第五節 鳴噪 (3)

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 トラックの中で、数年前のことを思い出していた。

あれから仁美は、少しずつ心を開いてくれた。まだお兄さんとの蟠りはあるみたいだけど、もう少し時間をかければ、それも解決するだろう。

「んー、今日も現れないかねぇ……」

モニターの前に座る2部隊員が、伸びをしながらそう呟いた。

今俺たちが探しているのは、連続通り魔事件の犯人だ。

犯人はナイフで被害者を切りつけ、所持品を奪って逃走。死者こそ出ていないものの、そういった犯行を4度も繰り返している。3度目と4度目は、巡回中の警察官が目撃したものの、逃げられてしまった。再び取り逃がすことを危惧した警察は、JSOに捜査を委任した。

通り魔が現れるのは、20時から22時。この地域は住宅街で、夜になると人気ひとけのない道も多い。あらかじめ設置したカメラで監視し、見つけ次第、俺が向かうことになっている。

「2回も警察に見つかってますし、しばらくは大人しくしてるんじゃないですか?」

変化のないモニターを見ながら、調査部の職員はそう言った。

5日前から監視をしているが、犯人は現れていない。事件が起きないに越したことはないが、犯人が捕まらなければ、住民の不安な日々も終わらない。

「捕まるまで、何も起こさないでくれると良いんだけど。」

希望を口にする。

俺が動く時は、誰かが被害者になっている時だ。


 犯人が現れないまま、22時を回った。23時までは監視を続けるが、今日も現れないのかもしれない。

「ん?」

そう思った矢先、2部隊員がカメラをズームさせる。そのモニターには、不審な動きの男性が映し出されていた。かなり遅い歩調で通話をしている様子だったが、女性が横を通る際に顔を伏せた。通り過ぎた女性を確認すると、その後を追って道を進み始める。

2部隊員と頷き合い、立ち上がる。フードを被り、外していた口元のボタンを留める。ゴーグルをかけて、軽く動作チェックをする。

「状況022、開始。」

調査部職員の声に送られ、トラックの外に出る。

『ルートを指定する。右に進んで、すぐの角を左だ。』

通信機から聞こえる指示を頼りに、目立たない道を進む。

『路地から出る前に止まれ。出て右に、男がいるはずだ。』

路地の先、右側を窺うと、先ほどモニターに映っていた、フードを被ったパーカー姿の男性が見えた。その少し先に、女性の姿も。女性が左に曲がったところで、男性が足を速めた。

飛び出しそうになるのを堪える。

『男が曲がりきったら、後を追うんだ。』

男の姿が、角に消える。

『手前に……っ!男が走った!行け!』

全速で後を追う。

角を曲がったところで、女性が男に振り返った様子が見える。

男の右手にはナイフがあった。

すぐに近づき、振り下ろされる前の男の右腕を、逆手に掴む。左手で男の首根を掴み、近くのブロック塀へ押し付ける。

「くっ……」

わずかに呻き声を漏らした男の右腕を、自らの右腿に打ち付け、ナイフを落とす。

「現行犯人を確保。」

『時刻確認。』

近くの広めの道に、トラックが入ってくる。2部隊が女性を保護し、男性にも手錠をかける。

『状況022、終了。』

指示に従い、男性をトラックまで連行しようとした、その時。

身に覚えのある、しかし異質な波長。背後から感じたそれに、振り返る。

街頭の下に佇む、白いローブ。その隙間から覗くつかが、灯りを跳ね返している。

機械兵……!

2人を2部隊に託し、彼らを機械兵の視界から遮るように立つ。

『至急!実働1から本部!』

本部へと通信を入れる声が聞こえる。

2部隊は、男性と女性を連れて、トラックまで後退していく。

機械兵は動かずに、5メートルほど離れた場所でこちらを見据えたままだ。

特殊戦闘は許可されていない。刀の召喚なしに戦うのは、さすがに不利だ。

「君の目的は何?」

機械兵は答えない。

時間稼ぎになればと思ったんけど……

「大人しく捕まってくれないかな?もちろん、機械兵の向こうにいる君ね。」

機械兵を遠隔で操っているであろう人物に、話しかける。

『お前は、紫石が憎いと思ったことはあるか。』

「憎い?」

『その石がなければ、何かを失わずに済んだと、そう思ったことはあるか。』

「仮にあったとして、どうして紫石にそこまでの感情を抱くの?」

質問の意図がよくわからない。だが、特殊戦闘の許可もまだ下りていないし、周辺住民の安全確保に2部隊が動いている最中だ。それが終わるまでは──

『お前にはわからない話のようだな。』

機械兵が刀を抜く。

──ダメか。

自分が交渉に向いていないことを再確認し、こちらも身構える。

「君は、紫石が憎いの?」

俺の言葉を無視し、機械兵が動く。機械兵は刀を構えて走り、間合いをはかることなく、上からの斬撃を放つ。

後ろに下がって避ける。

道幅は4メートルほどあるが、躱し続けるにはやや狭い。だが、今の場所から動きすぎると、設定された住民の避難経路に近づいてしまう。

右からの横薙ぎを最低限の後退で避け、振り抜けた刀を警戒しつつ、右回りに動く。

ちょうどブロック塀を背にしたタイミングで、機械兵の刺突。今いる位置よりも右側を狙っている。

急停止し、左へ避ける。

機械兵の剣先がブロック塀に当たる寸前で止まり、刃が俺の方に向く。

やや左に重心が乗った体を、屈ませる。フードの先に、刀が掠った感触。重心を移動させながら左手を右足の前に付き、左足で機械兵の右の膝裏を蹴る。

硬っ!

倒れるまではいかず、機械兵はバランスを崩しながらも、右足を軸に体を反転。その勢いを、左足に乗せる。

わずかに距離を取るが、機械兵の左足が俺の腹部を捉える。

「ぐっ……」

反対側のブロック塀へ、背中が叩きつけられる。

硬い、って当たり前か。

咳き込みながら機械兵を見る。人間味がないとはいえ、外見だけでは機械には見えない。

機械兵は刀を構え直し、既にこちらに向かってきている。

『総指揮官から実働1。』

通信の中に、指揮官の声が入る。

左肩を狙って刃が迫る。右足を出して、間合いを潰しつつ、半身になる。機械兵の腕を担ぐように掴む。

『実働1部制約の特例解除条件第3項をJSO総指揮官の権限で適用。』

掴んだ腕を引き、体勢を低く保つ。同時に股下へ右腕を差し込み、投げ飛ばす。

投げ飛ばされながらも、機械兵は空中で刃先を走らせる。下からの刃を避けきれず、口元あたりの制服が斬り裂かれる。

機械兵が起き上がるわずかな隙に距離を取りつつ、首元の機器メジャリングを触って傷ついていないことを確認する。

体勢をすぐさま立て直した機械兵が、最速で斬り込んでくる。

後退して避ける。

しかし、すぐに間合いを詰められ、深い位置まで入られる。右から刀が迫る。

『1371の第4種戦闘を許可。』

左に身を引き立つ、自らの脇腹と機械兵の刀との間で、刀を喚び出す。紫の光の束が、右手でつかの感触に変わる。逆手で引き出し、刃を防ぐ。力で押し戻すことはできず、機械兵の刀の軌道に合わせて、体を左回りに動かし、力を逃がす。

距離を取り、順手に持ち直す。

刀を召喚したためか、機械兵はむやみに詰め寄らず、互いに間合いをはかる。

体格は俺よりも小さい。だが、人間が操作しているとはいえ、体は機械だ。単純な力比べであれば、どちらが上かはわからない。

「もう一度聞くけど、目的は何?単に俺と戦いにきた、ってわけでもないでしょ?」

機械兵は答えず、間合いを詰めてくる。

低い構えから、隙の少ない突き。

体の右側に刀を引き上げながら、相手の刀の軌道を逸らす。

擦れ合う鎬筋から、力の切れ目を狙う。

刀同士が離れた瞬間に、相手の刀を外側に大きく弾く。刃を返し、空いた胴体を狙う。

機械兵は体勢をやや崩しながらも、俺の一撃を下がって避けた。

自らの刀を左に振り抜いた直後、右から機械兵の刀が返ってくる。

右手を刀から離す。刀と共に迫ってきていた機械兵の左手を掴み、小指側を外に捻りながら力任せに曲げる。

さすがに折れはしないか。

軋んだ相手の手首を掴んだまま、左手の刀を突き上げる。

機械兵は掴まれた左手を中心に、大きく左に回りながら避ける。俺の刀は、機械兵の右肩あたりを掠めた。

回ると同時に押し込まれた機械兵の刀が、右の脹脛に当たる。

すぐに手を離して退避したため、深手にはならなかったが、機械兵の刀にはわずかに血が付着していた。

一方、俺の刀に血は付いていない。機械兵には血液が流れているらしいが、人間と違い、体表近くの血管はないのだろう。

構え直し、機械兵の概略図を思い出す。

構造は人間に似せて作られているが、CPU頭部を破壊するか胴体から斬り離さない限り、止められない。もちろん、他の部位を破壊すれば有利にはなる。血液量も、減少しすぎれば動かなくなるだろう。だが、それだけの損傷を与えた一撃の後、無傷で済むかは疑問だ。今のように、機械兵は痛みや衝撃では怯まない。

刀を立てて構え、間合いを詰める。

牽制目的の刺突が飛んでくる。

体の勢いをできる限り殺さずに避け、刀を振り下ろす。

機械兵は左に避け、左後ろから斬撃の気配。

右足を軸に体を左に回し、気配と撃ち合う。予測通りの位置にあった機械兵の刀を左下に撃ち落とし、刃を返す。

しかし、刀を振るうよりも前に、頭に衝撃が加わる。

「ぐっ……!」

至近距離から頭突きを喰らったのだ。衝撃で膝をつきそうになる。なんとか体を動かし、突き出された刀を避ける。さらに距離を取ると、背中がブロック塀に当たった。額から液体の流れる感触がある。わずかに口に入ったそれが、血だとわかった。

──彼ハ来ナイ。

ひび割れたゴーグルの向こうから、機械兵が迫っている。

まだ衝撃に揺れる頭と体をブロック塀から離し、体近くに刀を構える。

──マタ負ケルノカ、

上からの斬撃。重い一撃に、逃げ場のない体がブロック塀へ押しつけられる。

「っ、ああ!」

なんとか押し返すが、視界が眩む。左からの一撃を予測し、防御。

──本性ヲ隠シテ。

防いだ感触はあったが、力の入りきっていない体は、衝撃に耐えきれずに道路へと転がる。

「ゔっ……」

上体を起こすと、追撃が見える。

──マダ怯エテイルノカ?ハハハ……

凶刃が、

嘲笑が、

迫る。

「……うるさいなぁ。」

膝をついた俺に、刀が迫る。しかしそれは、紫の光を帯び、速度を落とした。

振り払う。相手の刃がこぼれ、破片がひび割れた視界の中で光る。

息を整える。

急激に増した紫石の波長に、頭がのぼせ、指先が痺れる。

ゴーグルを外し、相手を見る。

──殺セ。

「……壊す。」

斬りかかる。

相手は俺の刀を去なしきれず、鍔迫りになる。そこからさらに押し込む。

相手の肩口に刀が付き、間合いを空けられる。

踏み込む。

去なせないと判断したのか、相手は刀で受けきる体勢をつくる。

ガキンッ、と刃が強く当たる音がする。また少し、相手の刀の破片が飛ぶ。

弾き飛ばし、刀を振り下ろす。

相手はこれを避け、俺の左側へ回る。

振り向きつつ、横薙ぎ。

俺に向かって突かれていた相手の刀、その刃こぼれした側面を狙って撃ちつける。

バキンッ!と、相手の刀が折れる。

退く相手の頭に向けて突きを放つ。剣先が、左目付近に刺さる。

「ふっ!」

踏み込み、深く突き刺す。そのままブロック塀まで撃ちつける。

衝撃で、ブロック塀の一部が崩れる。瓦礫に紛れ、折れた刀を持った相手の左腕が迫る。

脇腹に届く直前に、右手でその腕を掴む。

「はああああ!」

相手の頭に突き刺した左手の刀に、体を捻る力を伝え、左下に斬り払う。

斬れ目から血が噴き出す。倒れた体に刀を突き刺そうとして、踏み留まる。

深呼吸。

『機械兵の停止を確認。』

通信を聞き、刀を光の中へと手放す。

『総指揮官から1371。』

……やりすぎたか。

紫石を鎮めるように、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

『紫石の制限値超過を確認。警告、実働1部制約の第3条及び第10条の2に基づき──』

まさか、機械から頭突きされるとはね。

痛む頭を押さえながら、機械兵が停止した場所から、道路を挟んで反対側のブロック塀へと向かう。

『──10秒後に、強制的に意識を消失させる。』

背を預け、座る。目を瞑ると、傷口あたりの脈動が強く感じられる。

その狭間に、耳障りな〝声〟。いつものようにそれを無視して、長く息を吐く。

『3、2、1──』

首筋に、ピリリとした痛みが走る。意識が、落ちていった。

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