第二節 協心 (3)

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 真人の訓練プランには、体を動かすトレーニングとは別に、座学が組み込まれている。座学の大部分も1部隊が担当することになっており、内容は紫石に関する事から法律まで、さまざまだ。知識を身につけてもらうと同時に、コミニュケーションの機会としても考えられている。

そんなの机に向かって話すより、体を動かして剣を交えた方が早いと思うんだけど。

 資料室に入ると、すでに真人が座っていた。

「おはよう、仁美。」

「……おはよう。」

自分が無愛想な自覚はある。悪態癖も、少し。認められないことを怖れた結果、染み付いてしまった悪癖だ。JSOここの皆は、そんな私を受け入れてくれた。それに身を任せるのは、甘えだろうか?

「どうしたの、ボーッとして?寝不足?」

「……まぁ、ちょっとね。仕事よ。」

たしかに、昨日はなかなか寝付けなかった。

真人に見抜かれるなんて、気が緩んでいるのかしら。

「さ、始めるわよ。」


 真人はそこそこ物覚えが良い。まだ訓練が始まって1ヶ月と少しだが、座学のスケジュールは前倒しが起こっている。体の管理を考えると、座学の時間にトレーニングは割り当てられない。

まぁ、そこら辺は間沙がなんとかするでしょう。

「今日の部分はここまで。」

「ちょっと少な目だね。」

「他に話すことがあるの。」

「他に?」

「少し先のことだけど、紫石を使用したトレーニングが出てくる。それに向けて、石についての基礎的なことを教えるわ。一応はJSOの職員扱いだし、ばっちり機密事項だけど、話しておくべきだそうよ。」

「なんか機密事項って聞くと、ちょっと怖いね。」

「別に、怖くなんかないわよ……ああ、外に漏らしたら、それは怖い思いをするでしょうけど。間沙が全力で捕まえにくるわよ?」

「絶対話しません!手続きの時にサインもしたしね。」

大変よね。この歳でいきなりこの世界に入って、何も知らないのは自分だけで、1人で全部こなして……

「私たちの宿している物は、単に紫石って呼ぶことが多いけど、正確には、紫石の欠片なの。」

「欠片?じゃあ、元は1つだったってこと?」

「そう、欠片は全部で11。1人、というか1つの家で、1つの欠片を管理してる。ただ宿しているんじゃない、のよ。この言葉の意味を真に理解するためには、〝夜霧やぎり〟という人物について知る必要があるわ。」

「夜霧?」

「夜霧はとある忍びの名前。いつから〝夜霧〟が存在していたのかはわからないけど、その名が途絶えたのは、およそ700年前。最後の夜霧は、11人の弟子たちを解散させた。その時に与えたのが、紫石の欠片と、それぞれに呼応する刀よ。」

「じゃあ仁美たちは、その夜霧の弟子たちの末裔、ってこと?」

「そういうこと。」

「なんか、すごいね。祖先が同じ人の弟子だったなんて。」

「……まぁ、血縁関係になくても紫石が宿る例があるから、一概にそうとは言えないけど。夜霧は完全な紫石の持ち主だった。それを刀で割った。紫石が11の欠片になった時、その刀も砕けた。刃の残骸を使って新たに11の刀を鍛え、紫石の欠片と共に弟子たちに渡した。弟子たちは各々で紫石はその身に、刀は祠に保管した。私たちが召喚できる刀は、その祠に祭ってあるのものを一時的に拝借している、ってわけ。」

「なんだか魔法みたいだね。」

「仕組みを詳しく知りたいのなら、啓太に聞くと良いわ。」

「遠慮しておきます……でも、なんで夜霧は紫石を割ったの?」

「より安全に管理するため、と言われているわ。紫石の欠片は、たった1つでも強大な力を持っている。それが1つだった時には、どれほどの力を秘めていたことか。欠片にして管理することで、もし相応しくない人間がその1つを手にしても、対応できると考えたんでしょう。リスクヘッジ、ってやつね。」

「なるほど……でも、なんで最後の夜霧は、そう思い立ったんだろう?頭良かったのかな?」

「着眼点は良いわね。実は、夜霧は直前に不自然な行動をしていて、誰かに仕えていたみたいなの。」

「仕えることが、変なの?」

「ええ。夜霧は、特定の誰かに仕えるような忍びじゃない。〝夜霧が満ちる。そこにるのは、仕える者ではなく、為すべき事だ。〟その夜霧が誰か、おそらくは武家の人間に仕えていた。その武人からなんらかの影響を受けたと考えられているわ。でも、その武人に関する記述はほとんどなくて、詳しいことはわからない。ちなみに、紫石を砕いた刀も、その武人の持ち物だったらしいわ。忍びの末裔なのに、大太刀で正面から斬り結ぶなんてことを教えるのも、そのせいでしょうね。」

真人が黙って何かを考えている。

説明、わかりにくかったかしら……

「質問は?」

「あのさ、聞いて良いのかわからないんだけど……」

「何よ?」

真人が私を見る。

「仁美は、紫石を継ぎたくなかったの?」

「えっ……」

思いもよらない問いかけに、困惑する。

「俺はさ、紫石についても、〝夜霧〟についても、まだ知ったばかりで。だから、的外れな考えかもしれないけど……仁美たちの受け継いできたものって、誇れるものだと思う。大っぴらに口外はできないけど、師匠の紫石と刀、それに考え方とかも、こんなに長い間、失わずにいるから。仁美はそれを、どう思ってるのかな、って。兄弟の話をしたでしょ、食堂で。仁美が席を立った後、はやとが、仁美のお兄さんの話をちょっとだけしてくれて。ごめん、本人以外から聞くのもどうかと思ったんだけど……」

まさか、真人の口から兄上の存在を聞くとは、思いもしなかった。

刈谷かりや 路仁みちひと。刈谷家の長男にして、



(8年前)


 私は困惑していた。

「どうしてですか、仁孝様!」

兄上の焦った声が、すぐ隣で響く。兄上を挟んださらに隣には、姉上が静かに座っていた。

「姉上が13を過ぎた今、刈谷家を継ぐのは私です!」

「路仁、これは次期当主となるはずだった仁榮を含めた、刈谷家全体の意向だ。仁榮は長子でありながら、自らの弟と妹の才を認め、身を引いたんだ。」

「では、なぜ私ではなく仁美なのですか!」

「ここまで言ってもわからないか。お前も仁榮に習い、自分より才ある妹に、道を譲れと言っている。」

「なっ……!」

兄上が私を睨む。私はその目を、見返せなかった。

姉上も兄上も、私より立派な刈谷家の後継ぎだ。2人にたくさんのことを教えてもらった。なのにどうして父上と姉上は、私に刈谷家を継がせようとしているのだろう。

「仁美、お前はどう思う?」

父上から声をかけられる。兄上の視線が刺さる。

「父う……仁孝様。私は、その……わかりません。どうして私なのですか?兄上は、刈谷家を背負える立派なお方です。私よりたくさんのことを知っていますし、剣も敵ったことがありません。たとえ1つの年の差がなかったとしても、兄上に及ぶとは思いません。」

素直な気持ちだった。姉上が次期当主を辞退したと聞いた時には、心底驚いた。父上に大半のことを教わったとはいえ、姉上も兄上も、私の尊敬する師匠だった。

「仁美、お前はもっと自分に自信を持ちなさい。堂々としていることも、当主としての責務だ。」

「仁孝様、確かに仁美に剣の才覚はあります。ですが、当主には向いていないのです!」

兄上の言うとおりだ。誰かの上に立つなど、私には向いていない。その点、兄上は聡明で、堂々としていて、周りを引っ張っていく力がある。

「路仁、当主に向いていないのは、お前の方だ。」

父上の言葉に驚く。視界の端で、兄上も狼狽えている。

「この中で、当主として相応しいのは仁榮だ。剣も知も申し分ない。刈谷家の後継ぎであることに誇りと自信を持ち、自らの研鑽も怠っていない。ここまでは路仁も同じだ。ただ路仁、お前には人を見る目、人を受け入れる心が足りない。仁榮より才があるのは確かだ。だが、仁榮に剣でまさったことがあるか?」

「それは……」

「なぜ仁榮に勝てないのか、お前はわかろうとしていない。それこそが、お前が当主に向いていない理由だ。」

「……なら、仁美はどうなのですか?仁美も私より才はあるが、私に勝ったことなどありません。」

「それもだ、路仁。仁美がなぜお前に勝てないのか、その答えがわからないということは、当主としての器になっていないということだ。たった1年の差だが、仁美であれば、紫石を継ぐ前にその理由に気付くことができる。そう考えている。」

「……時間を、下さい。考えてみます。」

「仁美は?」

「はい、考えてみます。」

「あぁ、悩むと良い。周りがいくら騒ごうとも、仁美の決心がつかない限り、次期当主にすることはできないからな。話は終わりだ。」

父上が静かに稽古場を出る。3人になった部屋に、重い静寂が溜まる。

「くそっ!」

兄上が勢い良く立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

「あ、兄上」

「なんだ!」

兄上に睨まれ、身が竦む。出そうとした言葉が喉の奥でつかえて、腹の底までズドンと落ちる。

黙りこくった私を置いて、兄上は扉を荒く閉めて出ていった。

普段は優しい兄上だが、時折、今のように怖ろしくなる。

「姉上……」

「おいで、仁美。」

姉上が右手を広げる。それに身を委ね、そっと寄り添う。

「どうして、父上の後を継がなかったのですか?」

「父上は、私のことを当主に向いていると仰っていたけれど、私はそうは思わないの。」

「そんなことはありません。姉上は私よりずっと強くて、賢い。兄上だってそうです。どうして、私なんかに……」

「仁美、少し稽古をしましょう。」

「え?はい……」

姉上が立ち上がり、木刀を持つ。それに倣い、相対する。

「仁美が私や路仁に勝てない理由、実は知っているの。路仁が私に勝てない理由もね。その2つは、同じようで、真逆。」

「どういうことですか?」

「仁美はその答えを、知っているはずよ。答えだと認識していないだけ。もしそれがわかったのなら、今度は路仁に教えてあげて?あなたの兄は、焦りで視野が狭くなっているから。」

「私に、できるんでしょうか?」

「ええ、できるわ。父上も仰っていたでしょう?人を見る目と、受け入れる心。あなたにはそれが充分にある。さぁ、構えて。」

 木刀を構える。相手に集中する。

こちらから飛び込む。ひらりと躱される。次の一撃も。次、次、次!

カン、と木刀の打ち合う音。ようやく捉えた。しかし、木刀の根元から弾かれる。

姉上の剣は美しい。無駄な動きがほとんどなく、真っ直ぐに、しなやかに。

後ろに跳ぶが、剣先が届きそうになり、首をさらに引いて避ける。

体勢を立て直すため、横に移動する。それを読まれ、右から脇腹へ木刀が迫る。

防いだ一太刀も、届いた一太刀も、変わらない。全てが自然で完璧。

木刀で受ける。反撃するには、間合いが悪すぎる。

そのまま鍔迫り合いに持ち込むが、すぐに崩され、右手を狙われる。

なんとか木刀を間に合わせる。が──

防いだ刀身に、いつもとは違う重みがある。しなやかさではなく、重さを乗せた一撃。

──木刀が大きく撃ち落とされる。姉上の木刀が、最速で額に付く。

最後の一撃を届かせるために、土台を作っていく。これは──

「──兄上の剣だ。」

「ふふっ、路仁の真似をしてみたの。1度で気付くなんて、流石ね。」

「だって、姉上にも兄上にも、数え切れないくらい稽古をしてもらいました。2人の剣は違う強さを持っていて、見ているだけでも、すごく参考になります。」

「仁美は本当に、相手をよく見ているわ。でも、それはなんのため?」

言葉が出てこなかった。稽古は好きだ。でも〝なんのため〟?

「明日は、自分のことをよく見て稽古に臨んでみなさい。何かわかると良いわね。」

「は、はい。ありがとうございます。」

自分を、見る?鏡で構えを、ってことじゃないよね……


 夕飯の席に、兄上はいなかった。心配だが、怖い状態の兄上と顔を合わせなくて良いことに、安堵した。


 その夜はなかなか寝付けなかった。庭に咲く春虎の尾を眺めながら、たくさん考えて、それでもわからなかった。父上の考えも、兄上の気持ちも、姉上の言葉も。やはり、自分は当主なんて向いていない。そんな答えしか、見つからなかった。

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