第三節 而今 (1)
X27 9/29
俺はかれこれ、1時間は指揮官室にいる。俺の他に、指揮官と
「聞いてるのか、
──
「聞いてるけど、わからないデス……」
「もっと頭回せ。それとも、隔離病室に戻りたいのか?」
指揮官が割って入る。
「ま、まぁまぁ啓太。ほら、真人はたしかに物覚えが良いけど、僕と違って天才じゃないし……」
それ、自分で言うんだ……
昨日、
「つまり、
「うん、まぁ良いんじゃない、それで。やっていく中で徐々に慣れていけば……」
「指揮官、真人は覚醒直後に紫石に呑まれています。細心の注意を払う必要がある。紫石によって高められる本能を制御するのは理性です。理性は正しい知識と理解から。違いますか?」
「いやぁ、それはぁ、そうなんだけどぉ……」
指揮官がんばって!このまま啓太の説明を聞き続けたら、俺の脳が焼き切れる!気がする!
指揮官と俺の脳ミソへの助け舟は、ノックの音だった。
「はいどうぞ!入ってー!」
「失礼しまーす。」
入ってきたのは、なにやら書類を持ったはやとだった。
「あれ、まだ説明してたの?啓太ってば下手くそー。」
「そうか、ならお前も聞いていけ。どこが悪いのか教えてくれよ。」
「嫌だよ!そんなの脳ミソがいくつあっても足りないだろ!」
はやとの意見にこんなにも同意したくなったのは初めてだ。
「俺は書類出しに来ただけだから。はい、指揮官。」
「おつかれさま。ついでに説明に付き合ってくれない?」
「えー、俺はフィーリング派なんで。というか、真人も俺寄りなんじゃないですか?」
はやと寄り?俺もフィーリング派ってことか?
「そう言われるとたしかに。ね、啓太!」
「……一理ありますね。」
啓太が折れた!はやとのふわっとした意見でまさかの展開!
「わかった。今は最低限だけを教える。リスクは残るが、たまにははやとの感覚を信じてみよう。」
その後、その最低限とやらに追加で1時間を要すのであった……
昼のピーク時を避け、食堂で昼食を済ませる。啓太からの話を、もう一度整理する。
紫石は宿しているだけでも、心身に影響を与えている。ただ、紫石を意識して利用することによって、身体能力を更に上げることができる。加えて、紫石に刻まれた感覚をなぞる……俺はあの時、その感覚を元に刀を召喚し、振るった。身体能力の向上と、紫石の感覚をなぞること。これらによって、ごく短期間で腕を上げる。ただ、闘争に関する感情の増大も起きやすくなる。俺は紫石が覚醒させられた時、それに呑まれてしまった。今はないが、正式な封印を施すまでは、紫石を意識したことによって、精神的に不安定になったこともあった。
トレーニングには1部隊の誰かが必ず付くから、大丈夫だとは思うけど……
「はぁ……」
「どうした、ため息なんかついて?」
聞き慣れた声がして、机に突っ伏したまま目線だけを上げる。
「またサボってるの、
「ついに真人までそんなこと言って!違うよな、クマさん!」
「そうだヨ!師さんお休ミ!もっとみんな師さんを労うべシ!クマさんからのお告げだヨ!」
ツッコむ元気もない。元気というか、脳が働くことを拒否している。
「師さん、チョコ。」
「クマさん印のチョコが欲しいのかイ?だったら師さんの良いところを10コ」
無反応でクマさんの両足を外側に引っ張る。
「やめテ!痛いヨ!ちょッ、マジでやめてください!壊れちゃうから!」
裏声をやめたところで手を離す。
「ほら。」
目の前に一口チョコが2つ置かれる。
「トレーニング、進むんだって?」
1つを口に放り込む。甘さが沁みる。
「そ。その説明を受けたんだよ、啓太に。」
「あー、そりゃなんというか……災難だったな。」
チョコがもう1つ追加された。クマさんのお慈悲か。
「ちゃんとわかってた方が良いとは思うんだけど、俺には難しすぎるよ……そういえば、師さんって前は研究部だったんでしょ?頭良いの?」
「おう!俺はインテリだからな!」
「マジで信じられない。」
「なんでだよ!知性が形をもった姿、って感じだろ?」
「どこが!2部隊の方が向いてるよ。」
「なんだと!と言いたいところだが、それは自分でも思うな……だから移ったわけだし。午後はトレーニングあるのか?」
「今日は新しいトレーニングのガイダンスだって。」
「担当は?」
「間沙とはやと。」
そういえば、食堂で2人が言い争っているのを何度か見たことがある。
「ねぇ、あの2人って仲悪いの?」
「間沙とはやとが?なんで?」
「いや、間沙ってはやとに当たり強い気がするし、はやとも逆撫でするようなこと言うから。」
「あーそれは、喧嘩するほどなんとやら、ってやつだ。仲が良いってのとは少し違うが、良きライバル、ってとこか?あの2人はな、面白いくらいに全然違う人間なんだ。考え方、戦い方、出自に立ち位置。だからこそ、どっちかが悩んでる時に、もう片方が思いつかないような解決策を提示できる。ただ、2人とも頑固なところは同じでな。殴りつけるぐらいしないと、お互いの話聞かないんだよ。本っ当、バカだよなー!」
師さんがガハハと笑う。
「実際、最初の頃とかそれはまぁ仲悪かったんだぜ?勝負だーって言ってはやとは本気で倒しにいくし、逆に間沙は本気になれなかったから、余計にはやとの機嫌が悪くなってな。いつも止めるのは
「宏文って苦労人だよね。」
「だから老け顔なんだよな!」
「師さんは若く見えるよね。指揮官と同じだから……47だっけ?」
「なんだよ、まるで俺が苦労してないみたいな言い草じゃねぇか。許さないゾ!クマさんパーンチ!」
クマさんの右ストレートが、俺の鼻をムニッと潰す。
「そこまでは言ってないよ。今この瞬間に思ったけど。」
お返しに、クマさんの鼻を人差し指で押す。飴が入っているせいか、予想よりも硬い感触が返ってくる。
「俺が指揮官と違って若く見えるのは、ちゃんと動いてるから。というわけで、修練場に行こうかな!」
「仕事は?」
「今日はお休み!」
「本当?」
「本当だって!今日は正規の休みだ。真人は?まだトレーニングまで時間あるだろ?」
「んー、でも1時間半じゃ何もできないし、ゆっくりストレッチでもしようかな。」
「いいねー、勤勉なのは良いことだ。」
師さんの発したたいそう似合わない言葉を聞き流し、もらったチョコをもう1つ食べる。残りの1つをカバンのポケットに入れた。
ストレッチ中にでも食べよう。
一度自室に寄り、必要なものを持って師さんと修練場に向かう。
エレベーターを出ると、修練場の扉の中がなにやら騒がしい。
「なんだ?だいぶ盛り上がってるな。」
師さんが扉を開けて中に入り、それに続く。
「はぁ、今のさっき話したばっかで。何やってんだ、あいつら。」
修練場は、1メートルほど床が低くなっている場所にコートなどが作られ、扉を入ってすぐの高い場所で、安全に観戦できるようになっている。修練場内の職員は、2人を除いて高い方にいた。低い方では、間沙とはやとが立会いをしている。
「何があったんだ?」
師さんが2部隊員の1人に話しかける。
「いつものですよ。なんか意見が食い違ったみたいで。今日はどっちが勝つと思います?」
「んー……今日ははやとかな!」
「でも今、2勝差らしいですよ?」
「じゃあ間沙だ!」
観ている職員は皆、楽しそうに話している。
「ねぇ、師さん。止めないで良いの?」
「ん?あぁ、さっきの話か?大丈夫だよ。今はちゃんと限度を守って勝負してるからな。」
俺からすれば、2人ともだいぶ本気に見えるんだけど……これで抑えてるってことなのか?
「あと、2勝差って?」
「勝敗数がな、間沙のリードが2勝から縮まったことがないんだと。ジンクス、ってやつだな。今ちょうど2勝差らしいから、今回は間沙が勝つぞー!」
「ちょっとそこ!人が勝負してる時にそういうこと言わない!」
間沙から距離を取ったはやとがこちらを見て叫ぶ。
聞こえてたんだ!?
その距離を間沙が素早く詰め、はやとに打ち込む。はやとはギリギリで防いだようだ。
「人と勝負してる時に余所見するなよ?」
「またまたー、そういう華のないことする。これだから脳筋ゴリゴリの堅物は!」
「脳筋はお前だ!とりあえずやればなんとかなるなんて、無責任なこと言いやがって!」
「結局やる事は変わんないだろ!理論捏ねてるだけの石頭のくせに!」
よく喋りながらあんなに動けるな……
そのスタミナはたしかに凄い。ただ、交わされる言葉を聞いていると、なんだか凄さが目減りしている。
結局、勝負がついたのはそれから1時間近く経ってからだった。
「あ、相変わらず……間沙はねちっこい勝負して……」
「はぁ?負けた奴が何言ってんだ……はやとには、緻密さが足りないんだよ……」
2人とも息絶え絶えだが、この後のトレーニングはどうなるのだろうか。
30分後、ある程度の回復が見られる2人と共に、VR室に入る。
「午前中に啓太から説明があった通り、紫石を意識してトレーニングにあたれ。おそらく、真人の状態に1番近いのははやとだ。参考にすると良い。だが鵜呑みにはするな。こいつの言うことの大半はあてにならないからな。」
「そんなことないって!バシバシ頼って!」
「始めるぞ。」
間沙の説明にはやとが口を挟みながら、紫石を利用する方法を教えられる。
紫石は心臓の近くにあるらしい。木刀を構えた状態で、紫石の波長を感じ取る。意識を集中させ、呼吸を、鼓動を、全身を、紫石に合わせていく。
「その調子だ。紫石は身体の一部だ。よく理解すれば、指先と同じように扱える。」
間沙の声が聞こえる。
間沙は、紫石の波長の状態を詳しく感じ取れるらしい。たしか、啓太もだったかな。
「そのまま、血管に沿ってスーッと流していく感じだよ。ゆっくりね。」
はやとの助言で、イメージを掴む。
2人の言っていることは違うけど、矛盾はしていないと思う。師さんの言っていたことが、少しだけわかった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます