第二節 協心 (2)
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終了を告げるブザーの音を聞き、その場に倒れ込む。
「はい、今日はここまで。おつかれさまー!」
トレーニング終わりはいつも、立てない・話せない・酸素足りない、の3拍子だ。
「大丈夫、じゃないよね。」
薄茶色の髪に、男から見ても端整な顔立ちの青年。今日のトレーニング担当、
「ホント、間沙ってば鬼畜すぎだよねー。こんなメニュー考えるなんてさ。眼つき悪いし。」
周りではやとの言葉を聞いていた人たちが笑う。修練場には、2部隊を中心に利用者がそこそこいるが、周りの目を気にしていられる余裕など、俺にはない。
「だよなー、すぐサボってるって決めつけるしな。眼つき悪いし。」
この人は
「師さんのサボりはいつも真実でしょ。」
「そんなことないさ!なぁクマさん!」
「そうだヨ!師さんいつも、お仕事頑張ってるヨ!たまには休んだ方が良イ!クマさんのお告げだヨ!」
師さんがクマの人形を顔の前に掲げ、まったく可愛くない裏声で喋らせる。
やっとの事で壁際まで移動すると、一段高いところからクマさんが謎のダンスを踊り、こちらを見ている。
「オ!ツ!カ!レ!」
不意に苛立ちを覚え、最後の力を振り絞り、手に持っていた竹刀を突き上げる。
「うぉわ!?」
ちっ、避けられたか。
「うん、今のは良い剣筋だった!当たれば良かったのに!」
「あっっっっぶないだろ!当たったら大変なことに!主にクマさんの中の飴が!」
あのクマは実はお菓子入れになっていて、たまに尻部分から出されたチョコを渡される。はっきり言って最低だ。もらうけど。
「なにバカなことやってんのよ。」
師さんのさらに奥から声がした。
「あ、仁美もおつかれさまー。」
仁美は修練場の奥にあるVR室にいたようだ。
仮想戦闘演習室、通称VR室。見た目はただの広い部屋だが、部屋全体と演習する人間が身につける専用の服とゴーグル、そして装置のついた模擬刀で、あたかも目の前の敵と交戦しているように錯覚させる。
「どう、真人の様子は?」
クマさんのいたところから、今度は仁美が俺を
「本人がいるんだから、直接聞いたら?」
「喋れる?」
「しゃべ……れる……」
「今のが遺言になりそうね。食堂で居合わせたら、話くらいは聞いてあげるわ。」
そう言うと、仁美は修練場から出て行った。
「随分と気に入られてるじゃんかー。」
師さんがニヤニヤしている。
「ふぅ……師さんキモい。」
「息整って第一声がそれか!?」
はやとの手を借り、段差の上へと腰掛ける。
「自分より年下が入ってきて、嬉しかったんでしょ。」
「仁美が一番年下なの?」
「そうだよ、真人の2つ上。その次が俺で、仁美の1つ上ね。でも経歴としては俺が一番先輩だから、敬ってよね!」
「え?威厳ないね。」
「突然の辛辣コメント!?」
「歳だったら宏文が1番上かな?」
「そうそう、やっぱ老け顔だよね!長男体質、っていうの?宏文、5人兄弟の一番上なんだ。」
「あー、そんなイメージある……」
「さ、早くシャワー浴びてご飯にしよ!」
「お!じゃあ俺も」
「師さんは仕事に戻って。」
「いやほら、クマさんが」
「2部隊員に告ぐ!賊を連行せよ!」
はやとの号令で師さんが強制送還されたところで、俺たちも一度部屋に戻った後、食堂へと向かった。
まだピークではないこの時間だが、食堂にはそれなりに人がいた。仁美はまだいないみたいだ。
職員証をかざして端末から注文し、料理を受け取って席に着く。
ちょうど、仁美が食堂に入ってくるのが見えた。向こうもこちらに気付いたようだ。はやとが手を振る。仁美は振り返さず、注文端末の方へと早足で歩いていった。いつものことだ。
仁美も席に着き、話をしながら食事を進める。
そういえば──
「仁美って兄弟いるの?」
「え?」
「さっきはやとがね、宏文は5人兄弟の一番上だって言ってて、仁美には上がいそうだなー、って思って。」
仁美は黙っている。はやとですら、何も言葉を発さない。
え、なんか聞いちゃいけないことだった?
「いや、答えなくても良いんだけど」
「いるわよ、兄と姉が、1人ずつ。」
「そうなんだ……」
今の間、なんだったんだろう?
「で、トレーニングの方はどうなのよ。」
「え、うん……キツいデス。」
「そんなの見てれば誰でもわかるわよ。そうじゃなくて、手応えとかあるの?」
「うーん?筋肉痛くらい?」
はっきり言って、毎日のメニューをこなすので精一杯だ。
「ま、そんなものよね。焦る必要はないわ。この時期から実感できるほど力が付くはずもないし。」
「うん、ありがとう。」
「別にっ……なによ、はやと。」
「んー?なーんでも?仁美は後輩くんに優しいなーと思って?」
「ふ、普通よ、普通!それよりも明日の座学、私の担当だから遅刻しないでよね!」
ごちそうさま、と席を立ち、仁美は食堂から出て行った。
「仁美も真面目だねー。休みの日くらい休めば良いのに。」
「仁美、今日は休みだったの?」
「そ、仕事はね。でも間沙と仁美は年中無休で動いてるよ。変態だよ、変たい"っ!?」
「悪かったな。」
はやとの頭に乗った手が締まっていく。間沙も食事に来ていたようだ。
「割れる!頭割れる!」
間沙が料理の乗ったトレイを置き、はやとの隣に座った。
「はやと、お前も少しは見習え。」
「俺は脳筋2人と違って、クレバーに体調管理してるの。」
「師さんみたいなこと言いやがって。」
いただきます、と間沙が食事を始める。
「仁美とは1回目のトレーニングの時に初めて会ったけど、最初の印象とちょっと違うなー。」
「あー、俺も。間沙は?」
「仁美の印象?最初とほとんど変わらないな。」
「わー、変態シンパシーだあ"っ!?」
テーブルの下からゴスッ!という音がした。はやとが痛みに悶えている。
「もっとさ、天才型っていうの?こんなに努力家気質だとは思わなかった。」
「あれは天才型の努力家だ。俺たちの中で1番剣術センスがあるのも、それを1番磨いているのも仁美だ。」
「いったた……ついでに、1番純粋に強さを求めてるのもね。強くなること自体は手段だけど、仁美の場合は、それが目的に近いんだよ。」
「どうして?」
「それは」
「それは本人に聞け。」
はやとの言葉を間沙が遮る。
「でも仁美、答えなさそうだよ?」
「だったらそれで良いだろ。」
間沙の口調が少し強い。
「はぁ、出たよ。」
「なんだよ。」
「知らないで地雷踏むのが本人にとって一番ダメだって。」
「それでも、話したくないことを勝手に他人が話すのはどうなんだ。」
「自分で話し出せるならいいよ?でも仁美は、たぶんそうしない。」
「……必要な時が来れば、あいつだって話すだろ。」
「なに?そうやって仁美の背に隠れて自分も」
はやとが間沙の手首を掴んだ。間沙の手がはやとの胸倉に飛び、それを止めたのだ。どちらも速く、そして静かだった。
「間沙、お前が言ったんだろ。真人が紫石の管理者として確立するためには、俺たちの経験が必要だって。何をもって今の仁美があるのか、それは重要じゃないってわけ?」
「……わかってる、わかってるよ。」
はやとが間沙の手を離す。
「あまり話しすぎるなよ。部外者があれこれ簡単に言って良いことじゃない。仁美も、具体的なことを聞かれたら答えるだろ。」
「……仁美はね、もともと紫石を継ぐはずじゃなかったんだ。」
(同日)
本を閉じる。明日の座学に備え、知識を整理していた。
自分が教える立場になるのは、まだ先のことだと思っていた。
「やっぱり、向いてないわよね。」
ふと呟く。思い浮かんだのは、姉と兄の顔だ。
私はまだ、兄上に──
私用の携帯が鳴る。画面を見ると、〝姉上〟の文字が表示されていた。
「もしもし?」
『
「こんばんは、姉上。」
『ちょっと遅い時間だけど、大丈夫?』
「はい。」
つい顔が緩む。姉上は私を気遣って、定期的に連絡をしてくれる。
『久しぶりね。もしかして忙しいんじゃないかって、連絡するか悩んだわ。でも、声は元気そう。』
「たしかに忙しいですね……1ヶ月半前のこと、
『ええ、驚いたわ。あんな事件が起きたことも、紫石の宿主が見つかったことも。』
「その時に保護された紫石の宿主が、1部隊への加入を希望したんです。その訓練が始まっていて。明日は、私が座学の担当なんですよ。」
『なんだか楽しそうね。』
「そ、そうですか?」
楽しい……そうかもしれない。真人は素直だし、頭も悪くない。教えがいはある。
『少しね、心配だったの。何も知らない紫石の宿主がもし、相応しくない人間だったら。あなたはもちろん、他の家の次期当主も負けるはずはないけど、その人のせいで、仁美に負担がかかっていないか、って。でも、要らない心配だったみたいね。』
「大丈夫です。真人は、少なくとも悪い人ではないですよ。今日も……天野の次期当主の話、しましたよね?」
『間沙くん、だったかしら。』
「そうです。その間沙が鬼のようなトレーニングメニューを組んでいて、真人はそれをほぼ毎日こなしています。見てるこっちが心配になっちゃうくらい、必死に。それだけ本気だし、真面目なんです。」
『そうなのね、安心したわ。いつか真人くんや、1部隊の皆にも会ってみたいわね。仁美を送り出す時は、本当に不安だったの。でも、仲間の話をするあなたは、とても明るくて。きっと皆、素敵な人たちなのね。』
なんだか恥ずかしくなって、言葉に詰まる。
「喧しくて敵わない時とか、けっこうありますよ?今日だって、はやとが茶化してきたし……」
『ふふっ、良い仲間じゃない。あなたが次期当主になって1番良かったことは、JSOに加入したことかもしれないわね。』
姉上の言葉に、少しだけ弱気になる。
〝どうして、父上の後を継がなかったのですか?〟
いつかの自分が、姉上に向けた言葉が甦る。
本来、ここにいるはずだったのは──
「兄上は、お変わりないですか?」
『それが、前にも増して難しい顔をしているわ。機械兵の事件が、かなり衝撃的だったみたいね。暇さえあれば、書庫や自室で何か考えごとよ。』
ダメだ、こんな心持ちじゃ。次期当主は私だ。ここにいるべきなのは私であると、自分にも他人にも、証明し続けると決めた。
『明日も仕事があるのよね。そろそろ切るわ。何かあったら、仁美からも連絡して?』
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい、姉上。」
『おやすみなさい。』
電話が切れる。1人の部屋で、自分の音だけが残る。記憶の中、兄上の目が、私を睨んでいる気がした。
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