第五節 鳴噪 (2)
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春虎の尾の手入れを終え、真人と共に談話室で寛ぐ。
「宏文ってさ、」
紅茶を入れていると、真人が聞いてくる。
「仁美と仲良いよね。」
「そうかな?」
「仲が良いというか、扱いが上手い?」
「んー、俺は間沙の方が仁美と仲良いと思うけどなー。」
「あの2人は違うじゃん。シンパシー的な……」
はやとが前に、同じようなことを言っていた気がする。
「なんか俺、未だに仁美との接し方がわからなくてさ。話しかけにくい、ってほどじゃないけど、声かけるのを躊躇うことがまだある、っていうか。そもそも嫌われてるなら、あんまり近づくわけにはいかないし……」
紅茶をテーブルに置き、真人の正面に座る。
「嫌われてはないと思うよ?けっこう真人のこと、心配してたし。」
「そうなの?」
「うん。たぶん、仁美もわからないんだと思う。真人とどう接すれば良いのか。たしかに、あんまり距離が近いのは苦手みたいだけど、真人の場合は、壊れ物を扱う感じ、かな。」
「俺、けっこう図太い方だと思うんだけどなぁ。」
「俺もそう思う。」
「そんな即肯定されると複雑……」
真人は豆菓子を食べながら、〝素直じゃないだけなのかな……〟と唸った。
「宏文とは、最初どんな感じだったの?」
「それが、碌に口も聞いてくれなくて。」
「そうなの!?」
「最低限の会話はしてくれたんだけどね。最初の1〜2年は、俺を含めて、他人との交流を避けてたよ。」
「それってやっぱ……」
真人は口をつぐんだ。おそらくは、仁美の兄の存在を思い起こしたのだろう。
仁美の仮加入から3年、彼女は変わった。目指す場所には、未だ辿り着けず。でもあの頃のような、危うさはない。
(2年前)
指揮官室で次の任務の概要を説明される。隣には仁美がいた。
「以上が今回の任務だ。それほど危険ではないと思うが、仁美は初任務だ。宏文、よろしく頼むよ。」
「わかりました。」
指揮官室を出ると、仁美が早足に離れていく。
「待って、仁美!」
俺の呼びかけに、彼女は足を止めた。
「なに?」
「初任務だけど、緊張しなくて良いからね。気を抜くのはダメだけど。」
「わかってるわ。」
「……資料、よく読んでおいてね。わからないことがあったら、なんでも聞いて?」
「ええ。」
会話を切り上げ行ってしまう仁美に、どう声をかけるべきかわからなかった。
仁美の仮加入から1年。これまで、仁美が誰かと親しくしている様子を見たことがない。間沙とはたまに話をしているけど、あれは鍛練に関してだろう。今の彼女が、本来の姿とは思えない。自分を抑え込んでいる。そんな気がしていた。
「なに突っ立ってるんだ。」
後ろからの声に振り返ると、啓太がいた。
「啓太、ちょうど良いところに。夕飯は済ませた?」
「これからだ。」
「じゃあ、一緒にどう?」
食堂で啓太と共に食事をしながら、廊下の真ん中で突っ立っていた事情を説明する。
「なるほど。たしかにあいつ、あからさまに人を避けてるな。」
「うん、何か理由があると思うんだけど。」
「
「真面目に考えてよ、啓太。」
「考えても確証はない。本人に直接聞くしか、方法はないと思うぞ。」
「んー、答えてくれるかな……」
「なんでそんなに気にするんだ。あの性格なら、馴れ合いは避けても、任務に支障は出さないだろ。」
「なんか、淋しい。」
「淋しい?」
「俺たちは同じ一族で、1部隊の仲間だ。それなのに独りじゃ、淋しいでしょ?」
啓太が珍しく、呆気に取られた表情をしている。そして、笑い出した。
「くっ、ははっ!そうか、そうきたか。ふっ、お前やっぱり変な奴だな。」
「なっ!俺は真剣に」
「わかってるわかってる。良いことを教えてやろう。仁孝さんだがな、俺に相談してきたことがあった。」
「啓太に、相談?」
「あぁ、俺が仮加入の時にな。
「啓穂って、お姉さんだよね?」
「そうだ。
「それが、えーっと……?」
「ヒントだ。次の年、仁孝さんは村に帰ることが多かった。俺が15になった年だから、仁美は11になる年だろう?成人の儀まで2年ある。そしてその翌年、それと同じか少し高い頻度で村に帰っていた。そこから推察するに、仁美は長子じゃない。しかも、直前まで1つ違いの後継候補と競っていた。」
「そして、仁美が選ばれた?」
「憶測だがな。」
「でも、仮にそうだとして、俺たちと距離を取る理由がわからない。」
「余裕がないからだよ。」
「どういうこと?」
「他人と関わるには、精神的なエネルギーを消費する。宏文、お前は燃費がものすごく良い。だから他人と関わることに、あまり抵抗がない。仁美は逆に、燃費がものすごく悪い。精神的な余裕がない状態で他人と関われば、ガス欠を起こす。」
「つまり……長子を差し置いて次期当主になったプレッシャーで、俺たちと関わる余裕がない、ってこと?」
「憶測に憶測を重ねた、妄言レベルのものだがな。本人は単に、人と馴れ合っている暇なんてない、とか思ってそうだ。」
「じゃあ、どうすれば……」
ガス欠を起こさないためには、そっとしておくしかないのか?
「簡単だ。ガス欠にしてやれば良い。」
「はぁ!?」
前提をひっくり返され、思わず声が大きくなる。
「1回ぜんぶ空にして止めるんだよ。止まってる間にメンテナンスして給油すれば、車は前より調子良く走るだろ?このまま放っておけば、どこか壊れるかもしれない。事前に止めておいた方が安全だ。本人は嫌がるだろうがな。」
啓太の言わんとしていることはわかる。プレッシャーに押し潰されて上手くいかない時、たぶん仁美は、自分でそのことに気付けない。自分の能力を疑い、さらに思い詰めるだろう。後継候補の憶測が当たっていれば、尚更だ。それならば、今のうちに重圧を軽くできた方が良い。というか──
「──これって仁孝さんの役目じゃ?」
「そうだな。もちろん仁孝さんはこのことに気付いているだろう。が、仁美が〝大丈夫〟の一点張りだったら?」
「あー、黙っちゃいそう……」
「環境の変化に期待しているのかもしれないな。それで?明後日は初任務に同行するんだろ?」
「現地での待機時間が長くなりそうだから、聞ける機会はある、と思う。」
「ふっ、宏文も苦労人だな。見て見ぬフリとかできないのか?」
「啓太はできるの?」
「……さぁな。」
啓太が席を立つ。なんだかんだ言って、彼も気にかけていたのだろう。本当に危うくなった時には、啓太が動くつもりだったのかもしれない。だからといって、放ってはおけない。
カモフラージュされたトラックの中で、しばらくの待機を指示される。
『俺が見張っとくから、皆は休憩してくれ。』
そう通信を入れたのは、今回の任務で班長を務める2部隊員だ。彼は隣のトラックに残るらしい。窓からそちらを見ると、班長以外の職員が降りている。そのうちの1人がこちらに近づき、窓を軽くノックする。
「はいはーい。」
同じトラックに乗っていた医療部の職員が、扉を少し開ける。
「コンビニ行くけど、なんか要る?」
皆は私服だが、俺と仁美は制服だ。任務以外で外を出歩くわけにもいかない。
「おにぎり、3つくらい適当に。仁美は?」
「要らない。」
仁美は資料から目を離さずに、そう言った。
「私は」
「あー、一緒に行ってきたら?気分転換に。」
買い物を頼もうとした医療部職員の言葉を遮り、目配せを送る。
「……そうするわ。留守番、お願いね。」
彼女はトラックを降りて、扉に手をかける。仁美の目を盗み、がんばれ、と無言で小さく拳を作った。
こちらも小さく頷くと、扉が閉められる。
「何も頼まなくて良かったの?」
「ええ。」
がらにもなく、少し緊張する。
「……仁美ってさ、俺たちのこと避けてる?」
「……協力はするわ。でも、馴れ合う必要はないでしょ。」
これは、啓太の予想が当たっている気がする。
「どうしてそう思うの?」
「それに答えて、何になるの。」
「俺たちは仲間だ。仁美に倒れられたら困る。前から思っていたけど、君は少し休んだ方が良い。仁美が自分に厳しすぎる原因を知れば、それを軽くするアイデアくらいは、出せるかもしれないでしょ?」
「……余計なお世話よ。」
ま、そうなるよね。あんまり問い詰める形にはしたくないんだけど……
「仁美ってさ、長子じゃないでしょ?」
「な!?」
「仁孝さんから、事情は少し聞いてる。でも、仁美がどう思っているのか、直接聞きたい。」
仁孝さんからは何も聞いていない。知っているのは、啓太が受けたという相談の話だけだ。長子云々の話は、すべて憶測に過ぎない。要は鎌をかけてみたのだが、どうだろうか。
仁美は少し考え、口を開く。
「私は……自分が継がなくても、別に構わなかった。姉上がやらないのなら兄上でも、私でも。私たちがやるべき事は変わらない。その中で、役割が違うだけ。」
姉と兄、上に2人いたのか。今の言い方だと、長子は仁美の姉。3人とも後継候補として育てられた。
「私にはこの役目が与えられた。だからそれを全うする。それだけよ。」
1つ差という推測が当たっていれば、直前まで競っていたのは、兄の方か。
「お兄さんのことは、どう思っているの?」
「……どこまで知っているの?」
少し踏み込みすぎているとは思う。でも、ここで引いても、仁美の気持ちは動かせない。
「仁孝さんは、仁美が継ぐべきだって判断した。そのことを、お兄さんとちゃんと話した?」
「兄上は……」
仁美が言葉を探す。迷う、というよりは、わからない、といった印象を受ける。
「私のことを、一応は認めてくれた。でも、認め続けてもらう必要がある。やっぱり兄上の方が良かったなんて、思われてはいけない。」
仁孝さんが判断を誤るとは思えない。なら、後継ぎとして相応しいのは仁美だ。でも、お兄さんは一時的にしか認めていない?
……いや、違う。なるほど、これはガス欠にもなる。
「もういいでしょ?私は後継ぎとして、最大限のことをする。知ったところで、あなたにできることなんてないと思うけど。」
そうだ。俺に解決することはできない。教えることもできない。だって仁美は、きっと自分の間違いに気付いている。だから俺にできることは、その事実を突きつけること。
「そうだね。それは、仁美にしかできない。お兄さんと、向き合わないと。」
仁美は目を見開いて俺を見た。俺と目が合うと、すぐに手元へ視線を落とした。彼女の手にあった資料が、少し皺を作る。
ごめんね。でも、必要なことだと思うから。
「いくら仁美が強くなっても、周りが相応しいと言っても、お兄さん本人が認めると言っても、仁美の抱える不安は消えないよ。お兄さんの本心と向き合うか、仁美自身が根本から変わるまで、ずっと。」
今の俺に、俺たちできることは、あと1つだけ。
「啓太が言ってたんだ。人と関わるにはエネルギーがいるんだって。いきなりお兄さんと向き合うのは大変でしょ?だから、俺たちで練習しよう。分かち合って、支え合う練習。」
「分かち合う?」
「うん。観察して理解するまでは、誰が相手でもできる。それが倒すべき相手でもね。でも分かち合うことは、互いを大切に思い合う人同士じゃないとできない。他の1部隊員だって、それぞれ境遇や考え、抱えている想いや事情がある。踏み込んで行くことも、踏み込まれることも、軽率にして良いことじゃないし、楽なことでもない。でも、必要な時もある。仲間として、後継者として。」
仁美は黙って、考えている。
彼女は、相手のことをよく見ている。突き放すような言葉を口にはするが、相手の意図を受け取ろうとしている。
もう少し、自分自身にも目を向けてくれると良いんだけど……
少しの安堵。
その裏に、不快感。
仁美に送った言葉の残響が、俺を嘲笑う。
──向キ合ウ?
座席から立ち上がり、伸びをする。
──オ前ガソレヲ言ウノカ。
「んー……はぁ。仁美も、少し体を動かした方が良いよ。」
──逃ゲ続ケテイルオ前ガ。
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