第三節 而今 (4)

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 なぜ闘うのか。真人の問いは、あの日の間沙のそれとは違う。真人は疑問に思い、間沙は確信を持っていた。今の俺には答えがあり、あの時はなかった。

「……俺は──」

答えがある、と言っても、不安定なものだ。いつ崩れてしまうかもわからない。ただ──

「俺は、俺であるためだよ。家も名も、自分すら見えなかった俺を、呼ぶ人たちがいる。預かった背中がある。救った命がある。そこにはたしかに、自分という存在が刻まれている。この先どうなるかはわからないけど、今あるものを、俺と繋がっているものを、護るために闘っている。」

──今を大切に思っていることだけは、自信を持って言える。たとえ明日、この答えが崩れ去っても。今日を取り戻すために、俺は闘える。

「はい、じゃあ今日はここまで!闘うためには腹ごしらえだ!お腹空いたー!」

こういうの、らしくないから言いたくないんだけど。真人には、聞いてもらっといた方が良いのかな……俺が聞いてほしいだけか。

「あっ……」

真人が何か持っている。見覚えのあるパッケージだ。

「ん?どうしたの?」

「カバンのポッケからチョコが……師さんにもらったの忘れてた。」

「バッキバキのドッロドロだね、たぶん。」

「……大先輩にあげる。」

「要らないよ!返品してきて!」

「破損により返品不可だヨ!とか言われそう。」

「あー、言いそう。まぁ、食べれば同じだって。」

「それもそうか。」

真人が、少し歪な形のチョコを口に入れる。

真人が闘う理由。それが真人を成り立たせているのなら、それを果たしてしまった時、彼はどうなるのだろう。俺はあの時の間沙のように、自分の答えが出ていない状態でも、手を伸ばせるだろうか。殴りつけてでも、奮い立たせられるだろうか。


 真人と共に食堂に行くと、間沙と啓太がいた。

「おつかれ、堅物ーズ!」

「なんだよ、そのあだ名。」

間沙の返しに勢いがない。任務終わりか。

「石頭ーズより語呂良いでしょ?」

「語呂は良いけど言いにくい……じゃなくて、堅物でも石頭でもない。」

「なになにー、キレがないじゃん?どうたの、間沙?」

「気色悪い言い方をするな。」

「ひっどいなー、心配してあげてるのに。」

「はいはい。真人はどうだった?今日、はやとの担当だっただろ?大丈夫だったか?」

「バッチリだよ!ね、真人!」

「まぁ、はやとの見方も、けっこう参考になったよ。」

「俺たち超仲良しだから。心の友だから!」

隣に座る真人と、一方的に肩を組む。

「真人、こういうのパワハラって言うんだ。指揮官にうまーいこと言えば、こいつは減給、お前に慰謝料がいくぞ?」

啓太が黒い笑みを浮かべる。

「ノンハラスメントだよ!ね!」

「それで説明が上手くなるならアリ、かな?」

「うそーん……」

「あれだろ、効果音多すぎ。」

間沙が呆れながらこっちを見る。

「そうそう、さすが間沙だね。」

「さすが?」

「うん、間沙ってはやとと仲良いから。」

「ぶはっ!」

「はぁ!?」

俺の笑いと間沙の驚嘆が被った。お茶が気管に入りかけ、咳き込む。啓太も笑いを堪えて、口元を抑えている。

「俺たち仲良しだって、間沙?」

「どこが……真人、悪い冗談はよせ。こいつ、前に真剣で斬りかかってきたんだ。了承無しでだぞ?」

「またやってほしい?寝起きとかに。」

「返り討ちにしても正当防衛だよな、啓太?」

「そうだな。少しばかり血でも抜けば、今よりはマシな思考回路になるんじゃないか?」

「少しじゃ済まないから、それ!」

3人が笑う。周りが笑っていると、ふと自分を見失いそうになる瞬間がある。その輪の中に自分がいることが、どこか不自然な気がして。

「間沙、今日の夜って暇?」

「夜?報告書作るから……」

間沙が俺を見る。その目は、俺を少しだけ不安にさせる。何もない自分を、見られているようで。そんなこととっくにバレているし、間沙はなんとも思っていないと、わかっているのに。

「暇じゃないが、時間ならある。」

「じゃあ勝負だ!疲れてるところをボッコボコにしちゃうぞー!」

「真人、こういうの負けフラグって言うんだ。口は災いの元とは言うが、はやとの場合、自分で言って自分で齎す、自己完結型だ。」

啓太がまたもや黒い笑みを浮かべている。

「フラグもバッキバキに折ってやるから!」

「もうなんて言ってもフラグにしか聞こえないよ、はやと。」

「そうそう。どうせ俺に負けるんだから、何を言っても負けへの布石だぞ?」

「絶対勝つからな!今回は2勝差のジンクスもないし!」

「なんだ、やっぱり気にしてたのか。あれは最初の2回分だろ?その前は俺が負け続けてたんだし、2回目も勝ちとは言えない。なしで良いいだろ。どっちにしろ、勝ち越されることはなさそうだしな。」

「なしにはしない!俺がそれ込みで勝ち越すって決めたんだからな!」

「ねぇ、啓太。最初の2回分って?」

真人が啓太に聞く。

「あぁ、はやとが今よりもさらに節度がなかった頃の話だ。本気で喧嘩して、2回とも間沙が勝ったんだよ。」

「今よりも節度が、ない……?」

「え、そこなの!?今の重要ポイントは、2回とも間沙が勝ったってところだから!」

間沙が笑っている。その笑みが少し、自虐的な表情を含む。

「なに?」

「いや、お前に先を越されたなと思って。」

「バカにしてるの?」

「してないよ。はやとはあの時から前に進んだ。俺は……止まったままだ。」

右頬のテープで隠された傷痕に、目がいく。

俺はやっと、隣に並んだと思ってたんだけど。そうか、間沙には俺の方が進んでいるように見えるのか。

「まぁ?当たり前といえば当たり前だよね。はやと大先輩ですから!」

次の1歩は、まだ見えない。でも周りにいる皆の、隣か少し後ろにいる間沙の、まだ歩き始めたばかりの真人の、その手を取る。時には少し下がって背を押す。多少の遠回りになっても、進む方向がわからないのなら、そうやって付いていけばいい。あれこれ言い合ってぶつかって、道を決めればいい。何もない俺には、そのくらいテキトーなのがちょうどいい。自分と仲間しか、いないのだから。



(6年前)


 通信機が鳴る。

「おや、こんな時間に内部通信なんて、なにかあったのかな?」

目の前の男には特に断らず、通信を開始する。

間沙くんのことが、頭を過る。昼に天野家の方針を伝えたときには、やはり動揺が見られた。しかし驚いたことに、この部屋を出ていくまでに、彼は自分を納得させていた。次期当主とはいえ、まだ13の子どもが、だ。

間違いなくあなたの息子だね、間義さん。

『指揮官、宏文です!紫石の波長が変化したのを感じて、おそらく刀の召喚がされています!』

「場所はわかるかい?」

『修練場です!』

「すぐに向かってくれ。」

おそらく、はやとと間沙だろう。さて、どう作用するか……

ドアが開いたような音が、通信機の向こうから聞こえる。

『何してるんだ、2人とも!』

宏文の声が響く。動転しているのか、マイクを入れっぱなしだ。

わずかにはやとと間沙の声が聞こえる。宏文が行動したような音は聞こえない。ということは、大した負傷もなければ、紫石に呑まれているわけでもないのだろう。

『いいから、刀を』

「宏文、そのまま続けさせてあげよう。」

『はぁ!?正気ですか、指揮官!このままだなんて……』

「ときには、そういう勝負も必要だろ?何かあったら、また連絡してくれ。」

宏文は肯定こそしなかったが、そのまま見守ってくれているようだ。

通信を切る。

「悪いね。それで?僕の仕事に文句があるって、2?」

「2部隊員に見抜れるほど雑な仕事してんじゃ、求心力が落ちちまいますよ、殿。」

「はは、君は昔から変わってないね。そうやって見抜いた気になって、半端に行動して、核心を見逃す。本当に、研究者には向いてないよ。」

「お前こそ、見栄えだけ良いような文言で誤魔化すのは変わらねぇな。」

芳樹が持っていたバインダーを、デスクの上に投げ置く。

「その報告書はおかしい。そして、お前がそれを見落とすはずがない。」

開くと、たしかにそれは、少し前に承認した報告書だ。

「粗探しなんて、2部隊はそんなに暇?シフトを見直したほうがいいかな。」

パラパラとめくっていると、芳樹の手が割り込み、ページを飛ばしていく。血液検査のページで止め、ある項目を指差した。

「ここだ。状況を考えれば、まだ痕跡は残っているはずだ。あまりに低すぎる。」

「どうして?」

芳樹は言葉にせず、黙って僕を睨む。それを受け流し、またページをパラパラとめくる。

「本当に変わらないね、君は。守らなければいけないところだけは、しっかり弁えている。」

「俺が聞きたいのは、お前が気づかないフリをした理由だ。」

「そんなの、さっき芳樹が答えたでしょ?」

「は?」

「僕らには、指摘するための言葉がない。」

「……だとしても、遺体や現場を調べ直すくらいはできるだろ!」

「それはしてもらったよ。でも、不合理な点は見つからなかった。」

バインダーをパタン、と閉じる。

「だから、君は個人的に目を光らせるしかないんだ。様子見は得意だろ?それとも、中途半端に言いふらして、混乱させたいのかい?」

「でも、もしかしたらあの子は」

「芳樹。」

しばらく目で訴えていた芳樹だが、苦々しい表情でバインダーを奪い取った。

「智也、俺はお前と出会ってから、すっかり臆病になっちまった。お前が何を見て、何をしようとしているのか、わかったことなんて1度もない。ずっと先の見えている人間にしか、天才にしかできない導き方ってもんが、おそらくある。そう思うと、それを邪魔しないようにって、考えちまう。けどな!」

芳樹の手に力がこもる。バインダーが軋み、わずかに鳴いた。

「凡人にだって、目の前のことくらいは見えてるんだ。むしろ、それしか見えない分、無視することができない。お前は、目の前のことが最良に繋がると知っているから、無視できるのか?」

彼は凡人だ。人並みの良心を持ち、人並みの恐怖心を持つ。

「先のことなんて、僕にもわからないよ。望む未来はあっても、そこへ至る道筋なんて、用意されていない。それに、目の前のことは無視するべきじゃない。それは、道を切り拓く上で必要だ。」

「必要なら、切り捨てるか。」

しかし、人よりも聡明だ。ゆえに、人並外れた場所に踏み入ることができてしまい、ここまで行き倒れることはなかった。

「必要ならね。芳樹にだって、そういう経験くらいあるでしょ?」

「……俺は、大切な人間を切り捨てることも、させることも、したくはない。」

しかしそれができたのは、人並みの良心を、恐怖心を捨てたからではない。それを抱えたまま、痛みをひたすらに堪え、歩み通してきた。そんな彼を、〝凡人〟と呼ぶべきだろうか。

「芳樹。彼らには、君のような人間が必要だ。紫石を管理する者として育てられたが、彼らは子ども。大人である我々が教えるべきことは、まだいくつかある。君は理不尽を知り、それに耐え抜き、それを良しとしない、心ある人間だ。彼らが自らの道を進むことで受ける傷を、適切に処置できるようサポートする。それが君の役目だ。だから、僕に君を排除させないでくれ。」

芳樹は黙って堪えている。自分が看過したことで、他人が苦しむ。その罪悪を、彼はそのまま受ける。

「ただし彼らの、1部隊の成長を阻むようなら、たとえ誰であろうが排除するよ。まぁ、君に限ってそれはないと思うけど。ねぇ、?」

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