すという役目だ。君が再び歩き出すように計らうのも、僕の役目だ。」

上手く声が出せず、黙って俯く。

「とは言ったもののね、自分勝手だが不安になってしまった。紫石の管理者ということを除けば、まだ20の君には、こくすぎる。」

「……いえ、大丈夫です。」

「ごめんね、間沙。その言葉を言わせたいがためだけに、聞いたんだ。」

そう言うと、指揮官は部屋を出て行った。

〝君にも、進むべき時が来たということだ。〟

指揮官の言葉を、頭の中で繰り返す。

紫石の管理者としての役目を、果たさなければならない。あの〝血溜まり〟から抜け出さなければならない。

わかっていた。頭では、わかっているんだ。もうずっと前から、JSOに来た時から。それでも俺は、ただただ恐怖し、目を背け続けた。



(同日)


 誰かが、横たわる俺を揺すり、声をかけている。泣き顔がぼんやりと映り、声も届き始めた時、右頬に雫が伝う感覚に気づく。

自らの右頬に触れる。まだ色彩に疎い視界にも、その赤は、はっきりと見えた。同じ色が、自分と、刀と、辺りに撒かれている。それは、背後から流れ出していた。

怖い。

背後を振り向けないまま、立ち上がろうとする。血溜まりは足に絡みつき、身体を持ち上げることすらままならない。

それでも、その場から離れようとする。そんな俺の腕を、誰かが掴んだ。

「兄上……」

少女の声が響く。

「どうして?」

背後で、誰かが立ち上がる。

「間沙……」

男の声に、身体が固まる。少女の手を、振りほどけない。

「よくも俺を、」

気配は、すぐ後ろに──

?」


 貫かれた感覚で飛び起きる。いつもと同じ、背後から衝撃が突き抜けると同時に、目が覚める。

荒い鼓動と呼吸を整えようとするが、上手くいかない。

「くそっ……」

俺は、進み出さなくてはならない。たとえあの赤い光景が、頭から離れないとしても。

足に絡みつく血を、腕を離さない声を、背後の復讐の刃を、俺はどうすれば良い?

その答えを、出さなければならない。

だが……そのために俺は、真人に同じことをするのか?

朧げな記憶の中にある、父上が秘文を唱える姿。そこに自らが、重なるようだった。

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