第五節 鳴噪 (2)

X28 6/17


 春虎の尾の手入れを終え、真人と共に談話室で寛ぐ。

「宏文ってさ、」

紅茶を入れていると、真人が聞いてくる。

「仁美と仲良いよね。」

「そうかな?」

「仲が良いというか、扱いが上手い?」

「んー、俺は間沙の方が仁美と仲良いと思うけどなー。」

「あの2人は違うじゃん。シンパシー的な……」

はやとが前に、同じようなことを言っていた気がする。

「なんか俺、未だに仁美との接し方がわからなくてさ。話しかけにくい、ってほどじゃないけど、声かけるのを躊躇うことがまだある、っていうか。そもそも嫌われてるなら、あんまり近づくわけにはいかないし……」

紅茶をテーブルに置き、真人の正面に座る。

「嫌われてはないと思うよ?けっこう真人のこと、心配してたし。」

「そうなの?」

「うん。たぶん、仁美もわからないんだと思う。真人とどう接すれば良いのか。たしかに、あんまり距離が近いのは苦手みたいだけど、真人の場合は、壊れ物を扱う感じ、かな。」

「俺、けっこう図太い方だと思うんだけどなぁ。」

「俺もそう思う。」

「そんな即肯定されると複雑……」

真人は豆菓子を食べながら、〝素直じゃないだけなのかな……〟と唸った。

「宏文とは、最初どんな感じだったの?」

「それが、碌に口も聞いてくれなくて。」

「そうなの!?」

「最低限の会話はしてくれたんだけどね。最初の1〜2年は、俺を含めて、他人との交流を避けてたよ。」

「それってやっぱ……」

真人は口をつぐんだ。おそらくは、仁美の兄の存在を思い起こしたのだろう。

仁美の仮加入から3年、彼女は変わった。目指す場所には、未だ辿り着けず。でもあの頃のような、危うさはない。



(2年前)


 指揮官室で次の任務の概要を説明される。隣には仁美がいた。

「以上が今回の任務だ。それほど危険ではないと思うが、仁美は初任務だ。宏文、よろしく頼むよ。」

「わかりました。」


 指揮官室を出ると、仁美が早足に離れていく。

「待って、仁美!」

俺の呼びかけに、彼女は足を止めた。

「なに?」

「初任務だけど、緊張しなくて良いからね。気を抜くのはダメだけど。」

「わかってるわ。」

「……資料、よく読んでおいてね。わからないことがあったら、なんでも聞いて?」

「ええ。」

会話を切り上げ行ってしまう仁美に、どう声をかけるべきかわからなかった。

仁美の仮加入から1年。これまで、仁美が誰かと親しくしている様子を見たことがない。間沙とはたまに話をしているけど、あれは鍛練に関してだろう。今の彼女が、本来の姿とは思えない。自分を抑え込んでいる。そんな気がしていた。

「なに突っ立ってるんだ。」

後ろからの声に振り返ると、啓太がいた。

「啓太、ちょうど良いところに。夕飯は済ませた?」

「これからだ。」

「じゃあ、一緒にどう?」


 食堂で啓太と共に食事をしながら、廊下の真ん中で突っ立っていた事情を説明する。

「なるほど。たしかにあいつ、あからさまに人を避けてるな。」

「うん、何か理由があると思うんだけど。」

仁孝よしたかさんから、無愛想な部分を濃縮して引き継いだんじゃないか?」

「真面目に考えてよ、啓太。」

「考えても確証はない。本人に直接聞くしか、方法はないと思うぞ。」

「んー、答えてくれるかな……」

「なんでそんなに気にするんだ。あの性格なら、馴れ合いは避けても、任務に支障は出さないだろ。」

「なんか、淋しい。」

「淋しい?」

「俺たちは同じ一族で、1部隊の仲間だ。それなのに独りじゃ、淋しいでしょ?」

啓太が珍しく、呆気に取られた表情をしている。そして、笑い出した。

「くっ、ははっ!そうか、そうきたか。ふっ、お前やっぱり変な奴だな。」

「なっ!俺は真剣に」

「わかってるわかってる。良いことを教えてやろう。仁孝さんだがな、俺に相談してきたことがあった。」

「啓太に、相談?」

「あぁ、俺が仮加入の時にな。啓穂あきほのことを聞いてきた。」

「啓穂って、お姉さんだよね?」

「そうだ。実啓さねひろ様が長子を後継ぎにしなかった理由を聞いてきた。姉は紫石との親和性が低くて一昨年に亡くなりました、って言ったら、ものすごーく申し訳なさそうな顔で謝られた。まぁ、他の家の事情に突っ込んでいくだけでも気まずいだろうから、そんな反応にもなるな。」

「それが、えーっと……?」

「ヒントだ。次の年、仁孝さんは村に帰ることが多かった。俺が15になった年だから、仁美は11になる年だろう?成人の儀まで2年ある。そしてその翌年、それと同じか少し高い頻度で村に帰っていた。そこから推察するに、仁美は長子じゃない。しかも、直前まで1つ違いの後継候補と競っていた。」

「そして、仁美が選ばれた?」

「憶測だがな。」

「でも、仮にそうだとして、俺たちと距離を取る理由がわからない。」

「余裕がないからだよ。」

「どういうこと?」

「他人と関わるには、精神的なエネルギーを消費する。宏文、お前は燃費がものすごく良い。だから他人と関わることに、あまり抵抗がない。仁美は逆に、燃費がものすごく悪い。精神的な余裕がない状態で他人と関われば、ガス欠を起こす。」

「つまり……長子を差し置いて次期当主になったプレッシャーで、俺たちと関わる余裕がない、ってこと?」

「憶測に憶測を重ねた、妄言レベルのものだがな。本人は単に、人と馴れ合っている暇なんてない、とか思ってそうだ。」

「じゃあ、どうすれば……」

ガス欠を起こさないためには、そっとしておくしかないのか?

「簡単だ。ガス欠にしてやれば良い。」

「はぁ!?」

前提をひっくり返され、思わず声が大きくなる。

「1回ぜんぶ空にして止めるんだよ。止まってる間にメンテナンスして給油すれば、車は前より調子良く走るだろ?このまま放っておけば、どこか壊れるかもしれない。事前に止めておいた方が安全だ。本人は嫌がるだろうがな。」

啓太の言わんとしていることはわかる。プレッシャーに押し潰されて上手くいかない時、たぶん仁美は、自分でそのことに気付けない。自分の能力を疑い、さらに思い詰めるだろう。後継候補の憶測が当たっていれば、尚更だ。それならば、今のうちに重圧を軽くできた方が良い。というか──

「──これって仁孝さんの役目じゃ?」

「そうだな。もちろん仁孝さんはこのことに気付いているだろう。が、仁美が〝大丈夫〟の一点張りだったら?」

「あー、黙っちゃいそう……」

「環境の変化に期待しているのかもしれないな。それで?明後日は初任務に同行するんだろ?」

「現地での待機時間が長くなりそうだから、聞ける機会はある、と思う。」

「ふっ、宏文も苦労人だな。見て見ぬフリとかできないのか?」

「啓太はできるの?」

「……さぁな。」

啓太が席を立つ。なんだかんだ言って、彼も気にかけていたのだろう。本当に危うくなった時には、啓太が動くつもりだったのかもしれない。だからといって、放ってはおけない。


 カモフラージュされたトラックの中で、しばらくの待機を指示される。

『俺が見張っとくから、皆は休憩してくれ。』

そう通信を入れたのは、今回の任務で班長を務める2部隊員だ。彼は隣のトラックに残るらしい。窓からそちらを見ると、班長以外の職員が降りている。そのうちの1人がこちらに近づき、窓を軽くノックする。

「はいはーい。」

同じトラックに乗っていた医療部の職員が、扉を少し開ける。

「コンビニ行くけど、なんか要る?」

皆は私服だが、俺と仁美は制服だ。任務以外で外を出歩くわけにもいかない。

「おにぎり、3つくらい適当に。仁美は?」

「要らない。」

仁美は資料から目を離さずに、そう言った。

「私は」

「あー、一緒に行ってきたら?気分転換に。」

買い物を頼もうとした医療部職員の言葉を遮り、目配せを送る。

「……そうするわ。留守番、お願いね。」

彼女はトラックを降りて、扉に手をかける。仁美の目を盗み、がんばれ、と無言で小さく拳を作った。

こちらも小さく頷くと、扉が閉められる。

「何も頼まなくて良かったの?」

「ええ。」

がらにもなく、少し緊張する。

「……仁美ってさ、俺たちのこと避けてる?」

「……協力はするわ。でも、馴れ合う必要はないでしょ。」

これは、啓太の予想が当たっている気がする。

「どうしてそう思うの?」

「それに答えて、何になるの。」

「俺たちは仲間だ。仁美に倒れられたら困る。前から思っていたけど、君は少し休んだ方が良い。仁美が自分に厳しすぎる原因を知れば、それを軽くするアイデアくらいは、出せるかもしれないでしょ?」

「……余計なお世話よ。」

ま、そうなるよね。あんまり問い詰める形にはしたくないんだけど……

「仁美ってさ、長子じゃないでしょ?」

「な!?」

「仁孝さんから、事情は少し聞いてる。でも、仁美がどう思っているのか、直接聞きたい。」

仁孝さんからは何も聞いていない。知っているのは、啓太が受けたという相談の話だけだ。長子云々の話は、すべて憶測に過ぎない。要は鎌をかけてみたのだが、どうだろうか。

仁美は少し考え、口を開く。

「私は……自分が継がなくても、別に構わなかった。姉上がやらないのなら兄上でも、私でも。私たちがやるべき事は変わらない。その中で、役割が違うだけ。」

姉と兄、上に2人いたのか。今の言い方だと、長子は仁美の姉。3人とも後継候補として育てられた。

「私にはこの役目が与えられた。だからそれを全うする。それだけよ。」

1つ差という推測が当たっていれば、直前まで競っていたのは、兄の方か。

「お兄さんのことは、どう思っているの?」

「……どこまで知っているの?」

少し踏み込みすぎているとは思う。でも、ここで引いても、仁美の気持ちは動かせない。

「仁孝さんは、仁美が継ぐべきだって判断した。そのことを、お兄さんとちゃんと話した?」

「兄上は……」

仁美が言葉を探す。迷う、というよりは、わからない、といった印象を受ける。

「私のことを、一応は認めてくれた。でも、認め続けてもらう必要がある。やっぱり兄上の方が良かったなんて、思われてはいけない。」

仁孝さんが判断を誤るとは思えない。なら、後継ぎとして相応しいのは仁美だ。でも、お兄さんは一時的にしか認めていない?

……いや、違う。なるほど、これはガス欠にもなる。

「もういいでしょ?私は後継ぎとして、最大限のことをする。知ったところで、あなたにできることなんてないと思うけど。」

そうだ。俺に解決することはできない。教えることもできない。だって仁美は、きっと自分の間違いに気付いている。だから俺にできることは、その事実を突きつけること。

「そうだね。それは、仁美にしかできない。お兄さんと、向き合わないと。」

仁美は目を見開いて俺を見た。俺と目が合うと、すぐに手元へ視線を落とした。彼女の手にあった資料が、少し皺を作る。

ごめんね。でも、必要なことだと思うから。

「いくら仁美が強くなっても、周りが相応しいと言っても、お兄さん本人が認めると言っても、仁美の抱える不安は消えないよ。お兄さんの本心と向き合うか、仁美自身が根本から変わるまで、ずっと。」

今の俺に、俺たちできることは、あと1つだけ。

「啓太が言ってたんだ。人と関わるにはエネルギーがいるんだって。いきなりお兄さんと向き合うのは大変でしょ?だから、俺たちで練習しよう。分かち合って、支え合う練習。」

「分かち合う?」

「うん。観察して理解するまでは、誰が相手でもできる。それが倒すべき相手でもね。でも分かち合うことは、互いを大切に思い合う人同士じゃないとできない。他の1部隊員だって、それぞれ境遇や考え、抱えている想いや事情がある。踏み込んで行くことも、踏み込まれることも、軽率にして良いことじゃないし、楽なことでもない。でも、必要な時もある。仲間として、後継者として。」

仁美は黙って、考えている。

彼女は、相手のことをよく見ている。突き放すような言葉を口にはするが、相手の意図を受け取ろうとしている。

もう少し、自分自身にも目を向けてくれると良いんだけど……

少しの安堵。

その裏に、不快感。

仁美に送った言葉の残響が、俺を嘲笑う。

──向キ合ウ?

座席から立ち上がり、伸びをする。

──オ前ガソレヲ言ウノカ。

「んー……はぁ。仁美も、少し体を動かした方が良いよ。」

──逃ゲ続ケテイルオ前ガ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る