第三節 而今 (2)

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 紫石を使ったトレーニングは、鬼のようだった最初の半年とは違い、身体的にはかなり楽だ。と言っても、今のうちだけだろう。紫石を利用すること自体に慣れたら、トレーニングの強度を上げていく、と間沙は言っていた。

「うん、だいぶ良いんじゃない?安定してると思うよ。」

今日ははやとが担当だった。安定してる、とは紫石の波長のことだろう。紫石は常に電磁波に似た波長を出しているらしい。俺はまだ明確に感じたことはないが、近くにいる他の紫石の波長を感じ取ることもできるそうだ。それぞれの紫石の欠片が出している波長は異なり、それを測定することで、誰のものか判別することもできる。俺の宿す紫石の波長には、他にない特徴があるらしく、判別しやすくてありがたい、と研究部の職員に言われたことがある。ちなみに、間沙と啓太は機器を使わずとも判別ができ、紫石の扱いが上手いことにも通じているらしい。

「はぁ、はやとがいて良かったよ。」

「ん?なんで?」

「間沙とか啓太みたいに、理論ばっかりじゃわからないってこと。」

「だよね!やっぱり真人は俺側だと思ってたよ!」

「なんかそう言われるとちょっと嫌だけど。」

「なんでー!?」

はやとは〝なんとなく〟でなんでもできるタイプだし、テキトーなところがある。具体的には説明に効果音が多い。

「前に師さんが、はやとと間沙は全然違うって言ってたんだけど、本当にそう思うよ。足して2で割った方がいい。」

「まあ、たしかにね。なにもかも違う。あいつは夜霧やぎりの中でもエリートだし。」

「そうなの?」

「定かではないけど、天野あまの家は夜霧の一番弟子の家系って言われてるんだ。紫石の欠片も、中心部分にあったものを宿してるらしいよ。対して俺は、だからね。」

はやとがわざとらしい悪役顔で笑う。

笑っていいものか……

誰もはっきりと口にしたわけではないが、今までの話から察するに、はやとは夜霧の弟子と血縁関係がない。前に職員証でこっそり確認したが、〝はやと〟という名前は全て平仮名だ。受け継ぐはずの漢字1字がない。俺とはやとが似ていると認識されているのはおそらく、はやとも幼少期から紫石を宿しているから。俺と違うの点は、他の1部隊員と同じように、小さい頃から訓練を積んでいること。歳だけで言えばJSOに加入したのは5番目なはずなのに、自分が1番先輩だと言う。つまり──

「ラボ産まれには、坊々の気持ちはわからない、ってわけ。」

──被験体として産まれてきたってことだ。

「そんな顔しないでよー。真人は頭良いから、薄々感づいてたでしょ?」

「うん……」

「別に気にしてないよ。むしろ身軽なもんだ。間沙たちと違って、背負うものもない。今の指揮官になってからは、実験やらなにやらに付き合う義務もなくなった。イレギュラーなのはお互い様でしょ?俺にしか聞けない相談もあるだろうから、はやと大先輩をもっと頼りにしてくれて良いんだぜ!」

はやとがグッ!と親指を立てる。

「じゃあ、大先輩。もうちょっと説明の時に日本語喋ってください。効果音多すぎ。」

「そこら辺はフィーリングで……」

ふと、1つ疑問が浮かぶ。

〝紫石の宿主は基本的に、自分の子へ紫石を引き継がせる。〟

たしか、指揮官がそう言っていた。

「はやとの紫石は、誰から移されたの?」

「誰から、っていうより、宿主のいない紫石を定着させたんだ。紫石の欠片と夜霧の家が、全部で11あるのは知ってるでしょ?そのうち、壊滅した家が2つある。そのうちの1つを、俺に宿したらしい。」

「壊滅?なんで?」

「夜霧一族には禁忌があるんだ。俺たちが召喚できる刀。それを祭ってある祠は、開けちゃいけないんだって。相応しくない者が手にすると、身体を乗っ取られて、目につくものすべて斬り伏せるまで止まらない。そう言われてる。」

「相応しくない者……」

「紫石はそういうものだよ。正しく扱えば、強大な力になる。でも誤れば、ただの災いだ。俺の宿してる紫石は、元はところ家が管理していた。所の人間は、JSOに出てきていた当主以外、全員亡くなってたそうだ。祠を開けて刀を手にした人間も、深手を負った状態で長時間動いたせいでね。それを知った当主は、自殺したらしい。ちょうど紫石のある場所を、刀で貫いて。」

はやとが心臓の下辺りを指す。

「俺は、相応しいのかな?」

「俺もそう思う時があったよ。真人がどうかはまだわからないけど、俺は夜霧一族と血縁関係にない。たまたま俺が成功しただけ。俺じゃなくても良かった。でも、紫石が宿ってそれを扱える。正式な後継者たちと並んで戦えてる。ならもう相応しいのかな、って。むしろ俺って凄いんじゃね?ってね!」

たしかにはやとは、他の1部隊員に引けを取らない。それでも悩んだ時期があったと言う。俺もおそらく、正規で紫石を継いだわけじゃない。これがなければ、あの事件は起こらなかったのかもしれない。今の俺を突き動かしているのは、あの時の……

思い出さない日はない。嫌でも繰り返される、あの光景。自分の無力さを、突き付けられる。

「真人。」

「なに?」

「波長が乱れてる。」

「……うん。」

「事件のこと、考えてたの?」

「……機械兵って、紫石が使われてるんだよね?じゃあ、その11の家のどこかが……」

「正確には、紫石から取り出したエネルギーだね。紫石を模した結晶体にそのエネルギーを充填して、必要に応じて血液に流す。そうすることで、紫石の宿主に似た動きへ補完されるらしいよ。そんなことができるなんてね。研究部が今もガシガシ調べてるよ。どこかの家が機械兵の製造者と繋がってるって話は、まだわからない。壊滅した2つのうち、所のは俺に、もう1つは行方知れずだ。 今ある9つの家のうち、5つの家の紫石は、俺以外の1部隊が宿してる。他の4つの家は、JSOとの交流がなくてね。今のところ、確認が取れない状況だ。夜霧の家同士は細々と交流があるんだけど、家の内情についてはお互い話さないのが暗黙のルールらしくって。まったく、お堅い人ばっかだねー。」

行方知れずの紫石は、俺か、機械兵か、別のどこかか。1部隊の皆とその祖先が護ってきた紫石を、誰かが機械兵に利用していると思うと、腹立たしい……俺も変わらないか。正式な後継者でもないのに、紫石を宿していることを利用して、極々個人的な理由で闘おうとしている。

「ねぇ、はやと。」

「なに?」

「はやとはさ、なんで闘うの?」

「……俺は──」

はやとの横顔を盗み見る。いつもの笑顔だ。しかしその目は、どこか淋しさを隠しているようだった。



(6年前)


 また1人、同じ年くらいの奴が増えた。これで4人目。でも、前の3人とは違う。紫石の正式な後継者ではあるが、まだ13だ。どうやら、監視対象として入ってきたらしい。名前は、天野 間沙。

「はやと、間沙くんは監視対象だが、この施設内での制約は基本的に付けない。ないとは思うが、何か異常があったらすぐに伝えてくれ。」

指揮官がなぜ俺にそんなことを言うのか、わからなかった。

俺にそいつを見張れと言っているのだろうか?なら、そう命じればいい。正式な職員でないとはいえ、俺はJSOの一員だ。

「はい。」

「歳ははやとの1つ上だ。とはいえ、まだ任務には出られない。稽古相手にもなるだろうし、仲良くやってね。」

「わかりました。」

仲良くやるのは得意だ。笑顔で肯定していればいい。


 初めて間沙と顔を合わせたのは、早朝の修練場だった。誰もいない空間で1人、黙想をしていた。俺がドアを開けた音にも反応しなかったが、近づくと、そっと目を開けた。

「おはよう。君が間沙、だよね?早起きなんだね。」

「おはよう……名前を聞いても良いか?」

佐藤さとう はやとだよ。よろしくね。」

手を差し出すと、正面を向いて応えられる。さっきまで見えなかった顔の右半分が見えた。目の下に縦に3センチ程、傷を縫った痕がある。

縫合痕が新しい。おそらく、監視対象となった事と関係がある。触れない方が無難だな。


 間沙はかなりストイックな性格のようだ。保護対象ではなく監視対象になったということは、何か問題を起こしたのだろうが、想像もつかない。

成人の儀を終えた直後にこちらに来たということは、そこで何かあったのか?

天野家の新しい当主は間義まちかさんのはずだ。間沙が紫石を継いでいるということは、彼が父親だろう。間義さんは成人の儀の準備に入る前まで、1部隊にいた。苦手な男だった。能天気な性格をしているのに、ずば抜けて強かった。いい加減なことを言うのに、すべて理解しているようだった。何も考えていなさそうなのに、腹の中が読めなかった。


 この日修練場に行くと、宏文と間沙がいた。

「間沙、俺と立会いしない?」

一昨年から1部隊に加入した宏文は、なにかと間沙を気にかけていた。俺や、仮加入中の啓太、今年の正式加入である璃奈りなにも、よく声をかけている。面倒見が良いと言うのだろう。

宏文と間沙が剣を交えるところは、少し興味があった。間沙の剣は、見たことがない。

 互いに礼をして、木刀を構える。

先に動いたのは間沙だ。当然だが、間義さんに似ている。違う部分は、がないところか。

間義さんの剣はかなり参考になった。力でねじ伏せるのも、速さで圧倒するのも、技で意表をつくのも。その多彩さで相手の弱点を確実に捉え、その上で変化し続ける。そんな剣だった。

やや間沙が優勢か。もうひと押しといったところで宏文が粘る。

間沙の上からの一撃に、後手に回った宏文が反応する。安易に動きすぎだ。宏文もすぐに気付くが、間沙の木刀は既に軌道が変わっている。

これは、勝負あったな。

カンッ、と木刀同士が当たった音が響いた。

宏文の防御が間に合った?いや──

「……参った、今のは届いてた。大丈夫?どこか痛めた?」

──間沙の動きが、直前で鈍ったのだ。

「……大丈夫だ。すまない。」

間沙が顔をしかめる。

怪我をした様子はない。手を抜くような性格にも見えない。何を、考えているんだ?


 施設内が騒がしかった。どうやら、璃奈が任務で重傷を負ったらしい。

 そのせいか、いつもはちらほら人のいる午前の修練場には、間沙を除いて誰もいなかった。良い機会だ。

「ねぇ、俺と勝負しよう。」

「……あぁ、よろしく頼む。」

間沙はいつも、何を見ているんだろう。

 木刀の打ち合う音が、広い修練場に響く。最初のうちは、勝負はほぼ互角だった。だが、時間をかけるにつれて、間沙の動きが洗練されていく。間義さんと同じく、相手に合わせて変化しているのだ。押し負けることはないが、不意にすり抜けそうになる一太刀がある。

その1つが、遂に俺の木刀をかい潜る。

間に合わない。

そう思ったが、間沙の木刀を弾くことができた。

宏文との立会いと、同じ。

「どうして決まりそうになると、動きを緩めるの?」

「……悪い。」

「バカにしてるの?」

俺は苛立ちを感じていた。そんな感情を持ったことは、あまりないと思う。だから、自分でも驚いていた。そしてわからなかった。自分は、何が気に入らないのか。

「俺は……俺が、未熟なだけだ。」

なんの答えにもなってない。

苛立ちは増していく。

「間沙は何を見てるの?いま相手をしてるのは俺でしょ?それとも、俺なんて眼中にない?」

「そうじゃない。俺は」

「だったら本気でやれよ!」

「っ!」

紫石を意識する。心臓が震える。指先が痺れる。石の波長を乗せて、血液が全身を駆ける。

全速で間沙に斬りかかる。防ぎきれずに飛び退るところに追撃。間沙からも、紫石の昂まりを感じた。

「やる気出た?」

間沙の目に迷いが浮かぶ。

苛立ちは収まらない。

間髪入れずに打ち込んでいく。捌かれたことで、俺に隙ができる。しかし、間沙はそれを拾わない。

だったら!

隙を見逃した間沙の動きが鈍る。そこを狙って、木刀を振るう。反応した間沙がそれを防ぐが、体勢を崩し、壁まで吹っ飛ぶ。

「まだだ!」

間沙に向かって木刀を突く。左に避けた間沙を追い、木刀が壁を滑る。

間沙の右頬、まだ新しい縫合痕が目に入る。

……だから、なんだ。

構わず木刀を振り抜いた。

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